旧知
メグミとトワの試合が始まる前、既にゴトーは闘技場を後にしてザルキールの邸に戻っていた。
「フロウス! アルスお嬢様の誘拐は本当なのか!?」
「すみません、私が居ながら不審者に気付かないなんて……」
「それはもういい。今はアルス様の奪還が重要だ」
「そ、そうですよね。ではこちらを」
そう言って差し出してきたのは一枚の紙切れで、そこには異世界の地で俺の存在を知ったことの喜びと、前世では叶わなかった俺との再戦を熱望する内容だった。
「連れ去られた直後、入口に落ちていたのを使用人が見つけました。相手は念話でお伝えした通り……」
「薬師寺明雄……か」
紙切れの最後に記されていた名前。この名前には見覚えがある――いや、忘れるわけがない。
「アルス様を救出してくる。すまないがフロウスの方でポーションを用意しておいてくれ。必要になる可能性が高い」
「ポーションを? それほど危険な相手なのですか!? ならフェイちゃんとレンちゃんも一緒に――」
「いや、2人には俺の代わりに闘技場へ向かってもらった。メグミとトワの戦闘は周りに被害が出るほど危険だ。だからあの2人にも結界を張ってもらわなくてはな」
「そんな、御一人で!」
「俺は大丈夫だ。それに……」
【人質を返して欲しくば1人で来い】とも書かれていたんだ。
「複数で行けばアルスは確実に殺される。それだけは絶対に避けなければ」
「分かりました。どうか御無事で」
「ああ。必ず助け出してみせる」
言うや否や、俺は邸を飛び出した。向かう先はレマイオス方面の峠の更に先。そこにある廃屋にアルスが捕らわれているらしい。
シュタ!
「ここか……」
山道の脇にポツンと建っている一軒の建物。ここはかつてジョグスが酒場をやっていた場所だ。
ギィィ……
ソッと扉を開いて中の様子を窺う。中にはアルスと誘拐犯がいるはず。
「!? アルスお嬢様!」
奥のテーブルで寝かされているのを発見した。手足を縛り上げられ、薬か何かで眠らされているようだ。
「お嬢様、今お助け致しま――」
ピタッ!
拘束を解くため近寄ろうとした俺は本能的に足を止めた。そうだ、薬師寺には前にも煮え湯を飲まされているんだ、同じ手に掛かるわけにはいかない。
するとこれまでの動作を観察していたのか、カウンターの奥から憎き誘拐犯――薬師寺が姿を現す。
「意外だったぜ。バカ正直にその女を解放すると思ったんだがな」
「……薬師寺」
注意深く薬師寺を観察する。コイツは民間軍事会社に身を置いていた過去があり、対人戦の経験は豊富だ。
俺も負けてはいないが、いざ相手を殺すことに関しては何の躊躇もしてこない。
目を凝らせばアルスを結ぶよう細いコードのような物が見える。触れると何かが起動するんだろう。
「気付いたか? その女を動かせば爆弾が起動する。C4爆弾だ。このボロ屋の隅々に仕掛けてやったぜ」
やはりか。あのまま駆け寄っていたら危なかった。
「物騒な物を持ち込んでくれたな?」
「おっと、勘違いしないでくれよ? C4を手に入れたのはミリオネックとかいうデカイ国のジャンク屋だ。しかもたったの銅貨10枚ときた。大方この世界の連中にゃ価値が分からんのだろう。だから俺が活用してやんのさ」
意外にも転移者や転生者は多い。その中の誰かが作ったか、もしくは転移と共に持ってきたのだろう。厄介なことをしれくれる。
「しかし見違えたな虎爪さんよぉ? 俺が知ってる虎爪は眼光の鋭いクソ爺だった。それが生意気そうなオスガキとはな」
「そういうお前は変わらないな。いや、あの時よりかは老けたか?」
「フン、ほざけ。異世界転移ってやつだ」
つまりは転移者。ならば特別なスキルを持っている可能性は低いか? いや、油断はできない。奴にスキルがなくても頭の回転が早いんだ、考える隙を与えず一気に仕留めるのだ得策だ。
「さぁて、前座はこのくらいにしようや。お待ちかねのショータイムと行こうじゃねぇか。あっちの世界じゃ苦い思い出になっちまったからよ、お互いにな」
「…………」
薬師寺の言う通り、一度コイツと戦ったがためにトラウマのような出来事が起こったのを憶えている。
当時コイツは反政府連合に属していて、幹部の1人だった。活動資金の調達のために資産家の娘を誘拐し、身代金を要求。人質救出のため極秘裏に俺への打診があり、俺は承諾。救出に向かったのだが、戦闘では敵わないと悟った薬師寺は、あろうことか人質を爆死。自身も火傷を負い、敢えなく検挙されてしまう。
一方の俺は人質救出に失敗したのを切っ掛けに過去のことを蒸し返され、俺に関わった者を死に追いやることから死神という不名誉なレッテルを張られることに。
ならば今こそ汚名返上の好機だ。
「薬師寺ぃ!」
「フッ……」
スッ!
「消えただと!?」
勢いよく殴りかかるも、肝心の薬師寺は目の前で消えてしまった。そこへ得意気な感じに薬師寺の声が響く。
「この世界はつくづく便利だよなぁ? 姿を消すなんざマジシャンくらいだと思ってたのによ」
「……マジックアイテムか?」
「ご名答。少々値は張ったが使い方しだいで上ランクの魔物だって倒せる。だがそんな事を気にしてていいのかぁ? あの薬は強力だが個体差によっちゃ効き目が薄い。早くしねぇと女の目が覚めちまうぜ!」
「クッ……」
悔しいがその通りだ。奴の気配を察知し、一撃で仕留めなければ。
シュ!
「ナイフが!?」
シュシュシュシュ!
「クソッ!」
奴の気配を掴むより先に、ナイフが飛んできた。1つだけではない、3つ4つと立て続けに飛んでくる。
避けられれば簡単だがそうもいかない。ナイフが飛んでいく先にはアルスが横たわっているんだからな。
「流石だな、動きは鈍っちゃいないようだ。むしろ機敏になっているか? 若返ったのも無駄じゃないようだ」
「そう言うお前は老けたようだな? 直接襲って来ないのは、俺に恐れている証拠」
「フン。生憎こっちは転移しただけだからな。全盛期に比べちゃ劣ってるだろうよ。けど幸運だったぜ? 移送されてる最中に雷が直撃してよ、気付けば車ごとこっちの世界さ。他の連中は何故だか消えてて、俺だけが自由の身ときた。そん時に思ったのさ、俺だけが選ばれたってな。そしてテメェの名を耳にして思った。テメェとの決着のために呼ばれたんだってな!」
シャシャシャシャシャシャ!
「チッ!」
喋りながらもナイフの投擲は絶え間なく続く。奴のヘイトをこちらに向けれれば……
「お前との戦いはあの時に終わった、お前は負けたんだ!」
「いいや、負けちゃいねぇ! 人質が死んだ時点で引き分けさ。そして今回も俺に敗北はねぇ。有るのは引き分けか勝利のみ! テメェの勝ちはねぇんだよぉぉぉ!」
シャシャシャシャ!
しめた、ナイフが俺に向かってきた! 後は上手く誘導して……
ザクッ!
「クゥ!」
「ハハハハ! バテてきたかぁ? そりゃそうだ、大人と子供の体力を比較するのがそもそもの間違いだ。テメェの動きに陰りが見えた今、俺の勝利が確実なものに――」
ザクザクザクザクッ!
「グオォ!?」
何もないはずの空間に複数のナイフが突き刺さり、血が滲み出るのと同時に薬師寺が姿を現す。ナイフが刺さった影響でアイテムの効果が切れたのかもしれない。
「ク、クッソォォォ、いつの間に!」
「お前が無駄口を叩いている間にだ。気配を探るのは簡単だからな。お前の注意を引いて隙を作るだけでよかったんだ。――フン!」
グギィ!
「グアァァァァァァ!? テ、テメェ、足を折りやがったな!?」
「逃がさないためだ」
これで薬師寺の勝ちはない。後はアルスを救出して――
「ん……んん……」
「「!?」」
しまった! アルスが目を覚ました!
「ここは……」
アルスが体を動かせばC4が爆発する!
もはや考えてる暇はなかった、俺は咄嗟にアルスへと飛びかかる!
ガバッ!
「……え……な、何?」
説明してる余裕はない。俺は有りったけの魔力を開放し、アルスを包み込んだ。
ドォォォン! ドドドドドドォォォン!
1つのC4が爆発すると他も誘爆を起こす。
「ギャアァァァァァァ! と、虎爪ぇぇぇぇぇぇ……ぇ……」
背後で薬師寺の断末魔が聴こえるが気にしてる間もない。少しでも気を緩めたらアルスが消し飛ぶ。それだけは阻止したい。絶対にアルスは生還させる!
「例えこの身が砕けても!」
俺は最後の気力を振り絞り、ザルキールの座標を強くイメージ。全身を焼かれつつそこに向けて大ジャンプをした。
キャラクター紹介
ゴトー
:本作の裏主人公。超人的なステータスを持ち合わせた人間だが近代兵器に対しては分が悪く、アルス救出の際に致命傷を負う。無事に生還できるかは……
薬師寺明雄
:生前のゴトーと因縁のある相手で、とある事件を起こして服役中――だったのだが、移送中の異世界転移でイグリーシアにやって来た。
放浪中に偶然耳にした虎爪というフレーズでゴトーの存在を確信。再戦を挑むもゴトーにより足を折られ、爆発から逃れる術なく爆死した。
アルス
:ゴトーの居候先の貴族令嬢。薬師寺の策略に嵌まり、まんまと邸から連れ出されてしまうものの、ゴトーの活躍により僅かな火傷だけで無事帰還した。




