影の守護者
「これは凄い、凄すぎる! まさか未成年同士の対決で、ここまで火花の散る戦いは初めてかもしれな~~~い!」
興奮するレフェリー。観客たちもが大熱狂している中、俺はミリーという名の少女と戦っている。
この銀髪少女――いや、幼女と言っても差し支えのない相手に対し、見た目では互角の戦闘を繰り広げているのだが……
「……この程度なら耐えられる。もっと本気で来い」
この程度と言われても、ゴブリンなら間違いなく粉砕している程の力だ。その力で拳を振るっているにも拘わらず、殆どダメージを与えられていない。つまり、ミリーは並の人間ではないということだ。
「ならばこれで!」
ドゴッ!
参ったな、それなりに力を込めたはずなんだが。
「……悪くはない。でももっと力を出せるのなら、ミリーと同等にはなれるかも」
「眉1つ動かさず、しかも片手で受け止められては頷くしかない。本気を出してもいいが、1つだけ答えてもらおう」
「……何?」
「お前の正体だ。普通の人間ではないのだろう?」
「……イェス。ミリーは人間ではない。ミリーの正体は――」
シュピン!
「……ミスリルゴーレム」
腰に手をあて、明後日の方向を指した決めポーズ。お世辞にも様になっているとは言い難い。いや、それよりも……
「ゴーレム……か。文献によれば最低限の意志疎通しかできないものが大半だと記されていたが、お前を見る限りはそうでもないらしいな」
「……ミリーは特別。そこらのゴーレムと一緒にするのは良くない」
「そうか。ならば特別扱いはしない。壊れても文句は言うなよ!」
ダッ!
ミリーの正体は分かった。ミスリルゴーレムだと言うのなら、ミスリルを破壊できる力でなければ倒すのは難しい。
それ即ち、強靭な竜の鱗をも貫くほどでなければならないということ。
「受けてみよ! 後藤流――鉄骨崩し!」
重い正拳で硬い表面を突破し、そこから波紋のように振動を広げ、やがては全てを崩す技だ。
対象が硬ければ硬いほど効果があり、ミスリル相手なら特効だろう。
「…………」
「バカな! 効果がないだと!?」
受けたはずのミリーは無表情のまま突っ立っている。アレを食らって無事でいられるはずは……
ミシ……ミシミシミシ……
「……あ、痛い……」
痛がってるようには到底見えないが、一応ダメージは受けているらしい。
「……ミシっていった、今ミシっていった、これ絶対ヤバいやつだ。治療費よこせ」
「お前が本気を出せと言ったんだ。俺のせいにするなよ」
「……ああ言えばこう言う……」
「俺が悪いと言いたいのか?」
「……イェス。女の子にケガをさせるような奴は男じゃないってマスターが言ってた」
「それはケースバイケースだ」
「ケーキバイキング!?」
「いや、ケーキの話はしていないが……」
このゴーレム、見た目通りに知能が幼いのかもしれない。
「……嘘の情報でミリーを釣るとはいい度胸。絶対に許さない」
いよいよ本気を出すらしい。
「……これがミリーの最強技――」
体勢を低くしたかと思えば、次の瞬間には地面を蹴っていた。
ザッ!
「――タックルキャノン」
体当たりか。火薬を使わなくとも大砲かそれ以上の威力はあるだろう。俺としても素手で殴るのは限界がある。ここはカウンターを決めたいところ。
「来い!」
左手だけを前に出し、右手はカウンターを当てるため後ろに構える。
そしてミリーが目前に迫った瞬間!
ドォ――
左手から魔力を一気に開放し、ミリーの動きを一瞬だけ緩めた。ほんの1秒にも満たないが、俺にとってはそれだけで充分。狙いを定めるのに支障はない!
「後藤流、カウンターアッパーカットォォォォォォ!」
ボグッ!
右手の拳がクリーンヒットし、ミリーの頭部だけが遥か上空へと飛んでいく。
ちなみにさっきの魔力開放は勇者ククルルのスキルを応用したもので、魔力を当てることで時空を歪ませられないかと思い、実行してみた結果だ。賭けだったがな。
「……よっと、ナイスキャッチ」
吹っ飛んだ頭を回収したミリーが戻ってきた。そしてレフェリーに何やら喋り出したと思ったら……
「試合終了ーーーーーーっ! ミリー選手の降参により、この試合の勝者はゴトー選手に決まりましたーーーーーっ!」
「「「おおおっ!」」」
まさかの降参だった。
「頭が無事なら戦えるんじゃないか?」
「……そうでもない。お前のえげつない一撃で、ミリーの身体は既に限界。悔しいけどミリーの負け」
「ならいいが。しかしミリー、お前は強いな。可能ならマスターとやらに会ってみたいものだ」
「…………」ピクッ
マスターという単語を口にした瞬間、ミリーの表情が暗くなる。そこで何となく察してしまった。
「すまん、今のは忘れてくれ」
「……大丈夫。それも含めて話さなきゃならないから」
「話す――って……何をだ?」
「……アイラのこと。そしてアイリーンのこと」
そうか、ミリーも関係しているのか。
「ならばメグミを交えてゆっくり話そう。次の試合が終わるまで、観客席で――」
「……大丈夫。すぐ終わる」
「ん?」
根拠を語らずステージに視線を移すミリー。そこにはメグミと、対戦相手のくノ一のような女が対峙していた。
「あのくノ一も関係者か? すぐ終わると言うのは……」
「……もちろん――」
次の瞬間、観客たちが熱狂に包まれた。
「凄ーーーーーーい! ルシフェル選手、開始数秒でカズエ選手をノックアウト! これは優勝候補まちがいなしかぁ!? 悠々と準決勝に進出だぁぁぁぁぁぁ!」
「「「うおおおぉぉぉ!」」」
確かにすぐ終わったな。
「……ほらね。カズエは威勢だけはいいから、相手を挑発してKOされるのが得意」
「それは……得意と言っていいのか?」
「……本人に言うと真っ赤になって否定するけど、たぶん照れ隠し。本当は喜んでる」
喜んではいないと思うが。
そんな雑談を交わしていると、メグミに首根っこを掴まれたカズエがこちらにやってきた。
「……ご苦労、カズエ」
「な~にがご苦労ですか! こんなに強い相手だとか聞いてないんですけどぉ!?」
「……ノー。ミリーは確かに言った。ちょっと強いと」
「ちょっとどころじゃないでしょぉぉぉ!? てっきりオーガ並の強さかと思ったじゃないですか!」
それはミリーが悪いな、うん。
そして当の本人――オーガ扱いを受けたメグミには大いな不満があったようで、鼻息荒く突っ込んでいく。
「おい貴様ら、他人をオーガだの何だのと、失礼極まりない連中だな?」
「……でもオーガとは比較にならないくらいの強さだった。さすが魔王、立派立派」
「フン、当然であろう? なかなか話が分かるじゃないか。やはり見る者が見れば分かるのだな、うむうむ」
確かに見る者が見れば分かる。メグミは案外チョロいと。
「フ、フン! 私がちょっと油断したからこうなったのです。最初から本気だったら、こんな小娘に――」
「……ほぅ? ならば今からでも本気で行くか? ああん!?」
「ゴ、ゴメンなさい、ちょっと言い過ぎました。本気を出しても勝てない……かも」
そしてこのカズエというくノ一、口が災いしているようだが……そろそろ助け船を出してやるか。話があるらしいからな。
「ルシフェル様、その辺りでご了承を。どうやらこの者たち、重要な話があるようで」
「ほぅ?」
★★★★★
「――で、どうしてわたくしの部屋なんですの?」
ミリーとカズエを引き連れ、やって来たのは宿屋の一室。しかもトワの部屋だ。唐突な訪問者に、さすがのトワも眉間にシワを寄せている。
「ここの宿屋は富裕層向けだからだ。広くて話しやすいだろう?」
「……貴女の自宅でよろしいのでは?」
「だってほら、何となく面倒臭い感じがするし、だったらトワも巻き込んでやろう――とか思ってるわけではない。決してない。そこにトワがいたからとか全然ないからな」
「進んで巻き込んだのですわね?」
「……テヘ」ペロッ!
「…………」
メグミよ、さすがにそれはない。
案の定トワのこめかみに青筋が浮かんできた……が、やがて大きなタメ息をつき……
「はぁ……。毎度毎度、貴女の行動は予測できませんわね。オフ会を自分で設定したのにもかかわらず集合場所を間違え、結局合流できずに終わって苦い思い出になったあの日を忘れてはいませんわよ?」
「ぜ、前世の話を持ち出すのは卑怯だぞ!? 新宿と原宿を間違えただけではないか!」
「ぜんっっっぜん違いますわよぉぉぉ! そんな下らない間違いをするとか、小学生以下じゃありませんか!」
「なにおう!? 英語の自己紹介でエターナルと言ったことをバラすぞ!」
「たった今バラしたでしょぉぉぉ!?」
やれやれ、話が進まんな……。
肩を竦めるとキル子と目が合い、互いに頷き合って制止に動く。
「ルシフェル様、戯れるのはその辺で」
「トワもだぞ。真面目に聞いてやろうぜ」
暴れる2人を引き剥がすと、真面目な顔つきになったカズエが切り出した。
「突然ですが、私の正体はダンノーラ帝国の忍び。いわゆる影に生きる者です」
「分かるぞ? カズエのその格好、くノ一というやつだろう」
「その通り。そして我々の任務はアイリーンの末裔を護ることにあるのですが……」
「どうした、歯切れが悪いぞ?」
「……すみません。末裔と言っても一人ではないため、誰を正当な末裔とするかで組織の中でも揉めているのです」
それは想像できる。地上軍のラヴィリンスと宇宙軍のラヴィエル。そしてアイラ。知ってる限りでも3人はいるんだからな。
「このままでは埒が明かない、そんな時、衝撃的な出来事が起こりました。大役職、しかも勇者の1人でもあるジプシーの死です」
今は義妹として匿っているアイラを狙っていた奴か。
「言っておくが、殺したくて殺したわけじゃないぞ? 先に手を出してきたのはジプシーなのだからな」
「分かっています。全てはアイラ様を護るために起こったこと。しかし組織の中には理解しない者も居りますゆえ、貴女を危険分子として排除に走る者も現れかねないと……」
「忠告しに来たのか」
「はい」
だが今さらだな。とっくの昔にレマイオス帝国から狙われ続けているんだ。
「来るなら来い。但し、命の保証はしない。私に挑む者にはそう伝えておけ」
「分かりました。息巻いている者には遺書を書かせるようにしましょう」
これで話は終わり……とはならず、トワが訝しげな表情で話を振った。
「ミリー、貴女が大会に参加した理由はなんですの?」
この後、衝撃的な事実が!
「……優勝賞金でお菓子を爆買いしたかった」
やはり見た目通りに子供だったようだ。




