ジャスティス
観戦中だった我々の前に、突如として現れた謎のローブ女。彼女の正体は遥か南方にあるグロスエレム教国の君主だ――いや、君主だったと言うべきか。
なぜ過去形なのかというと、その国はとうの昔に滅びたからであり、国のあった場所は砂漠と化しているのだ。
そんな亡国の君主がなぜ生きているのか? それは……
「ふむ、ホムンクルスか」
「せいか~い♪」
ホムンクルスとは人工的に生み出された知的生命体で容姿は様々。メンヒルミュラーの場合は人間に似せて造られたのだろう。
「でもよく分かったね~? あ、もしかして鑑定スキル持ち?」
「鑑定スキルではないが似たようなものだ。しかしこのような公の場で話してよかったのか? 一般人からすれば色々と衝撃的な内容だが」
「それはだいじょ~ブイ♪ 無関係な人が脳に記憶されそうになったら、ノイズが走って阻害してくれるから。こう見えても神経系の魔法は得意なんだよ~、エッヘン!」
それなら心配無用か。
「ほいじゃあ今日のところはトンズラするね~。もしかしたら協力お願いするかもだけど、そん時はヨロピク~♪」
「来たと思ったらもう帰るのか……」
「だってラヴィリンスとラヴィエルの目がどこにあるか分かんないもん。ウッチが殺られたらグロスエレムはゲームオーバーだし~。それにほら、もうすぐお仲間の試合が始まるみたいだよ~」
清掃が終わったステージの方では試合が進み、サトルの出番が回ってきたようだ。
「サトルめ、私が参加すると知っててエントリーするとはな。というか何故にメンヒルミュラーはサトルと私が仲間だと見抜いたのだ?」
振り向くが、すでにメンヒルミュラーの姿はそこになかった。
「気配もなく消えた? 君主にしては相当な実力の持ち主だな」
「どこ見てるのメグちゃん、そろそろサトルの試合が始まるよ?」
「いやな、メンヒルミュラーが……」
「メンヒルミュラー? 誰それ?」
「は? いやいや、さっきまでそこに――」
居ただろうと言いかけたところでゴトーに耳打ちされた。
「あの女、グレイシーヌには見えないよう手を打っていたようです。声に関しても遮断していたものと推測します」
器用なことをするやつだ。なるべくグレシーを巻き込みたくはないし、礼を言うべきかもな。
「二人ともさっきから変な事ばっかり。サトルが出場してるんだから応援してあげようよ」
「すまんすまん。せめて私やゴトーに当たるまでサトルには頑張ってもらわねばな」
サトルはサトルで初めて会った頃よりも強くなっている。くじ運が悪くない限り善戦はできるだろう。
現にステージではサトルの棒戦術が炸裂し、相手を防戦一方に追い込んでいた。
「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃあ! もう昔のワイやない、これが長年の修行の成果や!」
「…………」
「これは凄いぞサトル選手! 長い棒によるリーチを生かした鋭い突き、ジャスパー選手を寄せ付けな~~~い!」
うむ、良い攻撃だ。己の武器を有効に使った範囲攻撃が機能している。これでこそ私やポセイドが鍛えてやった甲斐があったというもの。サトルの勝ちは時間の問題か。
「いいよサトル~、やっちゃえ~~~い! ――ほら、メグちゃんももっと声出して!」
「…………」
「メグちゃん?」
しかし対戦相手のジャスパーは妙な格好をしておるな? こちらの世界では見慣れない、いわゆるヒーロー戦隊――なんちゃらレンジャーみたいな格好をしているのだ。ちなみに色は赤だ。
「どうしたのメグちゃん、もしかしてお腹が痛いとか?」
「違う、さっきの脱糞男と一緒にするな。私が気にしているのは対戦相手のジャスパーという男だ」
サトルの隙を突こうとはしているが、そのまで積極性は感じない。どちらかというとサトルに本気を出させようとしているように見える。
そして二人の会話から、私の予想が当たっていた事を知らされた。
「サトルよ、せっかくの神器、何故に解放せぬ? それを解放せん限り、このジャスティスに勝つことは不可能」
「言うたはずや、ワイはハングドマンなんぞにゃならんってな! 分かったらとっとと帰れや!」
「そうか、そうだったな。お主はまだ覚醒しておらんかった。生身の状態で大役職に対抗しようとは笑止」
シュン!
「んなっ!? 消えよった!」
「こっちだサトル。覚醒した私と生身のお主、その差は一目瞭然だったな」
「おまっ、瞬時に背後へ!?」
「力の差を思い知るがいい」
トスッ!
「ふげっ!」
「ああ~~~っとぉ、サトル選手ダウ~~~ン! カウントに入るぞ~! ワン、ツ~、スリ~……」
後ろに回ったジャスティスにより手刀を叩き込まれ、敢えなくサトルは気絶した。あの男もリードロールというやつだったか。サトルとは知り合いらしいが目的が分からん。
「ゴトー」
「ハッ。奴の目的を掴んで参ります」
「頼むぞ」
「え、ちょっとゴトーく~ん?」
困惑するグレシーを他所に選手たちの控え室に向かうゴトー。隣でグレシーが文句を言ってくるが、勇者という立ち位置に置かれているリードロールを野放しにはできん。現にジプシーは襲ってきたのだからな。
「――エ~ィト、ナイ~ン、テ~~~ン! 試合終了~~~! いまだ気絶しているサトル選手を下し、ジャスパー選手が勝ち上がりました~~~!」
「「「おおおっ!」」」
下でも決着がついたようだ。サトルの方はゴトーに任せるとしよう。
★★★★★
「そっちは医務室じゃないぞ」
「!」
サトルを背負った状態でジャスパー――もといジャスティスが振り向く。試合終了後、自ら救護を申し出たユウガは気絶したサトルを闘技場から連れ出そうとしていたようだ。
「サトルの知り合いかな?」
「ゴトーだ。同じ学園に所属している」
「そうかい。残念だが弟は連れ帰ることになったのだよ、家の事情でね」
「弟? まさか大役職の兄がいるとは」
「ふむ、サトルは何も話してなかったとみえる。ならば私の口から伝えるのは無粋というもの。奇跡的に再会した時にでも聞いてみるがいい」
ザッ!
「むっ?」
立ち去ろうとするジャスティスの前に素早く回り込んだ。
「この場で答えてもらおうか。もちろん拒否権はないし、サトルも置いていってもらう」
「やれやれ……。先程の試合を見ていなかったのかな? 言って置くがサトルと私とでは雲泥の差がある。同レベルで見るのは間違いだぞ?」
「試合は見せてもらった、その上で言っているんだ。それでも拒否すると言うのなら……」
ゴゥッ!
大量の魔力を瞬発的に開放した。殺気も十二分に込めてだ。
「!? その魔力、並のものではないな。まさか大役職に匹敵する一般人が居ようとは、世界は広いということか。――いいだろう。お主のような危険人物は放置しておけん。ゴトーとやら、覚悟するがいい」
サトルを下ろし、俺に向き直るジャスティス。場所は闘技場の地下通路。もたつくと他の参加者が来てしまう。
シュン――
「ほう、やるな。出来損ないのサトルよりも遥かに速い。それだけの速さならば、相手への奇襲も容易だろう。だが――」
――パシィ!
「――効かんよ、正義に奇襲は通用しない。1対1の決闘でなければ私にダメージを与えられん」
「…………」
不意打ち気味に放った回し蹴りが、謎のバリアーによって防がれてしまった。元より本気は出していないが、真向勝負でしか倒せないらしい。
「フッ、面白い。倒し甲斐のある相手が一度に複数現れるとは、今日は吉日のようだ」
「その台詞、まるで戦闘狂のソレだな。――よかろう、正義の名のもとにお主を――」
「お待ちなさい」
突如第3者によって戦闘が中断された。割って入って来たのは……
「異常な魔力が放出されたと思ったら、やっぱりゴトーくんだったのね」
「これは……クリエルフォート公爵」
護衛を引き連れ現れたのは、ペルニクス王国の女公爵だ。メグミのコネとしては最有力だろうな。詳しくは第20話を見れば思い出すだろう。(←メタに言っちゃったな)
「例え貴方でも試合外での乱闘は見過ごせないわ。大人数がここに詰めているんですもの、さすがに参加者の不審死は揉み消せない。我慢しなさいな」
俺にピッタリな助言だった。ここは素直に受け入れよう。
「命拾いしたなジャスティス。この場は見逃してやろう」
「ふむ。なんとも悪の匂いを漂わせる――が、ここは大人しく引くとしよう。だが弟は連れ帰るよ。大会が終わった後にでもね。ではサラバだ!」
サトルが連れ去られるのは阻止できたか。目覚めた時にでも事情を話してくれればよいが。
「ありがとう御座います、公爵殿。もう少しで闘技場ごと吹き飛ばすのもやむ無しかと行動するところでした」
「うん、それは絶対に止めてね? わたくしまで吹き飛んじゃう」
「もちろんです。しかし……」
大会終了までジャスティスに気を削ぐのは本意ではない。早期決着と行きたいところだが……
「もしかしなくてもゴトーくん、早目にあのユウガって参加者を倒したいとか思ってるわね?」
「ええ、まぁ……」
「フフ、それなら良い考えがあるわ」
★★★★★
次の日に貼り出された対戦表。闘技場の至るところに貼られたそれを見て、観客たちは誰が勝つかで大いに盛り上がっている。
一方の参加者たちは、不適に笑ったり顔をしかめたりと様々。俺の場合は後者にあたり、心中ではクリエルフォート公爵に感謝していた。
「昨日の今日でジャスティスが相手か」
公爵が関与したのは間違いない。だが経緯などどうでもいい。脅威は取り除くのみ!




