魔王ダイダロス
「トワ様、もうすぐ夜明けです。フェイの話が本当なら、そろそろかと」
「失礼な言い方ねヘビ男! あたしが嘘ついてるって言いたいの!?」
「いえ、そういうつもりでは」
まったく、騒がしいこと。レッドフードという強敵を前にした雰囲気ではありませんわね。
「2人とも静かに。そう騒がれては気が乱れてしまいます。奇襲を受ければ今度こそ助かりませんわよ?」
「これは失礼」
「そ、そうね、気をつけるわ」
ですが重苦しい空気が軽くなったのは良いことかもしれません。
「ねぇねぇツェンレン、これから現れる魔王ってどれくらい強いんだ?」
「想像を絶する強さですよ」
「それってククルルたちより強いん? せめてゴトーが居れば心強かったのにナ~」
「貴女が頼りにするほどの存在でしたか。宿敵との戦いで重傷を負わなければ彼にも期待したかったのですがね」
ゴトーに関してはキル子にも只者じゃないと言わせるほどでしたが……無い物ねだりをしても仕方ありませんね。
「…………」
「んぁ? どうしたフロウス、戦う前からビビってんのか?」
「そ、それは……んん。そういうキル子さんは怖くないのですか?」
「そりゃ怖ぇよ、トワが一撃で戦闘不能になるくらいだからな。けど俺はトワの――魔王シャイターンの眷属だ。主を置いて逃げるなんて選択肢は最初からねぇよ」
そうです。キル子もウワベも恐怖を感じないわけがない。でもここで引いてはメグミを見殺しにするようなもの。できるわけがありません。
「…………」キッ!
「どうしましたユラ?」
「……北より強力なエネルギー反応を感知。真っ直ぐにこちらへ向かって来ます」
「来ましたか」
場の雰囲気が引き締まり、皆の視線が北の空に集中します。
「……カウント入ります。9、8、7、6、5――」
カウントダウンと共に微風が強風へと変化していき、庭で戯れていた鳥たちも危険を察して飛び去っていく。
「――4、3、2、1――」
ブワッ!
「!!!」
突風により、整えていた髪が一気に巻き上がります。が、敵の存在はしっかりと捉えました。
「ようこそレッドフード。いや、魔王ダイダロスと言ったほうが宜しいかしら?」
「…………」
彼女は答えない。ただ静かに上空からこちらを見下ろしています。
ですが代わりに答えたのはツェンレンでした。
「ボクの鑑定スキルでも同じでした。魔王ダイダロスで間違いないでしょう」
魔王ダイダロス、この世界を崩壊させるほどの存在。しかしゴトーの話によれば、レッドフードは傭兵団を率いていたはず。
「自慢の傭兵はどこへやったのです? 共に行動していたのでは?」
「傭兵団は解散した。此度の戦いと彼らは無関係だから」
「本来ならわたくしたちも無関係だったと思われますけれども。先に仕掛けてきたのは貴女の方でしょう?」
「それについてはすまなかったと思っている。強い魔力を感知し、つい高揚してしまったのだ。お前たちなら我を倒せるかもしれない――とな」
まるで倒されるのが目的かのような言い方。それとも回りくどい挑発でしょうか?
「戯れ言ですわね。望みとあらば倒して差し上げてもよろしくてよ? ええ、今すぐにでも」
「フッ、期待してるぞ。――さぁ、どこからでもかかって来るがいい!」
あっさりと先手を譲って来ましたか。少々ムカつきますが、このチャンスはありがたく頂戴することにしましょう。
「行きますわよ――はぁぁあ!」
ガッ!
全力で振るったわたくしの手刀は、虚しくも片手で阻まれます。
「さすがに正面からでは通りませんか」
「だが悪くはない。魔王と呼ばれるだけはあるのだろう。本音を言えば、我の手をへし折るくらいはやってほしかったが」
「フッ、では期待に応えて差し上げましてよ? ――アイシクルプレゼン!」
わたくしの手を通してダイダロスの身体が凍り付いていく。分かりやすく言えば雪女ですわ。
「む? 身体が凍る!?」
「今さら後悔しても遅くってよ? ――さぁ皆様、存分にお戯れを!」
これですぐには回避行動に移れず、他の者たちの追撃が叩き込まれるのです。
「オルァ! 切り込みの一番槍ぃぃぃ!」
「受けよ――大蛇の牙!」
「猫光爆裂脚!」
「……ストームサーベル」
「一気に終わらせますよ――ウィンドゴッドカッター!」
攻撃が当たる度にダイダロスの身体がミシミシと音を立てる。凍り付くというのは硬くなることを意味し、その硬さを壊せる威力が加われば文字通り砕けるのです。
「さぁ、トドメですわよ――」
バッ!
滅多打ちにあった直後のダイダロスを上空へ放り投げ、最強クラスの魔法を下から見舞います。
「――ゴッドツンドランサー!」
「グハッ!?」
巨大な氷柱がダイダロスを貫く。常人であらば絶対に生きてはいないと、一目で分かる有り様です。
けれどまだ終わりじゃありません。上昇した先では巨大ハンマーを手にしたククルルが待ち構えており……
「よし来た! へビィスレッジハンマーだぁぁぁぁぁぁ!」
ドガン!
「グホッ!」
ドシィィィィィィン!
最後は地面に叩き付けてやりました。数百メートルは有る高さからです、凍った身体では今にも壊れそうに――
「フッ……ハハハハハハ! 良いぞ、実に良い、それでこそ襲撃した甲斐があったというもの! さぁもっとだ、もっと我を追い詰めてみせろ!」
「「「!?」」」
あれだけのダメージを受けておきながら喜んでいられるほどの余裕が!? いや……
「まさか、自動治癒!?」
「そうとも。この機体はかつて存在した宇宙共和国の遺産。様々な能力を飛躍的に上昇させているのだ」
そう言ってダイダロスは本来の姿を現しました。
全身が黒塗りにされた未知の鉱物で保護され、まるでサイボーグのような見た目に。まさかファンタジーの世界でこのような輩を目にすることになるとは思いませんでしたわ。
「さて、今度は我の番だ。この波動に耐え、再び立ち上がって見せよ――」
「ハッ!? 高エネルギー反応!」
「マズイです! 皆さんボクの後ろへ!」
危険を察したツェンレンが結界を展開。しかし直後に強力なスキルが!
「――ガルツレイザー!」
ガツン! ――ジジジジジジ!
ダイダロスが放ったレーザーを結界が阻みます――が……
「クッ……予想よりも強い!? このままでは10秒も持ちません!」
「聞いての通りですわ、結界が消滅する前に各自バラけるのです!」
「……カウント入ります。3、2、1――」
「――0」
ジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!
ユラのカウントが0になるのと同時に各自散開。わたくしたちが居た場所をレーザーが焦していきます。
「フフ――ハハハハハハ! まだまだ戦えるのだな!? 面白い、これほど充実した戦いは初めてだよ! さぁもっとだ、もっと足掻け、そして我を葬ってみせよ!」
このダイダロス、やはりただ者ではありませんわ。こんな時、メグミならどうやって対処を――
いや、居ない者に頼るなんてらしくもない。わたくしはわたくしの戦いをするまで!
★★★★★
時間を少し巻き戻し、夜が明ける前のこと。闇に紛れたレマイオス帝国の軍勢が黙々と峠を進行していた。
峠を下った先にあるのはペルニクス王国のザルキールの街。武闘会により王都へと注意が向いているのを好機と捉え、総大将モロックは進軍を決断したのである。
「モロック閣下、間も無くザルキールの街が見えて参ります」
「で、あるか」
ペルニクス王国。弱小国だったはずが、いつの間にか強国になっていた。
逆に我が帝国はと言うと、ロンダイト皇帝に続いて魔王アバードの死により衰退する一方。奪った領地も徐々に奪還されつつあり、国力はペルニクス王国と逆転している始末。
そこで起死回生の一手として、元凶であるザルキールの魔王を揺さぶる作戦に出たのだが……
「あのヤクシジとかいう男はどうした? 続報がないのはどういう事だ?」
「ハッ。作戦開始からこれまで、何の報ももたらされてはおりません。しかし……」
「しかし……なんだ?」
「合流予定に指定されていた場所は焼け落ちた家屋でした。作戦が失敗したか、作戦そのものを放棄された可能性が……」
「クッ、あの詐欺師めが!」
魔王ルシフェルを見て恐れを成し、黙って逃走したのだろう。「俺にかかれば領主の娘なんぞ簡単に連れ去れる」と大口を叩いた結果がコレとは。我ながらバカな男に賭けたものだ。
「まぁよい。夜が明ける前にザルキールへの急襲を成功させ、ルシフェルもろとも討ち滅ぼすのだ。それ以外にレマイオス帝国が生き残る道はないのだからな」
そのために可能な限りの兵を集めた。総数は6000程にしかならなかったが、失敗は許されぬ。
「ところでザルキールはまだか? もうそろそろ見えてくるはずだが」
ふとした疑問を溢した直後、伝令が慌ただしく駆けつけた。
「せ、斥候より伝令! 前方に有るはずのザルキールを確認できず! 進路を間違えた可能性大との事です!」
バカな!
「一本道であるぞ、どうやって間違うというのだ!?」
「も、申し訳ありません! ですが、見渡す限り森が広がっており、把握していた地形とも程遠いとのこと。せめて日が上がれば視認できるのではと……」
日が上がれば?
「おい、我が隊は東に進んでいるはずだ。なのになぜ太陽が見えてこない? 夜明け前なら峠を越せば見えてくるだろう」
「ハッ!? い、言われてみれば……」
嫌な予感がする。一度引き返して安全を確認すべきか? しかし……
そう頭を悩ませている時だった。
シャッ――――――――グサッ!
「ギェェ!?」
1人の兵士が矢を受けて倒れ込む。
「て、敵だ敵襲ーーーーーーっ!」
敵だと? バカな、私とて魔王の端くれ、敵の反応が近くに無いことくらい判別できる。
「いったいどこから――」
シュゴーーーーーーッ!
「ギャァァァァァァ!」
矢が飛んできた先を確認する間もなく、今度は地面から立ち上がった火柱により、1人の兵士が黒焦げに。
「トラップだと!? こんな道の真ん中で」
いや、この際だ、場所いい。いいが、こんな即死に近いトラップなんぞ、誰が仕掛けるというのだ!
ジャラララララララ――――ガシャン!
「「「グエェェ……」」」
な、何もない上空から吊り天井!? このようなトラップ、ダンジョンでしかあり得ぬではないか。いや……
「ま、まさかここは!」
『フフン、ようやく気付いた? アンタらは私のダンジョンに迷い込んだ哀れな侵入者なのよ』
「ダンジョンマスターだと? 貴様……これは我がレマイオス帝国への宣戦布告か!」
『攻めてきたのはそっちだけどね。まぁどっちにしろロンヴァールの敵は私にとっても敵だし、アンタら全員DPとして取り込んであげるから感謝しなさい』
なんという事か、まさかダンジョンに足を踏み入れてしまうとは!




