新たな脅威
「しかし面倒なことになったな、魔剣であるお前が役に立たなくなるとは」
「役立たずじゃない、吸収されそうになっただけダ~! しばらくしたら完全に回復するゾ~!」
「吸収されてたら使い物にならんかったろ……」
ボルスグラードを発ってからEスキャンで調べたところ、獣人のレンに原因がある事が判明した。【血塗られし候補者】というよく分からんバッドステータス、これが影響しているのだろう。
名称だけでも嫌な予感しかしないが、肝心のレン少年は私の腕の中でスヤッスヤだ。まったく、こちらの苦労も知らず幸せそうな寝顔を見せよって。
「そんなもん、早く消してくれよ~。ボクが吸収されたら一生恨むからナ~!?」
「恨まれるのはともかく消し去るのは賛成だ。何か良い方法は……」
ピコーン!
「よし、これでいこう!」
「何をするんダ~?」
「フッ、まぁ見ておれ――魔偽製造!」
バチバチバチ――――バシィン!
「イッデェ!」
「何で踊ってるんダ~?」
「踊ってるんじゃない、衝撃波みたいなのを飛ばしてきたんだ! ったく、私の美顔に傷がついたらどうしてくれる」
しかし抵抗するとは生意気な、これは魔王ルシフェルへの挑戦と受け取ったぞ。
「さて、もう一度だ――魔偽製造!」
バチンバチンバチン――――スパパパパン!
「いったぁぁぁい!」
「ブッハハハハ! 面白いぞメグミ~、もっと踊れ~!」
「笑い事じゃない!」
この野郎、見えない手か何かで私の頬を往復ビンタしてきよった。
「クゥゥ……反抗的なやつめ、魔偽製造!」
バチバチバチバチバチバチ――――ブスゥ!
「アンギャァァァァァァ!?」
「どした~?」
「こ、このハレンチ者め、事もあろうにカンチョーしてきよったわ!」
おのれぇ、このまま痔になったらどう責任を取るつもりだ! この世界にボラ◯ノールは無いのだぞ!
「ングググググ……とうとう私を怒らせたなぁ? 次こそは成功させて見せよう。――レン、コイツを抱えてろ。空中では上手く力が出せぬのかもしれん」
「え~~~?」
「抱えるだけだ、つまりは先っちょだけ。ほれ早く持つ!」
「分かったゾ~」
「よぅし、いくぞぅ――」
瞳を閉じてスキル対象をレン少年に集中させる。
「迷える子羊よ……」
「コイツって羊獣人なのか~?」
「知らん! というか邪魔をするでない! ……コホン。迷える子羊よ、汝を蝕む漆黒の紋章を浄化し、新たなる力へと変貌させよ――」
「――魔偽製造!」
パチン――バチンバチン――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――
狭間でぶつかり合う我がスキルと不可思議なデバフ。激しい音を撒き散らしたかと思うと、数分後にはピタリと収まり……
シュゥゥゥ……
【血塗られし候補者】→【ルシフェルとかいうバカっぽい女の下僕】
「おお、上手くいったんだナ! でも何だか刺々しいゾ~」
「往生際悪くディスってきとるがな。しかしこれで【血塗られし候補者】という真実を隠し、私の下僕という偽装が生まれたのだ。レン少年がその気なら本物の下僕にしてやっても良いがな」
ん? 下僕でいいのかだと? 私はレンを助けることで借し1つ、それを返してもらっただけだ。公平であろう?(←公平という名の下僕)
「ハッ!? ここは……」
「うむ、目が覚めたか。下を見れば分かるぞ」
「下? ――うわぁ!? た、たた、高いよ~! 下げて下げて~!」
すっかり元のレン少年に戻ったようだ。レンを握っても豹変はしまい。
「こら~、暴れるナ~!」
「だって高いのは嫌だって言ったじゃないか~! 嘘つき~!」
「誰が嘘つきダ~! そんなこと言うなら本当に落とすゾ~!」
「それも嫌だ~! 死んだら一生恨んで――」
ピキーーーン!
「――え?」
レン少年が雷に打たれたかのように固まる。
「どうした~? 美味そうな匂いでも嗅ぎつけたのか~?」
「違うよ、懐かしい波動を感じたんだ。うん、間違いない。この感じはマユラ姉ちゃんのだ!」
そう言ってレンは大胆な行動に出る。
シュバッ!
「レン!?」
低空飛行とはいえ飛び降りるとは思わなかった。10階建てのビルくらいには高いからだ。
だが心配を他所にレン少年は何事もなかったかのように草むらへ着地。樹海へと駆け込んで行く。我々も後へ続き、レンを追及した。
「なんだお前、あれだけ騒いでおきながら高さを苦にしとらんではないか」
「オイラも分かんないんだけれど、降りようと思ったら着地できる気がしたんだ」
「魔剣に触れて気が大きくなったのか? まぁいい。それでこの樹海には何が有るんだ?」
「何かは分からない。でもマユラ姉ちゃんがいるのは間違いないないよ!」
以早い動きで樹海を駆け抜けりえるレン。以前よりもステータスが上がっている?
「見つけたよ、あそこだ!」
視界の先に数台の馬車が見える。あの中にレンの姉が居るのだろう。そして恐らくはディオスピロスの連中も。
「人質にされたら厄介だ、一気に制圧するぞ」
「血を吸って回復したいからナ~。おもいっきり暴れてやるゾ~!」
「オイラもやるよ!」
「――ってレン!?」
レン少年が構わず突っ込む。動きが良いとはいえ返り討ちもあり得るため、彼のフォローを優先。馬車に寄り掛かって休んでいる賊共に襲いかかる。
「貴様らはディオスピロスだな!?」
「な、何だお前ら!? どこから現れた!」
「問答無用。魔王ルシフェルの名において貴様らを成敗してくれる!」
「ヒ、ヒィ!?」
「ギャア!」
私と魔剣のレンが暴れている隙にレン少年が馬車に乗り込み、中に居た姉と再会を果たしていた。
「マユラ姉ちゃん!」
「……レン? レンなの?」
「そうだよ、姉ちゃんを助けに来たんだ!」
「そう……。良かった」
うむうむ、奇襲は大成功だな。賊共はまともに抵抗することも出来ず無惨に斬り刻まれていく。但し、たった1人を除いて。
「クッソゥ! やっと奴隷商が見つかったってのに邪魔しやがって。テメェら全員覚悟は出来てんだろうなぁ!?」
他の馬車からのっそりと姿を現したツンツン髪のチンピラ野郎。透かさずEスキャンを掛けると、ゾルーアという名前が出た。そう、コイツがディオスピロスのボスだ。
「覚悟を決めるのは貴様の方だがな。そもそもこの惨状を見ても尚勝てる気でいるのが愚かであろう」
「へッ! 所詮コイツらは烏合の衆さ、的にしかなりゃしねぇ。本当に強ぇ奴はよぉ、絶対的なスキルを持つ奴を指すのさ。俺みたいなよぉ!」
「ほぅ? ならばそのスキルとやらを――」
「ダメ、ソイツの目を見ちゃダメーーーッ!」
後ろの方でマユラが叫ぶ。
しかし時既に遅し。私はゾルーアの目を見てしまい……
「特に何も起こらんが?」
「……え?」
振り向いた私が尋ねると、マユラは困惑した表情で首を傾げる。
一方のゾルーアはよほど予想外だったのか、後退りながら目を見開く。
「どうなってる……どうなってんだよぉ、俺様の魔眼は相手の動きを制御できるはずだぞ!? なんでテメェには効かねぇ!」
「フッ、愚かな。この魔王ルシフェルに低級なスキルが通用すると思うたか。それに貴様、そのスキルは貰いものであろう?」
「!?」ビクッ!
「その反応、図星のようだな。誰から授かったかは知らんが貴様はそのスキルを第3者にも分け与え、ディオスピロスの勢力拡大を狙った。違うまい?」
「…………」
沈黙が肯定を表しているな。
ちなみになぜ第3者から貰ったと見抜いたのか。それはコイツの言う魔眼スキルがあまりにも中途半端だからだ。
確かに相手を操るという点に至っては強力だ。しかしこのスキルには重大な欠点があり、効力を発揮するには常に相手を見続ける必要があるのだ。まぁ捕まった少年少女たちは、報復を恐れて検証する気にもならなかっただろうが。つまり伝授された時点でスキルそのものが劣化したのだろう。
それからもう1つ。スキルを分け与えた相手だが、スキルを所持出来ていたのはほんの数時間程度ではないかと推測する。現にボルスグラードにいたボスはスキルの発動すらしなかったからな。
「そういう訳だ。さぁ、観念してスキルを授けた相手を教えるのだ」
「チッ―――キショォォォ!」
シュン!
転移石で逃げたか。
「メグミ姉ちゃん、奴が逃げたよ、早く追いかけないと!」
「レンよ、心配はいらん。奴の魔力反応はすでに捕捉済み。転移先もバッチリだ」
「じゃあ!」
「うむ、吉報を待つがよい」
シュバ!
レンたちをその場に残し、単独でゾルーアの後を追った。場所は北西。少しずつ遠ざかっているところを見るに、必死に走っているのだろう。ご苦労様だな。
「おっと、もう少しで樹海を抜けそうだ。開けていれば視認できるかもしれん」
おや? ゾルーアの動きが止まったな。もう息切れか? まったく、これだから体力の無い奴は……。
「よし、樹海を抜けたぞ。さぁて、ゾルーアの奴は――あそこか!」
平原が広がる先に佇んでいる1人の男、ゾルーアを発見。
――が、現場についたのと同時に奴の反応は消滅した。
「魔力反応が消えた――だと? ゾルーア、まさか貴様――」
グラッ――
ドサッ!
「!」
私の手が触れた瞬間、ゾルーアは前のめり倒れてしまった。ついさっきまで生きていた奴が何故?
その疑問の鍵を握るであろう人物が、上空から降りてきた。
「一足遅かったね。ゾルーアはボクが始末したよ」
私と同年齢くらいの獣人少女が、白銀の鎧に身を包んでた。更にセミロングの紫髪が風に靡いている姿は、ムカつくが美少女と言わざるを得ない。
「貴様……只者ではないな?」
「ボクかい? まぁそうだね。そこらの凡人とは比較にならないのは確かだよ。けどそれはキミにも言える事では? ミス・メグミ――いや、魔王ルシフェルと言った方が良かったかな?」
コイツは危険だ。とてつもなく危険な存在だ。
「…………」
「おや、どうしたのかな押し黙って。ボクとしては軽く挨拶した程度なんだけど。もし怖がらせてしまったと言うのなら謝るよ。すまなかったね、ミス・メグミ嬢」
「――けるな……」
「ん? 何か言ったかい?」
「ふざけるなと言ったのだアホンダラがぁぁぁ!」
「……へ?」
私の怒りは爆発した。
「戦闘能力の高い美少女は私だけでよいのだ! だが貴様が居ると皆の注目がそっちに集まるだろうが! 新参者のくせに少しは遠慮しろボケナスめ!」
「……え~と、つまりボクを美少女だと言ってくれてるのかな? まぁ好意的な言葉として受け取っておくよ」
「好意的ではない、敵対的発言だ! そもそも貴様は魔王ベルフェーヌではないか! ならば敵対するのもやむ無し!」
バキッ!
「いったぁぁぁ! 殴ったね、誰にも殴られた事はなかったのに!」
「うむ、確かに殴った。だがお陰で怒りが収まったのだ、感謝するぞベルフェーヌよ」
「……それって一発殴ったら気が済んだって事?」
「そうとも言う」
「ああそうかい。本来ならこの場で引導を渡すところだけれど、今回は顔見せって事で失礼するよ。ボクは他にもやる事が山積みなのでね」
額に青筋を浮かべつつベルフェーヌは踵を返した。
「待て、1つだけ教えてもらおう」
「何かな?」
「ディオスピロス使って暗躍していたのは貴様か?」
「そうだね、暗躍って程でもないけれど。まぁちょっとした実験だよ。他人にスキルを与えてコントロール出来るかのね」
意図的に荒らしたわけではないらしい。どこまで本当か怪しいところだが、ゾルーアを始末したところを見ると嘘ではないのかもな。
「ではボクからも質問しよう」
「1問につき金貨1枚だぞ」
「……魔王のくせにやる事がセコいね。まぁいい、単純なアンケートだ。キミは今、幸せかい?」
何てことない質問だ。そして答えは決まっている。
「ああ、幸せだとも。少なくとも自分が望む生活を送れていると言えよう」
「フッ、そうかい。けど覚えておくといい。世の中には不幸な者も沢山いるという事を――ね」
シュバ!
それだけ言い残し、律儀に金貨を1枚弾いてから飛び立っていった。金貨云々は魔王的ジョークだったのだがなぁ。




