冒険者ギルドも火傷する
フランソワが成仏するのを見届けた私は、その日のうちに近くの街の冒険者ギルドに来ていた。
ガラテイン家という後ろ楯を消し去った以上フランソワを名乗る事はできない。かと言って身分を証明できなければ面倒なのは容易に想像できるのでな。
「ようこそ冒険者ギルドへ。キミ、ここの利用は初めてかな?」
「うむ。だがおおよその流れはな○う小説を見て分かっている。早く手続きプリーズ」
「ではこちらの水晶に触れてね。後は自動的に本人の情報を読み取ってくれるから」
「よかろう」
受付嬢に促されるまま水晶に触れる。もちろん無策で触れるわけではない。
『魔偽製造』
私の両目が一瞬だけ光り、一部の情報を瞬時に書き換えてやった。
青く光る右目は真実を語り、赤く光る左目は偽りを騙る。年齢や種族はそのままに、名前や犯罪歴などは都合よく上書きするのだ。
フフ、言い忘れていたが私の両目はオッドアイになっているのでな、見る人が見ればカッコいいという感想を漏らすだろう。もはや魔王の化身とは誰も疑わないのではないか? うん、そうに違いない。
これから始まるのは――(←話が長くなりそうなので以下省略)
「できました、こちらがギルドカードです。あら? うっすらと黒光りしてますね。もしかしたらメグミさん、強力な素質をお持ちなのでは?」
しまった、魔王としての能力は隠したつもりだったが、スキル発動により強い魔力を感知されてしまったようだ。
ちなみに真っ白な状態がデフォルトで、青→黄→緑→紫→黒→レインボーという順番で強さを示すらしい。抑えてなければレインボーになっていただろうな。
ったく、忌々しい機能め。それとなく誤魔化しておくか。
「ど、どうだったかな……。有ると言われた気もするし、言われてない気もするし……」
「あ、すみません。個人的な質問ですので明かさなくて結構ですよ。わけありで伏せている方も居りますのでお気になさらず」
だったら聞いてくるでない戯けがぁ!
――と言いたいところを辛うじて抑える。こんな事で本性が明かされるのは許しがたいのでな。命拾いしたな、受付嬢よ。
「では冒険者として頑張ってくださいね。パーティの紹介なども行っておりますので、よろしければお気軽にどうぞ」
「了解だ。気が向いたら頼むとしよう」
さて、これで当初の目的は達成されたな。後はペルニクス王国に脱出するだけとなったのだが……
ジィ~~~~~~
――というウザったい視線がさっきから纏わりついてくるのだ。視線を辿れば赤いローブに身を包んだ何者かに行きつく。
直接問い詰めたいところだが公衆の場で騒ぎを起こすのもな。気にしない素振りで様子を見るか。
「ええと、何々……レマイオス帝国(←今滞在している国)の現状……」
掲示板に書かれた内容に目を通していき、しばし時間を潰してみる。が、依然として視線は外れない。
このまま膠着状態が続くかと思われたその時、上の階から厳つい顔の男がノッシノッシと降りて来た。
「あ、ギルドマスター、お出掛けですか?」
「いや、ちょっと……な」
受付嬢の問いかけをはぐらかし、それでもギルマスの視線はある一点を外さない。そう、私に向けられたままなのだ。そして背後からは赤ローブの視線。なるほど、対象の耳には届かないよう会話をしていると。ならばこちらにも考えがある。
『念話傍受』
シュイン!
『間違いないのかデービス、本当にこの娘がスマイリス家を陥れたと?』
『ああ、間違いない。しかもタダのガキじゃないぞ? あのガラテイン家の末子にあたるフランソワという娘だ』
『何っ!?』
驚きの表情を見せるギルマス。そんな顔を作っては念話してるのがバレバレだぞ? ほら、受付嬢が怪訝な顔をしているじゃないか。
「ギルマス? どうかされましたか?」
「い、いや、何でもない……」
何とか誤魔化したか。だが面白い、少々からかってやるとしよう。
『ガラテイン家とスマイリス家。特に敵対関係にあったとは聞かないが……』
『だが昨日起こったスマイリス家当主によるガラテイン家への襲撃は間違いない。理由は分からんが、何らかの事情を知っていてもおかしくはない。何故ならフランソワだけがガラテイン家の生き残りなのだからな』
『ほぅ? デービスよ、私が生きているとよく分かったな?』
『なぁに、どんなに燃え上がろうとも遺体が持っていたギルドカードは燃え尽きたりしない。ご丁寧に全ての仏さんが持っていたよ。ただ一人、フランソワを残してな』
『なるほど、ギルドカードは燃えないと。これは本当かギルマス?』
『ああ、それは本当だ。冒険者ギルドだろうが商人ギルドだろうが魔術師ギルドだろうが、どこのカードも基本は同じだ。例外的にドラゴンのブレスに焼かれたとかない限りはな』
『そうかそうか、また1つ知識が増えた。礼をいうぞ2人とも』ニヤッ
「「っ!?」」
ギルマスに笑みを見せた直後、後ろの赤ローブにも裾を摘まんで優雅に一礼。声には出さなかったが咄嗟にのけ反る動きに笑いが込み上げてきた。
『フッ、どうした、他人に聞かれたくない話なのだろう? だからこうして念話にしてやったのだ。驚くことではあるまい』
『『…………』』
しばしの絶句。やがてハッと我に返った2人は矢継ぎ早に質問責めに。
『他者の念話に割り込むだと? あり得ん、前代未聞だ。いったいどうやってそのスキルを!?』
『ま、待つんだデービス、それよりもソイツ本人だ。こんな得たいの知れない奴が貴族令嬢? そんななわけがない。仙人クラス……いや、神の領域と言っても過言ではない。貴様はいったい……いったい何者なんだ!?』
質問が多いな。だが興が乗った。
『特別に答えてやろう。念話に割り込めるのは、魔王の化身である私にとっては造作もないこと。念話ごときで私の目は欺けん。そしてギルマスよ、お前の予想は残酷なまでに正しい。この身は魔王ルシフェルの化身。女神クリューネですら顔を引き吊らせる(←別の意味でな)ほどの存在よ。そう、貴様らは今、己の人生において最も恐ろしい存在を目の当たりにしているのだ』
ふぅ、久々に長い台詞だった。噛まずに言えた自分が誇らしい。(←誇るところ間違ってね?)
「おう、そこのガキ、さっきからウロチョロと邪魔なんだよ。目障りだからどっか行きな!」
「……ん?」
「ここはガキの遊び場じゃねぇって言ってんだ、お家でママのおっぱいでも吸ってな!」
赤ローブとギルマスが言葉を失っていると、今度はガラの悪い連中が私に絡んできた。冒険者ギルドあるあるだな。
しかし、せっかくの余韻が台無しではないか。早急にお引き取り願うとしよう。
「見た目だけが厳つい雑魚はお呼びでない。貴様らのようなつまらん存在に貴重な時間を浪費させるな」
「なっ? んだとぉぉぉお!?」
すぐに沸点に達したであろう男の一人が私に掴みかかろうとしてきた。その腕を軽やか回避し、流れるような動作で男の腕をガッチリと掴む。
「何っ!? コイツ、いつの間に俺の腕を!」
「いつの間に? たった今だよ。所詮凡人には見えんだろうし、理解もできまい? 貴様は黙ってありのままを受け入れるがいい」
ブンッ!
「うわぁぁぁ!?」
ドガッシャーーーーーーン!
掴んだ男を遠くへ投げ飛ばす。すると勢い余って壁を突き破り、表通りのど真ん中で血を流して気絶した。
「ゲェッ!? 壁を貫通しただとぉ!? どんな馬鹿力してやがんだ!」
「普通に投げただけだ。あの程度でダウンするようでは私の足元にも及ばん」
「っのやっろぉぉぉぉぉお!」
男の仲間が殴り掛かってきた。しかし遅い、あまりにも遅い。
「トロくさい動きだ」
ガシィ!
「なっ!?」
男の拳を正面から受け止めた。そう、渾身の力を込めたであろう拳を、いとも簡単に止めて見せたのだ。信じられないといった顔をする男の拳から次第に力が抜けていく。
「せっかくだから教えてやろう。パンチとは――」
ドゴッ!
「ぐっふぅ!?」
「こうやって見舞うのだ」
腹が破裂しない程度の力でボディブローをお見舞いしてやった。するとやや間を置いて、胃の中身をぶちまけつつ男はその場に踞る。
「これに懲りたら喧嘩を売る相手は選ぶことだな」
さて、普通なら拍手喝采が起こっても不思議ではない展開だ。明らかな未成年が大人2人を圧倒したのだからな。
しかしギルド内はシーンと静まり返り、誰しもが言葉を失っていた。ちぃとやり過ぎたか? そんな風に考えていると、思考停止に陥っていたギルマスが復活。私を見据えて怒声を轟かせてきた。
「よく聞けみんな、この小娘はただの子供じゃない! 何かに取り憑かれたバケモノだ! それもAランクの魔物に匹敵するほどのヤバい奴がな! 責任は俺がとる、全力で殺せぇぇぇ!」
ギルマスの呼び掛けに応じ、冒険者のみならず職員までもが臨戦態勢を取る。うむ、流石だ。戦闘だけならそれなりに楽しめそうだな。
しかし私も鬼ではない。戦う気のない者を巻き込むのは不本意だ。
「よいのか? 殺しに来るというのは、それ即ち殺されても文句は言えないということ。矛を収めて立ち去るのなら今のうちだぞ?」
ドォッ!
「「「!!!???」」」
これまでの人生において感じたことがないであろう程の殺気を飛ばす。この恐怖は常人でも感じることができるもので、殺気にあてられた何人かは表へ駆け出していく。しかし、それでも尚、残っている連中は敵意を向けてきた。
「善意で言ったのだがな。私とて好き好んで殺そうとは思わん。残った者は命知らずのバカという事でよいのだな?」
「ああ、冒険者稼業なんざ命知らずがやるもんだからな。だが1つだけ訂正させてもらおう」
「なんだ?」
「残った連中は強者揃いだ。俺を含めてな」
「ほぅ、それで?」
「自分の力を過信した奴ほど早死にするのさ、バカみたいになぁ! いくぜぇ!」
ギルマスと連動して他の連中も動く。
「ふむ、ギルマスなだけあって動きはいい。だがそれだけでは私に触れることすら叶わん」
「みてぇだな……」
渋い顔のギルマス。奴以外にも四方から斬り掛かられているが、その全ては空を切っている。
「だが無策じゃないぜ? デービス!」
「任せろ、アースバインドォ!」
目に見えぬ何かが足に絡みつき、私をその場から離さない。あの赤ローブの魔法か。
「終わりだ。例えどんなに強くとも、動けなければ回避できまい」
勝利を確信したギルマス。他の冒険者も気を緩めているのが見てとれる。
「終わりだバケモノ、俺たちの前に現れたのが運の尽きだったなぁ!」
ギルマスの剣が頭上から迫る。だがしかし、まだまだ甘い。
パキン!
「なっ――――鉄の剣が……真っ二つに!?」
「頭が割れてジ・エンド――とでも思ったか? 動けなくともダメージが通らなければ無意味。そうだな……傷を負わせたくばレールガンでも撃ち込んでみるがいい。この世界に有ればの話だがな」
いよいよ戦意を喪失し、私から距離を取り始める。
が、ただ一人、赤ローブだけは違った。
「正攻法じゃ無理か。なら仕方ない。俺が持つ魔力の全てを注ぎ込んだ取っておきをくれてやろう」
赤ローブが更に真っ赤なオーラで包まれた。火属性の魔力が溜まっている証拠だ。
そこへ巻き込まれては堪らないとばかりにギルマス他何人かの冒険者が一斉に離れると、赤ローブは掌を私へと向け……
「今さらながら自己紹介だ。俺はレマイオス帝国所属、前方特殊支援部隊隊員のデービス。周辺国からの侵略に備え、辺境の地には俺のような精鋭が配置されている。貴様が何者かは知らんが我が国にとっての脅威と見なし、その命を刈り取らせてもらおう――ヘルファイアーーーッ!」
ほぅ、骨をも焼き尽くすと言われている大火力の火魔法。人一人がスッポリ入りそうな球体が私に向けて放たれた。だが……
「ほい、ナイスキャッチ――と」
「んなっ!?」
何てことはない。ヘルファイアの球体を破裂させないよう受け止めただけだ。
「食らうと思ったか? フッ、バカめが。特殊部隊だか何だか知らんが詰めが甘い。火魔法というのはこうやって使うのだ!」
「バッ、やめろーーーーーーっ!」
★★★★★
チュドォォォォォォォォォォォォン!
遥か上空で冒険者ギルドが燃え上がるのを見下ろす。
何をやったかだと? なぁに、特別なことは何もしとらん。ただヘルファイアの性質上、目標を個人に絞った場合と範囲攻撃に指定した場合とで影響が異なり、範囲攻撃の場合は威力が落ちるが周囲を巻き込んだ爆発が魅力だ。
つまり範囲攻撃により冒険者ギルドは謎の爆発炎上を起こし、私は着弾する直前にギルドから転移したというわけさ。
「フッ、見たか凡人。これが魔王ルシフェルの化身たるメグミ・タカスギの実力だ。私に楯突いたことをあの世で後悔するが――」チリチリチリ……
んん? 何だか尻がアッツイような――ってぇ!
「アッチチチチチチ! ま~~~た燃えてるではないか! 完全に回避したはずなのに! いったい何が原因で――」
火纏いのドレス……近くに強力な熱源を感知すると、たちまち燃え上がってしまう。見た目に高級感があるので、安くて見栄を張りたい人にピッタリである。
「これが原因ではないか! おのれガラテイン家めーーーーーーっ!」
死人に鞭打つなと言われるが、敢えて言おう、ガラテイン家はカスであると!
スキル紹介
魔偽製造
:オッドアイの両目を使い、真実と偽りを混ぜた物を造り出すスキル。造り出すものによっては魔力の消費が大きくなる。このスキルで生物を造るのは不可。
念話傍受
:相手が行っている念話を盗聴したり、会話に割り込んだりできる。魔力を多く消費すれば、傍受する範囲を拡大することも可能。