急浮上!
「あ、メグミ~~~!」
コアルームに入るなり、泣きながらアイラが抱き付いてきた。
「いったい何事だ? ここまで取り乱すとはお前らしくもない。クロコゲ虫でも湧いたか?」
「ンギャァァァ! 虫の話はしないで! ああ鳥肌が立つ……」
違うのか。
ちなみにクロコゲ虫とはコソコソと部屋の中を動き回る大変不快な虫で、世界中を探し回っても好きだと公言する者はいないであろう害虫だ。特に女性からの嫌悪感が強く、初めてアレを見た私も思わず叫んでしまうほどである。
敢えて言おう、ゴキブリであると!
「お~い、暇だから来てやったゾ~。もしかしてクロコゲ虫でも出た――」
「だから虫の話は止めろっての!」
「――ぐヘェ!?」
不用意な発言で腹パンを食らう魔剣のレン。腰の入った良いパンチだった。(←見所が違うだろ)
「冗談はこのくらいにしておこうか。アイラよ、本題に入れ」
「うん、それなんだけど……」
知っての通りアイラはダンジョンマスターであり、異次元空間にてダンジョンを構築している。ダンジョンを大きくし、やがて居城となる規模に育て上げてこそ一人前のダンマスと言えるのだ。
最近までは順調に育っていたらしいが、ダンジョンコアの調子が悪いせいか機能不全に陥ったとの事。
「ダンマスがダンジョンを制御できないとかとんだ笑い者よ。こんなんじゃダンジョンバトルすら出来ないじゃない」
「だが原因があるのだろう? それを取り除く他あるまい」
「原因? 原因原因……あ!」
何かを思い出したかと思えば、途端にアイラは走り出す。私とレンもそれに続くと、ダンジョンのある一室の前に出た。ここに原因があるらしい。そして……
「ゴトー!」
「「ゴトー?」」
叫びながら中に入ると、壁や床、天井がボコボコになった室内が露に。肝心のゴトーはというと、吊り天井にブッ刺さりながら腕立て伏せをしていた。
うん? 何を言っているかだと? もう一度言おう、吊り天井に付いている剣山を背中に受けながら腕立てをしていたのだ。そう、もはやドMという域を遥かに超越した存在だと言えよう。つ~か何をやっとるんだコイツは……。
「1億20、1億21、1億22――と、なんだ、アイラじゃないか。ルシフェル様も御一緒にどうなさいました?」
「いや、どうってお前……かなり流血しているようだが……」
「床の血は刺さった当初のもので、今はキチンと塞がっています」
「剣山で」
「見りゃ分かるわ! 私が言いたいのは背中に剣山が刺さった状態で何やってんだということ!」
「これは腕立て伏せと言って――」
「んなこたぁ聞いとらん!」
何か頭痛がしてきたぞ。アイラも頭を抱えてるし。
そんなアイラが私の視線に気付くと、一連の流れを説明し始めた。
「ゴトーにダンジョンの部屋の1つを貸してるのよ、トレーニングしたいからって理由でね。まさかここまで無茶なことをする奴だとは思わなかったけれど」
うん、なんつ~か、我が眷属がすまん。もうね、すまんとしか言いようがないわ。
「なぁなぁ? 結局のところ調子が悪いのはゴトーのせいなのカ~?」
「そうね。DPを入手する機会は人や魔物の死骸を吸収するだけじゃない。トラップでダメージを与えた時にも僅かながらDPが加算されるのよ。ゴトーが吊り天井の逆さ剣山で永続的にダメージを受け続けているせいで、DPの供給過多が起こってるんだわ。通常だと考えられない現象だけどね」
「安心しろ、ゴトーのやることは常に常軌を逸っしている」
「まったく安心できないんだけど……まぁいいわ。それでね、このまま供給され続けるとダンジョンコアが破裂するかもしれないの」
「難儀だな」
「他人事みたいに言~う~な! アンタの眷属が原因でしょ~が!」
とは言えだ。連れ帰った先の邸を筋トレで破壊されてはかなわん。
「こっちで引き取ってくれぬか?」
「ふざけんな! 私のダンジョンがどうなってもいいって言うの!? 自分の眷属をこっちに押し付けんな!」
「そう言われてもなぁ……」
毎度頭を悩ませてくれるコドーをさてどうするかと考えていると、これまた毎度お馴染みの魔力反応を感知した。
シュタ!
「お悩みのようね? よかったら知恵を貸すわよ」
「どれどれ……ほぅ、さすがは期待のルーキー。とてつもない額のDPを稼いだな」
やってきたのは学園長代理のリーリスと学園長兼ダンマスのポセイドだ。
「え……呼んだ覚えないんだけど……」
「私が念話で相談したのだ。ダンジョンが機能不全になるのか……とな」
「そ。メグミさんに言われたから気になっちゃってね、直接見にきたってわけ。でも見に来て分かったわ。これはもう完全に裏技みたいな方法よね。普通ならあんなことしないもの」
リーリスが呆れ顔でゴトーを見る。端から見れば完全に拷問だと言えよう。
「なるほど。ならばゴトーくん、我輩のダンジョンでやってみるのはどうだ? そうすればDPを使って学園の設備を充実させ――」
「バカ言わないでポセイド。下手したら学園が吹っ飛ぶじゃない。そんなことになったら教師陣の私たちは真っ先に投獄されるわ」
「むぅ……残念だ」
「1億431、1億432、1億433……」
「ゴトーくん、いい加減に貴方も腕立て伏せを止めなさいよ……」
ポセイドのダンジョンも引き取り不可らしい。さて、どうしたものか……
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
『緊急警告。DPの供給過多によりダンジョンコアの処理が追い付きません。直ちにDPを開放して下さい。繰り返します。DPの供給過多により――』
「アイラよ、なんかヤバい警告が出てないか?」
「分かってるわよ! とにかく急いでDPを消費しなきゃ。え~と……通路を伸ばして小部屋も増やして魔物も可能な限り召喚と、後はフロア全体も拡張するとして、それから、え~と……ああ~ダメダメ、全然消費が追い付かな~い!」
「落ち着けアイラ。要はDPを消費すればよいのだろう? ならば充てはある」
「どどどど、ど~するの!?」
「まずはダンジョンとザルキールの街を一体化させるのだ」
「そ、そんなことをしたら二度と入口を変えられないじゃない!」
「やむを得まい? 他に方法はないのだからな」
「わ、分かったわよ」
ズゥゥゥゥゥゥン!
「ひぁっ!?」
「狼狽えるな、街とダンジョンが完全に繋がった証拠だ。次に、街の外へ放出するための装置を作る」
「どうやって?」
「通気口をイメージしろ。室内の空気を外へ排出するように作るのだ。放出するのは排出するのは魔力だぞ」
「え~と……こんな感じかな?」
ズガガガガガガガ!
「ぬおっ!?」
「ダ、ダンジョンが沈んでいく!?」
「このバカアイラ! 貴様、上に放出しよったな!?」
「煙突をイメージしたらこうなったよの! っていうかどさくさ紛れにバカって言ったわね?」
「バカでもいいから下に放出せよ! 魔力噴射による地盤沈下が発生しておる!」
「そういうのは先に言ってよ! あ~もぅ、設置場所の変更変更……」
「アハッ! 何だか楽しいゾ~!」
「「楽しんでる場合か!」」
ピタッ――ゴゴゴゴゴゴ……
「あれ? 止まったと思ったら浮上してない?」
「沈んだのだから元に戻す必要があろう」
「いや、そうじゃなくてね、戻り過ぎというか、浮いてるような気が……」
「気がするどころじゃないわ、事実浮いてるわよ?」
「「へ?」」
「外を見てご覧なさい」
壁のスクリーンに外を映し出すと、これまた見事に風景が変わっていた。街そのものが地上から切り取られたように浮いているのだ。そして案の定取り乱したフロウスから念話が入る。
『大変ですメグミさん! 突然街が浮かび上がってしまい、旦那様とお嬢様がどうしようかと頭を抱えて……』
だろうな。
『心配ない。原因は後で話すが、謁見の準備をするようにと父上に伝えてくれ』
『謁見……ですか?』
『そうだ。少なくとも国王には話を通す必要があるからな』
『分かりました』
こっちはこれで良いとして……
「アイラよ、この状態はいつまで続く?」
「ゴトーが止めない限り永遠に続くけど?」
「よし分かった」
スパン!
「イデッ!?」
「いい加減その不毛な腕立て伏せを止めぃ! 背中の手当てが終わったら街の巡回だ、よいな?」
「りょ、了解です」
立ち去るゴトーをタメ息交じりに見送ると、再びアイラへと向き直り……
「……で、いつまで続く?」
「危険域を脱するには1週間は掛かるけど、全てのDPを注ぎ込めば数年は飛べると思うわ」
ふむ、それだけ猶予があるのなら世界旅行も夢ではないな。いちいち飛び回らんでもいいし、楽な旅になりそうだ。
「よし、まずは王都へ向かうぞ。国王の許可を取ったら外遊開始だ」
いざ、新たな門出を!
「――って、何で旅に出るの?」
「良いではないか。ダンジョンに隠ってばかりじゃ陰キャが加速するぞ」
「誰が陰キャよ!」




