学園生活スタート
「フフ、いよいよメグミちゃんも学園生活が始まるのですね」
「うむうむ、我が娘が楽しく学んでいる光景が目に浮かぶようだ」
先程から笑顔で語るこの親子。娘の方は数年前に私が救出した貴族令嬢アルスで、父親の方はここザルキールの街で領主をしているスレイン男爵だ。
「思えばもう3年も経過しているのですね。あのまま救出されずにいたら、こうして今日という日を迎える事はできなかったでしょう」
「あの事件から3年か。長いようであっという間であったな。メグミには感謝してもしきれん。本当にありがとう」
「ありがとうメグミちゃん」
改めて礼を言われるとこそばゆいな。あの時は力を試したいがために乱入したようなものなんだが。まぁ結果オーライか。それに助けられたのは私もだ。
「私の方こそ亡命を受け入れてもらい感謝しているよ。元々行く宛のなかった身だ。父上に拾っていただけたのは正に天命」
そうだ、説明が遅れたが、領主であるスレインに拾われた私は養子として迎えられることになった。これによりアルスが義理の姉となり、2人のことを父上姉上と呼んでいるよ。
「また天命だなんて大げさな事言って。でもそうねぇ、メグミちゃんと出会えたのはお母様のお導きだったのかもしれないわ」
「うむ、きっと天国で見守っていたのだろう」
アルスの台詞にスレインも深く頷く。そう、アルスの家は父子家庭であり、彼女が幼少の時に病にかかってそのまま帰らぬ人となったのだとか。しかし妻のことをよほど愛していたのであろうスレインは再婚することもなく、これまで親子2人だけで過ごしてきたらしい。
そのためかこの2人、とても私を溺愛してくるのだ。つまりは2人の心の隙間にスッポリと入り込んでしまったのだろうな。(←喪黒◯造かねキミは)
「それより2人とも、そろそろ学園に向かわねばならぬのだが」
「あらいけない、わたくしとしたことが妹の晴れ舞台を台無しにするところだったわ」
「うむ、気をつけて行くのだぞ?」
「分かっているよ。不審者が現れたら必ずや生け捕りにし、誰の差し金か吐かせてくれよう」
「「…………」」
おかしいな? 2人からそういう意味ではないという感情が伝わってくるぞ?
「……オッホン。メグミなら大丈夫だろうが、親が子を心配するのは当たり前のこと。あまり無茶はせんようにな」
おお、なんとお優しい。本当の父親が生きていたならこんな感じなのかもしれん。私は今、猛烈に感激している! スレイン改め大魔王ディアボロイスと呼ばせてもらおう。(←全力でやめて差し上げろ!)
「では行ってくる、サラバだ!」
そう告げて中庭に展開された光のゲートに手を触れると、うっすらとゲートの先の景色が見えた。そこに私が通う学園があるのだろう。
貴族の大半は同じようなゲートを潜るらしいのだが……なるほど、こうする事で襲われるリスクを軽減していると。
ならば何も問題はないと、そのまま一気に潜り抜けた。
★★★★★
ゲートを潜った先は見渡しの良い丘になっており、後ろには森が広がっている。転移先は王都クレセントだと聞いたが、王都にも自然を管理されている場所があったようだ。
更に丘から見下ろせば、森に囲まれた大きな建物が。私が通う学園に違いない。
ああ、懐かしき記憶が甦る。
「高校デビューに失敗したがために、魔王ルシフェルの力が解放されてしまったのだ。だが私せいではないぞ? 私に目を付けたヤンキーが悪いのだ。私はただ手鏡で容姿を気にしつつ歩いていたらヤンキーとぶつかっただけに過ぎない。何、前方不注意だし私が悪いだと? 知るかボケ。今どき近所のケバいオバサン並のパーマをしている方が何倍も悪いわ!(←それはそれでダサいな) とにかく、私が気を付けるのは入学早々ボッチにならないよう努力することであり、出来れば早急に友達をつくることにある!」
おっといかん、つい熱くなり過ぎて独り言を垂れ流してしまったようだ。特に周りに気を配るのは大事だな。もう二度とヤンキーに絡まれないよう――
「あの~、お友達を探しているのですか?」
「うぅっぷぷぷ!」
まさか声を掛けられるとは思っておらず、余計なことを口走る前に慌てて口を押えた。
そして声のした方に振り向くと、赤毛セミロングの可愛い女の子が。
「はぁ~ビックリしたぁぁぁ! ヤンキーの奇襲かと思って冷や汗をかいたぞ」
「あ、ご、ごめんなさい! 何だか驚かせてしまったようで……」
「なぁに、私の精進が足らぬせいだ。しかしこの程度で気を乱していては魔王の名折れ。やはり登下校と言えど油断はできんな」
「よ、よく分からないのですけど、高い向上心をお持ちなのですね」
左様。例えこの身が魔王の化身であるとしても、魔王の中の魔王であるとブイブイ言わせたい気持ちもあるのだ。そのために向上心は捨てられん。(←世界平和のために捨ててくれ)
「ところでお主、お主もクレセント学園の生徒なのか?」
「はい。今年で晴れて13歳となりまして、クレセント学園への入園が決まりましたグレイシーヌ・レイモンドと申します。以後お見知りおきを」
「やはりそうであったか。私は――」
カーン! カーン! カーン!
学園から鐘の音が聴こえてきた。
「あ、いけません、早くしないと遅刻してしまいます!」
グレシー(←もう略してるだと!?)が慌てて駆け下りていく。反対に私はのんびりとアクビをしていると、グレシーが振り返りつつ叫んだ。
「貴女も急いで! 初日に遅刻なんてしたら評価が最悪になっちゃうよ!?」
それも一理ある。だが……
「飛べばよいのだ、学園までな」
「と、飛ぶ? 飛ぶっていったい――ヒェ!?」
低空飛行でグレシーを掴み、そのまま学園まで直行した。追い抜かれた他の生徒は皆驚愕し、口をあんぐりと開けたまま走っている。あ、脇見していた男子が木にぶつかってやんの。
ストン!
「ほれ、到着したぞ」
「ほへっ?」
可愛らしい声で驚きを表すグレシー。周囲にいた生徒や教師も目を丸くしていた。別段珍しくもないだろうにな?(←充分珍しいです)
そんな彼らを掻き分けて行き、自分のクラスに向かうまでに言いそびれた我が名を語る。
「私の名前はメグミ・タカスギだ。訳あってザルキールのラーカスター家に養女として迎えられたため、現在はメグミ・ラーカスター・タカスギと名乗っている」
「ザルキールですか!? あの街はレマイオス帝国に近く、とても危険な場所だと聞いてますが……」
間違ってはいない。現に姉上は誘拐されたのだからな。レマイオス帝国がこちらを侵略しようとしたのだろう。
当然だが亡命してからの3年間、何もしなかったわけではないぞ? 度々潜入してくる工作員を片っ端から撃破していたからな。始末した工作員をわざわざレマイオス帝国に棄てたりもしたし、それのお陰で帝国内が疑心暗鬼にもなったりで、とても楽しそうだったな。(←楽しくはなかったと思われる)
「フッ、なぁに、あの街は私が厳重に護っている。心配はいらんよ」
「え、メグちゃんが護ってるの!?」
「うむ。街を囲むように結界を張り巡らしたからな、奇襲を受けても落ちることはないだろう」
「メ、メグちゃんって凄いんだね。複数の場所に結界を張りまくるとか、到底魔力が足りないと思うんだけれど……」
「無理ではないが中々にして面倒ではあるな。だから使い魔と分担しているのだよ」
「使い魔!? 使い魔が要るの!?」
「うむ。偵察も兼ねて一足先にこの学園へ潜入しているはずだ。機会があれば紹介しよう」
「ほへぇ……」
思考が追い付いてないのか、グレシーは頭から煙を噴き出している。一般人には少々難しかったか。次からは深く掘り下げないようにしよう。
「着いたぞグレシー。教室は全部で5つ。両サイドに2つずつと、奥に1つだ。まずは奥から調べ――」
「ううん、それはないよメグちゃん。だって奥の教室はSクラスだから」
「Sクラスとな?」
「うん。AからDまでは経済力で決まるんだけれど、最上クラスのSだけは優れた素質が有る人が選ばれるみたい。メグちゃんもやったでしょ? 10歳の時の降臨祭」
「ああ、あれか……」
亡きフランソワの記憶が甦る。降臨祭で無能という烙印を押されたがために居場所を失った忌々しい催しだ。
「ペルニクス王国を含めて近隣諸国は小国で固まっているから、高い魔力を持っていたり剣技に優れていると、国から厚待遇で迎えられるんだよ。戦争を有利に進めるためにね」
な~るほど、弱小国あるあるだな。
「あ、メグちゃんはCクラスで、私はDクラスになってるね。残念、別々のクラスかぁ……」
「…………」
それはちと悲しいな。これも何かの縁だし、同じクラスで青春を謳歌しようではないか。
「魔偽製造」
シュイン!
Dクラスの誰かと私の名前を瞬時に入れ換えてやった。これにより教師たちの認識も変わり、私がDクラスであると疑うことはないだろう。
「よく見るのだ。私もグレシーも同じDクラスだ」
「え……あ、ホントだ! じゃあこれから3年間仲良くしようね!」
「うむ、宜しく頼むぞ」
「でもおかしいなぁ、五十音順に並んでるはずなのに、どうして私の上にメグちゃんの名前が……」
「おおかた教師が間違えたのだろう。気にするほどではない」
ガラガラ……
「お、新たな仲間が来たな。しかも美少女2人と来たもんだ。男子諸君は大いに喜べ!」
「「「わっふ~ぅ!」」」
「女子諸君は仲良くするようにな!」
「「「は~い」」」
教室に入って早々、教師と生徒たちから熱烈な歓迎を受ける。うん、悪くない雰囲気だ。
私の黒歴史である高校デビュー失敗は――(←その話はもういい)
「ふ~む……」
「あれ? 周りをキョロキョロしちゃって、どうしたのメグちゃん?」
「いやな、ここには人間以外の色んな種族がいるのだなと」
そう、異世界と言えば多種多様な種族。エルフやドラーフなんかが当然のように存在する。転生して3年経つが、獣人等を見かけることは少なかった。
しかし学園に来てからはどうだ? エルフやらドラーフやらが当たり前のように居るではないか。これだと人間の私が凡人に見えてしまわないかがとても心配である。(←すぐに馬脚をあらわすだろうから心配いらない)
「実はグレシーも人間でなかったりしないか?」
「うん、私はハーフエルフだよ?」
「なんと!」
ガチで人間じゃなかった。Eスキャンを使ったらハーフエルフの13歳と出たよ。耳が普通だったから全然気付かなかったな。
こうなるとやはり私が凡人扱いをされて――(←だから心配いらねぇって!)
「さて、そろそろ振り分けも終わっただろうし、全員席に着け~」
担任に言われて全員が着席。
「改めて自己紹介するぞ。諸君らDクラスを担当するマキシマムだ。全員が無事卒業するまでミッチリと鍛えてやるからな! 覚悟しとけよ~? アッハッハッハッ!」
そしてこのゴブガリマッチョ男が私たちの担任か。一見筋肉バカのように見えるが、相当な武道派で中々の策士という分析結果が出た。能天気に見えるのは偽装か。フッ、侮れん奴だ。
「よっし、じゃあ端から順番に自己紹介な~」
担任に促され、全員の自己紹介が無難に終わる。いや、終わってはいなかった。何故ならバカが1人沸いて出たからだ。
「あ~ヤダヤダ、どうしてボクがこんな底辺の集まりに放り込まれなきゃならないんだか」
初日から周りを底辺呼ばわりするこの男。名前はグリゴレオで種族はエルフらしい。
「何だいグリゴレオ、何か不満でもあるのかな?」
「不満だらけですよ先生。ボクのような天才がSクラスから弾かれるなんて、これは国家としての大きな損失。是非とも再考していただきたいですね」
なるほど、Sクラス入りを確信していたが落とされたわけか。
「無茶を言うな。審査は正確に行われたし、再審もしない。入れなかったのはお前の実力不足だ」
「そうですか、ボクが実力不足だと。フン、ならば今ここで示しましょうか? 大精霊の加護を受けたボクと、クラス全員の力。どちらが上回るのかをね」
席を立ち、杖をかざすグリゴレオ。何だ、魔法の撃ち合いでもしようと言うのか?
「おい、正気かグリゴレオ? まさか全員で一斉に攻撃してみろとか言わないだろうな? そもそもお前は――」
「いいえ、そのまさかですよ。ボクの身は大精霊によって護られています。ここにいる者共が大精霊の魔力を撃ち破れるとは思えません」
なるほど、それは面白そうだと見物していると、イラついたであろう生徒数名が立ち上がった。
「キミ、今の発言は聞き捨てならないな。クラスの輪を乱す者は、ボクの魔法で制裁させてもらうよ」
「同意するわ。その男の言動はいけ好かないもの」
「フンガーッ! おいどんの拳で粉々じゃい!」
「フフフフ、良いですよ? まとめてかかってきてください」
余裕の表情で迎え撃つグリゴレオ。Eスキャンで見たところ大精霊とやらがとても強力なようで、このままではグリゴレオにキズ1つ負わせられないのは明白だった。
フフ、そうかそうか。ならば私が力を貸してやろう。
「魔力特大増強」ボソ……
襲いかかる3人に強力なバフを掛けてやった。そうとは知らずに涼しげな顔で挑発ポーズをとっているグリゴレオ。今まさに悲劇が……
「制裁!」
「フッ、そんなに力んだところで無駄な努力に――ブフッ!?」
「舐めるなカス男!」
「ちょ、ちょっとタンマ、どうも今日は調子が――フゲッ!?」
「漢の鉄拳じゃい!」
「だから待てって――ヘブポッ!?」
強力な連携により、顔を極限まで腫れ上がらせたグリゴレオが大の字に倒れた。そして教室内に歓声が沸き起こり、3人には拍手喝采が。
うむうむ、1人のバカによりクラスの結束は高まったようだ。バカとハサミは使いようだな。
む? なんだ、なぜ私自ら手を下さなかったのか疑問に思っているのか?
決まっている。私のような実力者ではなく、格下と確定している相手に足元を掬わせたのだ。これ以上の屈辱はあるまい。
「な、なんだ、評価ではSクラスまで一歩及ばずだったと聞いているが、その程度では見込み違いのようだな」
「ぞ、ぞんなぁ……」
「口が腫れてて痛そうだな……。まぁいい。それでグリゴレオ、1つだけ言っておくが――」
改めて担任から伝えたい事があるようだ。
「お前のクラスは隣のCクラスだぞ?」
「……へ?」
「「「ブッハハハハハハ!」」」
「「「アハハハハハッ!」」」
「クゥゥゥッ!」
教室内が爆笑の渦に。イキり倒しとして負けた挙げ句、クラスまで間違いだったと突き付けられ、グリゴレオは顔を真っ赤にして教室を飛び出していった。
うむ、良いことをした後は大変気分が良い。これからの学園生活は楽しめそうだな。
キャラクター紹介
スレイン・ラーカスター
:ペルニクス王国の男爵で、ザルキールの街の領主。娘のアルスを救ったメグミがレマイオス帝国から亡命してきたため、養女として迎えることに。
それから3年を通じて一般常識などをメグミに教えてきた。
グレイシーヌ・レイモンド
:メグミのクラスメイトでハーフエルフの女の子。赤毛のセミロングで耳が普通という見た目のため、一見すると人間にしか見えなかったりする。
頭が良く常識人のため、メグミの暴走にヒヤヒヤする場面もしばしば。しかしメグミの存在が不安だった学園生活を彩り、日々楽しそうにしている。
マキシマム
:メグミたちの担任にしてゴブガリマッチョな人間男。考えを曲げない熱血漢に見られがちだが、割と融通が利く一面も。
常に笑顔だが、彼女がいない事に触れてしまうと一気に沸点へと到達。我を忘れて暴れ回る。
メグミ曰く瞬間湯沸かし器。
グリゴレオ
:新学期早々に他生徒を見下す言動を取ったエルフの少年。その結果、反感を持った生徒から袋叩きに合うという自業自得な有り様に。
終いにはクラスを間違えていたという恥の上塗りをやってしまい、最後は無言で撤退。
ちなみにクラスを間違えたのはメグミの魔偽製造によるもの。