突入と阻止
「ここは封鎖中だ。中には入れない」
開口一番、タワーを通せんぼする兵士に告げられました。いきなり出鼻を挫かれてしまいましたわね。
「なぜ封鎖しているのです、誰でも挑戦できると聞きましたわよ?」
「本来なら……な。しかし他国の工作員が忍び込んだとあれぱ話は別だ」
「「「工作員?」」」
わたくしたちの視線がミチオに集中。この男なら何かやらかしても驚きませんもの。
「ボクは知りませんよ? 今回は無関係です」
「――だそうですが?」
「いや、お前たちじゃない、ミリオネック商業連合国だ。何の目的かは知らんが、昨晩にミリオネック所属の勇者2人がタワーに侵入したという報告が上がったのだ。例え勇者と言えど申請無しに入ることは許されん。そこで我がラーツガルフではミリオネックに抗議すると共に勇者2人を追い払うため、精鋭部隊の到着を待っているのだ」
ラーツガルフは魔王の国と言われています。精鋭部隊と言うからには魔王が指揮を取ってるのでしょう。
「では精鋭部隊に伝えてくださいまし。魔王シャイターンがタワーで待っている――と」
「なんだと、貴様は魔王か!」
ザッ!
「あら、空けてはくれませんの? せっかく忠告して差し上げたのに」
「ふざけるな! 勇者だろうが魔王だろうが、我が国内を土足で踏み込むような輩は決して許さん!」
とても忠実で立派な兵士ですわ。わたくしが建国したら、彼のような人材が望ましいですわね。ですので……
「その姿勢に免じて痛みを与えるのは避けて差し上げます。さぁ、お眠りなさい――ノーザンスリープ」
「ぐぅ……」
「う……ぁ……」
次々と眠りにつく中、辛うじて立っている者がいます。そう、先ほどから勇敢な姿勢を示した男です。
「こ、これしきの事でぇ!」
「やりますわね。魔族は魔法耐性が強いと聞きましたので強めに発動させたのですが」
「見くびるなよ? 私は魔王アスタロイ様を支える四天王の1人――イナーシュ、簡単に倒れたりは!」
強情ですわね。手荒な真似は避けたかったのですけれど、やむを得ません。
「物理的に寝ていただきましょう」
ガシッ!
「それは困るな。イナーシュには俺が来るまでの間の警備を頼んでいたのだ」
わたくしの腕をガッチリと掴むヤンチャそうな男。気配を感じさせずに正面へ回り込むとは……
「なるほど、貴方が魔王アスタロイでしたか」
「だったら何だというのだ?」
「いきなりレディの腕を掴むのは失礼ではなくって? 魔王たるもの、いつだって品格を求められるのですわよ?」
「手を出そうとしたのを止めただけだ。それに本気を出せばこのままへし折る事もできる。おとなしく引き下がるか、それとも片腕を失うか、好きな方を選ぶとよい」
少々強引な性格のようですわね。それでいて自信家と。
「残念ですが、どちらも選ぶつもりは御座いません」
スルッ!
「むっ!?」
「魔王ですもの、多少の伸縮は自由に行えますわ」
「ほぅ……」
アスタロイの手から逃れ、堂々と宣言します。
「貴方とは話し合う必要がありそうですわね」
「どちらが上で、どちらが下か――という話だな」
「いいえ、わたくしが上で、貴方が下だという事実。それをこの場でハッキリさせようではありませんか」
わたくしにとって驚異となる存在はメグミ――魔王ルシフェルをおいて他に居りませんもの。
「よいですかあなたたち、この勝負は1対1で行います。決して横槍は入れませんように」
「おお、タイマンか。いいねいいねぇ、やっちまえ!」
キル子はノリノリで、他2人が呆れ顔になる中、アスタロイは顔をしかめ……
「数の利を敢えて捨てると?」
「ええ。そもそもの話、わたくしに敗北は御座いませんの。貴方のようなポッと出の魔王、どうせ噛ませ犬に決まってますわ」
「いや、ポッと出って……これでも100年以上は生きているんだがな」
「では100年生きている噛ませ犬ですわ」
「どうあっても噛ませ犬にしたいらしいな。いいだろう、噛ませ犬に敗北する屈辱、その身で味わうがいい」
ゴゴゴゴゴゴ……
わたくしとアスタロイの魔力がぶつかる度に大地が震動し、時間経過と共に震動が激震へと変化。やがて魔力衝突が限界まで達し、徐々にアスタロイを押し退けていきます。
「やるな。生まれてから100年、恐れを知らなかった俺が、初めて恐怖というものを感じている」
「恐怖を知るのは大事なことです。知らなかった自分を恥じてはいけません」
「フッ、忠告感謝する。では忠告に従い、恐怖を乗り越えた魔王アスタロイをご覧にいれよう」
ドッ!
ジリジリと押していた魔力衝突が一気に崩壊し、アスタロイの斧が迫ってきます。もちろん食らうつもりはありませんので、回避の合間に蹴りでの反撃も入れます。
「ムグッ? やるな。ここまで俺に対抗できる者は100年振りか」
「先ほども似たような台詞を聞きましたわ。つまるところ、まともに戦えた者に出会って来なかったと?」
「かもな。だからこそ戦いが終わるのが惜しい。惜しいが、ハッキリさせねばならないだろう――ムン!」
斧を手にしつつも軽快な動き。それも先ほどよりも速い。
「手加減していたのですか? 舐められたものですわね」
「そうせねばお前を壊しかねんからな。ようやく出会った俺好みの女だ、最大限に配慮するのは当然のこと」
「フン、こんな時にナンパとは。その舐め腐った言動、後悔しますわよ」
凍りつかせるのは得意です。二度と舐めた真似ができないよう氷像にしてやりましょう。
「サザンパーマネント!」
アスタロイだけに集中する猛吹雪。大丈夫、魔王ならこの程度では死にません。霜焼けは免れないでしょうが――
バリィン!
「――は?」
「残念だったな、このブラストアクスはあらゆるものを破壊するのだ」
斧を一振して魔法を打ち消したと?
「今度はこちらから行くぞ――ブラストイエーガー!」
「た、竜巻!?」
「そうとも。1度狙いを定めたら、ターゲットが死ぬまで追い続ける。俺に似てタフなスキルだろう?」
斧を大回転させることで発生した竜巻。透かさず距離を取るも、わたくし目掛けて進路を変更。二回三回と飛び退いても結果は同じ。わたくしへの追尾は止みません。
「しつこいですわね。ストーカー気質は嫌われますのよ?」
「ならば降参するとよい。もとよりこちらは争うつもりは無いのだからな」
「お断りします。止めたければ実力で止めてみなさい」
「ふぅ……。負けん気が強いところは惚れ惚れするがな。ではこれでどうだ――ブラストイエーガー!」
竜巻が2つに!? これ以上数を増やされるのも厄介ですわね。
「いつまでも女の子のお尻を付け狙うとは恥さらしな、そろそろ消し飛ばして差し上げましょう」
「随分な言われようだが……そんな事ができるとでも?」
「ええ、もちろん」
急上昇して2つの竜巻を一気に突き放します。そして竜巻を一列に重ねたところで……
「魔偽製造!」
バシュゥゥゥ!
突如先頭の竜巻が向きを変え、後方の竜巻と接触。2つの竜巻が消滅しました。
「なん……だと? 俺のスキルが勝手に自滅を……」
「貴方にも理解できるよう教えてあげましょう。わたくしのスキル――魔偽製造は真実の中に偽りを織り混ぜるもの。後方の竜巻にわたくしの情報を埋め込んでみましたの」
「スキルを放った時の敵情報を元に追尾を行う。情報を操作することで打ち破ったというのか……」
失敗も有り得ましたけれどね。その時は眷属たちが乱入して止めたでしょう。
「俺の負けだ。タワーに入りたくば好きにするがいい」
「あら、潔いですわね。そういう殿方、嫌いではありませんわよ?」
「フッ、そうか」
わたくしたちは円満に終わろうとしたのですが、納得のいかない人物が1人だけいました。アスタロイの部下のイナーシュです。
「お待ちくださいアスタロイ様! 貴方が本気になればこんな小娘に負けたりはしなかったはず、なぜ手加減を!?」
「……手加減?」
「そうとも。アスタロイ様が破壊できるのは人体だけではない、精神だって破壊できるのだ。それに破壊するにも斧は不要。なぜなら、アスタロイ様本人がその手に触れたものを壊せるのだから」
つまり物理的な影響だけではないと?
「では最初に腕を捕まれた時点で……」
「そうとも、お前が壊されていたんだ!」
これは教訓ですわ。アスタロイだから良かったものの、狡猾な輩ならあのチャンスを逃さなかったでしょう。
「そういうこと。ならばこの勝負、わたくしの負けということになりますわ。ここはおとなしく引き上げるとしましょう」
「え、いいのかトワ? せっかくタワーが目の前にあんのによ」
「構いませんわキル子。それに負けたままで済ましたりはしませんわよ? さっそく明日にでもリベンジマッチを――」
「引き上げてねぇじゃんソレ……」
いずれにせよプライドが許さないのは確かです。堂々と破った上でタワーに挑まなくては。
「待つのだトワ」
「――はい?」
立ち去ろうとしたわたくしたちをアスタロイが呼び止めます。
「何ですか? というか貴方、どさくさ紛れにわたくしを名前呼びしましたわね?」
「そんなことはどうでもいい。トワよ、俺の妻になって欲しい」
「……はい?」
過去一で理解不能な事態に陥りました。




