ゴトーVS残留思念フランソワ
「キヒヒヒヒヒヒヒ!」
こちらに振り返り奇声を上げるのは、メグミとソックリな少女だった。
口はだらしなく開けたままで、目の焦点も定まっていない。端から見ると薬をキメた中毒者にしか見えないだろう。
「別人だとは思うが……」
万が一を考えメグミに念話を送ってみると……
『はぁ? 1人で森の中に入り込んで奇声を上げたりしていないかだと? 貴様、ボッチだった私をバカにしているのかぁ! 朝にも言ったが私は害虫駆除で忙しいのだ、くだらん事で時間を取らすでない! 今度くだらん事を言ったら着拒するからな! フン!』
超が付くほどキレられたが別人である事に間違いなさそうだ。
「ならば倒しても問題はないな」
ジャリ……
静かに構えを取る。殺気も放ち敵対意思を露にするも、例の少女は薄気味悪く笑うだけ。言葉を交わせない相手であるのは明白だ。
「行くぞメグミの偽者よ、我が主に化けた事を後悔するがいい」ザッ!
「キヒィィィ!」ザッ!
俺が駆け出すと相手も駆け出す。それを見て内心ホッとした。無抵抗な相手をいたぶる趣味はないからだ。そして俺の手が偽メグミを掴もうとしたその時!
スッ!
「すり抜けただと!?」
奴を掴むこと叶わず、前のめりに倒れそうになるところをギリギリで踏み留まり、そのまま前方へと大きく距離を取る。
「物理的接触が出来ないとは。相手にとって不足なしとでも言うべき――! や、奴はどこだ!?」
振り向くも偽メグミの姿はなく、ただ静かな森が広がっているのみ。気配を探るも感知できず、あの笑い声も聴こえない。
クッ! 俺としたことがターゲットを見失うとは、少々焼きが回ったか。だが俺の声に反応したんだ、俺を敵として認定し、近くにいるのは間違いないはず。
「やはり姿が見えない。上空から探――」
ズシィ!
「何ぃ!? とてつもなく身体が重い!」
足枷としてタイヤを何個も付けられてるような感覚だ。軽いジャンプすらできそうにない。これはいったい……
「ま、まさか、これが奴の能力!」
俺は別れ際に酒場のマスターであるジョグスから聞かされた話を思い出した。
『なんでもその化け物ってのは相手の精神に干渉してくるらしくてな、討伐に参戦した奴らの中には混乱したり精神崩壊を起こしたりと様々な症状が出たんだとよ。終いにゃケツの毛むしられるように魔力を吸い取られてジ・エンドってな。アンタ未成年だろ? 悪ぃこたぁ言わねぇから見学だけにしときな』
そうだ、この化け物は魔力を奪うんだ。魔力が0になると昏睡状態に陥ってしまい、俺の敗北は確定的なものに。
「どこだ、どこに居る、早く見つけ出さねば……」
ダメだ、焦れば焦るほど敵の思う壺だ。睡魔をはね除けて神経を集中させろ。必ず近くに居るはずだ。
『キヒヒヒヒヒヒ!』
「脳裏に声が!? ――ま、まさかコイツ、俺に憑依してるのか!」
道理で姿が見えないはずだ。そう、奇しくも俺の初動はコイツを利する行為に繋がったのだ。
「闇雲に突っ込むな――か。礼を言うぞ偽メグミ。貴様のお陰で忘れかけていたものを思い出したぞ」
『キヒヒヒヒヒヒ!』
「そうか、喜んでくれて何より。だがな、世の中というのは理不尽で出来ているのだ。このように――ハァァァァァァ!」ゴォオ!
ベリ――ベリベリ――
ベリベリベリベリベリベリベリベリ!
『キヒィ!?』
魔力を放出し、その衝撃で吹き飛ばす事を思い付いたんだ。結果として動揺している有り様が偽メグミから伝わってくる。
「どうだ、無理やり引き剥がされる感想は? その様子だと過去に同じ試みをした者はいないのだろう。俺に魔法は使えないが、やり方しだいでは貴様のような化け物を消す事だって可能だ。良い経験だったな? これを冥土の土産とし、潔く消し去るがいい!」
ドォォォォォォ!
魔力の放出を更に強める。樹木ですら直立不動がままならず、まるで金属バッドが折れていくかのように不可思議な曲がり方をしていく。そして俺の身体から完全に消失したのを確認し、魔力の放出を止めた。
「――やったか?」
俺の身体から追い出して存在そのものを消し去る事に成功した。結局あの化け物は何だったのか、それは永遠の謎として残るだろうが、後でメグミには報告しておこう。
「さて、帰還する――」
「キィィィヒヒヒヒヒヒ!」
「なぁ!?」
再びあの声が森に響く。発生元へ視線を合わせると、大木の太い枝の上で猿のように座っている偽メグミが。
「しぶとい奴め。完全には消せなかったか」
ならばもう一度――とはいかない。さっきのは俺に憑依していたから通じた方法で、距離を取られては奴に届かないからな。
とはいえ、接近して憑依されては再び魔力を吸われてしまう。
「何か別の方法を――」
そう思った矢先、偽メグミが動いた。
「キヒヒヒ!」
シューーーン!
「地面に魔方陣? 何をする気だ……」
その疑問はすぐに解けた。
ボコ……ボコボコボコ……
「地面からゴブリン!? いや、ゴブリンだけじゃない、冒険者やレマイオス帝国の兵士までもが!」
いずれも血の気が引いた顔色をしている。つまりコイツらはアンデッド。ここらで朽ち果てた連中なのだろう。
「まるでゾンビ映画だな。だが自我のないアンデッドで俺を倒せるとでも? 実におめでたい考えだ」
「キシィィィ! キシキシィ!」
俺の台詞を理解したのか、偽メグミが俺を指して喚き始める。それに反応してゾンビ共が俺へとにじり寄ってきた。が……
「寧ろこっちの方がやりやすい。攻撃さえ当たればどうとでもなるんだからな――フン!」
シュルルルルル!
その場で高速回転を始める事で気流の渦を発生させ、木々もろともゾンビ共を巻き上げる。やがて重力に従って次々と落下し始め、地面に叩き付けられたゾンビ共は骨が砕けて動かなくなった。
「ギ……ギギ……」
「む? まだ生き残りが居たか」
グシャ!
頭部を踏み抜き完全に動かなくなったのを確認。召喚されたアンデッドは一網打尽だ。
が、偽メグミだけはどこ吹く風。気流の影響を受けず静かに俺を観察していた。
「さて、後は貴様だけだ。そろそろ年貢の納め時だな?」
「キッシシシシシシ♪」
「……む?」
シューーーン!
打つ手がなくなったと思ったが、再びゾンビを召喚してきた。
「学習能力のないアホゥか? そこだけはメグミにソックリだな(←おいヤメロ)。いいだろう、もう少しだけ付き合ってやる」
例の如くゾンビ共が生えてきたか。だがやる事は同じで結果も同じ。
「キヒヒヒヒヒヒ!」
「何っ!?」
再び高速回転を見舞おうとしたところで、偽メグミも動いた。
「コイツ、ゾンビを使って俺を囲い、その隙に憑依するつもりか!」
偽メグミだけは気流の影響を受けない。ならば一旦は距離を取ることにし、ゾンビ共を殴りつつ偽メグミの接近に注意を払った。
「キッヒヒヒヒ!」
「無駄だ。五体満足な状態で俺に触れることは皆無だと思え」
が、このままでは埒が明かない。それどころか魔力が尽きての敗北がチラついてくる。
「キッシシシシシシ♪」
シューーーン!
「……チッ」
ゾンビが少なくなってきたところで更に召喚。何度でも召喚できるのか? 厄介だな。これまで誰も討伐出来なかったのも頷ける。
「消耗戦か。あくまでも俺を逃さないと?」
「キッシキッシ♪」
「フッ、気が合うな。俺も逃すつもりはない」
「キヒ?」
俺は上空に向けて利き手を伸ばす。端から見れば何をしているか分からないだろう。それは偽メグミも同じだったようで、少しの間動きが止まる。
だが甘い。いざ戦いにおいて、一瞬の隙が命取りになるのだ。
ガシィ!
「よく来てくれたな――」
「――レン」
俺が手にしたのは魔剣アゴレントことレンだ。魔剣なら霊体を滅する事も可能だと思い、密かに念話で呼び寄せたのだ。
『まったく、メグミといいゴトーといい、人使いが荒いゾ~』
「そう言うな。目の前の化け物は大物だ」
『おおスゲェ、メグミにソックリだゾ~! コイツ倒しちゃっていいのか~?』
「もちろんだ」
寧ろ倒すべきだろう。この見た目で暴れられるとメグミの犯行と認識されてしまう。
「キィィィヒヒヒヒヒヒ!」
しった事かと言わんばかりに偽メグミが急接近してきた。
「レン、来るぞ!」
『いつでもいいゾ~』
レンを両手に持ち変え、偽メグミとスレ違い様に――
ズバァァァ!
「キィィィィィィ!」
やはり効果は有ったようで、真っ二つに割れた偽メグミが黒いモヤを放出しながら徐々にしぼんでいき、やがて完全に消滅した。
「討伐完了。わざわざすまなかったなレン」
『問題なしだゾ~。むしろ合法的にメグミをブッた斬れて清々しいゾ~』
「それは良かった。ではさっさと帰還を――」
「…………」ジィ~~~
――と行きたかったが、そうも行かないらしい。
「そこに隠れてるのは誰だ?」
「……いつから……気付いてたの?」
「ゾンビ共を巻き上げた辺りだな。敵意を感じないから放置していたが」
「……凄い、最初からバレてたんだ」
木陰から姿を現したのは獣人の少女。年齢で言うと俺たちと同世代のように見える。
『ゴトー、多分コイツ……』
『ふうん? なるほど』
レンからの念話である疑惑が浮上した。魔力反応がメグミに似ているらしいんだ。
「まさかとは思うが、キミは魔王なのか?」
「え……な、何故そう思うの?」
「何となくだ。しかしその反応、やはり魔王のようだな」
「……き、記憶に……御座いません」
「…………」
口下手な政治家より誤魔化すのが下手だな。
「わ、私はフロウス、只の獣人。この辺りに出るって噂の魔物を倒しに来た。けど……」
「ああ、俺が倒したな。不味かったか?」
「ううん、ありがとう。近隣の住民が不安がってたから退治されれば問題ない。ところでキミ、とても強そうだけど帝国では見かけない。何者?」
何者と言われてもな……。まぁ正直に答えておくか。
「俺はゴトー。ペルニクス王国の者だ。織れも噂を聞いて駆けつけたんだよ」
「そうなんだ……残念」
「ん?」
「帝国の人だったらスカウトしてた。私の派閥は弱小だから」
「つまりキミは貴族や皇族と関係があると」
「う……」
また口が滑ったのか……。
「と、とにかく、魔物の討伐は感謝する。では」
そう言って少女は走り去って行った。
奇妙な少女だとは思ったが、まさかコレが切っ掛けでレマイオス帝国のいざこざに捲き込まれる事になろうとは、この時の俺は考えもしなかった。




