鉄球魔人ラング
意気揚々と進むフレッツェを先頭に、俺たちは洞窟へと突入した。踏み均されているためか足場は悪くなく、一定間隔で備え付けられている松明のお陰で移動はスムーズだ。
「ふむ……近い、近いぞ。闇ギルドの首領はすぐ近くだろう」
何の躊躇いもなく進んで行くフレッツェ。その様子に俺だけでなく、ラングやシャムシエルも不信感を募らせていく。
「やけに足取りが軽いじゃねぇよ? 臆病風に吹かれてたフレッツェはどこ行ったんだぁ?」
「え? そ、それは……」
「……そこはラングに同意する。流れ矢にすらアレだけ怖がっていたのだ、闇ギルドのアジトと知っておきながら優々と進める自信はどこから来るのか」
「シャムシエルまで……。わ、私はただ、1度来た場所を覚えてるだけだよ。事実今だって怖いのだ。あ、貴方もそう思いますよねゴトーさん?」
こちらに振ってきたか。だが俺の意見も2人に同意だ。
「どうかな? 洞窟に入ってから当たり前のようにトラップを避け続けているのは不自然だと思っていたところだ」
「トラップを……ですか? そんなつもりは……」
「まぁいい。避けて来れたのは偶然とも言える。それに首領さえ討伐すれば依頼達成だろう? さぁ、案内してくれ」
「わ、分かりました……」
再びオドオドし始めるフレッツェ。トラップよりもこちらの顔色が気になるらしい。
「た、確かこちらの通路の先に……おお、あったあった!」
「――って、また階段かよ。もう地下4階くらいは下りて来てんじゃねぇか? いったいどこまで続きやがる」
「もうすぐ……もうすぐだ……」
「ああ?」
「もうすぐ着くんだ、黙ってついてこい!」
「うぉっ!?」
凄むフレッツェにラングが圧倒されるという珍しい構図。が、フレッツェの目は明らかに血走っており、尋常ではないことが見てとれる。
「もうすぐ……もうすぐ……」
怒声を上げた後もまるで何かに取り憑かれてるかのようにブツブツと呟いている。前世でもよく見かけた追い詰められた人間の特徴だ。
伺い続けて1時間が経過した頃、不意にフレッツェが走り出す。
「見えた、この先だ!」
「おいオッサン!?」
「もうすぐ――もうすぐなんだ、もうすぐ終わるんだーーーっ!」
通路は奥の扉へと一直線に続いていた。フレッツェは時おり躓きながらも一心不乱に扉までたどり着くと、無警戒に開け放って更に奥へと走り込む。
よく見れば部屋の奥にも扉が見え、フレッツェがその扉を潜った直後、最初から存在しなかったかのように扉は消え去る。反射的に振り向くと、入ってきたはずの扉も見当たらない。
「クソッ! あの野郎、どこ行きやがった!?」
ラングが叫ぶと、愉快そうなフレッツェの声が部屋中に響く。
「クッハハハハハ! よく来たね諸君。ここはダンジョンの一室で、ちょっとした仕掛けが施されている罠部屋だよ」
そう、ここはダンジョンの1つで、フレッツェは最初からここに誘い込むつもりだったようだ。
「やはりダンジョンだったか」
「おや、ゴトーさんはあまり驚かれてませんな?」
「お前が何か企んでいるのは最初から気付いていた。それが何かを突き止めるため、こうして敢えて泳がせていたに過ぎない」
「ほぅ?」
「そもそも出会った時点で嘘を付いている者を易々とは信用できない。ラングとシャムシエルも同じように捉えていたんじゃないか?」
俺の問いに2人は大きく頷いた。
「まぁな。闇討ちしようもんなら返り討ちにしてやろうとは思ってたぜ」
「……フレッツェにそんな度胸が有るようには見えなかったのでな、こちらも敢えて触れなかった」
「フン、強がりを。……まぁいい。この罠部屋に捕らわれた以上、簡単には脱出できんからな」
脱出の方法は教えてはくれないだろう。代わりに真相を尋ねてみた。
「ダンジョンに閉じ込めるのが目的だったのか? それだけとは思えんが」
「いえいえ。強者を唆し、ここへ誘導するのが目的だったのですよ――」
「――ダンジョンマスターのためにね」
「「ダンジョンマスター!」」
「…………」
後ろの2人は驚いているが、俺は薄々気付いていた。闇ギルドのアジトにしては侵入者避けのトラップが多すぎるからだ。これでは仲間まで巻き添えを食らうだろうし、出入りに使うには無理がある。
「それで、なぜダンジョンマスターの言いなりに?」
「おやおや、私が見込んだだけはあって、ゴトーさんは動じませんなぁ。まぁいい、教えてやろう。ダンジョンマスターは様々な宝をダンジョンに隠し持ち、それらを求めて冒険者たちが集う。だが宝を手にして帰還できる者は決して多くはない。殆どが命を落としてしまう……それは何故か? 魔物やトラップのせいだ。それらが行く手を阻み、帰還すら許さんのだよ」
それは知っている。手空きの時間を使ってポセイドのダンジョンでジョギングしているからな。うっかり罠に掛かって閉じ込められたのは数知れない。掛かる度にポセイドからは小言を言われたが。(←お前バカだろ?)
「だがフレッツェ、それだとお前も犠牲になるだろう?」
「フッ、無策であればな。しかし私は幸運だった。没落した我が家を再興するため一攫千金の望みを持ってダンジョンに突入した……が、結果は散々なもので、数少ない家来を皆殺しにされるという有り様、正に絶体絶命。しかししかし、女神はなんと、この私に微笑んだのだ!」
興奮覚め止まぬ様子でフレッツェは続ける。
「奇跡だよ、正に奇跡! 絶望に染まる私にダンジョンマスターが問いかけてきたのだ。【より多くの強者を誘い込め。さすれば膨大な富を貴様にやろう】とな。ダンジョンから出た私はさっそく王都で情報を集め、一番強いと噂されるゴトーさんに行きついた。後は貴方を騙すだけ。しかし、ここで最大の難関にブチあたる。上位貴族でもない限りゴトーさんへの指名依頼は弾かれてしまう。当然ながら没落した私は論外と。ならば有力者のサインが入った依頼書ならばどうか。――と、これが見事に成功した! 正に天啓のごとき閃きによる策が成り、コッソリ拝借した依頼書でゴトーさんと合流――とまぁこんなところですな」
結局は奇跡的に上手くいっていただけか。
「しかし驚いたよ。3人の冒険者を用意したのは依頼書に沿ったがためのやむを得ない流れ。ゴトーさん以外の2人は当日になり来れなくなったと言うつもりだったのに、何故かそこの2人が現れたのだからね。しかも連結昌石まで偽造してくるという徹底ぶり。いったい何が目的だね?」
「「…………」」
フレッツェの問い掛けにラングとシャムシエルは無言で返す。そう、この2人も依頼を受けた冒険者ではない。つまり、俺以外はそれぞれ別の目的で動いていたわけだ。教えてくれたのはゾルーアだけどな。
「まぁいい。ダンジョンマスターへの生け贄が増えて、私としても万々歳。諸君らの命は私の糧となって役立つことだろう」
「っざけんなクソ野郎! こっから出たらブッ殺してやらぁ!」
「フフ。元気そうだねラングくん? でもそれは叶わないだろう。キミたちはダンジョンマスターの罠に掛かったのだ、簡単には脱出はできん。しかしまぁ万が一という事もある。奇跡が起きたらまた会おう。ハーーーッハッハッハッハッ!」
最後は豪快に笑い飛ばすフレッツェ。やがて高笑いが消えて部屋の中がシ~ンと静まり返る中、シャムシエルが動いた。懐から何かを取り出し、それを壁に張り付けたのだ。
「……脱出用のゲートだ。これで地上に戻れる」
「おぅ、気が利くじゃねぇか」
「……勘違いするな。このゲートは1人用だ、通るのは私1人」
「テメェ!」
逃がさねぇとばかりにラングが鉄球を投げつけるも、シャムシエルはヒラリと回避。そのままゲートを潜り、去り際に一言告げていく。
「……ゴトー。まさかこんな所で終わりではないだろう? 必ず生きて出てこい。私のためにもな」
気になる台詞を吐いて完全に姿を消した。私のためとか言っていたが……まぁいい。
だがこれで残されたのは俺とラング。ケリを着けるにはもってこいだ。
「俺を殺す機会を窺っていたんだろう? 今がその時じゃないか?」
「なっ!? 気付いてやがったのか!」
「ああ。焚き火を囲んでる時に襲ってきた連中、アレを仕込んだのもお前だな?」
「フッ……。そこまでバレてちゃ仕方ねぇ。そうとも、俺はテメェを殺すチャンスを待っていた。俺の相棒を殺したのはテメェだからなぁ」
「相棒だと?」
「クロスチェーンのグリザックだ、忘れたとは言わせねぇ!」
グリザック。シューベルスの邸でフォルシオン――もといロザリーと居た時に襲撃してきたディオスピロスの一員だ。
「ああ、無駄口の多いあの男か。チェーンで相手を拘束するだけのチャチな野郎だったな」
「るせぇ! テメェを殺してグリザックの墓前に添えてやる。覚悟しやがれ!」
言うや否や鉄球を飛ばしてきた。力だけは流石で、鎖に繋がれた2つの鉄球を巧みに操り、反撃する隙を与えないよう攻めてくる。
――が、回避は容易だ。俺は棒立ちしてるわけじゃないからな。幸いにしてこの部屋は広い。動き回れるスペースが有るのはラングにとって不利だろう。
「チッ、ちょこまかとウゼェ野郎め」
「どうした、もう終わりか?」
「ルセェ! こちとら伊達に鉄球魔人と呼ばれてるわけじゃねぇ。こっからが本番だぜぇ!」
シューーーッ!
全力で放ったように見えるラングの鉄球が明後日の方向に飛んでいく。
「なんだ、ミスったのか?」
「フッ、ミスじゃねぇさ」
不適に笑うラング。その意思を継いだかのように、放たれた鉄球が次々と壁に弾かれていき……
「――これは!?」
「今ごろ気付いても遅いぜ!」
ジャララララッ!
四方を囲んだ鉄球――いや鎖が俺に巻き付いた。
「鎖の方から勝手に巻き付いてきたように見えたが?」
「へっ、こんな時でも冷静かよ。まぁいい、冥土の土産に教えてやる。この双鉄球に付いてる鎖はただの鎖じゃねぇ。【束縛の呪い】が掛かってやがんのさ」
束縛の呪い。確か学園の資料室にある書物で見た記憶がある。この呪いが掛かったアイテムを手にすると、死ぬまで剥がすことはできないと。
「分かったか? 鉄球に付いてるのも呪いのお陰でな、どんなに無茶な使い方をしても外れたりはしねぇのさ。それが今度はテメェの体に巻き付いた。助かる方法はただ1つ、鎖に締め上げられて昇天する以外にねぇ」
「手にしているお前が無事な理由は?」
「俺の体に彫られた身体呪文さ。見えるだろ? よく分かんねぇ文字の羅列が。こいつが呪いから護ってくれてんのさ。つまり俺様はノーダメ。餌食になるのはテメェ1人よ。残念だったなクソガキ野郎!」
この鎖は普通には外せないと。ならば普通じゃない外し方なら良いわけだ。
グイッ!
「ぬわぁ!? コ、コイツ、とんでもねぇ馬鹿力を!」
どうせ外れないのならと、逆に鎖ごと引っ張ってやった。俺の力に敵うはずもなく、ラングはズルズルと床を這う羽目に。
「グ……ググ……クッッッソガァァァァァァ!」
引っ張られながらも鎖を離さないラング。やがて至近距離まで来たところで器用に身体を回転させ、鎖の先の鉄球を奴の頭へ振り下ろした。
ゴガン!
「ぐがっ!? い、いでぇ、いでぇよぉぉぉ!」
ふむ、一撃じゃ足りなかったらしい。
「そら、もう1度くれてやる」
「や、やめ――」
ゴガン!
「ぐぼぉ!? が、がが……だずげ……で……」
二発目で頭部が大きく損傷し、もはや喋るのもままならないようだ。
「辛うじて助けてと言ってるようだが、この状態ではどのみち助かるまい。せめて最後は自分の愛用した武器と共に昇天するといい――フン!」
ブチブチブィィィ!
俺は自分に巻き付いた鎖を強引に破裂させ(←おかしいな、外せないはずなのに)、うつ伏せで痙攣しているラングの背中へと乗せてやった。
「供養は済んだな(←供養なのかコレ……)。ではさっさと脱出しよう」
実はこうした罠部屋には必ず脱出方法がある。これもポセイドが言っていたことだが、ダンジョンの構造上絶対に用意しなければならないらしい。理由は知らんがな。
そして今回に限っては天井だ。
「そこか――――フン!」
天井から微かな風が感じられたために気付いた。そこに隠し扉があると確信し、天井目掛けて大ジャンプ。頭から突っ込んだ結果(←それはおかしい)、天井をすり抜けて部屋の外へ。脱出成功だ。




