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潜入

「王宮に潜入しろと?」

「うむ」


 メグミは背を向けたまま力強く頷く。


「通学前に部屋へ呼ばれたので急を要すると思ったのですが」

「性急ではないがのんびりともいかん。学園が安全なのは分かった、が、ペルニクス王国の全てが安全とは限らん」

「なるほど、そこで王宮内部を探れと」

「うむ、理解が早くて助かる。それでこそ私が気絶した甲斐もあったというものだ」


 そうだった。俺を召喚した時、メグミは魔力枯渇により気絶してしまったのだ。目を覚ました際にはスレイン男爵と共に大説教してやったがな。主を失っては俺の生き甲斐も失われるというもの。危険に晒すわけにはいかない。


「しかし学園はどうするので? 王宮への潜入となれば、学園生活と平行するのは難しいと思われますが」

「潜入期間中は休学してもらう。これは重要な任務なのでな。苦労をかけるが我慢してほしい」

「構いません。ルシフェル様の期待に応えるのが我が喜び。任務とあらば、例え地底の奥底であっても潜入してみせましょう」

「さすがに地底の底とは言わんが……。そういえばドMだったなお前は。足で踏みつけるのが褒美ということで構わんか?」


 ドMではないのだがな。ここはキチンと訂正するべきか? しかし敢えて不快にさせるのも気が引けるというもの。どうしたものか……


「冗談だ、真剣に喜ぶな」

「いえ、喜んでいたわけでは。しかし……そうですね、いかにしてルシフェル様を喜ばせるかという点で、俺の中では最大の課題です。例えば……一生涯ルシフェル様の支えとなり、決してお側を離れません。ルシフェル様と生涯を共にさせて下さい――というのは如何でしょう?」

「はぁ……」


 何故かタメ息をつかれた。そしてゆっくりとこちらに振り返り、ジトッとした目を向けられることに。


「お前、今の台詞はまるでプロポーズだぞ。まさかとは思うが、他の者にも似たような言い回しをしてるんじゃないだろうな?」

「はい、担任のリーリスからも同様の苦言をちょうだいしました」

「バカ者ぉぉぉ! お前みたいなイケメンが軽々しく口にするんじゃな~~~い! そんなことだと世の中の様々な魑魅魍魎(ちみもうりょう)を引き付けてしまうではないか! ったく、主である私をも口先で(もてあそ)びおってからに」

「いいえ、ルシフェル様へは本気です」キリッ!

「だ、だからそういうのは止めてよねって言ってんの! いくらなんでも不意打ち過ぎ!」


 言葉とは裏腹に顔を紅く染めているのは照れ隠しの証拠。ひとまずは喜んでくれたようだ。(←お前の思考はどうなってんだ……)


「とにかくだ、休学届けは私の方でやっておく。お前は王宮へと潜り込み、得た情報を()()()()に報告するのだ」

「……ムダに?」

「そう、いかにも魔王の手先っぽいだろう? ゴシップ系でも構わんから、ドンドン仕入れるのだ」


 う~む、メグミの考えはよく分からんな。だが命令は絶対だ。


「さすがはルシフェル様。俺の考えなど到底及ばない域に達していらっしゃるようで」

「うむ。その間の邸はフェイに任せれば問題ない。入手した情報は全て私に流すように。よいな?」

「承知致しました。では行って参ります」



 シュタ!



「クククク、ペルニクス王国の全てを把握すれば、裏からの支配も容易い。魔王たるもの裏ボスとして君臨するのは定番だ。「国王が支配者だと思った? ざんね~ん、真の支配者はこの私ルシフェルちゃんでした~♪」とかやってみたいじゃん!」(←やらんでいい)



 シュタ!



「ところでルシフェル様、軍資金の方は――」



「ぬぅおわぁ!? お、お前、今私がやっていた1人プレイ……見たか?」

「はい、しっかりと拝見させていただきました。とてもチャーミングだと思います」

「お前の感想など聞いておらん! さっさと行ってこ~~~い!」



 バチ~~~~~~ン!



★★★★★



 ――とまぁ理不尽なビンタを貰って邸から叩き出されたわけだ。腫れた頬を気にしつつ王都まで飛び、入場待ちの列にて前に並んでいた若いカップルがギルドカードを持っていないのが発覚。入場料を取られているのを見て、自身が無一文であると思い出した。


「結局軍資金をもらい損ねたな。場合によっては金を必要とするかもしれないし、どこかで調達するしかないか」


 向かった先は冒険者ギルド。正規の手順で稼ぐならここしかない。



 ギィィ……



「――というわけさ」

「そマ? メチャ凄っ!」

「さっすがイブルスさん、できる男って感じよね~!」

「そうそう、そこらの男じゃ敵わないって」


 なんだこれは? 1人の男に多数の女が群がっているぞ。

 ギルド内の様子に困惑していると、男のギルド職員が頭を下げてきた。


「騒がしくてすみません。用件でしたらボクが承りますので、受付の方へどうぞ」

「あ、ああ」


 こうして受付に移動する間も、部屋の隅ではキャーキャーと異質な盛り上がりを見せていた。


「アレは何なんだ? よく見れば真ん中の男はギルド職員じゃないか。囲ってる女は冒険者と職員が混ざっているな。冒険者はともかく職員には注意しないのか?」

「いえ、できないんですよ。あのイブルスという男はクリエルフォート公爵の婿候補なのです。下手な事を口走れば公爵様の不興を買ってしまい、最悪は命の危機に……」


 権力の傘というやつか。裏社会に生きた俺とは無縁だったが、ここに来て関わることになるとはな。


「フン、ならば俺が言ってやろう」

「えっ!? ちょ、ちょっとキミ!」


 職員の制止を振り切りイブルスという男の元へ向かった。


「おいお前、真っ昼間からサボタージュとは言い度胸だな?」

「ん? なんだねキミは。今ボクはレディたちとの一時(ひととき)を楽しんでいるのだ。邪魔をしないでもらいたいね。それとも何かね? ボクの主様に楯突くというのかね? もしそうなら覚悟を決めることだ。物理的に首がサヨ~ナラ、だからさ」


 主様というのはクリエルフォート公爵のことを指すはず。俺の首を飛ばせるほどの実力者なら是非とも会ってみたいものだ。(←また始まったよ……)


「望むところだ。主様とやらに会わせてもらおう」

「ほ、本気か!? お前、怖くないのか? 公爵だぞ? 公爵様だぞ!?」

「だからどうした?」

「いや、だからって……ハッ! そ、そうか、お前の外見、さてはお前もクリエルフォート様に取り入ろうというのだな!? 冗談じゃない! せっかく婿候補に選ばれたというのに、お前みたいなイケメンを見たら心変わりをするじゃないか! お、俺は絶対に紹介なんかしない、気分が悪いから失礼する!」

「「「そんな、イブルスさ~ん!」」」


 散々喚いて奥に引っ込んでいき、取り巻きの女たちも白けたように解散した。

 それと入れ替わるように先ほどの職員が現れ、何故か男の冒険者たちにも囲まれた。


「ありがとう御座います。イブルスは仕事もろくにしない怠け者なので、とてもスカッとしました」

「俺たちからも礼を言うぜ、ありがとよボウズ!」

「あんきゃろうに目当ての職員を取られちまってよ、ささやかな楽しみを失くしちまってたんだ。お陰でイライラが解消されたぜ!」

「良く見たらいい男♪」

「そ、そうか……」


 そこから酒を飲まされ続けて、無一文宣言をすると小銭まで恵んでくれた。本来の利用方法ではないんだが……まぁよしとするか。

 しかしクリエルフォートという上流貴族との接触の道を断たれたのは少々痛いが。


「そういやよ、ペルニクス王国は東側のルバート王国を追い込んでるとかで、冒険者や傭兵がそっちに流れてるんだってな」

「らしいな。こりゃ俺たちも行くべきだったかなぁ。まぁ今さらだけどよ」


 だから昼間なのに冒険者が少ないのか。


「しかし何故冒険者まで? 戦争となれば傭兵や国軍より活躍の場は少なそうだが」

「それはそうだが火事場泥棒ってやつさ。相手の城に乗り込んで金品を強奪すりゃ持ち帰ってもいいんだとよ。国からすりゃ金に目が眩んだ連中を尖兵として送り込めるんだ、消耗を抑えるにはもってこいってわけさ」


 なるほど。冒険者を送り込める状況とあらば、ルバート王国が陥落するのは時間の問題か。


「こりゃ陥落記念と合わせて第二王女の婚姻発表かもなぁ」

「第二王女?」

「なんだボウズ、知らないのか? 第二王女のロザリー様が今年で20歳になるんだよ」


 なんでもペルニクス王国の王族は20歳に結婚するのが定例となっているらしく、ルバート王国の陥落後にロザリーの結婚話となれば国内が盛り上がるのも確実。まさにペルニクス王国バンザイというやつだ。


「でも相手は誰なんだろうな? やっぱ前から噂のあるアガート将軍か?」

「バ~カ、あんなオッサンが相手なわけねぇだろ。むしろ幼馴染みとして噂のシューベルス様じゃ?」

「けどシューベルス様は伯爵家の子息だろ? 国王と王妃が家柄を気にして反対してるって話が――」



 ガシャン!



 グラスが割れる音に驚き会話が中断され、発生源であるギルド職員へと視線が集まる。


「す、すみません、手が滑ってしまい……」


 割れたグラスを片付けた職員は、そそくさと奥に引っ込んでいく。冒険者たちは首を傾げながらも会話を続けた。

 しかし、その後の冒険者たちの話がどうも頭に入ってこない。聞き耳を立てていた職員の反応が気掛かりだからだ。俺には分かる。あの職員の反応は何かを知っているものだ。どうしても気になった俺は夜まで時間を潰し、あの職員を尾行することにした。



★★★★★



「ンク……ンク……プハァ!」

「なんだ兄ちゃん、今日はまた随分といい飲みっぷりじゃねぇか。もう一杯いっとくか?」

「……お願いします」

「ハハッ、そうこなくっちゃな!」


 王都の酒場の1つに例のギルド職員がいた。注がれる酒をただひたすら煽る姿は、昼間見た好青年と同一人物には到底見えない。


「ひょっとしてアレか、例のイブルスとかいうインチキ臭ぇ野郎が原因か?」

「違いますよ。もっと重要な……ボクの将来に関わる話です」

「おぅおぅ、存分に吐き出しちまえ。酒ってやつはそのために有るんだからな」


 俺がここに来たのは職員から情報を得るためだ。昼間の反応から察するに、王族との関わりがあるのは間違いなく、いかにもメグミが欲しそうな情報だろう。さて、酔い潰れる前に回収するか。


「飲み過ぎは仕事に響くぞ」

「え? キ、キミは昼間の冒険者……」

「そろそろ帰ろうじゃないか。マスター、これで足りるか?」

「ああ充分だ。そらよ、釣りだ。また明日来てくれよな!」


 半ば強引に酒場から連れ出すことに成功。引っ張り出された職員は困惑した様子で状況説明を求めてきた。


「え~と……ボクに何か用なのかな? キミとは初対面だったはずだけど……」

「確かに初対面だがアンタの様子が気になってな。これでも伝は有る方だ、何か力になれるかもしれないぞ?」

「そう……ですか。では――」


 千鳥足(ちどりあし)の男に肩を貸し、案内されるままに一件の邸へとたどり着く。庶民にしては立派な邸だ。それなりに身分の高い役職かもしれない。


「ハハ、勘違いされてるようですけど、ボクはただのギルド職員です。それも下っ端同然のね。そんなボクでも家柄には恵まれてたらしくて、実家を出る際に親から買い与えられたんですよ」


 そう言われて納得しかけたところで、扉を開けた人物を見て驚く。


「お帰りなさいませ、()()()()()

「執事……だと?」


 間違いない、この男は庶民などではなく貴族か王族のどちらかだ。


「失礼ですが、坊っちゃまのお知り合いで御座いますか?」

「俺か? 俺は……」

「彼は友人だよワドキンス。少し歳が離れてるけどね。酒場でバッタリ出会ったからここで飲み直そうと思ったんだ。悪いけどテキトーに酔えるものを用意してほしい」

「畏まりました」


 今度は俺が困惑する番となった。まさか友人待遇で扱ってくれるとは。ここまできてメグミが喜びそうな情報を提供するのが目的とは言えないな。(←真面目に聞いてやれ)


「さ、遠慮なく入って」


 寝室のようだがやはり広い。しばし漠然と眺めていると、先ほどの執事が酒とグラスをテーブルに並べ、速やかに退室していく。


「ここはボクの寝室だけれど、他の者には聞かれたくない。マジックアイテムで音を遮断するよ」



 フィキ~~~ン!!



 テーブルに置かれた四角い箱に触れると、何らかの障壁が部屋全体を包み込む。言葉通り会話が漏れないようにしたんだろう。


「今さらだけど自己紹介をしようか。ボクの名前はシューベルス。ブロマリスという伯爵家の嫡男だよ。キミは?」

「俺はゴトー。クレセント学園のSクラスに所属している一年だ」


 互いに名乗り終え、なみなみと注がれたグラスを傾ける。

 実に良い酒だ。酒場の酒だと悪酔いしそうな未来しか浮かばなかったからな。つまりはシューベルス、悪酔いするのが目的だったんだろう。


「フフ、7歳差か。しかしどうしてだろう、キミになら話してもよいと思ったんだ」

「初対面で歳も離れてるのにか?」

「そう。けどそれが逆に良いのかもね。知っての通りボクはシューベルス。第二王女であるロザリーの幼馴染みさ。とは言っても5、6年前から表立った交流は無いんだけどね」


 先ほどまで笑顔だったシューベルスが途端に暗くなる。


「5、6年前に何かあったんだな」

「その通り。当時侯爵家だったブロマリス家の領地がレマイオス帝国に攻め取られてしまったんだ。そのせいで爵位を下げられ、ロザリーとの接触も禁止されてしまった」

「武運が無かったと言うべきか」

「それでも秘密裏に会ってたんだけどね。国王陛下も気付いていたはずだけど、ロザリーの気を悪くさせないためなのか、これまで黙認されていた」

「それだと何も問題ないように感じるが」

「いや、3週間ほど前から突如として連絡が途絶えたんだ。こんなことは今まで無かったのに……」


 なるほど。国王に邪魔されているのか、それともロザリーが心変わりしたのか、それかまったく別の原因か。いずれにせよ王族が絡んでるだけにキナ臭さが半端ないな。


「せっかく努力してきたんだ。ギルドの職員をやってるのも、いずれはギルマスになってロザリーとの関係を認めてもらいたいと思ってのこと。けれどもうタイムアップさ。きっとロザリーも先のないボクに見切りをつけたんだ。ボクの……思いは……もう……」


 …………泣き出したシューベルスの背中をさすり、落ち着くまで待つことに。一頻り涙を流すと、シューベルスの顔が晴々としてきた。


「ありがとうゴトー。聞いてもらえただけでも楽になったよ」

「聞いただけじゃない、これから行動を起こすぞ。まずは城に忍び込み、ロザリーと接触。そして真意を確かめるんだ」

「……は? 侵入?」

「心配しなくても侵入は俺がやる。シューベルスは黙って吉報を待つといい」

「いやいや、そういう事じゃなく!」

「では行ってくる」



 シュタ!



 面白そうなネタを手に入れた。ロザリーと接触したらメグミに報告するとしよう。きっと続きを急かされるに違いない。


キャラクター紹介


ゴトー

:本作の裏主人公。メグミと同様に日本から転生してきた。かなり天然な部分があり、無意識に異性を口説いてしまう事がたびたび発生中。


シューベルス

:伯爵家であるブロマリス家の嫡男で、第二王女であるロザリーの幼馴染み。現在は疎遠となっており、ロザリーの真意を知れず結婚間近の噂に自棄になりつつある。ゴトーとは不思議と馬が合い、ロザリーとの復縁に一途の望みを託す形で王宮への手引きを行うことに。


ワドキンス

:元傭兵の初老の男。ブロマリス家の当主には傭兵時代の恩があり、その当主の命令でシューベルスの邸で執事として働いている。







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