要人暗殺隊
ダンジョンの一室から脱け出し、元の通路へと戻って来た。ここまではダンジョンマスターからの妨害もない。動く前に脱出できれば御の字か。
「フレッツェとシャムシエルの姿は……無いか」
シャムシエルはともかく、あの臆病なフレッツェのことだ、一目散に出口へ向かっているに違いない。できればダンジョンから出る前に捕まえておきたいところだ。
放っておくと他にも犠牲者が出る。そうはさせまいと記憶を頼りに来た道を辿っていくと、離れた場所から何らかの音が聴こえてきた。
ザスッ――ザスザスッ!
「……武器を振るう音。近いな」
速度を落とし、慎重に音の聴こえる方へと進んで行く。ダンジョンに入ってから、人っ子1人見てはいない。可能性があるとすればフレッツェかシャムシエルだが、フレッツェなら悲鳴をあげて逃げ惑うだろうな。ならば……
ズバァ!
「ギャウン!?」
「……出口を目指した途端、ウジ虫のように集ってくるとはな。だが所詮は犬ッコロ。たかがグリーンウルフごときで私を止められると思うな」
通路の真ん中でダガーを振るうのは、俺の予想していた通りシャムシエルだった。彼女の正面にはグリーンウルフの群が待ち構えており、絶対に通さないという強い意思が感じられる。
「行く手を塞がれているのか。手を貸そうか?」
「……不要だ」
シュ――――フィキーーーン!
シャムシエルが流れる動作で何かを投げつける。すると青白い網の目の結界が発生し、ウルフの接近を阻害した。
「……これで邪魔は入らない。生きて出られるのはどちらになるのか、決着をつけようじゃないか」
やはりそういう話になるか。
「ラングと同類……には見えないが」
「……あんなバーサーカーと一緒にされては困る。おおかた闇ギルドの戦闘特化要員だったのだろう? 私も戦闘は得意だが正面からぶつかるほどのバカじゃない。相手の隙を突いての急所一点狙いが基本であり、ダラダラとした戦闘は好まない」
「つまり暗殺を得意としている?」
「……その通り。私の所属はレマイオス帝国の暗部とも呼ばれている要人暗殺部隊だ」
そういう事か。フレッツェはもちろんラングとも呼吸が合っていないし、おかしいとは思っていた。まさか同じ日に多方面からゲストが来るとはな。
「とうとう暗殺対象に選ばれたか。評価されてるとして喜んだ方がいいか?」
「……そうだな。少なくとも敵対しているだけで私の出番が回ってくることはない。つまりお前の存在はレマイオス帝国に破滅をもたらすと判断されたのだ」
破滅か。間違ってはいない。ロンダイト皇帝を殺した面子には俺が含まれるからな。
「さしずめ今の帝国は火の車と言ったところか」
「……火の車どころではない。帝国全土が火の海に沈もうとしているのだ。事態を重く見たモロック閣下はお前の暗殺を私に命じた。背後にいるラーカスター家を牽制するためにな。そして今日、その策が成るかどうかが決まる。お前と私が戦うことでな」
すでに準備万端のようで、シャムシエルは右手でダガーを振りかざす構えをとり、左手を背後に回している。
「……私の暗殺術、とくと味わうがいい」
「いいだろう。我が主への危険分子はこの場で刈り取る!」
ザッ!
ウルフの群をギャラリーに代え、シャムシエルとの戦闘が始まった。地を蹴ったのは俺で、様子を窺うシャムシエルに向け正面から突っ込み、挨拶代わりの正拳を見舞う。
「……速いな。だが避け切れる速度だ」
スッ!
捉えたかに見えた拳が空を切る。シャムシエルが上半身を仰け反らせて回避したんだ。
いや、それだけしゃない。仰け反った動きを利用してからの蹴りが飛んでくると、立て続けに右手左手そして蹴りのサイクルで攻撃が途切れない。
「その動き、闇ギルドの構成員ですら真似できない動きだろう。人間の身でありながらここまで強い相手は初めてだ」
「……フン。お前みたいな人間に言われても嫌味にしか聞こえん。現にこうして回避しながらも話すだけの余裕を見せている。しかも中等部の人間がだ。これほど絶望的な状況は二度と訪れまい」
前世のままなら俺が絶望していただろうな。老化による能力低下は容赦なく戦意を奪っていく。
しかし世の中とは理不尽なもの。寿命が尽きそうだった俺はこうして若返り、逆に絶望を与えているのだからな。
「どうした、ダラダラとした戦闘は好まないのではなかったか?」
「……ならば隙を見せてみろ。一瞬で終わらせてやろう」
「断る。我が主のためにも生還しなくてはならないのでな」
「……それほどラーカスター家が大事か? お前ほどの人物ならば王族に仕えることも出来ように。それこそレマイオス帝国ならばアバードの後継としても推奨されよう。今からでも遅くはないぞ? その力、我が帝国のために役立てる気はないか?」
「いや、俺の命を預ける者は決まっている」
脳裏に浮かんだのは俺に生きる目的を与えてくれた少女。彼女を護るためならば己の命も惜しくはない。
「……最後の警告だ。レマイオス帝国に下れ。お前ほどの人材、殺すには惜しい」
「ならば殺してみろ。俺は二君に仕える気はない」
「……残念だ」
そうだな。久々のスリルある戦闘を終わらせなければならないのは残念でならない。
「そろそろ本気でいこう」
これまでシャムシエルの動きに合わせてきた。それを徐々に吊り上げていくのだ。
当然シャムシエルとしては隙を作るまいと、俺の動きに食いついてくる。いや、食いつかざるを得ないのだ。
「!? まだスピードを上げられるのか!」
「どうした? 少しずつ遅れてるぞ?」
「……クッ!」
そろそろか。右手左手蹴りの間に俺の手を紛れ込ませるのだ。
「(右手左手蹴り、右手左手蹴り、右手左手蹴り、右手左手蹴り――)」
「――そこだ!」
ガシッ!
「なっ!? しまった!」
右手が繰り出されたタイミングで腕を取り、そのまま俺の方へと引き寄せると――
「後藤流――熊落とし!」
ズダァァァン!
「グハァ!?」
相手の攻撃を利用した背負い投げで、シャムシエルを地面に叩きつけた。カウンター気味に入ったのだ、ダメージは大きいはず。
しかしシャムシエルも諦めない。跳ねた勢いを利用して俺の手から逃れると、大きく距離を取り体勢を立て直した。
「……恐れ入ったよ、まったく。こうも早く奥の手を出さねばならないとはな」
「奥の手だと? ならば早く出してみろ」
「……フッ、すでに出しているさ」
パチン!
不適な笑いを浮かべて指を鳴らすと、周囲から白い煙のようなものが立ち始めた。
「……これはマジックアイテムの1つでな、指定した相手をその場に縛り付ける拘束霧さ。お前が逃げ回っている最中に仕掛けておいたのだ」
ただ攻撃を繰り出しているだけではなかったようだ。
「……この空間は霧で満たされた。逃れようにも逃れられんぞ」
「なるほど。ハンデを背負った状態で戦わねばならないと」
「フッ、面白い……実に面白い」
「……?」
「突如として降りかかる逆境。その逆境に打ち勝ってこそ勝利の美酒に浸れるというもの。逆境こそが俺の望む場所だったのだ!」(←そう言えばドMだったねキミ)
ザッ!
「行くぞぉぉぉ!」
「……クゥゥ、バカな! さっきよりも動きが速いだと!?」
拘束霧を纏わせた状態でシャムシエルに突っ込んでいく。そうだな、言うなればギプスが全身に巻き付いた状態か。しかし所詮はそれだけ。
「パフォーマンスを維持できれば何も問題はない。俺の全力を抑え込むには役不足だったようだな――ハァァァ!」
「グハァ!?」
動きについてこれなくなったところで強烈なボディブローを見舞う。さっきのダメージもあり、今度こそ起き上がれなくなったようだ。
「……やはり私でも無理だったか。この道中でお前の動きは常に観察してきたつもりだったのだがな。そもそもの力量が違うのなら敵わんのも道理。どうやら私は大きな勘違いをしていたようだ」
「勘違い?」
「……この任務を受けた時、お前たちはパンドラの箱を開けてしまったのだと思っていた。しかしそれは思い違いだった。寧ろ箱を開けたのは我々の方だったのだな」
パンドラの箱か。メグミが嬉々として箱を開けてる姿が目に浮かぶようだ。
「……こうなっては仕方ない。我が身を犠牲にしてでもお前を倒さねばならん」
我が身を犠牲に……
「まさか!?」
ゾワリとした感覚が全身を駆け巡った。この女は自爆する気だ!
「チィィ!」
透かさずシャムシエルから離れ、結界が張られたウルフの群へと突撃した。さすがに肉体を持ってかれては生きてる自信はない。
「……フッ、感が鋭いな。私の自爆とお前の退避、これが最後の勝負だ」
膨大な魔力がシャムシエルに集中しているのが分かる。ダメージを和らげるには少しでも遠くへ離れるしかない!
「ウォォォォォォ――――スピンランサーァァァァァァ!」
両手を前に突き出し、全身を高速回転させて突っ込んでいく。
バリバリバリ――――バキィィィィィィ!
結界を破壊し、ウルフの一部を切り刻んで尚も突進。すると――
ズドォォォォォォォォォォォォォン!
遥か後方でシャムシエルが爆発。ウルフの肉片と共に強い衝撃が全身を覆い、バランスを崩して壁に激突した。
ドン!
「ふぅ……。左手肩に軽度の打撲と、左手首の脱臼だけで済んだか。咄嗟に腕を引っ込めなければ左手半身がやられてたな」(←相変わらずバケモンッスね)
だがまだ終わりではない。フレッツェを捕まえねばならないし、ダンジョンマスターとの戦いも残っている。
「さて、フレッツェを追いかけるとしよう」
ゴキッ!
脱臼を治し、再び出口に向けて走り出した。




