奪還
「お待ちくださいロザリー様。めでたき場でそのように取り乱してはなりませんよ」
美しく着飾った妙齢の女性がゴトーの前に立つ。隣にはメグミも一緒で、ゴトーに対してアイコンタクトをしてみせる。間一髪で役者が揃ったようだ。
「貴女は……クリエルフォート公爵ですか。その者は不審者です。庇い立てするのなら、貴女も審議に掛けなければなりません。その覚悟が御座いまして?」
「フフ、そのような覚悟は不要ですわ。――メグミさん、後はお願いしますね」
「お任せを」
ヒョイ!
「え、ええ?」
何を考えてかメグミはフォルシオンを担ぎ上げロザリーのいる2階まで飛び上がると、ロザリーとフォルシオンを交互に見比べつつ口を開いた。
「クククク! なるほど、よくできている」
「何ですかお前は? 突然現れたと思ったら薄気味悪い笑みを浮かべて」
「薄気味悪いは余計だ! ……コホン。そんなことより貴様だ、よもやレマイオス帝国から送り込まれた最後の1人が他人に成り済ます術を身に付けているとはな」
「……クッ、このわたくしを偽者だと? たかが小娘が不敬な! 相応の覚悟があるのでしょうね!?」
「いや、覚悟を決めるのは貴様だよ。――魔偽分離!」
ギュン!
「ハッ!? 今の光はいったい! 貴様、わたくしに何をした!?」
「なぁに、私の固有スキルだよ。赤き左目は偽りを見抜き、青き右目が真実を写し出す。さぁ見るがよい、これが貴様の正体よ」
「なっ!?」
したり顔のメグミが差し出した手鏡を見たロザリーが――いや、元ロザリーが真っ青になる。フォルシオンと体が入れ替わっているのだから当然だ。
「あ、あら? 私……ひょっとして元の姿に?」
フォルシオンとは反対にロザリーの顔には明るさが戻る。
「その通り。そこのフォルシオンがロザリー様の体を乗っ取り、挙げ句にロザリー様の記憶を消し去ったのです。最初にゴトーから報告された時にもしやと思っておりましたが、中々機会が訪れることがなく今日にまで至ってしまいました、誠に申し訳御座いません。お詫びと言ってはなんですが、この不届き者は私が成敗して見せましょう」
改めて私はフォルシオン――及びムシェールへと向き直る。
「さて、年貢の納め時だな? ペルニクス王国を内部から乗っ取ろうとしたのだろうが……フフ、詰めが甘い。お前たちの敗因は己の力を過信したことだ」
「チッ、小娘風情が……」
「そう殺気立つなフォルシオン。彼女の方が一枚上手だった、それだけのことだ」
「ほぅ? 随分と聡明だな元帥殿?」
「これでも国家元帥なのでね、相手の実力は正しく把握するようにしているのだよ。まさか負かしてきた相手がキミのような少女とは思わなかったが」
そうかそうか、私の存在を忘れてしまったのか。ならば思い出させてやろう。
「思わなかった――か。覚えているか? 3年前にレマイオス帝国のガラテイン家が一夜にして消滅したことを。しかしその際に1人だけ生き延びた少女が居たはずだ。名前を――」
「――フランソワという」
「「!!!???」」
なぜお前が知っている!? 2人の顔がそう物語っていた。――が、直後にムシェールが気付き、苦虫を噛み潰したような顔で怒りを露に。
「ま、まさか貴様があの時の!」
「クククク、思い出したようだな。いかにも私は元フランソワだ。近ごろ特殊部隊がめっきり姿を現さないから忘れられたのかと心配したぞ」
「忘れもしない、貴様のせいでどれだけ計画に綻びが出たことか。お陰でここ3年は侵攻出来ずに歯がゆい思いをしてきた。フッ、だがそれも今日で最後。ここを貴様の墓場にしてやろう――フォルシオン!」
「ハッ、お任せを!」
キィィィン!
「フン、小娘のくせに防ぐとは。口先だけの存在ではなさそうですね」
「それはこちらの台詞だ。せいぜい私を楽しませてみろ」
「楽しむ? フッフフフフ、そのような余裕がお前にあるかしら?」
「……何?」
「我々の目的はペルニクス王国の足元を揺さぶる事。ロザリーが消えれば容易に達成できるでしょう」
しまった、ロザリーとムシェールが居ない! 久々の戦闘でテンションが上がってしまいロザリーのことが頭から抜けていた。
「ロザリーは我々の手に落ちました。お前たちの敗北です」
「小癪な真似を……」
2人を追跡するにしてもコイツを野放しには出来ない。
『ゴトー、至急ロザリーを奪還せよ!』
『ご安心を。すでに追跡中です』
あっちはゴトーに任せるとしよう。
「舐めた真似をしてくれたな? 貴様には代償を払ってもらおう」
「こう見えても後特隊の隊長。お前のような小娘に負かされる道理はない、――クイックシェマー!」
シュン!
「ほぅ、これは驚いた。姿を消す魔法か」
「その通り。短時間だけ自分の姿を消す魔法よ。今のお前には視認できないでしょう?」
「確かに見えんな」
「フフフフ、呆気ないわね。これで終わりよ!」
私の背後に回り込み、慎重にナイフを突き立てようとするフォルシオン。例え見えなくても感じ取れるのだがな。
このように!
ドゴォ!
「ぶぐぅ!?」
肘打ちを食らわせると、腹を抱えて片膝をつく。カウンター気味に入ったのだ、簡単には立ち上がれまい。
「……な、なぜ……分かった?」
「視覚とは相手を捉える術の1つに過ぎん。姿を消したところで気配や魔力を抑えなければ全ては筒抜け。分かったか? 二流の隊長よ」
「フッ、お前のような小娘に説教されるとは。だがこれで終わりではありません」
「諦めの悪い奴め。この状況で勝ちを拾えるとでも思っているのか?」
「ええ。ロザリーを失ったのなら代わりを使えばいい。次の体は貴女にしましょう、――強制入換!」
フォルシオンの全身が光り、私をも飲み込む。そして私の体が乗っ取られる――
――ことはなく、光は収まった。
「フフフフフ、これでお前の体はわたくしの――」
「失敗してるが?」
「――はっ?」
手鏡を差し出して姿を確認させた。そこにはスキルを使用する前とまったく変わらない姿のフォルシオンが。
「はぁぁぁぁぁぁあ!? そ、そんなはずは! わたくしのスキルは確かに発動したはず……」
「どうやら魔力キャパが上回る相手には通用しないようだな? 所詮格下の貴様では私を超えられぬということだ」
「クゥゥゥ……かくなる上は城ごと吹き飛ばしてくれる! 多数の貴族が死ねば国力の低下はさけられまい!」
フォルシオンの全身から魔力が溢れてきた。全ての魔力を注いだ大魔力を発動するつもりだろう。
「させぬると思うか?」
「止めておきなさい。今のわたくしは魔力オーラが全身を包んでいる。下手に触れれば大火傷を――」
「フン!」
「グッフェェェ!?」
ドガァァァン!
蹴り上げたフォルシオンが天井を突き破って空高く舞い上がっていく。追撃のため私も飛び上がると、落下直前で体勢を立て直したフォルシオンが鋭く睨み付けてきた。
「クゥ……おのれバケモノめ、オーラに触れても何もないどころか空中浮遊までできるというのか!」
「バケモノとは心外な。私は火傷に慣れているだけだし、貴様とて浮遊しているではないか。それに私の事は3年前から把握しているのではなかったか?」
「……フランソワの話は聞いていた。一夜にして1つの貴族家を崩壊させたと。その後はペルニクス王国での目撃情報を元に何度か刺客を送り込んだが、殆どが死体となって発見されれた。あの時は信じられなかったが今なら事実だと分かる。お前は……お前はいったい何者なのだ!?」
「フッ、私が何者か――だと? ならば冥土の土産に刻むがいい。私は魔王ルシフェル、いずれ気が向いたら世界を統べる者なり!」
「魔王ルシフェル…………ゴフッ、体が!?」
「どうやら限界が来たようだな? 貴様を蹴り上げた時、貴様の体に魔力共有化を施したのだ」
「魔力共有化……だと?」
「共有化した体にはどこまでも魔力を送り込めるのだ。例え限界を迎えたとしても……な」
「限界を迎え……待て、止めろぉぉぉぉぉぉ!」
「フハハハハハ! もう遅いわ。せいぜい華々しく散るがいい!」
そして限界を迎えたフォルシオンの体が……
ドォーーーーーーーーーーーーン!
夜空を煌びやかに彩っていた。
「綺麗な花火だ。思えばこんなに近くで花火を見たのはこれが初めて――」
チリチリチリ……
「――って、アッヂィィィィィィ! 火の粉が来る火の粉が来る! それに引火までしとるし! 早く消え去れバカモンがぁ!」
バッフバッフ!
ふぅ、何とか鎮火した。
さぁて、他はどうなっている?
「な、何なんだこのガキは……」
「傷を負わせる事すらできないとは……」
「強い……強過ぎる……」
下ではムシェールの護衛として入り込んだ戦闘員共がフェイによって倒されていた。
「フフ~ン♪ こんな連中、楽勝楽勝!」
「フェイちゃん凄~い! あの元帥さんが連れてきた人たちを全員倒しちゃった!」
「ま、当然って感じ?」
「これでゴトーくんと結婚したらフェイちゃんが義妹になるんだよね? 楽しみ~!」
残りの雑魚はフェイが倒してくれたみたいだ。ゴトーと結婚というワードが気になるが、ひとまず安心だな。
★★★★★
会場から姿を消したロザリーとムシェール。2人は城の外に停めてあった馬車の中へと転移し、ムシェールの指示にて御者が透かさず走らせていた。
「私をどこへ連れ去ろうというのですか!?」
「どこへ? レマイオス帝国に決まっているではありませんか。嫁入り前の娘を見捨てるほど、キミの父上は非道ではなでしょう? 我が国で丁重にもてなして差し上げますよ」
「卑怯な、人質にするつもりですか!」
「何とでも言って下さい。我々は祖国のためなら様々な策を講じる。例え人の道から外れていようとも、必ず目的は達成しますよ。とは言え、しばらくは身を隠す必要性があるでしょうが」
ヒヒ~~~ン!
「きゃあ!?」
「むぐぅ!」
突如として馬が暴れ出し、フラフラと蛇行しつつ街道を外れたところで停車。堪らずムシェールは御者の男を怒鳴り散らす。
「貴様、何をしている!? まだ王都は目と鼻の先だぞ! さっさと遠くへ離れんか!」
「ち、違うんでさぁ、暗闇にいた何かに馬が驚いちまったんでさぁ、ほらそこに!」
「チッ、こんな時に魔物か。このムシェールが蹴散らしてくれる。貴様は王女を見張っていろ!」
「へ、へぃ……」
怒り心頭なムシェールが馬車から飛び降り、前方の暗闇を見て剣を抜く。そして光源となるマジックアイテムを前方に投げ込むと、勇ましく突っ込んで行く――いや、突っ込んで来た。
「フッ、猪突猛進か。悪くはない」
「何っ!?」
俺の姿を間近で見たムシェール。その相手がこの俺――ゴトーだと気付き、直前で急停止した。
「貴様、どうやってここに! 俺は転移石を使用したのだぞ? どうやって追って来たというのだ!」
「簡単だ。転移石は転移の瞬間に魔力を飛ばすからな。その方向に向かえば見つかると思ったんだ。加えて王都から急いで走り去る怪しげな馬車、多数の目撃者に見られている。もはや言い逃れはできまい」
「だが逃げてしまえばこちらの勝ち。貴様ごとき小僧にこの俺を止められると思うな!」
鋭い動きで、斬る、払う、突く、を繰り出してきた。元帥なだけあって戦の経験はあるようだ。
「どうした? 追手の割には手数が少ないな? 回避一辺倒ではないか。実力はあるのだろうが、経験が不足しているとみた」
「経験不足か。フッ、その言葉、そっくりお前に返してやろう」
ガシッ!
「なん……だと? 剣を素手で掴むなど……」
ムシェールの剣が俺の顔面スレスレで停止。まぁ素人には無理だろう。真剣白羽取りは漫画の中だけだと言う者もいる。だが振るわれた剣と同じか、それ以上の速度で挟めば可能なのだ。
「現にできているじゃないか。経験不足はお前の方だったようだな」
「ぐぬぅぅぅ……小癪な小僧めがぁ!」
無理やり力を込めても無駄だ。人並外れた力で押さえつけているんだからな。
さて、シューベルスの方も上手くいったようだし、こっちも終わらせるとしよう。
パキン!
「なぁ!? け、剣が……」
「俺のせいじゃないぞ? 剣が脆かったせいだ。そしてお前の心が折れるのも――」
ドスドスドスドス――ドガァ!
「ぐほぁっ!?」
「――お前のせいという事だ」
俺からのラッシュを受けたムシェールは大の字になって倒れた。両肩と両膝に打ち込んだのだ、しばらくは動けまい。
「ありがとうゴトー、お陰でロザリーは無事だよ!」
「本当に助かりました。ゴトーさんには何とお礼を言ってよいか」
シューベルスに支えられたロザリーが嬉し涙を流している。俺がムシェールの気を引いてるうちに御者を不意打ちするよう言っておいたんだ。その御者は馬車の中でウ~ウ~と唸っている。
「さて、城に戻るとするか。念話は飛ばしておいたが本人が戻らなければ解決とは見なされん」




