生還
鬼を一撃で粉砕した超人の正体は、武闘会でベスト4まで勝ち上がったあのゴトー殿だった。
彼の力を借りれば私も生還できる! そう希望が沸いてきたのも束の間、ゴトー殿はとんでもない発言を……
「俺はしばらくここに残る」
「ほへ?」
「先ほどの鬼、なかなかの耐久力だった。奴らを倒し続ければ新たな力が身に付きそうなんだ」
何を言っているのでしょう? 気でも狂ったのでしょうか? こんな場所、1秒たりとも居たいとは思いません。
というか貴方、一撃粉砕した鬼がなかなかの耐久力って、それもう嫌味でしかありませんよ……。
「あの~、私としては一刻も早く生還したいのですが……」
「ならば石を積むといい。やって来た鬼は俺が倒してやろう――フン!」
「ブギァァァ!?」
こちらに顔を向けたまま、やって来た鬼を裏拳でKOしてしまうゴトー殿。力の差が有りすぎて修行にならないのでは? いや、余計なお世話なのでしょうけれど。
――って、そんなことより魔王への対処が重要です。
「聞いて下さいゴトー殿、今我々は最大のピンチに陥って――」
「見つけたわよ邪魔者。お前たちね? 私の邪魔をしているのは」
私の台詞を遮り、全身を白いローブで覆った女が現れました。数メートル上空から我々を見下ろし、邪魔者と罵ってきます。
「失礼ですが、貴女は?」
「フン、私のことはどうでもいいのよ。賽の河原で私の邪魔をしてるのが問題なの」
「邪魔――と言われましても、私はただ生還するために石を積んで……」
「それが邪魔してるっていうのよ! ここに落ちた連中が苦しみ踠いている姿を見るのが楽しいってのにさ」
「苦しみ踠いてって……まさか貴女、この鬼を差し向けてるのは貴女なの!?」
「フッ……」
女は我々の前に降りてくると、覆っていた頭部を晒してきた。
「え……思ったより若い? でも目つきが鋭いし、性格悪そう……」
「失礼な奴ね? でも他人を陥れるのが趣味だし、間違ってはいないわ」
それにしてもこの女は黒髪。
この世界において黒髪の者は少なく、異世界からの転移者か、転生者が殆どという定義があります。まさかこの女……
「貴女、別世界の者ですか?」
「フフ、どうかしらね?」
「別世界――いや、元日本人と言うべきだろうな」
「「!?」」
それまで黙っていたゴトー殿が口を開きました。しかしこの女が日本人? 日本人と言えば、私の先祖となる人物も諸星和代という日本人で、闇ギルドで訓練を受けた後にダンノーラ帝国に移り住み、忍び一族を組織したと書物に記載されています。
しかし……
「ゴトー殿、なぜそのような事が分かるのです?」
「メグミのスキルだ。どうやらここは精神のみが行き来できる世界らしくてな、精神体のみの状態ならスキルを共有できるらしい」
「つまり、メグミ殿のスキルを使ってこの女を看破したと?」
「ああ。そして分かった。この女が敵だってな」
同族なら見逃してくれる――という考えは甘かったようです。
「ここは私の理想郷、私の世界。この精神世界の支配者たる私にとって、お前たちは只の搾取対象。さっさと同化しちゃいなさい」
ズボッ――ズボズボズボッ!
「ひぃ!? 足元から骸骨が!」
女の呼び掛けに応じて地面から這い出てくる多数の骸骨。出てくるなり私たちへと掴みかかってきます。
「く、来るなバケモノ! 私とてくノ一の端くれ、お前たちなんぞに――」
「「「カカカカカ!」」」
「ひぃ! やっぱり気持ち悪い! ゴトー殿ぉ!」
あまりの気持ち悪さにゴトー殿へとすがりつきますが、肝心のゴトー殿は涼しい顔で骸骨を撃退していきます。
「フッ――ハッ――デャア! ――っと、アンデッドは初めてか?」
「あああ当たり前じゃないですか、死者を相手にした訓練なんか受けてませんよ!」
「ならこれが初めての訓練だと思え」
「おもっくそ実戦なんですが!」
「敵は待ってはくれんぞ」
「ああもぅ、分かりましたよ!」
下に見られてるようで納得できなかったため、私は目をつむりながら音を頼りに骸骨を斬り伏せていきます。
「てゃてゃてゃてゃぁ!」
3歩進んで右、次は5歩進んで正面、それから1歩下がって薙ぎ払い。次は――
「――そこです!」
パシン!
「あれ? 防がれた!?」
「俺だ、馬鹿者。精神世界だからいいものの、現実だったら死んでるぞ?」
「すみませんゴトー殿! しかしゴトー殿なら斬られたくらいで死なないのでは?」
「そうじゃない、反射的に反撃してうっかり殺してしまうという意味だ」
「こ、今後は気を付けます……」
そんなやり取りをしつつも、のさばっていた骸骨が瞬く間に減っていきます。
「チッ、役に立たない。たかが人間2人に何を手間取っている!」
「役に立たないのは当然だ。俺は魔王ルシフェルの眷属ゴトー。主のためなら竜をも仕留めてみせよう」
ドゴッ!
「このようにな」
ゴトー殿が最後の1体を倒し、得意気な視線を女に送ります。もしもゴトー殿が成人していたら、きっとその姿に見惚れていたことでしょう。
いや、私もまだ20ですし、今のうちにお近づきになるのもありですかね? ああ、そう言えば恋人がいらっしゃるのでしたか、残念。
「あ、あれだけいたスケルトンが全滅? 嘘でしょ!?」
「あの程度のザコでは満足できん。さっさと鬼を呼び出せ」
「クッ……言われなくても!」
河原で邪魔をしていたであろう鬼たちが、ゴトー殿へと殺到し始めます。恐らくはオーガと同等か、それ以上の強さを持つであろう鬼の群れ。私が参戦しては足手まといに成りかねません。
「ゴトー殿!」
「心配ない。少し本気を出したかったしな。それよりカズエは満持を倒せ」
「満持?」
「満持紀子。あの女の名前だ」
「ま、まさか!?」
一族の初代である諸星和代が残した手記があります。自分の地位向上のためだけに仲間を裏切り、利用して見殺しにした最悪な存在が居たことを。
その人物には転移の際に授かった不思議な力を隠し持っており、いつかまた甦るのではと警戒している内容でした。結局は初代亡きあと100年以上もの間に現れることはありませんでしたが、よもやこのような所に潜んでいようとは。
警告の意味も込めて、初代はハッキリと記しています。満持紀子という名前を。
「初代の敵は私の敵です!」
「そう。お前があの和代の子孫ね……」
「クッハハハハハハ! 最高じゃない、今日という日は二度と来ないでしょうね!」
「そんなに嬉しいんですか?」
「ええ。庶民を痛め付ける毎日にも飽き飽きしていたところだもの、憎い相手の子孫がノコノコやって来たんだから可愛がってあげないと可哀想じゃない」
「クッ! その台詞、我が一族へと侮辱と捉えました。諸星家の者として貴女を成敗致します!」
「フン、生意気な。やれるもんなら――」
ボゥ!
魔力値が一気に上昇!? 特大魔法が来る!
「――やってご覧なさい――マッドプロミネンス!」
禁術と言われた最大級の魔法! ドラゴンの骨すら簡単に溶かしてしまうと言われているあの魔法が、巨大な剣を模して私に覆い被さろうと――
「あっつぅぅぅぅぅぅ! でもそれほど熱くない? ――あ、ゴトー殿!?」
なんてことはない。ゴトー殿が身を挺して私を庇っていたのです。いやもう、ゴトー殿が同世代なら本気で惚れていたかもですよ。
「大丈夫かカズエ?」
「は、はい。ですがゴトー殿は……」
「心配ない。俺なら無傷だ」
「え!?」
あんな強力な魔法を食らっておきながら、火傷1つ負ってません。
「ど、どうして?」
「ここならメグミの能力を共有できるみたいでな、少しばかり魔力を拝借したんだ。身体に到達する直前で瞬間的に魔力を大量放出すれば、どんな魔法でも打ち消せると思ったからな」
「ぶっつけ本番でそんな無茶を!」
「だが成功した。結果は何より重要だろう?」
いやもう、本当にこの人には常識が通用しないのでしょうか? しないんでしょうねきっと。(←その通り)
「ちょっとお前たち、私を無視するんじゃない! たかがまぐれで防いだからって調子に乗るんじゃないわよ!」
「ならまぐれではない事を証明してやろう」
そう言ってゴトー殿は私に魔力を注入し始めます。
「ゴトー殿、今度は何を?」
「魔王の魔力をカズエに与える」
「え!?」
「一時的にだ。10秒あれば充分だろう」
「へ? 10秒?」
「ほら、もうカウントダウンは始まってるぞ。お前の手で討ち取ってこい」
「ちょ、ちょっと――」
「そら!」
ブン!
「ひゃあ!?」
このバカ――いや、バカと言っては失礼なのでしょうが、この際バカと言わせていただきます! このバカが満持に向かって私を投げ飛ばしやがったんですよ!
こっちは心の準備すら出来てないっていうのに、そんな乱雑な性格だと例えイケメンでも絶対にモテませんよ!
いや、調査資料によるとかなりモテてるんでしたか? いい加減目を覚まして下さい、周りの女の子たち!
「あと5秒だぞ!」
あ~もぅ、分かりましたよ!
4――
時間的にギリギリ――
3――
ブレードを振り抜けば――
2――
奴の身体に――
1――
到達する!
0!
「成敗!」
ズバッ!
「グッハァァァ!?」
間に合った! 効果が切れる直前に満持を一刀両断できましたよ!
「クッソォォォォォォ! ここで――この世界で支配者となるはずの私がこんな簡単にぃぃぃぃぃぃ!」
「諦めるのですね。こんなエセ地獄のような世界なんて、どのみち長くは続きません」
「こ、このぉぉぉ、死んでもなお……私の邪魔を……和代ぉぉぉぉぉぉ!」
ブシュゥゥゥゥゥゥ……
真っ二つになった満持は怨み節を吐きつつ消滅していきました。
「やったなカズエ、見事な斬撃だったぞ」
「へへ、ありがとうござ――って、そうじゃないですよね!? いきなり投げつけるなんて酷すぎません!? 失敗したらどうするつもりだったんですか!」
「その時はもう一度注入するだけだ。なんなら俺が囮になってもよかったしな」
「…………」
ダメだこりゃ。この男に常識を求めてはいけないのでしょう。(←もっと早くに気付くべきだったな)
シュゥゥゥゥゥゥ
「おや? 身体に光が帯びていく?」
「俺もだ。どうやら目覚めの時間らしい」
「どういう意味ですか?」
「俺たちは瀕死の状態でここに来た。それが解除されるというのは即ち、誰かが回復してくれたということ」
恐らくはアイラさんでしょう。魔王モロックを吸収したことでDPを大量に獲たのでしょうね。
★★★★★
ガバッ!
「あ、ゴトーさんが目を覚ましましたよ!」
ここはスレイン子爵の邸。どうやら上手く生還できたらしく、リドや給士の獣人たちが歓声をあげる。そして一足先に目覚めたカズエが改めて礼を述べてきた。
「ゴトー殿、ご助力感謝致します。貴殿が居なければ私の生還はなかったでしょう」
「大したことじゃないさ。それに礼を言う相手はアイラなんだろう?」
この場にメグミやトワ、他の眷属が居ないのを見ると、アイラがエリクサーを使うくらいしか俺が生還できる見込みはないはず。
「助かったぞアイラ。ありがとう」
「改めて私からも。ありがとう御座います、アイラ殿!」
「べ、別に私は……」
照れているのか、アイラは赤面してモゴモゴし始める。
が、彼女とは違う人物が腰に手を充てて威張り出した。
「そうだぞ2人とも。もっと感謝せよ!」
聞き覚えのある偉そうな口調、二度とは拝めないと思っていた可愛らしい姿。そう、我が主様がベッドの傍で仁王立ちしていた。
「ただいま戻りました、ルシフェル様」
静かに頭を垂れると、彼女も満面の笑みで返してくる。
「うむ。お前の帰還を心待にしておったぞゴトー。さっそくだが直ぐに出撃する。理由は分かるな?」
「勿論です」
実は精神世界でメグミの記憶が流れてきたんだ。そこで俺はレッドフードが現れたことを知る。
一時的とはいえメグミを戦闘不能に追い込んだ存在。相手にとって不足はない。
「ゴトーよ、ついてこい。そして反撃の狼煙を上げるのだ!」
「ハッ、仰せのままに」




