覚醒魔王
パシィ!
「イデ……」
「もぅ、ゴトーくんったら~。変なとこ触っちゃダ~メ♪ ……むにゃむにゃ……」
「…………」
ったく寝相の悪い女め、いったいどんな夢を見ているやら。まさか夏休みの最終日を迎えようという日にこのような理不尽を――
グィッ!
「おぅえ!」
「も~ぅ、聞いてるのゴトーく~ん……むにゃにゃにゃにゃ……」
グレシーめ、寝ながら他人の首を絞めてくるとは侮れん奴だ。少し離れておくか。
――って違う、そうじゃない! 何故に自分の部屋で私が遠慮せねばならんのだ!
「調子に乗るな、この脳内ドピンク女め!」
バシッ!
「アアン♪ ゴトーくんったら激しすぎぃ……むにゃむにゃ……」
「…………」
コ、コイツも潜在的Mなのか? 仕方ない。喜ばすのは癪だ、部屋の隅に転がしておこう。
ゴロンゴロンゴロン――
「あ~れ~~~……むにゃにゃにゃにゃ……」
「ったく、幸せそうな顔しよって。こうなったのもゴトーせいだ。軽々しく女を連れ込むとは眷属のくせに生意気な。明日の朝一で説教だ。いや、朝一でゴリスキーを迎えに行くと言ってたか?」
なんでもレマイオス帝国は西側にあるゴルモン王国にも手を出してるらしいからな。不安になって里帰りしたらしいが、ドワーフと人間のハーフであるククルルという勇者が押し返しているため憂いは無くなったとか。その際に気になるワードが出たのだが……
「勇者ククルルに大役職か。まだまだ知らないことが多すぎる。休み明けにリーリスに聞いてみるか。奴なら色々と知って――」
フィキン!
「こ、この魔力反応! とうとうここに攻め込んできたか」
『ルシフェル様、巨大な魔力反応を感知しました。いかが致しますか?』
『久々の大物じゃない、もち迎撃しますよね?』
ゴトーとフェイからも念話が届く。奴の魔力で飛び起きたのだろう。
『私が出迎えよう。奴とは――ベルフェーヌとは決着をつけたいと思っていたからな』
向こうから来てくれるとはありがたい。ご丁寧に例の部下まで引き連れてるとはな。
スッ……
窓を開けると綺麗な満月が夜空に浮かび、その下では白銀の鎧を纏った獣人少女がこちらに向かってくるのが遠目に写り、後ろからは腰巾着のようにゾルーアたちが続いていた。
「今度は逃さん」
タッ!
窓から飛び出てベルフェーヌの視線にわざと合わせてやる。向こうも気付いたようで、互いに邸の庭へと降り立った。
「いつかは来ると思っていたが……少々遅すぎではないか?」
「それはすまなかったね。何せ物事にはタイミングというものがあるのでね、いつでも――とは行かないのだよ」
「それが今日だったと」
「いや、厳密には明日になるかな? ボクの目的が達せられるのは直ぐそこに迫っている。まずは前座と行こうか」
ザザッ!
複数のゾルーアが横並びに展開。その後ろでベルフェーヌが笑みを浮かべる。
「すまないね。オリジナルのゾルーアはボクの管理下にあるんだよ。キミが倒したのは全てコピー。これからも奴にはディオスピロスのボスとして存在させるつもりさ。――かかれ!」
ベルフェーヌの命令でゾルーア各々が固有の動きでこちらに迫る。ナイフに弓にクロスチェーン? 何ともバラエティ豊かだ。
だがどんなに群れようとたかが人間。コイツに苦戦するなどあり得ないが、私よりも眷属たちが先に動いた。
バシッドスッバキッドカッ!
「この程度、敵ではないな。ルシフェル様の手を煩わせるまでもない」
「って言うかこれで終わり~? 全然手応えないんだけどぉ~」
流れる動作で拳を叩き込むゴトーに、華奢な見た目からは想像もつかない残虐さで切り裂いていくフェイ。新たに現れた二人を見て、ベルフェーヌは眉を潜めた。
「初対面かな? 一応紹介しておこう。右がゴトー、左がフェイ、共に私の眷属だ」
「フン、随分と頼もしい眷属のようだね。特にそちらの少年。キミからは想像を絶するほどの魔力を感じるよ」
「当然であろう? 何せこのルシフェルの眷属だからな。我が配下に軟弱者は存在せぬ!」
「フッ……」
絶対的優位性を見せたつもりだがな。それでもベルフェーヌは余裕の笑みだ。
ムクッ……ムクムクッ……
「ルシフェル様、ゾルーアたちが!」
「立ち上がった――だと?」
アンデッドとは違う。ゴトーが潰した顔面が修復され、フェイが切断した手足が接合されていく。目を見開く我々に、ベルフェーヌが得意気に語り出す。
「試験的にスライムの細胞を混ぜてみたんだよ。結果はご覧の通りさ。思いの外上手く行ったよ」
また面倒な方向に力を注いだものだ。
「だが術者が居なければ再起は果たせん。貴様を倒せば良いだけだ。覚悟するがいいベルフェーヌ」
「力での解決か。フッ、それでこそ魔王。けれどボクにだけ注意を向けるのはおすすめしないよ。今日は特別ゲストを招待したのだからね」
「ゲストだと?」
不穏な台詞が発せられた直後、西の方から別の魔力反応を感知した。
「この反応は魔王アバード!」
「魔王だと!? 聞いとらんぞコラ! そのような者は最優先に報告すべきであろう!」
「何度か報告しようと思ったのですが念話は通じずに終わり、直接話せばダルいから後で聞くと先延ばしにされ続けて今日まで至ります」
「バカモン! そこを何とかするのが眷属たるお前の勤めであろう! 責任持ってお前が対処しろ!」
「元よりそのつもりです。魔王アバードは俺にお任せを。フェイ、サポートを頼む」
「え? あたしが!?」
ゴトーとフェイが西の夜空に視線を向けると、色黒のエルフの男が降りてくるところだった。後ろには獣人の少年たちもいる。
「ベルフェーヌよ、貴様が焚き付けたのか?」
「焚き付けたとは人聞きが悪い。ボクは真実を告げただけだよ。【血塗られし候補者】がここに居る――とね」
「ほぅ――」
ザッ――――バシバシバシバシッ!
「クッ……相変わらず粗暴だね、会話の途中で殴りかかってくるとは。だけど大丈夫かい? ゾルーアを野放しになんかして。もしも邸に侵入されたら……」
「心配無用だ。ちょうどゾルーアに恨みを持つ下僕たちが目を覚ましたようだからな」
「下僕だと……あ、アレは!」
ベルフェーヌが見たのは邸から出てきたレンとバードの獣人少年2人。【血塗られし候補者】というバットステータスが無くなった代わりに、このルシフェルの下僕に成り代わったのだ。
その影響か彼ら2人のステータスは飛躍的に上昇し、ゾルーア程度なら充分に対処できるようになったと言えよう。
「メグミさ――じゃなかったルシフェル様、ゾルーアはオイラたちに任せてよ!」
「コイツは仲間の仇、俺たちがシバき倒してやります!」
「うむ。ソイツらの始末はお前たちに任す。神聖な私の戦いを邪魔させんようにな」
「「はい!」」
2人共ゾルーアには恨みがあり、競うようにゾルーアを薙ぎ倒していく。その様子を見たベルフェーヌが目を細めて呟く。
「へぇ、あの2人がねぇ……」
「何が言いたい?」
「すぐに分かるさ。日付が変わる頃にはね」
私とベルフェーヌがぶつかろうとしている中、ゴトーたちも魔王アバードと対峙していた。
「わざわざ殺られに来たのか? ご苦労なことだ」
「ほざけ。私はただ興味深い話の真相を確かめに来たに過ぎん」
「……何のことだ?」
「すぐに分かるさ。後5分だ」
「何?」
「後5分もすれば貴様にも理解できよう」
5分もすれば日付が変わる。次の日を迎えれば何かが起こると言いたいのか。
「それまで生きていれば良いがな。ここに攻め入った以上、五体満足では帰れんと思え」
「フン、無駄口の多い奴だ。ゆくぞ!」
「来るか。――フェイ、奥の獣人たちを頼む。殺さんようにな!」
「命令すんな! ってかそんくらい余裕よ!」
ゴトーとアバード、そしてフェイと少年兵たちとの戦闘が始まろうとしている頃、少年兵の1人ラジャンだけは邸への侵入を果たしていた。
「へへ、せっかく貴族の邸に来たんだ、貰えるもんは貰っとかないとね。あっちは戦闘に夢中だし、こっちは夢心地でやり放題っと。賢い奴ほど無駄な戦闘は避けるものなのさ」
「ふ~ん、貴方は賢いって言いたいの?」
「そうさ、他の少年兵はアバードの命令を聞くだけのゴーレムとな~んも変わらない。いつかは身代わりとして死ぬだけなのにね」
「なら貴方は身代わりにはならない?」
「当たり前じゃないか。いつかはアバードを出し抜いてやるんだ、そのための下準備は怠らないようにしなきゃね。だからこうして1人で――」
「――1人?」
何かがおかしいと感じたラジャン。そう、自分は今1人のはず。ならば誰と会話してるのか。
「あ、ああ……お、お、お前は!」
「まさかこんなところで会うとはね」
「ま、魔王フロウス!」
「ラジャン、お前の心は醜い。敵対関係が明らかな今、もうお前に遠慮はしない」
スッ……
「ヒッ!? ま、待って――」
「猫光裂脚!」
ガスッ!
「ぶげぇぇぇ!」
盛大に吹っ飛び、入口から叩き出された先にいたアバードの足元へと転がっていく。
「ア、アバード様ぁ、邸の中に魔王フロウスがぁぁぁ!」
「どけ、お前を構ってるひまはない!」
「俺は一緒でも構わんがな。ラジャンだったか? まとめてかかって来るがいい」
「ヒィィィ、コイツもまともじゃないぃぃぃ!」
フロウスに蹴られ、ゴトーとアバードの戦いに巻き込まれようとしていたその時!
ドクン!
「ハッ……こ、鼓動が急に激しく――」
ドクンドクンドクンドクン!
「あ――え――ぐぉ――ごぉ?」
「「!?」」
硬直したかと思えばビクンと体を跳ねらせるラジャン。奇妙な動きにゴトーとアバードも何事かと注視する。するとラジャン目掛けて特大の雷が直撃した!
ガガガガガガガガーーーーーーッ!
「うぎぇあぁぁぁぁぁぁ!」
落雷を受けて真っ黒に染まるラジャン。突然の出来事により皆の戦闘が中断され、皆の注目がラジャンへと集まる。
一迅の静けさが訪れる中、笑い声を発したのはベルフェーヌだった。
「ハハハハハハッ! これは驚いたよ。まさかアバードが連れていた少年兵の中に紛れてたなんてね!」
「ベルフェーヌよ、今に分かると言っていたのはこの事か?」
「その通り。【血塗られし候補者】とは新たな魔王の候補者。10歳を迎えるのと同時に誰が魔王となるかが決まるのさ」
【血塗られし候補者】はレンとバードにも存在し、私のスキルで上書きしたのだ。そのせいかは不明だが2人は魔王とはならず、他の候補者だったラジャンという少年が覚醒したのか。
「クククク、期は熟した。新たな魔王の誕生を祝うと共に、その力を貰い受けるとしよう!」
「何だと!?」
予想外にもベルフェーヌがラジャンに襲いかかった。突然の矛先変更に反応が遅れ、ベルフェーヌの拳がラジャンを捉えようと――
ガン!
「フン、やはりそういう事か。何か裏が有るのだろうと思い、本格的な戦闘は避けていたのだ」
「チッ……アバード!」
ベルフェーヌの拳はアバードにより止められた。
が、次の瞬間、予想を上回る展開に!
ズシャ!
「ギャァァァァァァ! ――グッ……ラジャン、貴様ぁぁぁ!」
「防いでくれてありがとう。これはボクからの礼だよ。快く受け取ってほしい」
ラジャンがアバードの片腕を斬り落としただと!?
「これまでのボクは消え去り、新たな魔王として生まれ変わった。これからは魔王ラジャンと名乗らせてもらおうか」
「グッ……貴様、恩を仇で返すか!」
「いいや? お礼として返してあげたよ。キミから貰った魔剣イブリスでね。これからのレマイオス帝国はボクが導く。キミはおとなしく退場しなよ」
「クッ――覚えていろ!」
ザッ!
流血しながらアバードは逃げていった。ゴトーが追跡しようか迷った視線を送ってきたので、ラジャンに向けて顎でしゃくって見せた。
「面倒なことをしてくれたな。これも貴様の望みかベルフェーヌ?」
「いいや、ボクとしても予想外だよ。覚醒したての魔王を倒し、その力を奪うのが目的だった。作戦は失敗だね、後始末は任せたよ」
シュン!
そう言ってベルフェーヌは逃げていった。
「あ~あ、逃げちゃったか。仕方ない、憂さ晴らしはキミたちでさせてもらうよ」
面白い。新参者の魔王にルシフェルの力を見せてやろうではないか。




