向けられた刺客
「おい起きろ、シューベルス」
「ふぁ~~~ぁ。……よしてくれよワドキンス、まだ日が昇ってないじゃないか」
「何を寝ぼけている、日が昇ってからじゃ遅いんだ」
高い位置に取り付けられた鉄格子。今は夜空が幅を利かせ、朝までは遠いことを示している。警備する側の心理では、夜明け前が一番油断しやすいと言われているんだ。つまり、逃げ出すなら今が好機。
「ここはお前の邸じゃないし、俺はワドキンスでもない。さっさと起きないとロザリーが来るぞ」
「ロザリー!」
ガバッ!
「ロ、ロザリーは、ロザリーはどこ……に?」
「やっとお目覚めか」
「あ、あははは……はぁ……、やっぱり夢ではなかったんだ……」
まだ現実を受け入れられないようだ。無理もない、幼馴染みの変貌っぷりには相当ショックを受けてたからな。悪夢だったと願うのは自然な流れか。
「ゴトーさん、シューベルスさん、おはようございます。昨晩はよく眠れましたか?」
「問題ない。一畳のスペースがあればどこでも寝れるんでな」
「キ、キミもゴトーも早いんだね、ボクはまだまだ眠たいよ……」
「それが普通だ。むしろ……」
チラリと横目でフォルシオンを見る。昨日は夜遅くまで会話が続いたんだがな。まるで夜更かしなんぞ無かったかのようにケロッとしている。
それにだ、俺が目を覚ました時には姿勢を正してのおはようございますが待っていた。短時間の睡眠で活動を可能にしているところを見るに、傭兵でもやっていたのかもしれない。
「ゴトーさん、私の顔に何か?」
「……何でもない。それよりフォルシオン、アンタはどうする? ここから出たいなら手を貸すが」
「私……ですか? 私は……」
しぱし考えた末、真っ直ぐに俺を見て答えた。
「ここから出たいです。私が何者だったのか、何故ここに捕らわれていたのか、それを知るには出るしかないと思っています」
「フッ、なら決まりだ。2人とも少し離れていろ」
タッ――――ガシッ!
鉄格子を両手で掴み、壁に足を掛けた状態でおもいっきり引っこ抜いた。すると……
ボゴォ――ガラガラガラ!
鉄格子が外れることはなかったが、代わりに壁の一部がくっついたまま剥がすことに成功。人1人なら余裕で通れそうだ。
試しにソッと顔を出す。幸い辺りには誰も居らず、代わりに納屋のようなものが見えた。肥料のような臭いがする。恐らく家畜小屋だろう。
「今なら出れそうだ。順番に出してやる」
「すみません――っと。あら? この臭いは……」
「――っと。うへぇ! ここって城外警備の兵士が使用しているトイレだよ……」
家畜小屋じゃなく便所か。
「どっちにしろ人が寄り付かないなら好都合だ。飛び立つところを見られたくないしな」
「はい? 飛び立つ……とは――ヒィ!?」
ザッ!
「すまない、説明がまだだったな。俺はこの通り身体能力が人並より優れててな、飛行は出来なくても長距離ジャンプなら可能なんだ」
「さ、先に言ってくださ~~~い!」
雲を突き抜ける勢いで飛び上がり、角度を調整してシューベルスの邸の前へと着地。ものの数分で帰還することに成功した。
「はぁ、やっぱりここが落ち着くよ。城から出るまでは生きた心地がしなかったからね」
「あの~、私もお邪魔していいんでしょうか?」
「もちろんだよ。フォルシオンが助けてくれなかったらボクらは捕まっていただろうからね。キミの家だと思って寛いでよ。――ワドキンス、悪いけど朝食を用意してほしい」
「ワドキンス?」
「外出してるらしいな。ほら、置き手紙だ」
テーブルに乗っていた手紙を広げてやった。
「え~と……、わたくしワドキンスは旦那様と奥様を王都から避難させて参ります。しばしの留守をお許しください。また、この邸も長居は危険と判断しますゆえ、速やかに退去することをおすすめ致します。それでは坊っちゃま、どうかご無事で」
城での騒ぎを知って動いたらしい。あの執事、只者ではないな。
「父上と母上。そうか、ボクは両親にも迷惑をかけてしまったのだな」
「言ってしまえば俺も同罪だ。こうなったら最後まで逃げ切ってやろうじゃないか」
「向こうが諦めるまで――だったかい? フフ、よろしく頼むよゴトー。フォルシオンもすまない、もうしばらく付き合ってほしい」
「私は構いません。元よりお二人に頼る以外にありませんので」
帰ってきて早々、ワドキンスの提案により邸から立ち去ることを俺たちは選択した。行き先は特にない。王都の中を転々とする潜伏生活に成りそうだ。
しかしあれだ、これだとまるで逃亡者だな。犯罪に手を染めてはいないというのに。(←見方によっては器物破損と暴行罪です)
★★★★★
あれから数日が過ぎた。いや、数日しか経過していないというのに、シューベルスとフォルシオンは恋人ではないかと思うくらいに親しくなっている。
メグミに報告したら「面白そうだからそのままくっ付けちゃえ♪」という命令をいただいた。まったく、頭が痛くなってくる。
だが愛のキューピッドをしている暇はない。今日中には邸から立ち退く予定なのだからな。
「だいぶ明るくなってきたか。シューベルス、そろそろ出よう。出発の準備は出来たか?」
「もう少し待ってくれ。最低限の金品や着替えとかは持って行きたいんだ」
「ん? そのバッグ、見た目の割に収納スペースが広いのか?」
「これかい? これはマジックバッグと言って、普通のバッグの10倍は詰め込めるんだよ。アイテムボックスのスキルは簡単には手に入らないし、貴族の間じゃ必需品さ」
それは良いことを聞いた。後で譲って貰えないか交渉してみるか。
「これくらいでいいかな。――待たせたねゴトー、出発しようか」
ポトッ……
「あら? シューベルス、何か落とされましたよ? これは……」
「ああ、すまない、ご信用のナイフだよ。と言っても使う機会なんて殆どないだろうけれど」
「…………」
スッ――ササササッ、シュシュ!
ナイフを拾い上げたフォルシオンが器用なナイフ捌きを見せている。そう、まるで使い慣れているかのように……
「とても不思議です、これを持つと安心するというか。でもこれが有れば私でも戦える気がします」
「そう……なのかい? ならフォルシオンにあげるよ、ボクが持つよりよっぽど有意義だ」
「本当ですか? ありがとう御座います!」
やはりフォルシオンは戦闘慣れしていたと考えるべきだろう。しかし困った。もしも彼女が闇ギルドの者だったら、記憶が戻った時が最大の修羅場かもしれない。
「それでシューベルス、行く宛はあるのか?」
「貧民街に向かおうと思う。あそこなら身分証明がなくても即日入金で入居できるからね」
バァン!
「ハッハァ~! 残念だがそいつは通らねぇなぁ?」
「おとなしくしなぁ!」
勢いよく開け放たれた扉から、不適な笑みを浮かべた男たちが入ってきた。手にはダガー、どう見ても好意的な相手じゃないな。
「……ロザリーからの贈り者か?」
「へへ、俺たち闇ギルドはクライアントを明かしたりはしねぇさ」
「闇ギルド!? バカな、王都の闇ギルドは王族や貴族のトラブルに手を挟まないはず!」
声を荒らげるシューベルス。こいつが言った通り、ペルニクス王国と闇ギルドでは密約が交わされていて、遺恨が残る争いには互いに不干渉を決め込んでいるらしいんだ。
そんな様子に男は顔を歪め、得意気に語り出す。
「知らねぇのも無理はねぇ、何せ俺たちは外から招かれたんだからな」
「何だって!?」
「へへ、従来の闇ギルドを排除すれば俺たちの組織がこの国に根付くのさ。ま、切っ掛けをくれたロザリーには感謝しねぇとな――と、うっかりバラしちまったぜ、ヘヘヘヘ」
ここでもロザリーか、厄介な王女様だ。
「さぁて、クライアントを待たせちゃあ俺たちの名が廃る。ちゃっちゃと済まさせてもらうぜ」
「させると思うか? このゴトーがいる限り、彼女には指1本触れさせん」
「ハッ、大したガキだぜ、闇ギルドと聞いても顔色1つ変えねぇとはな。だが生憎とテメェやシューベルスは死体でも構わねぇんだとよ。そっちの女と違ってな。へへ」
「ほぅ、つまりは――」
グゥン!
「なにっ!?」
「――死ぬ覚悟はできている……と」
強めの殺気を放ってやった。目の前の男は何とか耐えたようだが、男の背後にいる者や屋上にいる者、裏口に張り付いている者は軒並み怯んでいるのが丸分かりだ。
「こ、この殺気……マジかよぉ。チィ! あの女狐王女め、なぁにが大した相手じゃないだ、こんなバケモノが相手とは聞いてねぇぞ!」
「フッ、それは確かにロザリーが悪いな。だからと言って貴様らを生かして帰すつもりは――」
ドスッ!
「――ない!」
「グゥェ……」
腹に一撃で気絶した。軽装の奴だとこんなものか。
「んだよダリィなぁ、結局俺様の出番かよ」
敵の新手か。長身のスキンヘッドで顔中がピアスだらけという如何にもな奴だ。口振りからしてコイツがリーダーだろう。
「あの殺気、飛ばしたのはテメェかぁ?」
「ああ」
「ダッハァ、コイツぁ傑作だ! あんな殺気を放つ奴ぁ組織でも見た事ぁねぇ! テメェ、名前は何つぅんだぁ?」
「俺の名はゴトーだ」
「ゴトーかよ、ディヤッハァ! ならこっちも名乗らねぇとなぁ? 俺様はグリザック、クロスチェーンのグリザックだ」
「クロスチェーンのグリザック!?」
即座にシューベルスが反応した。
「思い出した、この男はルバート王国で指名手配されていた連続殺人鬼だ!」
「ウェッヘ~ィ、知ってるたぁ嬉しいぜぇ! その連続強盗快楽殺人鬼の俺様がディオスピロスって闇ギルドにスカウトされちまってよぉ、ロザリー様のご依頼でわざわざやって来たのさ」
殺人鬼をスカウトか。その闇ギルドはディオスピロスというらしい。今後も敵対することになるかもな。
「下っ端どもはみんな逃げちまったしなぁ、ここは俺1人で楽しませてもらうぜぇ、イヒヒヒヒヒ!」
しかし不愉快な笑い声だ。
「その口を閉じろ。お前の声は耳障りだ」
「だったら自力でやってみなぁ!」
「言われなくてもやってやろう、――フン!」
ドゴォ!
振り抜いた拳が顔面を捉え、表にあるゴミ置き場に放り込んでやった。
「いっっっでぇぇぇぇぇぇ! いてぇじゃねぇかこんちくしょう! マジで顔面丸潰れかと思ったぜ!」
そりゃ手加減したからな。悶絶するだけで済むんだから感謝してもらいたいくらいだ。
「そんじゃあ1つお礼をさせてくれや、そ~らよぉぉぉ!」
ガシガシガシィィィ!
グリザックが放ったチェーンが両手両足に絡みつき、体の自由を奪われてしまった。
「このチェーンは……」
「ヒャッハァ! 無抵抗で掛かんのかよ、少しは抵抗してもいいんだぜぇ? ま、手遅れだけどなぁ!」
ズダァァァン!
「そ~らもう一丁ぉぉぉう!」
ズダァァァン!
「ディヤッハァ、た~しぃぜ~ぃ!」
ズダァァァァァァン!
グリザックの意のままに操られ、壁に地面にと打ち付けられる。普通なら痛いんだろうがな、メグミの蹴りや女神のビンタに比べたら微風に等しい。
「ゴトー!」
「ゴトーさん!」
おっと、2人を心配させてしまった。そろそろ終わりにしてやろう。
「そ~らどうしたぁ? 痛くて声も出ねぇかぁ?」
「声なら出るぞ? お前も楽しむといい」
「あ? 何言ってん――ディヒィ!?」
ズダァァァン!
「グッヘェェェ!」
チェーンを強引に掴んでコントロールを奪うと、逆にグリザックを地面に叩きつけてやった。
「おい、まだ生きてるか?」
「う……ぐぇ……」
「生きてるな(←精神は死んでると思う)、時間もないし、次で死んでくれ」
ズガガゴガギガガッ!
「マズイ、壁が貫通して隣の邸を壊してしまった」
「「ええっ!?」」
「逃げるぞ2人とも、グズグズするな!」
多分死んだであろうグリザックを放置し、俺たちは足早に立ち去った。まったく、とんだ厄日だ。(←家壊された奴が一番の厄日だろ)




