最後の足掻き
『メグミさん聴こえてる? 魔物の群は完全に消え去ったわ。ジプシーからは何も言ってこないけれど、もう安全だと思っていいのかしら?』
リーリスからの念話だ。ゴトーの対処に追われてそれどころじゃなくなったのだろう。
『その認識でよいぞ。ジプシーは必ず仕留めるから安心せぃ』
『ありがとう。そっちの方は任せるわね』
さて、あとは舐め腐ったジプシーとやらを絞め上げるのみ。ゴトーのお陰で座標が判明したのでな、アイラたちも連れて転移してきたのだ。
「お待ちしておりましたルシフェル様」
「うむ、出迎えご苦労だったゴトーよ。して首尾の方はどうだ?」
「ダンジョンの7割は攻略済みにしてあります」
「なんだ、まだ残っておるのか?」
「ルシフェル様にもお裾分けをと思いまして。トラップ破壊や魔物の蹂躙はルシフェル様のストレス解消にはもってこいかと」
特にストレスを溜め込んではおらんがな。しかし他の者は違う意見だった。
「そうよね、ルシフェル様ったらま~た部屋の窓を突き破ったんでしょ? メイドがタメ息ついてたから改めたほうがいいんじゃな~い?」
「そ、それは力が有り余ってだな……」
「フェイちゃんの言う通りですよ? スレイン様も強くは言いたくないようですし、せめて迷惑が掛からないようこのダンジョンで暴れておくのは悪くないと思います」
「フロウスまで……」
「よく分かんないけどメグミは粗暴だってこと?」
「アイラは黙っとれ!」
「何で!?」
う~む、思い返せば良くない傾向かもしれん。家族に迷惑は掛けられんからな。
「いいだろう。このダンジョンを我がストレスの吐け口としてくれる。皆の者、私に続け~!」
「は~い!」
「分かりました」
「よく分かんないけどメグミに付いて行けばいいのね?」
「仰せのままに」
ダンジョンを走れば例のごとく低級魔物の群が出現。だが私の敵にあらず、出てきた瞬間に塵と化す。
「どくがいい――ファイヤーストーム!」
「更に強化しちゃうよ~、フェザーストーム!」
炎と風とで火炎竜が出来上がり、通路の隅々まで駆逐していく。
「クックックッ、我が魔法の威力を見たか。どんな魔物が来ようとも私にかかれば――」
チリチリチリ…………ボゥ!
「――だぁぁぁっチィィィィィィ! 引火した、ま~た引火した! これはイカンぞ、早く消火を!」
「も~ぅ、何やってんですかルシフェル様。今吹き飛ばしてあげますよ~、フェザーストーム!」
ボボボゥ!
「だぁぁぁホォォォォォォ! 火の勢いが強まったではないか!」
「フ、フェイちゃん、火に風は悪手だよ……」
「え……そうなの?」
「ここは私に任せて、はぁぁぁ…………猫水波掌!」
ドゴォ!
「ブッフォ!?」
水属性の拳だったのだろう、フロウスに殴られたのと同時に全身の炎が消え、気付けば突き当たりの壁へと激突していた。顔面から入ったし、凄いことになってそうだ。
「だ、大丈夫ですかメグミさん?」
「……フロウスよ、これで大丈夫に見えるのか? ジョ○にフルボッコにされた丹下○平の気持ちが少しだけ分かった気がしたぞ」ヨロ……
「え~と……そ、それだけ喋れたら大丈夫ですね、アハハハハ……」
「まったく、魔王の力で殴ったらどうなるかくらい分かるであろう。消火してくれたことは感謝するが今後は使用を控えるように」
「はい……」
説教もほどほどに先へ進もうとしたのだが、次なる魔の手が私に迫る。
パカッ!
「ん? ぬぅぁぁぁぁぁぁ!」
「「ルシフェル様!」」
「メグミさん!?」
迂闊だった。魔王である私が落とし穴に掛かってしまうとは!
「おのれジプシーめ、こうなることを想定して罠を張り巡らせたていたのか? 恐ろしい奴め」(←それはない)
「それよりもルシフェル様、大丈夫ですか~?」
「浮遊していれば問題ない。だが床が閉じてしまったな。破壊するからそこを退けて――」
「ならば俺にお任せを。こんなトラップなんぞ……」
「――は? ちょ、お前――」
ズッッッドォォォォォォォォォォォォン!
見事ゴトーが床を破壊し、仲間の面々がこちらを見下ろす。
「メグミさ~~~ん、大丈夫ですか~~~?」
「メグミ~、さっさと上がって来なさいよ~」
大丈夫でもないし、さっさと上がれない。なぜなら下にあった剣山がおもいっきり全身を串刺しにしているのだからな。
念のため言うが、ちゃ~んと生きてるぞ? 多少の出血はあれど、魔王たるものこの程度では死なん。むしろゴトーの拳による衝撃の方が遥かに痛い。
「ふぅ、やれやれ。服が穴だらけな上に血塗れではないか。ゴトーはポケットマネーで新しい服を用意すること。よいな?」
「分かりました。それよりルシフェル様、先を急ぎましょう」
「待てぃ! 先にお前の服を寄越さんか! まさか穴だらけの服で私の柔肌を晒せと申すまいな?」
「しかしルシフェル様、悠長にしているとそこの男が……」
「そこの男?」
落とし穴の中に誰が……
「やぁ子猫ちゃん。ブラッシュお兄さんだよぉ^^」
「ギャァァァァァァ! 寄るなへんた~~~い!」
ドシューーーーーーッ!
忍び寄る変態を無視して落とし穴から脱出した。それはもう脱兎のごとくだ。いくら魔王とて変態を相手にしては精神が持たん。
「はぁ……はぁ……。今日は厄日のようだ」
「おや、ボクに会えたのは幸福な事では?」
「だから寄るなっつ~に! というかどっから侵入した!?」
「いえ、床から這い出てビックリさせようと思ったので、予め罠を発動させて中に潜伏しておりました」
「よし分かった。お前は明日から邸の外で飼うことにする」
「まさかのペット扱い!?」
おかしい。確かストレス解消云々という話ではなかったか? なのに余計ストレスが溜まるのは何故なのだ!(←厄日だね)
「ブラッシュ、ま~たアンタは勝手に……」
「アイラ様、そう仰らずに。ジプシーが仕掛けた罠の殆どは予め解除しました。魔物が召喚される様子もありませんし、恐らくはDPが尽きたものと。後はジプシー本人だけです」
「――だそうよ、メグミ。どうする?」
決まっている。
「この不毛な時間を終わらせるのだ。行くぞ!」
すでに倒され空になったボス部屋を抜け、更に下の階を目指す。その間トラップはもちろん魔物一匹現れることはなく、次のボス部屋へと到着。
「ルシフェル様、このダンジョンは10階層が最下層のようです。そしてここも10階。つまり……」
「ここが最後の砦というわけだな」
魔物を出さないのはDPが尽きたのか、はたまた別の理由があるのか、いずれにしろジプシーが笑う結末は無いと断言しておこう。
「さぁ、来てやったぞジプシーよ!」
ギィィィィィィ……
デカイ扉の先にジプシーとおぼしき青年がいた。両目に眼帯という奇妙な姿で、それ以外はどこにでも居そうな人間にしか見えない。
「ようこそ、侵入者諸君。知ってるだろうが俺の名はジプシー。ラヴィリンス様のもと、地上の人々の生活を支えている大役職で勇者しても慕われている」
「私は魔王ルシフェル。気が向いたら世界を統べるかもしれないが、今は学園生活を満喫中の極普通の美少女である」(←美少女は自分のことを美少女とは言わない。というかその前に魔王)
「ふ~ん? テメェが魔王ねぇ……フッ」
コイツ、鼻で笑いよったな!?
「この私をバカするとはいい度胸だ。当然覚悟はできておるのだろうな?」
「フン。グダグダ言ってねぇで掛かってこいよ。それとも勇者に負けるのが怖いのか?」
「……よかろう。勇気と無謀を履き違えた己を恥じるがいい!」
笑った顔がムカつくのもあり、直接殴りつけてやろうと正面から突っ込む。
「食らえぃ、魔王の拳!」
シュン!
「なに、消えただと!?」
手応えが無く、すぐさま辺りを見渡す。すると……
「どこを狙ってやがる、こっちだ」
「後ろだと? バカな!」
瞬時に背後へと回り込んでいた。
「お任せくださいルシフェル様、後は我々が――」
「おとなしくしろ~~~!」
ゴトーとフェイも捕えようとするが……
スッ……
「――逃した!?」
「ウソ! 消えちゃったんだけど!?」
この2人にも捕えることはできなかった。消えたジプシーはどこに? 辺りを探っていると、鉄製の何かが唐突に出現した。
ガシャン!
「何だコレは……檻……か?」
『そうだ、テメェらを捕獲するためのな』
「「「ジプシー!」」」
気付けば四方天井も同様な檻で囲われ、勝ち誇ったようにジプシーの声が響く。
『へっ、俺は最初からそこには居ねぇ。テメェらはホログラムと戯れてたに過ぎねぇのさ』
どうやら最初から仕組まれていたようだ。
『さぁて、アイラのお嬢さん。コイツらを解放したけりゃ素直に従いな。アンタさえ生け捕りにすりゃミッションはコンプリート。ラヴィリンス様に顔向けできるってなもんだ』
「それは嫌、私は姉にも兄にも従わない。あの2人のせいで周辺国に被害が出ているのを知ってるでしょ? 2人が争いを止めない限り私は――」
『ふっ、甘いなぁ? 世界を治めるのは力の有るものだけ。従えと言われりゃあの2人のどちらか以外に選択肢は無ぇ。だから俺は地の利を生かせるラヴィリンス様に付いたのさ。そこで俺はある任務を言い渡された』
アイラを連れ戻すよう言われたのだな。
『そして現在に至る――ってな。しっかし俺には分かんねぇな? ラヴィリンス様にもラヴィエルにも付かないとなりゃ孤立するだけ。なのにこんな得体の知れない連中とつるむとは、アンタにゃ先見の明ってやつが足りねぇな』
「フン、アンタこそ分かってないわ。メグミは強い、あの2人にも負けないくらいにね!」
『肝心なメグミとやらは檻の中だけどな? これでもあの2人より強いと?』
「ええ、そうよ。少なくとも現状を理解していないアンタよりは強いんじゃない?」
『……何?』
「檻の中をよく見なさい」
『何を言って――――ファッ!? 檻がブッ壊されてる上に奴らが居ねぇ!』
さて、ここでネタばらしだ。
「貴様の敗けだ、ジプシー」
「ハヒィッ!?」
アイラが気を引いてるうちに檻を破壊。コアルームへと楽々入室といった感じだ。
何せこのジプシーは自分をボスに設定しておったのだ。本来ならボスを倒さねばコアルームを開けることはできない。しかし、ボス自らコアルームに隠ってしまえば話は別、ボスを倒せるようすべくコアルームが自動的に開放されるのだ。つまりはコイツの自滅だな。
「や、やや、やるじゃねぇか、ここまで来れたのはテメェらが初めてだぜ」
「遺言はそれでよいな?」
「まままま待て、落ち着けって! ここは冷静に話し合いを――」
「それを行わず一方的に攻めてきた貴様が言える台詞ではないな。ではゴトーよ」
「ハッ」
指を鳴らして詰め寄るゴトー。ジプシーは腰を抜かして壁際へと追いやられる。
「ラヴィリンスに伝えろ。アイラは俺たちが保護する。いかなる手出しも不要。手を出すのなら相応の報いを受ける――とな。ではサラバだ」
「だから待てって! 俺が死んだらどうやって伝えんだよ!?」
「フッ、決まっている――」
「――あの世があるだろう?」
「ヒィィィィィィィィィィィィ!」
★★★★★
とある国の酒場にて
「おい、あの噂聞いたか? 愚者のダンジョンが攻略されたってやつ」
「ああ、聞いた聞いた。あのダンジョンは有効活用されてたのになぁ、勿体ねぇことしやがる」
「なんでも攻略したのは未成年の冒険者パーティだってんだから、地元じゃ大騒ぎさ」
「それな。トドメを刺した奴は【虎爪のゴトー】とか言ってたっけな」
ガタッ!
「ん? 何か用かオッサン?」
「その話、詳しく聞かせてくれないか?」




