別れの日
「マスター、水を一杯頼む」
「あいよ、お嬢ちゃん。温いけど我慢してくんな!」
ブフッ! ホントに温いでやんの。有料の上に生温い水を寄越すとは、前世が恋しいと感じてしまう。
……と、前置きはここまでにしてだ。私は今、ペルニクス王国に近い場所にある酒場で休憩中である。
昨夜は自分が燃え上がる(←物理的にな)ほどの盛り上がりを見せたキャンプファイヤーであったが、その熱も冷めたところで国外脱出を決めたのだ。
「ほいよ、グリーンアップルの果実水お待ち!」
きたきた。あんな温い水では喉が潤わないのでな、追加で頼んでおいたのだ。
「む? こっちはしっかりと冷えてるな」
「その様子だと気付いたみたいだな。俺の酒場じゃマジックアイテムで冷やす手間を加えてんのさ」
「だったら水も冷やしたらどうだ?」
「ガッハッハッ! そこは商売ってやつだぜお嬢ちゃん。温い水を飲んだら他のが飲みたくなる。現に果実水を頼んだだろ?」
なるほど、これは1本取られた。商いをする上では上手い手法だな。
こうなると私も商売に手を出してみたくなる。世界を旅しながらの行商というのも悪くない。探検……発掘……販売……。うむ、良いのではないかこれ?
「フフ~ン、そう上手く行くかしらね~っと」
1人思考していると、グラマラスな金髪美女がテーブルの向かいに座った。しかも私の心中を見透かしているような台詞を――
「アンタの実力ならダンジョンのお宝とか簡単にゲットできるでしょうし、金稼ぎが目的じゃないんなら破格の値段で売り出すんじゃない? そんなの繰り返してると直ぐに飽きると思うわ」
「…………」
待て待て待てぃ! この女、完全に心を読んでるではないか! しかもこの声、どこかで聞いた気もするぞ?
「あ、マスター、注文いい? やっぱこの店に来たらアレを食べなきゃね~。辺境の地にある隠れた名店。いい響きじゃない。――って何? あたしの顔に何か付いてる?」
「付いてるも何も、人の心を読める者はそこらにゴロゴロしとらんだろう――」
「――女神様よ」
一瞬だけ顔を強張らせた美女だが、すぐにニヤニヤと全て知ってます的な顔を見せてきた。
そう、この女こそ、イグリーシアに転生する前のボヤけた空間で対談した相手だったのだ。
「どうやら思い出したみたいね。――あ、マスター、例のジャンボパフェお願いね」
「はいよ~!」
厨房へと引き上げていくマスターを見送ると、改めて美女を凝視する。あの時は声だけだったが、まさか実物を目にすることになるとはな。
「随分と派手にやってるわね。まさか転生初日で貴族一家を皆殺しにするとは思わなかったわ」
「わざわざ文句を言いに来たのか? アンタの言質は取ったはずだが」
「別に。そんな事くらいで神が動いたりはしないわよ。ただアンタを観察していたら馴染みの酒場に入ったからさ~、久しぶりに秘密のメニューを食べたくなったってだけ。ついでに言うけどあたしの名前はクリューネよ、分かった? クリューネだからね」
クリューネね。まぁ言ってることは本当だろう。あの時に名前を名乗らなかったのは二度と会わないと思っていたからに違いない。向かいに座ったのは様子見のついでか。
「ほいよ、特製山盛りパフェお待ちぃ!」
マスターが持ってきたのは、前世日本で見たような見事な色合いのパフェだった。天辺にはサクランボらしきものも乗っている。
「キターーーッ! これよこれこれ。じゃあさっそく一口…………ウマーーーッ!」
この女神、実に美味そうに食うではないか。金ならあるし(←ガラテイン家の方々、ありがとう御座います)、私も余興に浸るとしよう。
「マスター、私にも同じのをプリーズ!」
「ハハッ、すまないねぇ、これは常連様限定メニューなのさ。お嬢ちゃんも足しげく通ってくれたら食わせてやるぜ!」
「……それも商売か?」
「そういうこった」
またまた1本取られてしまった。悔しい、実に悔しい。
「ん~~~、さいっっっこ~~~ぅ♪」
クッ、人の心情も知らずに(←多分わざと見せつけてるんやで)バクバク食いよってからに。
「あの~、クリューネ様。できれば一口いただければと……」
「はぁ? ダメに決まってんでしょ。このパフェに辿り着くまで何年掛かったと思ってんのよ。かれこれ2年は費やしてるんだからね。食べたかったらアンタも頑張んなさいよ――んん~おいひ~~~ぃ♪」
ええぃクソクソ! なんという暴挙! 実力で取り上げたいところだが返り討ちに合うのは火を見るより明らか。ならばやる事は1つ!
「……グス」
「……んん?」
「うぇ~~~ん! お姉ちゃんがパフェを一人占めする~~~ぅ!」
「ちょ、ちょっと!」
私が大声で泣き叫ぶと、店内にいる者たちから一斉に注目を浴びることに。好都合なことに2人とも金髪なので、私の発言を疑う者は少ないだろう。当然クリューネは慌てふためき……
「何してくれてんのよアンタ! このままじゃあたしにヘイトが!」
その予想通り、他の客からは一斉に非難する声が出始めた。
「うわぁ、妹ちゃんかわいそ~」
「ひでぇ姉だよな、ったく」
「あれって妹への八つ当たり?」
「婚期逃して荒れてんのかもよ? 欲張りな性格なら納得だわwww」
特に最後の台詞が効いたようで、クリューネはみるみる顔を真っ赤に染め上げる。そこで私は促した。
「クククク、さぁどうする? 私としてはパフェを分け与えてくれるだけでよいのだがな。さすれば大声でさっきの発言は撤回しよう」
「ぐぬぬぬ……」
「分かったわよ、分けりゃいいんでしょ分けりゃ!」
「フッ、英断だ」
私は魔王ルシフェルの化身。力だけではなく策を巡らす頭脳も持ち合わせているのだ。
何? 女神に楯突いて怖くないのかだと? フッ、なぁに、転生すればこっちのものだ。
よく言うだろう? 大学は入るまでが大変で入ってしまえば遊び放題だと(←世の学生諸君は真似しないように)。それと同じだ。
「わぁ~い、ありがとうお姉ちゃん! やっぱりお姉ちゃんは優しいなぁ。それに性格も良いから男連中にモテモテだもんネ。今度貴族のイケメン彼氏を紹介してネ!」
私の発言によりさっきまでの雰囲気は一変、掌を返してきた。
「あれ? 妹ちゃんの気のせいだったみたい」
「なんだ、只のじゃれ合いかよ」
「しかもモテモテですって」
「結局リア充じゃないか! クソガ!」
まったくコロリと騙されるとは単純な連中だ。こ奴らにはもう少し危機感というものを持ってもらいたいな。(←利用するだけ利用してそれかよ……)
「では姉上、さっそく食べさせてくれたまえ」
「グッ、雛鳥みたいに口開けてんじゃないわよ、ほらっ!」
「ウググググ! ス、スプーンが喉の奥まで――おぅえ!」
「ほら、遠慮しないで食べなさいよ」ニヤニヤ
女神め、さっきの仕返しのつもりか!
「ゴクッ――――――――ふぅ、苦しかった。が、それ以上に美味かった」
「でしょ~? マスターの先祖が転生者だからレシピが継承されてんのよ。それを知ってるからこうして時々食べにくるってわけ。ところでアンタ、スプーンごと飲み込んでたけど大丈夫?」
「後で取り出すから問題ない(←魔王なら余裕だね)」
「ならいいけど。そっちの子も喜んでるみたいね」
「ああコイツか? 本人曰く、こんなに美味しいパフェは初めて食べた――だそうだ。まぁ二度とは食べられないだろうし、喜んでくれたならそれでよい」
パフェを完食して酒場を出ると、辺りに誰も居ないのを確認して私の身体から切り離した。
スゥ……
『わたくしのために色々とありがとう御座います、メグミ・タカスギさん』
私の身体から分身のように上空へ飛び出したのは、同じ衣服を纏った少女。容姿も今の私と瓜二つなこの少女はフランソワ。そう、幽体となったフランソワ本人だ。
実のところ彼女とはずぅ~っと行動を共にしていたのだが、どうやら活動限界がきたらしい。そう、成仏するというやつさ。
「私なりに尽くしたつもりだが、出過ぎた真似をしたかもしれん。キミの両親や兄を殺したのは私による偽善。すまなかったなフランソワ」
『そんな、とんでも御座いません! もはやあの家庭の輪に戻るのは不可能だったでしょうし、メグミさんのお心遣いには感謝してるんです。それに……』
「それに?」
『わたくし、兄たちを攻撃したとき思ったんです。ああ、なんて快感なのかしらって! 苦痛に歪む兄や両親の顔を思い出すたびに感動が込み上げてきて。こんな事ならもっと早くに気付くべきでしたわ』(←へいサイコパス)
「そ、そうか。納得してるならそれでいいが」
『お陰で楽しい思い出と共に旅立てそうです。クリューネ様もありがとう御座いました』
「あたしは何もしてないけどね~」
いや、クリューネが居なかったらパフェにありつけなかったな。そういう意味では一役買ったと言えるだろう。
『ではさようなら。メグミ・タカスギ様に神のご加護がありますように』
そう言い残してフランソワはスゥっと消えていった。
「神のご加護――か」チラッ
「何よ? あたしに文句でもあんの?」
「いや、一応神だったよなと」
「まぁね。――あ、そだ、せっかくだから1つ助言しといてあげる。アンタってば罪のない無関係な奴まで殺してるから、街を出たり入ったりする際は気をつけなさい。犯罪感知されて下手したら指名手配よ」
それは面倒だな。
「神の力で何とかならん?」
「それ言うなら魔王の力で何とかしてみなさいよ。ま、もう1つ助言すると、敵対国に亡命しちゃえば犯罪が帳消しになるって裏技もあるわ。後は自分で何とかしなさい。じゃあね」
そしてクリューネも何処かへ飛び立つ。
しかし良い事を聞いた。さっそく冒険者ギルドで身分証でも作るとしよう。
キャラクター紹介
クリューネ
:事故で死んだ高杉夢をイグリーシアに転生させた女神で、出るとこ出ている二十代前半にみえる金髪美女。
基本的に下界には干渉しない立場なのだが、自分の趣向で干渉しまくっていたりもする。
天界では一部の神から問題児扱いされている困ったちゃんである。