街を発展させろ
「――という訳でだ。この夏休みを利用してザルキールの街を大きく発展させるのだ。やり方はお前に任せる。いつ攻められてもいいように万全な体勢を構築せよ!」
夏休みの初日。声高なメグミの声がラーカスター邸の庭に響く。
この領地はレマイオス帝国への玄関口と言われるほどで、互いの行き来が容易い。侵攻を受ける場合は真っ先に攻略されると予測される場所。ここを強化するのが国の安定に繋がるのだろう。
「私には別の使命が課せられているのでな、諸君らの手伝いは気が向いた時にしかできん」
「ルシフェル様、使命ってな~に~?」
「うむ、言うなれば害虫駆除だな。レクサンド共和国に巣くう害虫を――」
「それって虫取りって事じゃん! ルシフェル様だけ遊びに行くなんてズル~イ、あたしも行きたい行きた~い!」
子供っぽく駄々をこねるフェイ。コイツも俺と同様にザルキールの強化をするよう命じられているからな。軽々しく離れることはできないのだ。
「戯け。これは遊びではない、我が領地を護るための聖戦なのだ。私の働き1つで運命が左右すると言っても過言ではないぞ」
聖戦……と言えば聞こえは良いが……
「水着で聖戦に向かうと?」
「!」ギクッ!
そう、今のメグミは水色を基調とした可愛らしい水着を着ているのだ。
「へ~、やっぱり自分だけ遊びに行くつもりだったんだ。へ~、自分だけでね~」
「た、戯け! これはアレだ、本当は海に行きたかったのに王女の要請で無理っぽいからせめて気分だけでも海を満喫しようとした結果だ。それにな、私だって楽しみにしていたのだぞ? 前世ではボッチであったために友達と海に行く予定すら立てられなかったのだ! おまけにコミュ障だった私には庭でプールをするのがせいぜいだぞ!? ちょっとくらい楽しんだっていいじゃないか!」
「「…………」」
メグミも前世では苦労したらしい。
「とにかくだ、ザルキールの強化は決定事項。よって夏休み期間中の飛躍的な発展を期待するぞ、以上!」
そう告げたメグミは自室にダッシュしていった。着替えてから使命とやらを果たすのだろう。多忙な我が主のため、庭にプールを設置しておくか。
「で、どうすんのよゴトー。人間の街の発展とかあたしにはよく分かんないんだけど」
「そうだな。とりあえず……」
「隙ありぃぃぃ!」
パシッ!
「クッ、防がれたか……」
俺に不意打ちをかましてきたのは、ラーカスター家の私兵――ジュリオだ。これも訓練の一環であり、隙があると思ったらいつでも打ち込んでこいと言ったためである。
「まだまだだなジュリオ。今の俺に隙はない」
「分かっていたさ。けれどゴトーは隙を見せないだろう? ならダメ元で挑むしかないじゃないか」
ジュリオも以前よりは強くなっている。が、俺やフェイには遠く及ばない。(←お前らと比較するのは反則)
「でもさ~、背後から襲ってんのに簡単に失敗するのは弱すぎじゃな~い?」(←直球すぎぃ!)
「うぐ!?」
「止すんだフェイ。本当の事を告げてやる気を削ぐのは感心しないぞ」(←フォローになってない)
「へぐ!?」
「でもこういうのはハッキリ言っとかないと、後に困るのは本人じゃない」(←だからお前……)
「はぐ!?」
「だが希望を打ち砕いてはダメだ。せめて夢くらいは見せて挙げようじゃないか」(←目覚めぬ夢か)
「ほぐ!?」
おや? ジュリオが落ち込んでいるように見えるが……何があったんだろう?(←もうそっとしといてやれ)
「や、やはり俺なんかが私兵となるのは無理があったのか……」
「そう結論を急ぐな。ジュリオはまだ若い。腰を据えて成長すればいい」
「俺よりも若いゴトーに言われても……」
しまった、どうしても前世の癖で自分を老人に置き換えて周囲を見てしまう。これは反省せねば。
「……コホン。ところでジュリオ、俺たちはメグミの命令でザルキールを発展させる計画を任されたんだが、何かアイデアはないだろうか?」
「街の発展? それは難しいなぁ。キミたちも知ってるだろう? この街はレマイオス帝国への玄関口だってこと。軍事衝突が起これば真っ先にここが狙われる。だから民は寄り付かないのさ。人を呼び込みたいのなら、危険を承知で立ち寄りたくなるくらいの魅力がないとね。例えばこの街にしかない名産品を作るとか」
名産品か。しかし悠長に農作業をやっている暇はない。完全にこちらの都合だが、即戦力となるものでなければ……
「あ、思い出した、人気を得るならアレしかないわ!」
思い当たるものがあったらしく、フェイが目を輝かせる。
「詳しく聞かせてくれ」
「フッフ~♪ アレはね、そこらの店なんかじゃ敵わないくらい絶品なのよ。訪れた者たちはあまりの美味しさに心を奪われ、これ以上ないってくらいの至福の一時を味わえちゃうの。特に女性のリピーターが多くて、毎月通い詰める者もいるらしいわ」
どうやら食べ物を指しているようだ。人の三大欲求の1つである食欲を満たせるのならその効果は絶大。試す価値はあるだろう。
「フェイ、その店はどこにあるんだ?」
「レマイオス帝国よ。ザルキールから比較的近い場所で、旅人が立ち寄ることが稀にある隠れた名店みたいになってるわ。以前アンタを誘ったんだけど甘いものに興味はないとか言って拒否してたわね。あ~んなに美味しいスイーツを拒むなんて勿体な~い」
これは覚えている。召喚された数日後に絶品スイーツが味わえるとメグミに言われたな。食への興味が薄いために同行するのは遠慮したが。
「なるほど、甘味類か。世の中の女性には美食家が多いと聞くし、女性の冒険者なんかは来てくれるかもしれない。――で、フェイとゴトー、どちらが修行にし行くんだい?」
「「は?」」
「え?」
どうもジュリオと俺達では思考内容が違うらしい。
「違うのかい?」
「ああ。修行に出向くのでは時間が掛かるし、そもそも教えてくれるかすら不明だからな」
「そうそう。そんな事しなくたって良い方法があるじゃない」
ドヤ顔で胸を張るフェイ。出てきた答えは……
「出来上がったものを仕入れればいいのよ。あたしたちが作る必要もないし、簡単でしょ?」
残念ながらフェイとも思考に差が出てしまった。
「違う、そうじゃない」
「え、違うの!?」
「国を跨いでの輸送は危険過ぎる。噂になれば輸送中を襲われるかもしれないし、レマイオス帝国の不興を買えば店主も危険に晒されるだろう」
「そりゃそうかもしれないけど……」
「だったらゴトーはどうする気なんだ?」
そんなものは決まっている。店主に危険が及ぶことがなく、且つ即座に商品を提供できる環境を用意するのだ。それを可能とするには……
「店主を拉致してくればいい。そしてザルキールで店を構えてもらおう」
「「お前が一番おかしい!」」
一番平和的な解決法だと思ったんだがな。この方法はダメらしい。(←店主の人権を無視するのなら一番効果的だな)
★★★★★
「あった、あそこが例のお店よ」
レマイオス帝国へと続く峠を過ぎた辺りの山道。その脇にポツンと建っている酒場で絶品スイーツを提供しているらしい。
「昼間だが営業しているのか?」
「やってるみたいよ? 前に来た時はお昼前だったもの。お邪魔しま~す!」
ウキウキで入店するフェイ。名店の割には客が居ないようだ。
「あれ? マスターがいないや」
「それどころか客すら居ないけどな。本当に営業しているのか?」
「してるって言ってるでしょ! マスター、プレミアムパフェちょ~だ~い!」
ゴソゴソゴソ……
「そんなデカイ声出さなくたって聴こえてるよ」
少し窶れているような顔で出てきた男。コイツが酒場のマスターらしいが、本人の口から衝撃な言葉が放たれる。
「せっかく来てくれてたのに悪いんだがな、この店はもう閉店しちまったんだよ」
「――は? 閉店?」
この男、すでに店を畳んだと言うのだ。呆気にとられるフェイだったがみるみる顔を赤くし、不満を店主に――いや、元店主に吐きつけた。
「どどどどういう事よぉ! あたしに許可なく勝手に閉店だなんて許されると思ってるわけ!? ふざけんじゃないわよ薄らハゲェ!」
「仕方ないんだよ。妙な噂のせいで客がめっきり減っちまってな、このままじゃ赤字経営まっしぐらさ。こりゃさすかに敵わんって事でな、新天地で再起を図ろうってところだったのさ。ちなみに俺はハゲじゃねぇ、デコが広いだけだ!」
デコが頭の天辺まで続いているのは初めて見たけどな。いや、そんな事より……
「妙な噂とは何だ? ライバル店に悪評でも流されたのか?」
「こんな辺境じゃライバルなんて居ねぇさ。中身はもっと単純で、強力な魔物が出るって噂だ」
詳しく聞くと、ここから一番近い街との間にある森に奇妙な魔物が住み着いているという。並の兵士じゃ歯が立たないようで、討伐依頼を受けた冒険者パーティが何組も壊滅しているとか。
「そんなに強い魔物が出るのか」
「ああ。冒険者どころか軍隊ですら返り討ちに合ったって噂だぜ? 立ち寄った脱走兵がこっそり教えてくれたんだが、魔物のせいでペルニクス王国への侵攻を諦めたんだとよ」
これは信憑性が高い。事実レマイオス帝国からの工作員がある日を境にピタリと止んでいるからだ。お陰で退屈な日常に飽々していたところだし、この機に倒しておきたいところだ。
「ハゲ店主、噂の森まで案内してくれ」
「だからハゲじゃねぇっての! 俺にはジョグスって名前があるんだ! それにな、これから新天地を探さなきゃならねぇんだ。アンタらに付き合ってる暇はないんだよ」
「ふ~ん……」
「新天地ねぇ……」
俺とフェイで顔を見合せ、深く頷き合う。思い付いた事は一緒のようだ。
「ジョグス、良い話がある。ザルキールの街で店を構えるのはどうだろう?」
「ザルキール? ここよりはマシだろうが、何だってザルキールなんだ?」
「それは――」
ここで正体を明かす事にした。明かすと言っても魔王云々の話じゃない、ラーカスター家の者だという話だ。経済効果が有ると分かればスレイン男爵の協力も得られるし、立地の良い物件も融通してくれるはず。
「――という感じなんだが……どうだ?」
「悪くない、寧ろ良い話だ。こちとら一刻も早く腰を下ろしたかったんだ。こっちからお願いするぜ!」
話はまとまったな。
「フェイ、すまないがジョグスを連れて先に戻っててくれ」
「アンタはどうすんのよ?」
「久々に狩りを楽しんでくる」
噂の魔物を倒せばレマイオス帝国からの人の流れに期待できるからな。それに何より娯楽がないと人生は楽しめん。
「あっそ。他にもやることは有るんだから早めに帰ってきてよね」
「――って、おおおぃ! 空を飛ぶなんて聞いてねぇぞ~~~!」
叫ぶジョグスを見送り、俺は近くの森へと入って行く。
★★★★★
昼間なのに高くそびえる樹木のせいで薄暗い森の中。いかにも何かが出そうな雰囲気を気にせず進んで行く。
いや、実際に出るらしいのだ、その協力な魔物とやらが。噂では人の姿をしており、身形もしっかりと整っているらしく、貴族のお嬢様にすら見えたという。
「こんな森に貴族のお嬢様か。場違いにも程がある。恐らくは人の姿で油断を誘う狡猾な魔物だろう。確か金髪の少女で赤いドレスを着ていたとか――」
「…………」
「――!?」
言っている側から噂通りの見た目の少女が数十メートル先に佇んでいる。生憎と後ろ姿で顔までは見えないが、その姿はまるで……
「メグミ!?」
いや違う。後ろ姿はソックリだが魔力の反応がまるで別人。コイツはいったい何だ? やはり顔を確認したい。
「そこのお前、お前が噂の魔物だろう? こちらを向いて顔を見せろ!」
「キヒ……」
グルン!
「キヒヒヒヒヒヒヒ!」
「!」
その顔は狂気に満ちており、奇妙な笑い声がより一層の恐怖をかき立てるのだろう。俺には無意味だが。
しかし、それよりも看過できない事実がある。
「貴様……なぜメグミと同じ顔をしている?」
「キヒッ、キヒッ、キヒヒヒヒヒヒ!」
言葉は通じないか。ならば……
「黙って倒すのみ!」
キャラクター紹介
メグミ
:本作の主人公で魔王ルシフェルを自称している13歳の金髪美少女。前世に引き続き中二病街道まっしぐらである。
ゴトー
:メグミが召喚した使い魔で13歳の黒髪美少年。メグミと同様に前世は日本人であり、裏格闘技ではかなりの有名人だった。裏格闘技の達人が転生特典により更なる進化を遂げたため、現在はSSSランクの危険人物と化している。
フェイ
:メグミが召喚した使い魔で100歳を越えるフェザードラゴン。ドラゴン形態ではAランクの強さだが普段は幼女の姿に人化しているため、真の実力を垣間見る機会は少ないかもしれない。
ジュリオ
:ラーカスター家の令嬢アルスの専属護衛を勤めている21歳の青年。メグミやゴトーの強さに憧れを持ち、日々の鍛錬を欠かさない。実はアルスの事が好きなのだが、立場上言えないでいる。
ジョグス
:レマイオス帝国領の山道で酒場を構えていた中年男。先祖が日本人の転生者だったらしく、その人物が作り出したプレミアムパフェが大好評。隠れた名店として噂になると共に秘蔵のレシピを代々守っている。




