冬の風物詩
秋が過ぎ、雪がちらつく季節へと移り変わった今日この頃。最近は授業が終わった後に王都へ寄り道することが増えたのだが、これには現代サラリーマンが納得するような理由がある。
「皆の者、プブへ到着だ!」
「「「プブ?」」」
仲間たちが首を傾げる。後ろに居るのはグレシーを始めとしたライアル、シェスタ、ゴリスキー、サトルの5人だ。
「何を驚いている? いつも寄っているではないか。やはり学業の後の一杯は格別であろう」
「「「あ~~~」」」
なるほどと頷く仲間たち。てっきり相槌を打ったのだと思ったら、そうではなかったらしい。
「メグミさん、もしかしなくてもパブのことを言っているのかい?」
「パブではない、プブだ」
「いや、そうじゃなくてね、アレは酒場のことを指していて、読み方は――」
「プブであろう? ライアルよ、私だってそれくらい知っておるわ」
「「「…………」」」
ふむ、何故だろうな? ライアルだけでなく皆して頭を抱えておる。(←何故だろうねぇ)
そんな時こそプブの出番だ。ペルニクス国では15歳未満に酒は提供できん。代わりの果実水でも飲めば気分も良くなるというもの。
「ほれ、皆好きなものを注文いたせ」
「大丈夫なのメグちゃん?」
「何を言うかグレシー。こうした労いがあってこそ日々の学業に身が入るのだ、遠慮はいらん」
「で、でもさすがに毎日奢ってもらうのは……」
「安心せぃ。全てゴトーのツケにしてある」
「まったく安心できないんですけどぉ! というか他人の彼氏に集らないで! ゴトーくんのツケにしていいのは彼女の私だけでしょぉぉぉ!? もうこうなったらトコトン飲んでやる!」(←お前も中々の性格してんな)
飲み過ぎるとゴトーの負債が増えるだけなんだがな。まぁいいか。
「ウク――ウク――ウク――プッハァァァ! うぅむ、美味い! もはやこの一杯のために生きていると言っても過言ではないぞ」
届いたばかりのグレープジュースを喉に流し込む。うむ、これだよ、最初の一杯が美味いんだなこれが。(←もはやオッサンだな)
「しかし何だ、ここ最近は王都が活気付いておるな。このプブも来客が多くなった感じがする。経済が上向きになっておるのか?」
「うぉう! そりゃあアレじゃあ、武闘会が近いからじゃあ!」
「武闘会とな?」
「なんやメグミはん、知らんのかいな。ペルニクス王国でやってる冬の風物詩やで。毎年この時期がくると世界中から猛者が集まってな、頂点に立つために闘うんや」
ほぅ、そのような催しがあったのか。それならもっと早くに歴代勝者として名を列ねることができたのだがなぁ。父上も教えてくれればよいものを。(←敢えて教えなかったんだろうなぁ)
「しかし世界中というのは大袈裟ではないか? 自国を過小評価したくはないが」
「そうでもあらへんで? 優勝者が貴族の娘婿になるっちゅう逆玉の事例があるし、全国を放浪してる野郎からすりゃ神イベントや。あのディアンド元帥も元は傭兵の身で参加したらしいで? つまりは一般人や。けれど優勝してから隊長待遇で国軍入り。武勲を挙げてついには元帥にまで上り詰めたって話やで」
「ほぅ、あの男にそんな逸話が」
全国から集まるだけの理由はあるな。皆が自分の輝かしい経歴を夢見てるに違いない。
染々と考えながら果実水を堪能していると、やたらと大きな声が背後から轟く。
「ダーーーッハッハッハッ! こりゃ傑作だ!」
「ククククク! 面白いですねぇまったく」
「わ、笑っていいとは言ってませんわ!」
チッ、うるさいな。せっかくのホロ酔い気分が台無しだ。(←ノンアルコールだよな?)
「…………」
「どうしたんだいメグミさん?」
「いやな、後ろがうるさいから注意してやろうかと思ってな」
「言うてこっちもゴリスキーが居るんやしお互い様やろ」
「う~む、それもそうか」
「うぉう! どういう意味じゃい!?」
「そのままの意味だ」
酒の席だしな、多少は大目に見るか。
……が、後ろの奴らはますますエスカレートしていく。
「ギャーーーッハハハハハ! 何度聞いてもオモシレ~~~!」
「フハハハハ! 酒のツマにはもってこいです」
「だから笑うんじゃありませんわ!」
クッ……せめて席が離れていればよいものを、こうも真後ろで爆笑されてはこちらの会話が掻き消されてしまう。
さすがに注意しようと立ち上がったその時、聞き捨てならない会話が飛び込んできた。
「だってよ、パブをプブって読んでたんだろ? そんなん普通間違わねぇって!」
「ですよねぇ、ククククク!」
「ア、アンタたち……」
3人組のうち2人の男女が大笑いし、残された少女が顔を赤面させている。
「プッククククク! なんや、あっちにもメグミはんみたいなのが居るんやな、ギャハハハハハ!」
「ちょ、ちょっとサトル、さすがに笑い過……プッフフフフ!」
「アッハハハハハ! メグちゃんがもう1人~!」
おいこらシェスタ、サトルやグレシーはともかく、そんなに我慢するくらいなら素直に笑っとけ!
それにプブは間違いではない、パブこそが間違っておるのだ!
「もう我慢ならん! ――おいお前たち!」
さすがに我慢の限界を迎えそうだったので、一言いってやることにした。
「ギャハハハハ――あ? なんだテメェ?」
「さっきから笑っているようだがな、貴様らが言っているパブこそが間違っておるのだぞ?」
「「……は?」」
「正式にはプブ。そこの少女が正しいのだ!」
そう言ってのけると、そのテーブルに居た3人はポカーンとしてこちらを見上げる。そして一瞬の間を置いて、再び豪快な笑い声が響く。
「お~い、マジかよぉぉぉ! ここにも――ここにもトワの仲間がいるぞ、イーーーッヒヒヒヒヒ!」
「いやぁ、素晴らしい! 素晴らしきかな笑いの達人! これほどまでに笑いの渦に溺れたのは初めてですよ、アーーーッハハハハハハ!」
「だ~か~ら~お前たち! 笑うところじゃありませんわ!」
「ククククク! だってよ、だってよぉ、ウヒャヒャヒャヒャヒャ!」
「あ~もぅ!」
さらなる悪化を招いてしまった。口の悪そうな黒髪ロングの女が豪快に笑い転げ、細目に細身の白髪男も腹を抱えている。もう1人のトワと呼ばれていたエメラルドグリーンのポニーテール少女だけは顔を真っ赤にして頭を掻きむしり、ムキーッとなっている。
うむ、今こそ私の出番。パブをプブだと訂正し、トワを救済できるのは私しか居るまい。そう考えトワの肩に手を置くと……
「気にするなトワよ。間違っているのはこの2人であり、我々のプブこそが清く正しい名称なのだ」
「そ、そうですわよね、わたくしたちが正しいのですわよね!」
「そうだ、そこの2人は間違いを理解できない哀れな存在なのだ。我らの道に一点の曇り無し!」
「ええ、その通りですわ。正しき道はただ1つ!」
「「「この魔王ルシフェル(シャイターン)が示して見せようぞ(見せますわ)!!」」」
「あれ?」
「あら?」
妙なハモりで互いに顔を見合せる。魔王もそうだがシャイターンというワードには大いな既視感があるのだ。
「ま……、まさかと思うがトワよ。お前はとあるネット掲示板にログインしていた時、魔王シャイターンと名乗ってはいなかったか?」
「……よ、よくご存知ですわね。確かにシャイターンの生まれ変わりを自称しておりましたわ。……そ、そういう貴女こそ、魔王ルシフェルだと名乗って書き込みを行ってましたわね?」
「……う、うむ。確かにネットでは魔王ルシフェルを自称しておったが……」
「「…………」」
そして互いに黙り込んでしまい、何とも気まずい空気が漂ってしまった。そう、このトワこそネットでよくつるんでいた魔王仲間だったのだ。
「本名は高杉夢だ――いや、だったと言うべきか。いつかオフ会をやりたいと話してはいたが、このような形での顔合わせになろうとはな。して、やはりお前も転生を?」
「ええ。本名は二階堂永遠。転生してからは魔王シャイターンと名乗っていますの。女神が言うには魔王の素質がわたくしには有るとの事でしたので、その腕を披露するため世界を回っている最中なのですわ」
詳しく聞けば、やはりトワも女神クリューネに出会ったらしい。
「そうであったか」
「フフ。ではメグミさん、感動の再会も果たしたところで、わたくしたちの決着をつけるとしましょう」
「決着?」
「忘れたとは言わせませんわよ? 本来ルシフェルとシャイターンは同一の存在。どちらが真の魔王かいつか勝負しようと約束したではありませんか」
「…………」
「あーーーーーーっ!」
そうだ、コイツとは譲れないアレがあるのだった。
「メグミはん、真の魔王って何のこっちゃ?」
「うむ、話せば長くなるが――」
私は魔王ルシフェル、対するトワも魔王シャイターン。つまりはルシファーとサタンであり、これって同一の存在じゃね?
「――となったわけだ」
「めっちゃ短いやん!」
あっちの世界でも一度会おうと言ったきりで絶対に会うことはないと思っていたんだがな。世の中わからんものだ。
「してトワ――いやシャイターンよ、どのような形で決着をつける? 我らが全力で闘えば、国1つが崩壊してしまう」
「確かに。わたくしたちの余波を受けた者たちは無事では済まないでしょう。ですが心配無用ですわ。もうすぐ武闘会が行われるのですから、そこでなら多少の犠牲はやむを得ないとされるでしょう」(←さすがは魔王の思考)
「武闘会か」
出ようとは思っていたがな。私が優勝するだけで終わるのも味気ない。トワの参戦は願ってもないスパイスとなろう。
「いいだろう。ならばトワ、この決着は武闘会でつけようぞ!」
「望むところですわ!」
「お~い嬢ちゃんたち、通路の真ん中に立たないでくんな! 運び難くてしょうがねぇ!」
「す、すまぬ……」
「し、失礼いたしましたわ……」




