タワー
「ブッヒャッヒャッヒャッ! 今日は気分が良い、実に良いぞ~ぅ!」
大声を上げながら酒場の一角で酒を呷るペルニクス王国の国王。隣に座るロザリーもにこやかな表情で酒を嗜んでいる。不釣り合いな場所ながらも笑いが絶えないのには理由があるのだが、まぁ言うまでもなくミリオネックに対して一応の決着がついたからに他ならない。何せ多額の賠償金を払わせてからの不可侵条約だ、これ以上ない成果だろう。
「お父様、気分が良いのは結構ですけれど、お酒は程々に……」
「な~にを言っとるかロザリン、楽しいと感じたら飲む、楽しいと感じたい時にも飲む、ただそれだけじゃい!」
うむ、同意したいがアル中オヤジと一緒にされたくないので同意はせんぞ。
「しゃ~し見事な手並みだっであっだどメグミン。あの大国の議長が頭を垂れる姿、実に滑稽やったわぃ!」
「お褒めいただき光栄ですが、呼び方には気をつけていただきたい。有名キャラとの名前被りは色々と問題が」
「ほ~ぅ、そうかそうか~。メグミ殿も有名人か~」
「いや、そういう訳では……」
はぁメンドクサ。テキトーに切り上げるか。
「ロザリン、後は頼む」
「わたくしに当て付けないで……」
酔っぱらいの国王をロザリーに押し付けて私は1人で邸の屋上へと飛び乗ると、夜風を頬で受けながら遠くを眺める。ザルキールの向かう先は西にあるラーツガルフという魔族の国。その国内に試練の塔――タワーが有るらしいのだ。
「魔族の国……か。魔王の1人くらいは居てほしいものだが」
『フン、居るかも――フン、しれません――フン、塔が有るのが――フン、その証拠かと――フン』
「ゴトーか。お前どこから念話を――いや、その前に聞いておこう。お前はいったい何をやっとるのだ?」
『正拳突きです。これなら振動を抑えられ、街にダメージを負わせることは無いだろうとサトルからアドバイスを』
言われるまで気付かなかったのか。この手で引っ叩いてやりたいが御褒美になるから私は耐える!
『それよりルシフェル様、下をご覧下さい。サプライズゲストがお越しのようです』
「ああ、知ってる」
いかにもな忍び足で我が邸へやって来た怪しげな連中。警備兵の横を通るも視認された様子はなく、何事もなかったかのように門をよじ登っていく。
「特殊迷彩か」
恐らく街への入場もスルーパスだったのだろう、私に見られているとは思いもせず堂々と扉を開いたその時、私は素早く奴らの背後へと降り立ち……
「困るな。無断で立ち入っては」
「「「!?」」」
不意に声をかけられ心臓が飛び出すほど驚いただろうに、声を出さず物音すら立てないところは流石だと褒めてやろう。
「来客の予定はなかったはずだがな。貴様らは何者だ?」
「「「…………」」」ジャリ……
答える代わりに手にしたのはダガー。そしてこ奴らは互いに相槌を打つと、素早く私を取り囲む。
「答える気はなし……か。ならばやむを得まい。答えたくなるようにしてやろう」
ボゥッ!
「グォ? オォォォ……」
突然の人体発火は予想してなかったであろう? 目の前にいた輩の魔力を暴走させ、火ダルマにしてやったのだ。これには無言をつくこと叶わず、流石に小声を出してしまったようだが。
こうなると黙っていられるはずもなく、他の仲間が声を荒らげる。
「き、貴様、いったい何を……」
「実力を見せつければ素直になるかと思ってな。現にお前たちは私の隙を突くことが出来ず、斬りかかって来れぬであろう? 頭では否定しつつも身体は感じ取っておるのだ、私には敵わぬ――とな」
「…………」
無言で後退りする侵入者共。ここで諦めてくれれば楽なのだがな。
「フッ……」
「ん? 追い詰められているこの状況が可笑しいか?」
「いや、どんなに強者であっても年相応だと思ったのだ。気付かないのか? 我々の仲間がすでに侵入を果たしたことに」
なるほど、それか。
こ奴らの人数は5人だった。しかし火ダルマで倒れているのも含め、この場には3人しかいない。つまりこ奴ら、私とは戦わずに侵入を優先させたのだ。
「ま、気付いていながら敢えて逃したのだがな」
「フン、強がりを。我々の目的は後継者候補のアイラを始末することにある。こうしている間に仲間が討ち取っていることだろう」
「ほう? 随分な自信だ。しかし目的を達成したとして、貴様らが無事に帰還するのは難しいのではないか?」
「心配はいらん。我ら天空の民は宇宙への旅立ちを許可されているのだ。目的さえ達成すれば、アイリーンの宇宙戦艦へと転移できる」
アイリーンの宇宙戦艦。そうか、こ奴らはアイリーン宇宙軍に組みしておるのだな。
「大体の察しはついた。貴様らはカズエと同じくダンノーラ帝国の者だな? その中でも宇宙軍よりの派閥が天空の民といったところだろう」
「ご名答。今の世界情勢は宇宙軍に傾きつつある。この機を逃さないためにも危険な眼は摘み取る必要があるのだ。それが我々――」
「特殊迷彩隠密隊か」
「な!?」
侵入者の男が目を見開いて驚く。まさか自分達の正体がバレているとは思わなかったのだろう。
「き、貴様……何者かは知らぬが生かしておいては宇宙軍の脅威となる。刺し違えてでも貴様を倒す!」
勢いよく斬りかかってくる隠密隊の男。流れるようなその動きは常人では対処できないであろう。男にとって不運だったのは、私が常人ではないという点だな。
バシッ!
「クッ、ダガーが弾かれたか……。しかし時間は稼げた。これで貴様は――」
「残念だが、詠唱していたもう1人は虫の息だぞ?」
「なぁっ!?」
コッソリと詠唱していた仲間が倒れているのを見ていよいよ焦り出す男。実は男と会話をしている最中に遠くから指弾が撃ち込まれたのだ。撃ったのはもちろん……
「大丈夫ですかルシフェル様」
「ゴトー、余計なことはするな。この程度の連中に殺られるほど弱くはない」
「ま、待て、まさか貴様が魔王ルシフェルだというのか?」
「そうだが? 何だ、知ってて侵入したわけではないのか」
「クゥ……計算外だ、こんなところに魔王がいるとは。これは里に帰って報告せねば」
ガシッ――――ズダン!
「ゴフッ!?」
透かさず男の腕をとり、地面に叩きつけた。
「逃げては困るのだよ。他にも聞きたいことがあるのでな。それに……」
邸の中へと視線を向ける。ちょうど奥からユラとレッドのメイドコンビが侵入者を担いでやって来たところだ。
「ダンジョンに入り込もうとしたので阻止しました」
「一応は殺さずに持ってきたが。どうする?」
「そこで悶絶している男の隣に並べてやれ」
ドサドサっと2人の隠密隊が無造作に転がされる。自分以外が戦闘不能だと理解した男は顔面蒼白。抵抗する素振りを見せずに顔を伏せた。
「残念だったな天空の民とやら。貴様らの任務は失敗。何も知らないアイラは寝息を立てていることだろう。そして私の排除も失敗。こうして尋問を受ける羽目になった。自分の立場は理解しているな?」
「…………」
「沈黙は肯定したものとして扱う。では質問だが、ダンノーラ帝国はどこまで把握している? またお前たちの祖国での立ち位置はどうなんだ?」
「我がダンノーラの忍びの派閥が3つに割れているのは祖国も知っている。しかし我ら忍びは祖国の干渉は一切受けない代わり、公にできない汚れ仕事を全面的に請け負っているのだ」
ダンノーラ帝国にもこ奴らを止められないと。
「まぁそれは良い。私が気になったのは貴様らの装備品だ。特殊迷彩を有する物など無数に有るわけがない。どこで調達したのだ?」
「……それは……言えぬ……」
「アイリーン宇宙軍か」
「…………」
沈黙は肯定の意。戦況を有利に進めるため、宇宙軍が極秘裏に支給したのだろう。
だがこんなものをホイホイとバラ撒かれては困る。世に蔓延る悪党が手にすれば、騎士団や冒険者では解決できまい。根元を断つのは必須か。
「フッ……」
「タワーの次は宇宙へ出向くおつもりで」
「だからゴトーよ、私の心を読むなっちゅうに」
「違いましたか?」
「合ってるけども!」
しかし生身では行けんからな。何か方法を考えねばならんか。
「メグミ殿、この侵入者共は始末しても宜しいでしょうか? そろそろ仕事へ戻りたいのですが」
「そうだな……いや、待つのだユラよ。お前とレッドでダンノーラ帝国に出向き、宇宙軍との接触方法を探ってくるのだ」
「だがメグミよ、我れもユラも邸の管理を任されているのだ。おいそれと遠方へ出向くのは避けたいのだがな」
「何度も刺客を送り込まれても困るだろう? こ奴らの頭と接触し、二度と手を出させないよう約束させるのだ。これも邸の管理に入るのだからな」
「なるほど。今回はその屁理屈に乗るとしよう」
「屁理屈じゃない、真っ当な主張だ!」
ついでだし地上軍の派閥へも接触させるか? うむ、それがいいな。




