ハングドマン
「来たか、サトル」
「親父……」
しばし睨み合う2人。やや沈黙の後、口を開いたのはサトルの父ユズルの方だった。
「お前にはガッカリしたよ。栄誉あるハングドマンの継承を拒否し、どこの馬の骨とも知らぬ輩と手を組むとはな」
「前にも言ったはずや。ワイはお前らの操り人形やない、ワイはワイの意思で動くんやてな」
サトルの事はメグミからも聞いている。親に反発して家を出たのは知っていたが、まさか勇者クラスの話になるとはな。
「フン、だから分かっておらんと言うのだ。ハングドマンとはイグリーシア史上で世界に認められた勇者の1人。金にも女にも不自由することがない。それどころか未来を約束された存在なのだぞ?」
「ふざけんなや! ワイはそないなもん望んどらんわ! 約束された未来の何がおもろいねん、余計なことすんなやボケが!」
サトルの言う通りだな。メグミに従っているとは言え、それはあくまでも自分の意思だ。納得のいかない命令を受ければ彼女の下を離れる事だってあり得る。そう、選択権は常に自分にあるんだ。
「ふぅ……やはり考えは変わらないか。だがサトルよ、お前を生かしておいてはサイゼリス家の汚点となる。新たに誕生したハングドマンの最初の犠牲者となるがいい」
「新たに?」
「誕生した……やと?」
何を言っているのかと思ったが、直ぐに理由が判明した。
「出てこい、囚人159216番」
ガシャン!
どこかで鉄格子が開く音がした。割と近くだ。すると間もなく、粗末な囚人服を着せられた大男が部屋の奥から姿を現す。
「オ……オオ……」
口は開けたまま、腕もダラリと下がりっぱなしで目の焦点も合っていない。少なくとも正気を保てているとは思えない。
「なんやソイツ、まさかソイツがハングドマンとでも言うんか?」
「ハングドマンだよ、正真正銘のね。お前は継承の儀に関わらなかったから知らぬのだろうが、我がサイゼリス家は先代の大役職が死亡したら、直ぐに国内から後継者を探し出すのだ。身柄を確保したら必要な知識や能力を与え、来るべき時に備えて飼い殺すのだよ」
「飼い殺す――ってまさか!」
「そうとも。後継者を殺した者は大役職として成り上がれる。お前の兄、ジャスパーとユウガも後継者を殺して能力を獲たのだ」
「なんやと!?」
他の魔王を倒すことでメグミも力を増強させていた。それと似たようなものか。
「もはやお前にその気が無いのは充分に伝わった。親族から養子を迎えて補うことにするよ。だがこの秘密を知った者は生かしてはおけんのでな、お前たちには犠牲になってもらうぞ」
「クッ……親父ぃ!」
「サトル!」
怒りに任せて飛びかかろうとするサトルを
止め、俺が前に出る。
「囚人服の男は俺に任せろ。サトルは後ろの父親を倒せ」
「……せやな、この場はそれが正解や」
「フッ……倒すだと?」
サトルの父親――ユズルだけは鼻で笑う。
「奴隷落ちしたとは言え、この男も勇者には変わらない。それを倒すと? フハハハハハ! そうかそうか、子供が理解するには早すぎたか。まぁよい、出合ってしまったのが運の尽きだ、せいぜい苦しまずに殺してやるとしよう」
「オオ……オオオオ!」
「フッ、そうか、お前も早く戦いたいか。ならば囚人159216番、お前の力を開放するがいい」
「ウオォォォォォォ!」
雄叫びを発し、まるで獣のように四つん這いで駆け出す男。体格からは想像も出来ないくらいのスピードで俺に体当たりを仕掛けてきた。
ドッ!
「ムグッ!?」
「ゴトーーーッ!」
だが上手くサトルから引き離すことができた。
「手間を省かせてくれて助かる。久々の勇者との対決 、じっくりと味わいたいからな」
「オオオオオォ!」
「威勢は良し。ならば多少は本気を出しても構わんな? なぁに、トレーニングが行えず少しばかしストレスが溜まっているんだ。サンドバッグの代わりくらいは勤めてもらわなきゃ困る」
「オ……オオ?」
「さぁ、存分に楽しもうか!」
「ノ、ノオォォォォォォ!」
全力で怯えだしたように見えるが……気のせいだよな? 元から精神が崩壊しているんだ、喜びを再現しているんだろう。フフ、これは楽しめそうだ。
「ゴトー!?」
「仲間の心配をしている場合か? 敵に背中を向けるのは二流のすることだ!」
ガキッ!
「何っ? 私の剣撃を振り向かずに防いだだと!?」
サトルは俺に顔を向けつつも、持っていた長棒でユズルの剣を受け止めていた。それもただの長棒ではない、魔力の籠った長棒だ。
「しかも武器……まさかサトル、勇者ですらない未熟なお前が神器を解放したとでもいうのか!」
「ワイとて昔のままやない、日々成長しとるんや。おんどれみたいなド腐れ親父に負ける気はあらへんわ!」
――等と豪語する本人を前にバラすのは憚られるのだが、メグミがサトルの武器に魔力を押し込めたからだ。それがなければ普通の長棒のままだっただろう。
「そうか。何があったかは知らんが、神器を解放したのは見事。しかしそれまでだ。それだけで私を越えたと錯覚するのは自惚れというもの。実力の違いを思い知るがいい!」
矢継ぎ早に繰り出される剣撃。勇者3人を家系に持つだけはあり、そこらの冒険者や一般兵とは比較にならない動きだ。
だがサトルとてやられっぱなしではない。回避しつつもカウンターを決め、ユズルへのダメージを蓄積していく。
「ク、クゥ……」
「なんや、こうして手合わせすると大したことあらへんな。これならメグミとの組み手の方が圧倒的に理不尽やったわ」
「そのメグミとやらがお前の師匠か?」
「いや、同級生やで? しかもこの襲撃をアシストしてくれた張本人や。親父も見たやろ? ドデカイ砲弾が撃ち込まれたのを」
「何っ!? まさかアレを――」
「へっ、隙有りやでぇ!」
ニュウ!
「グハッ!?」
サトルの神器が急激に延び、ユズルの胸部を強打した。
「そ、その神器は……」
「親父も知らんかったやろ? メグミに言われるまでワイも知らんかったしな。この長棒な、ダンノーラ帝国では如意棒っちゅうらしいで。伸縮自在で他の形へも変化させれるんやと。ごっつう便利な武器やで」
これも魔力注入により発覚したことで、極限まで魔力を込めることで実現するらしい。
もしもジャスティスの剣も同様なら同じ現象が起こるかもしれないな。
「グヌヌ……。まさかこの私がサトルに屈するというのか? あり得ぬ、こんなことは有ってはならぬのだ!」
「いい加減諦めぇや親父。もう勇者の血統を重んじる家系はこれで終わりや。ミリオネックの私物化もな」
「いいや、まだだ! まだ終わりではない。こちらには本物のハングドマンが居るのだからな。――囚人159216番、我が息子――サトルを葬り去るのだ!」
しかし先程の囚人は返事をしない。というかできない状態にある。なぜなら……
「囚人159216番なら俺の上で悶絶しているが?」
「ほ、ほげぇぇぇ!?」
間抜けな声を出して腰を抜かすユズル。サトルも目を白黒させ、怪訝な顔を向けてきた。
「ゴトー、何しとるんやお前……」
「見ての通りスクワットだが?」
「ワイの知っとるスクワットは大男を背負ってはやらないんやが……」
「心配いらない。コイツの間接は全て外したからな。自力で足掻くことも不可能だ」
「さ、さよけ……」
もっと詳しく知りたがると思ったんだがな。意外にもあっさりと納得されてしまったようだ。(←尚、納得はしていない模様)
「クソゥ、もはやこれまでか。せめてジャスパーとユウガが居れば……」
「そういや見いひんな。ソイツらはどこ行ったん?」
「タワーだ」
「ああ、タワーな。なるほどなるほど――」
「――って、タワーやと!?」
「知ってるのかサトル?」
「ったり前や! タワー言うたらお前、最上階まで行けば願いが叶う言われてるアレやないかい!」
突如出てきたタワーという単語。メグミに念話を送ってみたところ、次のような返答が返ってきた。
『別名【試練の塔】とも言われているようだな。タワーには多様な魔物が住み着いているらしくてな、命を落とす者も多いそうだ』
『ダンジョン……ですか?』
『挑戦者にとっては変わらんだろうが、全くの別物だ。タワーそのものが大役職であり、最上階には本人が待ち構えているという。全てリーリスの話だがな、大昔は欲望の塔とも呼ばれていたらしいぞ? ま、何にせよ最上階まで到達した者は現れていないようだが』
だとしたら、ジャスティスとジャッジメントは何のために?
「息子2人がタワーを目指した理由か? 知らんな。強敵が現れたとは言っていたがアレも勇者だ、強敵と言える者は早々いないだろうに。だがいずれにしろ息子たちが無事ならサイゼリス家は不滅。ミリオネックという土台を失うだけで返り咲く場所はいくらでもあるのだ。どれだけお前たちが足掻こうと、この事実は覆せな――」
ドドドドドド……
「な、なんだ、地震か?」
地震? そういえば揺れが大きくなっているような……
「つ~かゴトー、お前今度は何やっとるんや!?」
「腕立て伏せだ」
「だからお前、背中に大男を乗っけて腕立てとかどないなっとんねん!」
「悪いが話かけてくれるな、今ラストスパートをかける。――ウォォォォォォ!」
ゴゴゴゴゴゴ!
「おおぃ、ヤバいて、今にも天井が――」
ボゴォ!
「ぬぅわぁぁぁぁぁぁ!?」
哀れ、ユズルは瓦礫の下敷きになったようだ。
「ふぅ……。グズグズするなサトル、早く脱出するぞ」
「どの口が言うかお前!」
だが次なる目的地は決まった。
「タワーか」
フフ、そっちも楽しめそうだ。




