知将モロック
「フフン、どうよ? 知らぬ間にダンジョン引き込み作戦は大成功でしょ!」
コアルームの壁でスクリーンとして映し出されているのは、レマイオス軍が罠に掛かって右往左往している様子。
「山道の途中からダンジョンの入口にしたの、我ながら画期的だったわ」
「……それ、立案したの俺なんだけど?」
「む……」
リドが口を挟んできた。リザードマンのくせに生意気な奴!
「細かいことはいいの! アンタは居候なんだから、黙って家主に従う! よってアンタの手柄は私の手柄! オケ!?」
「オケ――じゃない! さてはお前、ジャ○アンの生まれ変わりだな!?」
「違うっての!」
「まぁまぁお二方落ち着いて。仲間割れは敵に付け入る隙を与えるだけです」
そう言って仲裁に入ってきたのはくノ一の少女。というか……
「アンタ誰? リドの知り合い?」
「俺は知らないぞ、こんなダンノーラの忍びみたいな格好の奴なんか」
「まぁまぁ。細かいことは気にしなくても良いでしょう」
「「気にするだろ普通!」」
よく聞けばアイリーンの関係者で名前はカズエというらしく、彼女の一族は正当なアイリーンの後継者を護る義務があるのだとか。
一族で誰を後継者と認めるか揉めている中、カズエは単身で私の元にやって来たという。
「これでも対人戦は得意です。アイラ様のお命は私が護りますよ!」
「武闘会じゃ成す術なくメグミにボコられてたけどな」ボソッ
「……何か言いましたか?」
「いいや、何にも~♪」
「言っておきますがリド、メグミにやられたのは貴方も同じですからね? 忘れたとは言わせませんよ」
「……そうだった……」
ホントに大丈夫なんだろうか? まぁ敵じゃないだけマシか。
『マスター、戦力を削ぐことに成功はしましたが、敵軍の進行は止まらないようです』
ダンジョンコアの声で我に返る。スクリーンには仲間の死体を脇に避けて進んでくる連中の姿が映っていた。
「削れても数百が精々、戦意喪失には程遠いみたいね」
「だったら俺たちが行くぜ! 直接倒せば連中だって思い知るだろ?」
「それはダメ!」
コアルームを飛び出そうとするリドの袖を掴んだ。
「敵兵がザコでも徒党を組めば脅威は跳ね上がるし、狭い通路で挟まれたら逃げ場なんてない。私はダンジョンマスターだから魔物についても多少は知っている。高ランクの魔物が討ち取られる時は、決まって油断や隙というものがあるってことをね。アンタだって家族がいるんだから、自分を大事にしなさいよ」
「そ、そうだな、うん……」
思いとどまってくれたみたい。
「でもここから先はどうするんだ? 最初はトラップに気付かなかったから数を減らせたけど、軍隊ともなれば対策くらいしてくるだろ?」
リドの言う通り、奴らはトラップを探知できる兵士を前面に出し、解除しながら進もうとしていた。
「賢明ね。だけどダンジョンの恐ろしさはトラップだけじゃないのよ。――ワグマ、グルース、敵側面から急襲を仕掛けて!」
「え? なんだよアイラ、それなら俺が出るのも変わらないだろ?」
「まぁ見てなさい」
私の指示を受けた眷属2体が脇道から襲いかかる。
『た、大変だ、シャドウムーンベアが現れたぞ!?』
『こっちはデザートイーグルだ!』
『マズイ、どちらも高ランクの魔物だ、重装兵を前に出して防御を固めろ! 体勢が整ったら魔法士と弓兵で迎撃するのだ!』
『ですが隊長、奴らは既に離脱しています』
『クッ、一撃離脱か。また急襲されるかもしれん、警戒しながら進むんだ!』
『『『ハッ!』』』
暴れるだけ暴れた2体が引き上げて行く。これも作戦のうちで、ダメージを最小限に抑えて戦うのに有効なのよ。
「すげぇ、これならジワジワと追い詰められるな! 俺なら後先考えずに突っ込んでるところだよ」(←いや突っ込むなよ)
「だけどジックリ構えてる余裕もないからね。早期決着のためにもスピーディーに仕掛けなきゃ」
そう言って再び2体の眷属に急襲命令を下した。
『また現れたぞ!? 迎撃しろ!』
『ダ、ダメだ、まだ迎撃体勢が整っていない!』
『クッソ~、また逃げられ――』
カチッ!
『し、しまった、足元に罠が!』
『バカな、解除したはず――うわぁ!?』
『『『ひぇぇぇぇぇぇ!?』』』
解除したはずのトラップが再起動し、多くの兵士が落とし穴に飲み込まれていく。
「どうなってるんだ? 奴らが罠を解除したのをハッキリと見たぞ?」
「ワグマとグルースが再設置したのよ、急襲の時にね」
連中もまさかこんな小細工をしてくるなんて思ってもみなかったでしようね。
「姉ちゃん、ボクにもやらせてよ」
「ロン? ボクにもって……アンタが戦えるわけないじゃない」
「直接は戦わないよ。ボクの声を届けるだけでいいんだ」
「声を? う~ん、それだけなら……」
よく分からないままOKすると、ロンは予想外の行動に出た。
『聴こえるかモロック、お前の悪巧みは全てお見通しだ』
『なっ!? その声はロンヴァール!』
『お前のザコ兵なんかじゃボクの元まで辿り着けないよ。悔しい? ほら悔しいだろ?』
コイツ、無駄に挑発を……。
だけど効果は抜群だったようで、総大将のモロックはともかく他の兵士たちは挑発に乗って無茶な前進を始める。
『クソガッ、クソガッ、クソガキが!』
『ロンダイトの後ろ楯がない今、ロンヴァールなんか怖くもな――ヒギャア!?』
当然トラップを踏み抜いて1人――また1人と倒れていく。
「やるじゃん! 人間のくせに悪知恵だけは働くんだな!」
「サンキュ~レド、伊達に悪ガキとして父上を悩ませたりしてないさ!」
「そこ、自慢するところなの……」
けれど指揮が大きく乱れているのが手に取るように分かる。兵の数も半分近くまで減らしたし、この調子で――
――と、考えていた私が甘かった。
『ふむ、そこがコアルームか』
「え……まさか!?」
『クククククク。ターゲットの居る場所を特定し、そこへ転移するスキルが有るのだよ、私にはね』
シュン!
「しまった、もうコアルームに!」
「ロンヴァールの声は覚えているのでね、居場所を探るのは容易だったのだよ」
「クッ!」
まさか敵の総大将が単身で乗り込んでくるなんて……
「任せろアイラ、こんな時こそ俺の出番だぜ!」
「フン、リザードマンロードか。一般兵には荷が重いだろうが――」
フィキン!
「ぐへぇ!?」
「リド!」
斬りかかったリドが大きく弾かれ、壁に叩きつけられてしまった。
「戦闘ではアバードに劣るがね、これでも列記とした魔王である。たかが中級の魔物ごときに遅れはとらんわぃ。さぁ後は貴様だけだ、ダンジョンマスター。魔王相手に迂闊に挑んだ自分を呪うがいい――」
今度こそマズイ、ワグマとグルースの呼び戻しに間に合わない!
「――アイシクルレイ!」
ドシュゥゥゥゥゥゥ!
迫る魔法に恐怖し、反射的に目を瞑る。だけどいつまでたっても痛みが来ないのに気付き、恐る恐る目を開けて見ると……
「グフッ……だ、大丈夫です……か……」
「そんな……カズエ!?」
「我がスキル……チェンジ……ポータル……です。ガフッ!」
「喋っちゃダメ!」
私のいた場所にカズエが立っており、代わりに私は呼び戻した眷属たちの後ろに匿われていた。
当然モロックの魔法を受けたのはカズエであり、胸部を貫通して大量に流血している。
「く、くそぅ、余計な真似を!」
「余計ですって!? アンタは絶対許さない。ワグマ、グルース、やってしまいなさい!」
「グオォォォ!」
「キュイ!」
「フン、魔王の力、見くびるでない!」
バチバチバチ――――バチィィィ!
眷属たちの爪が阻まれ、リド同様弾かれてしまった。
「障壁!? まさかAランクのワグマまで弾かれるなんて!」
「クククク、A級なんぞ役不足。私を倒したくばS級を寄越すのだな」
唯一のSクラス――破壊竜のブラッシュはトワたちに同行させている。こんな形で仇になるなんて……
「今度こそ終わりだ、若きダンジョンマスターよ。己の未熟さに悔いながら死ねぃ!」
そんな! もう終わりなの? 姉や兄の呪縛から逃れたのに、こんな終わり方――
パシィ!
「クッ、新手だと!?」
誰かが防いだ!? 魔王の中で最弱とはいえ、モロックの魔法を弾くなんて!(←こんな場面で申し訳ないけど、なかなか酷いこと言ってますぜ?)
「良かった! 間に合ったみたいですね」
「アンタは……レン!?」
「弾いたのはボクじゃないですけどね。生け捕りにしたメグミさんには感謝しないと」
給士のレンが連れてきたのは3体のゴピー人間。確かゾルーアって名前で、闇ギルドの首領だったはず。
「フン、たかが人間が増えたところで私の勝利は揺るがん。まとめて粉砕してくれようぞ!」
「それはどうかな?」
シュルルルルル――ガシィ!
「なんだと、ワイヤーが身体に!?」
「そのワイヤーは闇ギルドのお手製らしいですよ? 少しの間、スキルと魔法を封じるんだそうです」
「ク、クソゥ……」
「さぁ、今ですアイラさん!」
レンの機転によってチャンス到来。倒すなら今しかない!
「ワグマ、渾身の一撃をくれてやりなさい!」
「グオォォォ!」
ドガッ!
「グ……ゥ……ェ……」
ワグマのベアクローでモロックの胸部が大きく抉れる。心臓もろとも抉ったらしく、ほぼ即死だったでしょうね。
後はモロックの死体を進行中の部隊の前に転がしてやれば、指揮はガタ落ち。総崩れになって勝敗は決する。
「勝つには勝った、けれど……」
カズエを死なせてしまったショックは隠せない。
「おいアイラ、この姉ちゃんまだ息があるぞ!」
「なんですって!?」
リドの台詞で我に返り、カズエを手当てし始めた。
★★★★★
「……む? ここは……」
私はカズエ、ダンノーラのくノ一。里の決定を待たずして、単身でアイラ様の元へ馳せ参じた――までは良かったのですが、アイラ様の身代わりとなり、つい先ほど落命したばかりで――
「妙ですね? 死後の世界にしてはハッキリと洞窟のようなものが見えます。もっとボヤけてるのを想像したのですが」
ともかく、洞窟以外に何も見当たりませんし、中へ入ってみましょう。
「う~ん、見れば見るほど妙です。灯りが無いのに不思議と暗くありません。洞窟の中ですよ? 松明が無ければ何も見えないはずなのに……あ!」
洞窟の先に淡い光が見えました。好奇心に負けて走り出すと、淡い光は出口であることが判明。そして勢いよく走り抜けると……
「ま、まさかここは――」
聞いたことがあります。永遠と川辺で石を積み続ける話を。
「――賽の河原!?」
まさか実在するとは……。
しかしながら、聞いた話と違う点があります。この河原には老若男女とはず、更には様々な種族が石を積んでいるのです。
「おお、あのドワーフ、もうすぐ自分の背丈を越える高さに!」
確か賽の河原では、自分の背丈以上に石を積み上げることでここから解放される――と聞きました。
つまりは生き返ると? ならば……
「ぐぉあぁぁぁ!」
な、何ですか、あの巨人は?
どこからともなく巨人が現れたのです。そして巨人は一直線にドワーフの元へと駆け寄っていき……
「グッヘッヘッヘッ!」
「ヒィ!? ヤ、ヤメロォォォォォ!」
グシャア!
「グッヘヘヘェ!」
完成間近というところでドワーフの石は謎の巨人によって崩されてしまいました。巨人は満足そうに嫌らしい笑みを浮かべると何処かへ去っていきます。
「ま、まさか、アレを倒さなければ生還できないと?」
倒せるのでしょうか? 精々がオーガを倒せる程度の私に。
いや、やらないわけには行きません。どういう巡り合わせか知りませんが、チャンスではありませんか。
「よし、まずは石を積んで……」
手先は器用ですからね、積み上げるのは得意なのです。
「さて、そろそろ――ですか」
ズシン、ズシン、ズシン、ズシン!
「やはり来ましたか。しかし……」
「ぐぅおぁぁぁぁぁぁ!」
「クッ……」
こ、怖い、怖くて震えが止まりません。しかし……
「やらないわけにも行きません! はぁぁぁぁぁぁ!」
こうなったら一か八かです。
「諸星流――流し斬りぃ!」
「グッヘェェェ!」
バキィ!
「キャア!?」
頭部付近まで飛び上がったのですが、あっさりと叩き落とされてしまいました。
しかもこの巨人、あろうことか私の石を壊する気で――
ドゴォォォォォォ!
「え……あの巨人が倒され――た!? いったい誰が!」
倒れた巨人の側には、大変見知った男の子が立っていました。
「よう、大丈夫か?」
「貴方は……」
「……ゴトーさん!?」
とても心強い人と合流できました。
賽の河原
:実際の言い伝えとこの世界での内容は異なります。ご注意下さいませ。




