狡猾魔王の末路
「凄い、凄いぞ、どこからともなく力が溢れてくる。いや、それだけじゃない。こんなに膨大な魔力を手にするなんて、まるで夢のようだ! ――けれどこれは現実。卑屈だったボクは過去の姿、今のボクは天恵を得へ進化したんだ。そう、ボクは魔王として生まれ変わったんだぁぁぁ!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
ラジャンが雄叫びをあげると奴の体から強い衝撃波が放たれ、それが草木や建物を揺らして大地にも地割れという爪痕を残していく。
「クククク――フハハハハハ! 良いじゃないか、最高すぎるよ、夢にまで見たこの力、これが【血塗られし候補者】の見返りか!」
「血塗られし候補者だと!? 貴様もそうだったと言うのか!」
「そうさ、アバードの奴はいつか役に立つ時が来るだろうとか言ってたけどね。まさかこんなどんでん返しだとは思わなかったなぁ」
アバードめ、自身の片腕として使役するつもりだったのか。それで反逆に合うとは哀れな。
「コイツは……、コイツは危険ですルシフェル様、あのアバードよりも強い魔力を感じる!」
「彼の言う通り。少年兵だった頃のラジャンとは比較にならない。メグミさん、気をつけて」
ほぅ、ゴトーやフロウスにそこまで言わせるか。
「フッ、面白い。新参者がどこまでやるか見せてもらおうじゃないか。しかし……」
ベルフェーヌはこれを知っていた。ならばここへ来ずとも奴だけを狙えば良い話。だったら何故……
「あ、思い出した! 確かレクサンドの老司教が言ってたんだ、【血塗られし候補者】という称号を持つ者は10歳を迎えると同時に災いを呼び込むって。この称号は獣人だけに発芽するとも言っていて、そのせいで国全体が人尊獣卑の流れになったんだ」
「それは本当かバードよ?」
「はい。確か三年くらい前だったと思います。最初の【血塗られし候補者】が発見されて、それから数ヶ月後にも新たな候補者が見つかったんです。2人とも獣人の少年で、歳も俺と同じくらいで」
バードやレンの他に2人も存在した? ここにいる2人は称号を剥奪し、私の下僕になるよう変えてやったのだ。ならば他の2人は【血塗られし候補者】のまま……
「そうだった、忘れるところだったよ。雷に打たれた時、天の声が聴こえたんだ。他の候補者を汝の手足として使役せよ――ってね」パチン!
シュタシュタ!
「お待たせしました、ラジャン様」
「我ら四天王はラジャン様に忠誠を誓い、どんなご命令にも応えてみせます」
ラジャンのフィンガースナップで現れた2人の獣人少年。彼らが残りの候補者だったのだろう。
「2人か。フッ、四天王と言っておきながら2人だけとは、よほど人望がないのだろうな」
「う、うるさい、お前がそこの2人の称号を書き換えたせいだろ! 天の声で告げられたぞ!」
どうやらバレてるらしい。称号の書き換えには多少なりとも手間取ったわけだし、結果として報われた形だな。
「でもね……クククク。実のところ少しだけ感謝してるんだ」
「……何?」
「だってお前が書き換えてくれたお陰で、2人分の力を余分に貰ったんだからさ」
「だから何だ、私よりも強いと言いたいのか?」
「そうさ。今のボクはルシフェルやフロウス、ついでにそこのゴトーとか言う人間なんかより圧倒的に強いんだ。今から証拠を見せてやるよ――ブレイカーベノムスラーーーッシュ!」
魔剣を使った横薙ぎの衝撃が私に向かって飛んできた。
「これは……生身で受ければ一溜りもない――」
ズバァァァ!
「――が、私は例外なのだよ」
「そんな! ボクの斬撃が効かない!? 普通にガードされただけで四散するなんて!」
只のガードではない。分かりやすく言えばジャンケンの応用で、斬るという動きに対して鉄心の如く固まって見せたのだ。結果奴の斬撃は飛び散り、無に返すことに成功した。
フフン、これがIQを生かした戦いだ。魔王たるものIQが低くてはお粗末というもの。私のような魔王が新時代を築き上げて――(←長いから省略)
「フッ、いいさ。だったらボクにも考えがある」
「ふむ?」
「例えお前が強くても、他は違うってことさ――エリアバーストカッターーーッ!」
風の全体魔法か。複数の風の刃が上空に集まり、邸へと降り注ぐ。私の打倒が無理だと判断し、対象を変えたか。
バシュゥゥゥ……
「――え? しょ、消滅……した?」
「ま、何重にも掛けた結界は早々壊せんだろうがな」
邸への結界は私だけじゃない。フェイやフロウスにも協力してもらったからな。とは言え消耗したのは間違いない。
「結界にキズを付けた代償は払ってもらうぞ――」
ラジャンは風魔法を使用した。ならば奴の属性は風が濃厚。風には火が有効であり、属性を上手く使ってこそIQの高さが証明される。こういった思考こそが新時代には必要であり――(←さっさと戦え!)
「――フレイザーガン!」
火魔法を掌1点に集中させた上位の攻撃魔法で、これがレーザーの如く敵を射貫くのだ。
「クッ……こんな魔法!」
両手でクロスガードの体勢に出たラジャン。避けずに受ける気なのだろう。だが……
メキ……メキメキ……
「うぎぃ!? か、体が……」
ラジャンの全身がヒビ割れを起こしていく。私の真似をしたのだろうが、尚もフレイザーガンの威力は衰えない。
「そらどうした、その程度の力ではフレイザーガンは防げんぞ? もっと強固にならないとな」
「う、うるさい! ――うぉぉぉぉぉぉお!」
私の言葉で更に強固なガード作る。が、ついにソレは起こった。
「クソォ……クソクソクソォォォ! こんな魔法でぇぇぇぇぇぇ――――ア"!?」
ブシャァァァァァァン!
ラジャンの体は耐えきれずに肉片となって散らばった。
「やりましたねメグミさん、あれほどの魔力の持ち主を短時間で倒すなんて!」
「さすが我が主。あの者ですら敵ではないという事ですか」
「誉めるな誉めるな。フレイザーガンは硬く練り固まったものに対して有効なのだ。硬くなればなるほど威力は増す。言うなれば言葉巧みに誘導した私の作戦勝ちだな」
実のところ結構危なかったのは内緒だ。ラジャンの魔力はベルフェーヌをも上回っていたからな。
だが不思議と絶望感はなかった。一目見て奴がバカなのを見抜いたからだろう。軽く挑発してやったら案の定だったな。四天王の2人もゴトーとフロウスが捕えたようだし、新生魔王の一派は討ち滅ぼしたことになる。
フフ、これが新時代を築くIQを用い――(←以下省略)
「ルシフェル様~、アバードが連れていた少年兵を捕まえて来ました~!」
人化を解いたドラゴン形態のフェイが戻ってきた。背中には逃走した少年兵たちが乗っており、到着するなりボトボトと振り落としていく。
「これで全員か?」
「はい、全員で固まって逃げてたので追うのは楽勝でしたよ。アバードは見てませんけれど」
アバードは負傷している。トドメを刺すなら追うべきか?
「ゴトーよ、急ぎアバードを追撃し――」
「ああーーーっ! 反応が消えちゃったゾ~!? せっかく仲間を見つけたと思ったのに~!」
誰かと思えば魔剣のレンがプンスカしながら邸から出てきた。
「仲間――というのは魔剣のことか? それなら魔王ラジャンと共に消滅したのだろう」
「むぅ……。じゃあ代わりに血を吸わせてくれ。そこの獣人でいいからサ~」
「「「ヒィ!?」」」
「止めぃ! コイツらは魔王アバードと鬼畜な契約をさせられた哀れな連中なのだ」
「それって奴隷契約ってやつカ~? 奴隷の首輪なら外れて落っこちてるゾ~」
「あ……」
少年兵の首に付いていた奴隷の首輪が漏れなく外れていた。
「契約者はアバードのはず。自ら契約を破棄するとは思えん」
「俺もそう思います。恐らく奴は……」
★★★★★
時は少しだけ遡り、ラジャンの裏切りによって左腕を斬り落とされたアバードが逃走したところに移る。
「グッ……おのれラジャンめ、この私を葬ろうとは愚かな真似を。あの場は退いたが次に会った時は奴の最後だ。木端微塵に消し飛ばしてくれる!」
ラジャンを倒せば奴の魔力が奪える。そうすればゴトーやルシフェルにも苦戦はしない。最後にベルフェーヌを血祭りに上げれば私に刃向かう魔王はいなくなる。後はレマイオス帝国の実権を握り、世界に向けて進軍するのだ。フフ、楽しみではないか。
だが今は失った左腕を回復せねばな。
「我が親衛隊よ、ここへ集え!」
しまった、親衛隊の反応が遠い。回復するには近くに呼び寄せる必要があるのだ。
「……チッ、ラジャンとルシフェルによる戦闘に巻き込まれたか? だが今から戻るのも危険だ、この場は待つしか――」
ガサガサッ!
「――何者だ!?」
「グルルルル!」
真夜中の草原に光る無数の紅い目、グリーンウルフが集まって来たのだ。
「フン、血の臭いに釣られた駄犬共め、貴様らに食わす血肉はない――エリアバーストカッター!」
ズバズバズバズバァ!
「愚かな。手を出す相手を間違えたようだな? 本能に身を任せた結果がこれだ」
「なるほど。ならばこうなるのもキミ自身のせいという事だね」
ドジュ!
「――グハァ!?」
何者かの腕が胴体に貫通――いや、それどころか心臓を鷲掴みにしていた。
「フフ、見つけたよアバード」
「き、貴様は……ベルフェーヌ!」
最悪だ、弱ってるところを狙われるとは!
「魔王に覚醒した獣人を倒し、ソイツの魔力を獲る。これがボクの目的だった。けれどソレは失敗に終わり、覚醒した新魔王とルシフェルとの戦いが始まってしまった。どちらが勝つにしても、今のボクらより強くなるのは明らか。それに対抗するには新たな魔力を獲る必要がある。そう、キミという贄がね」
「グフッ! き、貴様……」
「まぁ安心しなよ。ボクには死体蹴りをする趣味はない。最後は一瞬さ」
グシャ!
アバードにトドメを刺した直後、膨大な魔力が体内を伝ってくるのを感じ取った。フフ、これだ、これを求めていたんだ。
「後は魔剣か。ラジャンかルシフェル、彼らに対抗するのはまだ早計。魔剣を見つけるまで勝負はお預けとさせてもらうよ」




