亡命
「お~いジュリオ、まだ待つ気なのか? そんな都合よく現れるとは限らないだろ」
「いや、彼女ならきっと来る。来てくれるはずさ」
防壁の下にいる門番のダシットに言い返し、沈みかけている太陽を背中に受けつつ西の山を眺める。今にもあの山から駆け下りて来るのではと思えてならない。
「ま、いいんだけど……な。それでその子はアルス様の恩人でメグミって名前だっけか? そんなに強いってのかよ?」
「ああ、そうとも。ゴブリンの群に囲まれた俺とアルス様を颯爽と救い、スマイリス家の追手をも撃退してくれたんだ。あの時メグミ殿がいなかったらと思うとゾッとするよ」
正に彼女は命の恩人。正体こそ不明ではあるが、服装を見るに貴族の令嬢として過ごしていたのではと思う。
そんなメグミ殿があのまま平穏に過ごせるとは思えない。辺境伯であるスマイリス家を敵に回したのだからな。
そこから導き出されるのはメグミ殿が国外脱出を図るという流れであり、なら恩人を迎えるのはこの街の領主であるラーカスター家以外にないだろう。アルス様だって歓迎するはずだ。
「へ~ぇ、ジュリオが言うんなら相当だな。若干15歳にして領主の娘であるアルス様の護衛に抜擢されたお前すら驚愕させるなんてなぁ」
「よしてくれよ、俺はそんなに強くはないさ」
確かに剣の腕はそれなりだと自負しているが、それも1対1という条件付きでの話だ。先のゴブリンみたく多勢に無勢だと全くの無力。情けない姿をアルス様に見せてしまい恥ずかしい限りだ。
「だが彼女――メグミ殿は違った。女性の身でありながら圧倒的強さでゴブリンを蹴散らしたあの実力。俺は彼女に憧れを抱いてしまったんだ」
「ん? およよよ? ま~さかジュリオく~ん、謎のヒロインに恋しちゃった? しちゃったのかい?」
「ち、違うよ! そういうんじゃない」
「ハハッ、隠すことないじゃないの。何なら人生の先輩としてアドバイスしてやるぞ~」
「だから違うって。だいたい彼女は10歳で、俺より五つも下だよ」
いやまぁ、確かに可愛いとは思った。それに敵を捌く際のあの流れるような動き、俺は彼女に魅了されつつあるのだろう。
「じゅ、10歳でゴブリンの群を1人で!? こりゃ将来は有望だなぁ。他の男に取られないよう注意しないとな」
「うん、分かっている――って、そういうんじゃないって!」
そもそもメグミ殿が本当に来るかなんて分からない。あの実力なら貴族としてじゃなく冒険者としても大成するだろう。
けれどもし会えるのなら……もう一度会えるというなら、俺は是非とも会いたい。そして誓うんだ、いずれはメグミ殿を護れる側に立つと。
「んん? 何だありゃ?」
ダシットが上空を見上げる。釣られて俺も見上げると、西の空から何かが飛んでくるのが見えた。魔物ではない。徐々に大きくなるそれは人の形をとっているのが分かり、更には服を着ていない下着姿の女の子であることが分か――
「「――っえええ!?」」
俺とダシットは混乱した。幼い女の子が空を飛んでいるだけでも不可思議な光景なのに、下着だけの姿というよく分からない格好をしていたからだ。
しかし、女の子の顔がハッキリと分かる位置まで近付いてくると、俺の顔には自然と笑みが出ていた。
「メグミ殿!」
そう、待ち焦がれた彼女がやって来たのだ。彼女も俺に気付いたようで、俺の目の前へと着地した。
「おお、お主の顔は覚えているぞ。アルスという貴族令嬢を護衛していたジュリオだったな」
「俺も覚えていたよ。近々メグミ殿が亡命するのではと思い、ここで待っていたんだ」
「ほほぅ? 思考を先読みするとは中々できる。私との出会いに感銘を受けて待ち望んでいたという事か。うむ、結構結構」
ウンウンと頷くメグミ殿。何故だか彼女の顔を見るのが照れくさい。と言うより……
「ところでメグミ殿、何ゆえ下着姿でいらっしゃるので? 俺としてはその……目のやり場に困るというかですね……」
「おお、そうだった。ちょっとしたトラブルが発生して服を脱ぎ捨てたのだよ。あれはもう使い物にはならん。出来れば代わりの服を用意してくれると有り難いのだが」
「ト、トラブル……ですか」
あれほどの実力を持つメグミ殿がトラブルに? しかも服を脱ぎ捨てなければならない程など想像もつかないが……。(←本人のためにも想像しないでやってほしい)
「では領主様の邸へご案内致します。アルス様を救出できたのもメグミ殿のお陰ですからね。一度礼を述べたいと仰っていたのですよ」
自分の上着をメグミ殿に羽織らせ、邸へと案内する。
「すまないな。下着姿で服屋へ赴のに気が引けていたところなのだ。譲ってくれるのか?」
「い、いえ、男物なんかより、メグミ殿にはもっと煌びやかで可愛い服が似合うかと。あ、どうせなら領主様と面会する前に買い揃えて行きましょうか」
「ふむ、宜しく頼むぞ」
「こちらこそ」
これぞ運命というやつだろうか。これからの毎日が楽しみだ。
「ところでメグミ殿、あまり激しく動いてしまうと服の隙間から下着が……」
「見せてるのよ」
「は!?」
「冗談だ。一度言ってみたかったのだよ」
「そ、そうか……」
思わずドキッとしてしまった。固い喋り方だけではなく冗談も言うのか。強さ以外にユーモアも持ち合わせているとは、ますます将来が楽しみな――
――って、別に変な意味はないぞ? もっと美少女になるに違いないとか思ってるわけじゃないからな。俺は純粋に将来を!
誰に言ってるんだろうな俺……。
★★★★★
その頃のレマイオス帝国
「マンチェスター子爵が討死だと!? しかもジョゼファン男爵と矛を交えたというのか!」
レマイオス帝都の帝都――イスカリオンにて、皇帝であるロンダイトが怒りを露にする。原因はメグミが出国前に仕掛けた計略で、マンチェスター率いるスマイリス家の軍勢をジョゼファンが篭るガラテイン家の邸に攻め込ませたせいだ。
「チッ、マンチェスターめ、万事上手く進んでいるなどほざきおって。先鋒がこれではペルニクス王国に攻め入ることはできぬ。計画は見直しだ、クソッタレめが!」
ロンダイトの怒りは続く。実は前々からペルニクス王国への侵略を企んでおり、その第一陣をスマイリス家に命じていたのだ。
皇帝の命を受けたマンチェスターはすぐさまペルニクス王国の領地に密偵を放ち、しばしの情報収集に徹した。それにより貴族令嬢アルスが護衛の目を掻い潜り、お忍びで出歩いているという情報を入手。上手い具合に誘拐に成功したのだ。
が、思えばこの時が最高潮であったと、元帥のムシェールは振り返る。
「ラーカスター家の令嬢を人質にしたまでは良かったのです。ラーカスター家に反乱を起こさせペルニクス王国の国力を削ぎ、弱ったところへ我が国が攻め入る。計画は完璧でした。しかし……」
「マンチェスターはジョゼファンと交戦。ガラテイン家の邸が大炎上し、両者とも焼死した。――何故だ、何故マンチェスターは裏切ったのだ!?」
そう、裏切る要素はどこにもなかった。現に前特隊(←前方支援特殊部隊の略)からは不審な動きは報告されてはいなかったのだ。
しかし土壇場でこれである。当然ペルニクス王国と接触したという痕跡もない。
では何故なのだとロンダイトが憤りを見せたところで、元帥のムシェールが理由を述べた。
「誘拐した令嬢をガラテイン家が奪ったのではという情報が前特隊から上がっています。それに激怒したマンチェスターが夜襲を仕掛けたのではと」
「それが本当ならガラテイン家の者共を全員打ち首にしてやるところだ。残念なことに皆焼け死んだようだがな」
「ですが令嬢のロイヤルカード(←貴族や王族が産まれた時に作成する身分証)が発見されておりません。戦闘の隙に逃げ出したのか、はたまた元から居なかったらのかは定かではありませんが、国内に潜伏していればいずれ見つかるでしょう」
「うむ。その件はお前に任せる」
「御意。それからペルニクス王国に近い街の冒険者ギルドが爆発炎上を起こした件ですが……」
言い淀むムシェール。ロンダイトは怪訝な顔を見せるも続きを促す。
「何だ、ハッキリと申せ」
「では。現場に居合わせた前特隊の隊員が爆発に巻き込まれて死亡しました。名前はデービス。彼は行方を眩ました令嬢を捜索していたのですが、その任務の途中での出来事でした」
「フン、役立たずめ。元帥のお前が抜擢したのではなかったか? それでは報酬が高いだけの金食い虫ではないか」
「仰る通り、返す言葉も御座いません」
「フン、まぁよい。計画の立て直しはお前に任せる。その間の他国の動きにも注意せよ」
「ハッ! 仰せのままに」
しかしフランソワ――もとい、メグミが原因であるという事に気付くのに、更に3年も要することになろうとは誰も思ってはいなかった。