熱き拳
「まさかこのような偶然があろうとは、世の中というものは遊び心が豊富のようだ」
俺と対峙しているジャスパーことジャスティスが感心したように呟く。
「それとも別な力が働いたのかな? 特に先日の貴族様は公爵だと言っていたね? 対戦の組み合わせに口を出すのは容易いと見えるが……」
「…………」
「まぁいい、誰が相手でも同じこと。私はこの拳で道を切り開く、我がサイゼリス家の名に懸けてね」
実家を飛び出してきたらしいサトルもサイゼリス家だった。この事に関し、目覚めたサトルからある情報を得ていて、先日のやり取りを脳裏に甦らせた。
~~~~~
「ここは……ああ、闘技場の医務室か。すまんなゴトー、お陰で助かったで」
医務室に運んでから数分。ベッドで上半身を起こしたサトルは、周りを見渡してから直ぐに現状を把握した。
「なぁに、礼には及ばん」
「メグミはんやなくゴトーに言ったんや。どうせゴトーが助けてくれたんやろ?」
「まぁ……な」
「だがゴトーは私の眷属、ゴトーの手柄は私のもの、もっと感謝せよ」
「おま……。まぁええわ、ふざけてんのを見とったら気が紛れてきよった。おおきにな」
いつもの鋭い突っ込みを感じられず、弱々しい姿を晒しているサトル。近くに第3者が居ないのを確認すると、やがてポツリポツリと語り始めた。
「もうジャスパーから聞いとるやろうが、ワイの家系は代々勇者の家系なんや。ある時を境に正義、審判、吊るされた男の3人の勇者を抱えるようになってな、そっからはもう名家中の名家よ」
「名家か。確かサトルの家はミリオネック商業連合国という大国であったか? そこまで言うからには国からも重宝されたであろう」
「ったり前や。長いこと発言権が維持されとったさかい、国の方針にも影響しとるはずや。せやからサイゼリス家に都合の良い方針を打ち出すことで商売の方も上々。後は親族の中から優秀な候補者を選定し、大役職を引き継がせれば完璧ってな」
「だがそんなやり方が気に入らず、実家を飛び出した――と」
そう締め括ろうとするも、サトルは首を振って否定の意を示す。
「確かに気に入らんかったがそれが理由やない。あの国の在り方が嫌になったんや」
「――というと?」
「メグミはん、イグリーシアの四大国家って知っとるか? いや、今じゃ三大国家になってもうたが」
四大国家、それはペルニクス王国から遥か南東にある魔女の森を囲んだ4つの国のことだ。
北にミリオネック商業連合国、西にアレクシス王国、東にプラーガ帝国、そして南に存在したグロスエレム教国。但し最後のグロスエレムは滅亡し、その地は砂漠と化していると。
奇しくも先日会ったのが元国家代表のメンヒルミュラーなのだから、嫌でも脳裏に焼き付いている。
「まぁ知ってはいるが。それがサトルの家出と何の関係が?」
「ミリオネックが――いや、サイゼリス家が原因なんや、グロスエレムが滅びたんはな」
「何?」
「中心にある魔女の森にはアイリーンっちゅうダンジョンがあるんやが、そこは同時に国としても栄えとる場所なんや」
これはアイラから聞いている。そこにいるラヴィリンスがアイリーン地上軍を率いており、そこから離れた宇宙ではラヴィエルという者がアイリーン宇宙軍を指揮しているのだとか。
「しかし兄弟姉妹が多いと権力争いは避けられんみたいでな、ラヴィリンスとラヴィエルによる御家騒動が勃発。そん時にグロスエレムが仲裁しようと動き出し、アレクシス王国とプラーガ帝国も行く末を見守った。けどミリオネックだけは違った。敢えて両者に媚を売り、ひたすら持ち上げた」
「何のために?」
「両者に潰し合いをさせるためや。そんで上手いこと煽てて直接戦うよう促した結果、国を二分する大戦争が始ってもうたんや。そうなると止めようとするグロスエレムは邪魔者でしかない。終いにゃ両者に攻められあっさり崩壊。ご立派な砂漠の出来上がりっちゅうわけや」
グロスエレム教国も大国だったと聞いている。それをあっさり滅ぼしてしまうアイリーンは脅威そのもの。
しかしそんなアイリーンを恐れず策略を巡らせるとは、ミリオネックも侮れんな。
「ここまで言うたら想像できるやろ? ミリオネックの発言の裏にはサイゼリス家がついとる。戦争中の両者に物資を売り付けることで金がガッポガッポってな。風が吹くと桶屋が儲かるのごとく、金の亡者となって荒稼ぎ。国1つ滅ぼしとるっちゅうに、ホンマもんのクズ共やで!」
サトルが家を出た理由がハッキリした。躊躇いなくグロスエレムを踏み台にしたサイゼリス家が心底嫌になったのだろう。
「サトルよ、お前の気持ちは分かった。ジャスパーには丁重にお帰りいただくことにする。安心して過ごすがよい」
「メグミはん……」
~~~~~
「さぁ、両者とも準備はいいか~?」
ゴォーーーーーーン
「試合開始だーーーーーーっ!」
さて、脳裏に浮かべたやり取りは一旦引っ込め、今は目の前の敵――ジャスティスに集中する。
「来たまえ。お主の拳、全力で受けてみせよう」
「全力で……か。後悔しないな?」
「ああ、しない。後悔するのは――」
シャキン!
「――お主の方だからな!」
何とも言えない奇妙な決めポーズ。ふざけているようにしか見えないが……いや、やはりふざけているのか? 何だかそんな気がしてきた。
「では行くぞ」
ザッ!
来いと言うのだから遠慮なく先手を取らせてもらい、悠々とジャスティスを飛び越えて見せた。
狙いは背後。昨日は当たらなかったが、俺の考えが正しければ……
「言ったはずだ、正義の私に卑怯な手は通じないと。にもかかわらず二度も同じ手で来るとは、お主の実力も知れたもの――」
「それはどうかな?」
ドゴッ!
「ごはぁ!?」
余裕を見せていたジャスティスが、俺の回し蹴りを受けてステージの外へと飛んでいく。あわや場外失格かというところで踏み留まり、体勢を立て直してこちらに向き直った。
「……どうなっている? 私に奇襲は効かないはず。しかし今の一撃は……」
「簡単だ。お前に不意打ちは効かない。だから敢えて俺の姿を視認できるよう、目で追える速度で移動してやったんだ。背後に居るのを認識すれば奇襲に当たらないからな」
「そ、そんなことでスキルを封じたと!」
信じられないという顔をするジャスティス。しかしこれも現実。
「無駄に戦闘経験を積んではいないんでな、虎爪後藤の名は伊達ではないぞ」
「虎爪ゴトー? そうか、若年であるにもかかわらず、既にそのような異名を持つか。――いいだろう、私の正義がお主を――いや貴様を討つ!」
ダッ!
遠距離から一気に突っ込んでくるジャスティス。それもバカ正直に正面からとは、これまでの相手はそれだけで倒せたのだろう。しかし――
「受けてみよ――正義の鉄拳!」
ズドドドドドドドッ!
速度はそれなり、威力もまぁまぁ、だが当たらなければ意味がない。
「むぅ!? す、全て防がれるだと!?」
「ああ、見切るには充分過ぎた。何の工夫もない拳なんぞ、俺には効かん。その程度の実力で大役職だと? フン、笑わせてくれる」
「クッ……」
歯を食い縛りながらも攻撃の手を緩めないか。その意思や良し――と言いたいところだが、そろそろ幕引きとしよう。
「拳とは、こうやって振るうんだ」
ゴォッ!
「むぅ!? 魔力が増大している! 何をするつもりだ!?」
「なぁに、手本を見せるだけだ。これを受けて出直して来い! 後藤流――修羅の四本線!」
ドゴッ!
「ごほぉ……ガハァァァ!」
必勝の重い拳をジャスティスの腹に叩き込んだ。そう、一撃だけだ。奴にはそれだけで充分だったと見え、起き上がろうとするもバランスを崩して立てないでいた。
「ジャスティス選手ダウ~~~ン! カウントに入ります! ワン、ツー、スリー……」
この虎爪の一撃をまともに受けたのだ、数分間は動けまい。つまり奴の勝ちは……
「テ~~~ン! 決まりました~~~! 勝者はゴトー選手、大役職のジャスティス選手を破っての勝利となりま~~~す!」
「「「おおおおおっ!」」」
観客の熱狂が覚め止まぬ中、ダウンしているジャスティスを見下ろし、静かに告げてやる。
「修羅の四本線とは、親指以外の指の跡がお前の腹に刻まれたことを意味する」
「ま、まさか毒を仕込んで――」
「勘違いするな、只の跡だ。今回はこれだけで済ませてやるが、次に会ったらこうは行かん。再びサトルの前に現れたら命はないと思え。俺に言えるのはこれだけだ」
「…………」
★★★★★
「これで良いかサトルよ」
「充分過ぎる結果や。ホンマに感謝しとるで」
私の隣で観戦していたサトルが安堵の表情を浮かべている。ゴトーが警告したようだし、堂々とサトルを連れ帰ろうとはしないだろう。
「けど油断大敵やで? ワイにはジャスパーの他にもユウガっちゅう兄が居るんや」
「ユウガ? まさかソイツも……」
「ああ。大役職の審判がユウガ兄貴や。ジャスパーと同等の強さを持っとるはずや」
なるほど。2人同時に現れないとも限らんか。
「ともあれ、今は武闘会を――うん?」
「どないしたんや?」
「いやな、会場スタッフの1人がやけにゴトーを観察していたような気がしてな」
「そりゃ勝ち上がれば注目されるやろ。何言うとんのやメグミはん」
「それもそうか」
この時は大して気にしなかったが……




