攻略する者
タワーの上階より現れた2人の勇者。このジャスティスとジャッジメントがイナーシュの言っていた侵入者なのでしょう。
「お前たちの目的は知らん。しかし、我々の邪魔をするのなら容赦はしない。まぁお前たちが魔王という時点で見逃せないわけだが」
「兄者の言う通り、我々勇者と魔王は敵対するが定め。出合えば片方が滅するのみ。どちらが帰還できるか決めようじゃないか」
「フッ。もっとも、どちらが生還するかは火を見るより明らかだがな」
まるで自分たちの勝ちが揺るがないかのような言動。
「気に入りませんわね。わたくしが格下だと仰いますか」
「そうさ。我ら兄弟は選ばれし勇者にして世界を導く大役職。知っているか? 大役職に魔王が含まれない理由を」
「そんなもの、単なる偶然ではなくて?」
「いいや、違う。魔王とは勇者に討伐される存在だからだよ。いずれ消される者が役職持ちだなんてお笑い草だろう? だから世界を導くのは勇者だと決まっているのさ。そしてここ、この塔も勇者に他ならない。つまり、ここに入り込んだ時点でお前たちの敗北は決まっているのさ」
なるほど。一理あるかもしれません。
先ほど戦ったタワーを名乗る少女。彼女の目的も魔王の排除だとするならば、わたくしと勇者2人を戦わせるのが好都合。正に今がその状況ですものね。
「フッ……フフフフ――オーーーッホッホッホッ!」
「ん? お前、気でも狂ったか?」
「いいえ、小賢しい羽虫たちが必死に無い知恵を絞っているところを想像すると、自然と笑いが込み上げてきたのですわ」
「は、羽虫ぃ?」
「だとぉ!?」
勇者2人がみるみるうちに顔を真っ赤に染め上げていきます。
「上等じゃないか。例え相手が女だろうと手加減はしない。俺の拳を――」
「待て兄者」
今にも飛び掛かってきそうなジャスティスをジャッジメントが止めます。
「兄者は先に行ってくれ。コイツらの相手は俺がする」
「お前一人でか?」
「案ずるな兄者。俺にはあのスキルが有るんだ、負けることはないさ」
「フッ、そうだったな。コイツらにこそ、あのスキルが生かされるというもの。では先に行っているぞ」
「ああ、任せてくれ」
飛び去るジャスティスを追っても良かったのですが、ジャッジメントのスキルとやらが気になります。
「貴方は何を見せてくれますの?」
「フフ、裁きだよ」
「裁き?」
「そうとも。人が人であるうちは、何らかの悪を持つのが道理。罪なき真っ当な善人なんぞ、この世には数えるくらいしか居ないだろう。故に貴様らも何かしらの罪を背負っているはず。それも魔王とその部下たちだ、これまで幾度となく無用な殺生を重ねてきたと見た。今こそその代償を払う時だ」
ジャッジメントの右手が激しく光り、次の瞬間には黄金に輝くハンマーが手に収まっていました。
「このハンマーは神の力を宿すという。そう、審判を下すのは神であり、何人に対しても公平である」
「公平に――ですか。では我々は安全と見て良さそうですな」
「おぅよ。ハントの言う通り、俺たちゃ善人を手にかけちゃいねぇ。だよなミチオ?」
「そそ、そう……ですね……」
何故か真っ青な顔をしているミチオを除き、キル子とハントは動じません。というかミチオ、貴方は何を……
「クククク。そのポジティブな思考は羨ましくもあるが、貴様らはここで終わりだ。
貴様ら魔王共こそ諸悪の根元。罪なき魔王なんぞ居るはずもない。このスキルを受け、己の罪に悔いるがいい――ジャッジメハンマーーーーーーッ!」
ズゥン!
ペシッ!
「イタッ!? だ、誰ですか、わたくしにデコピンをした不届き者は!」
誰も居ないはずの空間からデコピンを受けたのです。しかし他の眷属も同じだったようで……
「なんだよトワ、デコピンで済んだら良い方じゃねぇか。俺なんかおもいっきり頬を殴られたぜ。あ~~いってぇ……」
「ふむ、キル子殿は殴られたと。我輩には何もありませんでしたなぁ。まぁそもそも我輩の場合は誕生して間がないですからな」
「…………」
「おや? どうしましたミチオ殿、そんなに両頬を腫れ上がらせて」
「いえ、罪と言えば気に入った女性を口説き落としただけなのですがね。それでこの仕打ちは如何なものかと」
「おお、先日の話に出てきた現地妻の事ですかな? ミチオ殿の場合は二股を掛けているのが原因かと。むしろこの程度で済んでいるのですから感謝すべきでしょうな」
ミチオの顔色が優れない理由が分かりました。後で制裁しておきましょう。
それはそれとして、スキルを放ったジャッジメントは口を開きっぱなしでこの光景を眺めていましたが、ハッとして我に返り騒ぎ始めます。
「バカな……そんなバカな事があるか!? ジャッジハンマーは神による制裁スキルなんだ、威力を軽減できるはずは――」
「軽減などされてませんよ」
頬を押さえつつミチオが会話に割り込みます。
「ボクが犯した罪は2人の女性に愛を囁いたこと、2人を同時に愛したことです」
「澄ました顔で言ってますけど結局は二股ですからね?」
「トワ様、そこはご了承を、……コホン。つまりですね、善良な庶民を殺めたわけではないのですよ」
そんなミチオにジャッジメントが真っ向から反論を。
「嘘を付け! 魔王である貴様らが他者に配慮などするものか! あらゆる者を敵と見なし、根絶せるとするのが魔王なのだ。そうでなければ貴様らは出来損ないの魔王だ!」
これはまた随分な偏見をお持ちですこと。
「どう思おうと勝手ですけれど、わたくしたちは罪なき者に危害は加えません。精々が面倒事をメグミに押し付けたくらいで、それ以外は善良な活動を行ってましてよ?」
見境なく殺戮を行っていれば、わたくしの命もなかったでしょう。もっとも、そのように無駄な時間を費やしたりはしませんが。
「さて、余興は終わりという事でよろしいですかな? 催しとあらば我輩も披露致しましょう」
そう宣言し、ハントは人差し指をジャッジメントに突き付け……
「貴方のお好きな色を教えていただきたい」
「好きな色……だと? 代々ジャッジメントのイメージカラーは黄色と決まっている」
「ふむ、黄色ですか。黄色と言えば警告や注意といった意味合いを持ち、危険が迫っているのを知らせるというのが御座います。ですので我輩は忠告します。黄色のサインと共に危険が訪れる――と」
「危険が訪れる? 何を言って――」
パチンッ!
チカッ!
「クッ!?」
ハントが指を鳴らした直後、ジャッジメントが自分の顔を手で覆います。
「な、なんだ今の光は? 妙な光のせいで視界がぼやける!」
「危機が訪れるのを知らせているのですよ。逃げれば助かるやもしれませんな」
「ふざけるな! ちゃちな光でどうにかなると思うなよ!」
「おやおや、ちゃちでしたか。しかしこんなものは序の口、まだまだ参りますぞ」
チカッ――チカチカチカチカッ!
「クソォ、やめろぉぉぉぉぉぉ!」
堪えきれず、でたらめにハンマーを振り回すジャッジメント。視力が奪われ、我々に対する恐怖が跳ね上がったのですわ。
「ど、どこだ、マント野郎! 貴様なんか俺のジャッジハンマーで――」
「視認できなければ発動しないのでしょう? それにですね、もうタイムリミットなのですよ」
「何!?」
「我輩のスキルは目眩ましを狙ったものにあらず。警告は本物ということです。つまりは……」
ハントが言いかけたその時、床を突き破り何かが飛び出して来ました。
ドガァ!!
「グフェッ!?」
正体不明の何かは一直線にジャッジメントの胴体を貫き、狂気を感じる笑みを浮かべます。
「クックックッ。今日は運が良いらしい。糧となる勇者を2人も見つけられるとはね」
既に瀕死となりかけているジャッジメントを無造作に投げ捨て、拳を握って呟いています。その様子から陰キャのメグミを連想してしまいますね。(←本人に言ってみ?)
しかし見た目は女獣人にしか見えませんが、この強さを見るに只者ではありません。
「ハント、アレが来るのを知っていたのですか?」
「知っていたのではなく、予知したと言うべきでしょうな。何せ未来は未知数ですから。それよりトワ様、御注意くださいませ。奴の正体は――」
「分かっています。魔王なのでしょう?」
わたくしの魔王というフレーズに、女獣人がピクリと耳を動かします。
「フフ、ボクの名はベルフェーヌ。知っての通り魔王の1人さ。キミの名前も聞かせてくれるかな? 見知らぬ魔王殿」
「わたくしは魔王シャイターンですわ」
「そうかい。――ん? キミ。どうもキミの全身から嫌な臭いがするねぇ? この臭い、どこかで……」
出合って早々失礼な輩ですわね。
「んだよトワ、もしかして風呂に入ってねぇのか?」
「な!? 毎日入ってますわ! テキトーこかないで下さいまし! そしてベルフェーヌ、誤解を生むような発言は控えていただきましょう!」
「ああゴメンゴメン、体臭じゃないよ。ボクが嗅ぎ分けたのは魔王ルシフェルの臭いさ」
「!」
なるほど。少しだけメグミから聞いていましたが、今のでハッキリと分かりました。
「貴女ですのね? 他の魔王を倒し、魔力を吸収して回っているのは」
「へぇ。やっぱりルシフェルの知り合いだったんだね。だったらキミを倒してルシフェルに見せつけるのも悪くはないか。フフ」
「出来ると思って?」
「そうだね。今は無理かもしれない。だけど……」
ベルフェーヌの目が怪しく光ったかと思えば、次の瞬間には大量のガーゴイルがフロアに出現していました。
「タワーを攻略した後なら出来るかもしれないね。それまでガーゴイルと戯れていてくれたまえ。アッハッハッハッ!」
「ま、待ちなさい、ベルフェーヌ!」
「キィィィ!」
追いかけようとしたわたくしをガーゴイルが遮ります。
「いいでしょう。ガーゴイルを一掃しますわよ!」




