トワの眷属と新たな接触者
「――で、敵情視察ですか」
私の隣で呟くゴトーの視線の先には、プブ(←いつまでその呼び方なんだ……)で出会ったトワの眷属が腕組みをして立っている。
立っていると言っても道端ではない。ここは王都の闘技場であり、我々の居る場所は観客席。見下ろす会場では本戦への出場をかけての予選が行われており、うち1人がトワの眷属なのだ。
「ゴトーはどう見る? あの女はトワの――もといシャイターンの抱える眷属の中では一番の実力者らしい」
「見た目だけでは何とも。しかし無防備にしているのを考えると対戦相手は役不足だと思っているのでしょう」
名前は口裂キル子。黒髪のロングヘアーで口元をマスクで覆い、なぜか特攻服を着ている――と。
「トワよ……いやシャイターンよ。お前はどこで間違ったのだ……」
「ルシフェル様、何の話を?」
「口裂キル子の話だ! どうみてもヤンキー女だろうが!」
聞いた話じゃ古来から伝わる日本の伝統的な口裂け女とか言っておったのに、奴がバイクに跨がって鉄パイプを振り回したら完璧ではないか。しかもプブで話した時もスンゲ~口が悪かったし、言い訳できんぞこれ。
「ヤンキーだってゴトーくん。いったいどんな化け物だろうね?」
「見てれば分かる。というかグレイシーヌが武闘会に興味を示すとは思わなかったな」
「ううん、ゴトーくんが興味を持つなら私だって興味津々だよ? 2人の趣味は共通だも~ん♪」
「…………」
ゴトーの反対側ではグレシーも観戦している。というかゴトーに寄り掛かっている。他人の目も気にせずドンドン大胆になっていってるのは気のせいではないだろう。ゴトーは助けて欲しそうにこちらを見るが、知ったことか。自分で何とかしろ。
「見てゴトーくん、始まるみたいだよ」
ゴォーーーン!
「試合開始だぁぁぁぁぁぁ!」
重そうな鐘の音が会場に響き、テンションMAXの司会者が開始を宣言。先に仕掛けたのは……
「ホ~~~ゥ……ワチョ~~~!」
「おおっとワチョー選手、自慢の肉体美を披露しつつキル子選手に突撃だぁぁぁ!」
細身でありながらも引き締まった上半身を晒しているワチョーという男が走り出す。
対するキル子は……
「ったくダリィなぁ……」
「な~んとキル子選手、構えるどころか大きなアクビをかましているーーーっ!」
完全に隙だらけだ。まさかそのまま負けたりしないだろうな?
――などという心配は無用であった。信じられないことが目の前で起こったのである。
「フッ、隙だらけだぞ女。私の動きについて来れぬと言うのなら、もはや結果は見るまでもない。すぐ終わりにしてやろう、ホ~~~ゥ……アタタタタタタタタタタタタタタタ!」
拳の連打がキル子に降り注ぐ。常人には見た目だけでも痛みが伝わるかもしれん。だが、此度に限っては違っていた。
「ヒェ~、痛そ~~。あのキル子って人、身動きも取れずに食らいまくってるよ。大丈夫かな?」
「グレイシーヌにはそう見えるんだな」
「だ、だってゴトーくん、あれだけ当たってたら医務室に直行レベルで――」
「よく見るんだ。口裂キル子はダメージを受けていない」
「――え?」
これはゴトーの言う通りで、繰り出される拳の連打を全て片手で受け止めているのだ。常人の目に見えないのは受け止めてから手を戻すという動作を瞬時に行っているためであり、端から見れば一方的な試合にしか見えないだろう。
危険だと判断した司会者兼レフェリーがワチョーを止めようとしたその時!
「ホ、ホグォォォ……オワッチャァ……ァァ……」
「おおっと、これはどうしたことだ~? 一方的な試合展開に持ち込んでいたはずのワチョー選手が、両腕を地面について苦しみだした~~~!」
これには観客席もどよめく。端から見れば、キル子は何もしていないのだ。そう、見た目だけは。
「え、何? 何が起こったの? というか男の方がダウンしてる!?」
「落ち着けグレシー。あの女、ワチョーの拳を受けると見せかけて押し込んだのだ」
「み、見せかけて押し込み? 何それ、意味が分かんないんだけど……」
流れはこうだ。
全てを受け止めるキル子に対しワチョーは速度を上げていった。防御を突破したかったのだろう。
しかしそれが仇となり、張り手のように素早く押してきたキル子に対応できず、魔力がたんまり込められた手のひらに拳を打ち付けてしまった。
「例え手のひらでも魔力さえ練り込めば相当に硬く整えられるからな。只でさえ硬いのに押し迫った手のひらを殴ったのだ、ミスリルを殴ったような痛みがワチョーを襲っているのだろう」
尚も観客がどよめく中、ワチョーが小声で何かを訴えた。それを聞いたレフェリーは即座に動き……
「ワチョー選手リタイア、ワチョー選手リタイアです! よってこの試合は口裂キル子選手の勝利となりました~~~!」
「「「おおおお!?」」」
「フン、つまんねぇ相手だったぜ」
納得がいかないながらも勝者に拍手を送る観客たち。そんな反応もどこ吹く風とばかりに、キル子は悪態をつきながらステージを下りて行った。
「ほぇ~、よく分かんない試合だったね。ゴトーくんは理解できた?」
「ああ。口裂キル子にとっては取るに足らない相手だったという事がな」
「それでゴトー、キル子には勝てそうか?」
「今のが全魔力を放出した状態であれば。見たところまだまだ余裕がありそうなので、やはり拳を交えるまでは不明です」
「ふむ。闘ってみなければ分からんと」
「はい」
いつもなら言葉足らずなゴトーがやけに浮かれている感じがする。試合も食い入るように見ていたし、ゴトーを脅かす存在になりそうではあるな。
なるほど、自分を追い込む可能性のある相手が現れ高揚しているのか。まったくゴトーらしい。
「あっ! 今度はあの人だよ、キル子って人と一緒に居た人!」
次にステージへ上がったのは細身で白髪の男で、名前は上部道雄。コイツもトワの眷属で、蟒蛇という妖怪らしい。
ゴォーーーン!
「試合開始だぁぁぁぁぁぁ! 先ほどの試合は呆気なく終わったのもあり、我々は不完全燃焼。ド派手なアクションを期待したいところ!」
「お~ぅ、やれやれ~ぃ!」
「遠慮すんじゃねぇ!」
「さっさと殺し合え!」
レフェリーに同調し、観客たちがヤジを飛ばす。さすがに殺し合えはどうかと思うがな、気持ちは分からんでもない。
ドスン!
「お~ぅ、オメェみたいなヒョロガリがオデの相手か? 死んでもしらねぇどぉ」
一歩前に踏み出したのは、ゴブリンキングの人間バージョンな見た目をした巨漢デブのエドムンド・ホンマ。武器は持っていない代わりにぶっとい腕をブンブン振り回している。
「いつでもどうぞ。先手は譲りますよ」ニヤニヤ
対するミッチー(←頼むからミチオって呼んでくれ……)は目を細めてニヤニヤするだけ。
「へ? いいだか? ほんなら行くど~!」
ドスンドスンドスンドスン!
「フフ……」
何も考えてなさそうなエドムンドの突進。大した速くはないが、巨体ゆえに威力は絶大。
しかしキル子と同じくウワベは動かない。何をする気だ?
「そ~ら、ブッ飛ばすどぉぉぉ――」
「甘いですね――念動蛇眼」
カッ!
「――オグッ!?」
ドズゥゥゥン!
細目だったウワベの眼が見開き、真っ赤な瞳がエドムンドを射貫く。迫っていたエドムンドは前のめりに転倒し、悔しげにウワベを見上げていた。
「ど、どうなってんど? どうじで身体が、動かねぇどぉ!?」
「私のスキルですよ。この蛇眼に射貫かれた者は身体を動かせなくなる。フフ、よく出来ているでしょう?」
「グヌォォォ……」
エドムンドが何とか立ち上がろうとするも、片足すら立てられない。完全無防備なところへ細目に戻ったウワベが近寄っていく。
「フフ、人間には少々刺激が強すぎましたかね。いや、貴方はドワーフでしたか? いずれにしろ私のスキルには耐えられなかったようで。どうです、まだ戦いますか? 運動した後の汗臭さが苦手なので、できれば降参して欲しいのですが」
「ふっ……ざけるんでねぇ! こ、これしきの……事でぇ……」
「やれやれ。口で言っても分からないのなら仕方ありません」
シューーーーーーーッ――――ピトッ!
「んご? 舌なんぞ伸ばして、オデの身体さ舐め回したいだか?」
「冗談でも気色悪い事を言わないでいただきたい。今の舌で毒を仕込んだのですよ。貴方の体内にね」
「毒だど? だども別に苦しさは――」
ドクンッ!
「ヒグゥ!? グ、グヌォォォォォォ!」
エドムンドが苦しみ出した。しかし殺傷能力のある毒はルールで禁じられていたはずで、確認のためレフェリーが駆け寄っていく。
「ウ、ウワベ選手、その毒は……」
「ああ、大丈夫ですよ。今彼は己の肛門と戦っているだけですから」
「こ、肛門……ですか?」
「ええ。――ほらほらエドムンドさん、早く降参しないと大惨事になりますよ?」
肛門? しかも大惨事だと? それはつまり……
「……も、もぅ無理だど、降参するどぉぉぉ!」
「ギ、ギブアップ、エドムンド選手のギブアップで、勝者は――」
「ふんごぉぉぉぉぉぉ! ついでに限界突破するどぉぉぉぉぉぉ!」
ピンポンパンポ~~~ン♪(←大変汚ならしい効果音のため、急遽音声を差し替えております。何卒ご了承ください。ついでにステージの清掃も行っておりますので、終わりしだい再開いたします)
「――という夢を見たのだな」
「いいえ、ルシフェル様。残念ながら現実に起こった事です」
「ご、ごめんゴトーくん、私ちょっと気分が悪――っおぅえぇぇぇぇぇぇ!」
「……ふぅ。ゴトーよ、グレシーの後始末を手伝ってやれ」
「かしこまりました」
ったくウワベめ、なんという汚ならしい試合を。
「オーーーッホッホッホッホッ! どうかしらルシフェル、わたくしの眷属たちは。これでも手加減させましてよ?」
「シャイターンか。まぁ少しは楽しめそうだが……」
「何かご不満でも?」
「ご不満でも……だと?」
「何が楽しくてク○まみれになったステージで明日以降も戦わねばならんのだ! この時代に洗剤なんぞないのだぞ!? どうしてくれるのだ戯けがぁぁぁ!」
「イタタタタッ! み、耳を引っ張るのは反則でしてよ!?」
「ならばどこを引っ張ればよい!?」
「どこも引っ張ってはいけません! 暴力には断固反対しますわ!」
「よぉし、ならば私にも考えがある。貴様の黒歴史、英語での自己紹介をバラしてくれよう」
「…………」ピタッ!
「そ、それだけはご勘弁を……ですわ」
「分かれば良い。ほれ、頑張って清掃してこい」
「はいですわ~! ――ったく、あのクソボケ蟒蛇が
ぁ! 後でお仕置きですわよぉぉぉ!」
やはり絶対的優位に立つには相手の弱味につけ込むが吉。過去で私に愚痴ったことを後悔するがいい。(←多分後悔していると思われ)
「フンフン、面白いねキミたち~。魔王って言うからもっと禍々しいのを想像してたんだけどな~」
「そうか? まぁ私とシャイターンは世界を壊したりはせんよ。世界そのものが敵対しない限りはな。して、お主は何者だ? 返答次第では生きて帰せぬぞ?」
しれっと会話に混ざってきた白いローブの女。全身を覆っているが、声は若い女そのものだ。
「あれ~? 何か勘違いされちゃってる~? でもでもウッチは怪しい者じゃないんだよ~。ホントにホント~」
「怪しい者ほど怪しくないと否定するがな。まぁ敵対心は感じぬし、変な口調も一週回って怪しさが薄れている。ゴトーも警戒を解いてよいぞ」
「ハッ」
「それで、お主の用件は何だ?」
「う~ん、用はないんだ~。ただね~、ラヴィリンスに対抗しようとしているから、どんな人かな~って」
「ほぅ……」
この女もラヴィリンスを知っていると。
「ラヴィリンスと敵対している勢力か?」
「う~んとね~、敵対してた……って感じかな~? もうだいぶ昔の事だからね~。国が有った場所も砂漠になっちゃったし~」
砂漠だと? 確か遥か南にあった国が戦争により消滅し、その後に砂漠が出来上がったという話を担任のマキシマムから聞いた気がする。名前は確か……
「お主、グロスエレム教国の者か?」
「あ、分かっちった~? ウッチこそが今はなきグロスエレム教国の関係者なのです、エッヘン!」
「威張る事じゃないが……。して名前は?」
「名前~? でもでも~、知らない人に簡単に教えるのはダメかな~って」
「よし分かった、もう帰れ」
「ウソウソ、嘘だから怒んないで~!」
ったくどうにも調子の狂う女だ。
「でもな~、どうせ言っても信じてもらえないんだよね~。そもそも人間とは違う作りだし~」
「分かっておるぞ? お主が人間ではない事なんぞ、すでに看破済みだ」
「マッジ~? やるじゃんメグミッチ」
「メグミッチ言うな」(←お前もウワベの事をミッチーとか言ってただろ)
「じゃあ思い切って言っちゃうね。ウッチの名前はメンヒルミュラーだよ~」
メンヒルミュラー、100年以上前にあったグロスエレム教国の教祖の名前だ。
キャラクター紹介
メグミ
:本作主人公。生前は高杉夢という名前だった。
転生と共に魔王の力を手に入れ、以後は魔王ルシフェルと名乗る。偶然にも生前知り合いだったトワと出会い意気投合。良きライバルとして意識するようになる。
中二病もさることながら、パブをプブだと言って譲らないところも悩ましい金髪ショートカットな美少女。
ゴトー
:メグミの眷属にして人間を超越した人間。生前は後藤と呼ばれていた。
トワの眷属を見て不適な笑みを浮かべたところをメグミもトワも気付いてはいない。彼を叩きのめせる存在は現れるのだろうか……。
トワ
:生前にネット掲示板でメグミと知り合ったお嬢様で、名前は二階堂永遠。
メグミと同じく転生後に魔王の力を手に入れ、以後は魔王シャイターンと名乗る。文武両道だが英語での自己紹介でトワと名乗るところをエターナルと名乗ってしまい、それがトラウマで英語だけは大の苦手。この話はメグミにも話しており、時おり脅迫ネタとして使われるように。
偶然にもメグミと同じくパブをプブと読んでしまうが、メグミによるプブが正しい発言により変な自信を持ってしまったエメラルドグリーンなポニーテール美少女。
口裂キル子
:トワの眷属にして有名な妖怪である口裂女。目付きの鋭い黒髪ロングヘアーの若い女で、口を白いマスクで覆い服装も白の特攻服という、どう足掻いてもヤンキーです。本当にありがとう御座いました。
上部道雄
:トワの眷属にして有名な妖怪である蟒蛇。白髪で細身な若い男で、普段は眼を細めている。しかし眼を見開くと念動蛇眼が発動し、自身の眼を見た相手の動きを封じる事ができる恐るべき存在。
――が、戦闘そのものは好きではなく、特に汗をかきそうな肉弾戦は大嫌いな平和主義者。
蛇足だが酒豪。
グレイシーヌ
:メグミのクラスメイトでハーフエルフの友人。ゴトーの彼女でもある。武闘会そのものが好きなわけではなく、ゴトーが観戦するから一緒に来ただけ。
メンヒルミュラー
:100年以上前に存在したグロスエレムという国の最高指導者。見た目は人間にしか見えないが、本人は違うという。メグミの前に現れたのには深い理由はないと言っているが……。




