男爵娘と女公爵
捕まった女生徒は救出し、拐った連中も始末した。
だがそれで終わりではない。冒険者ギルドという立場を利用して、特殊部隊を招き入れた者が居るのだ。
「まま、待ちたまえ、誤解だ、ボクはそのような事はしていない! これは何かの間違いだ!」
す巻きの状態で必死に否定するグリゴレオ。次の日に何食わぬ顔で学園に来たところを捕獲したのだ。
「そうだろうな。お前のような半端者にそのように大それた事をできるわけがない。――が、お前の口車に乗った者が危機的状況に陥ったのも事実なのだ。大方賊の気配を察知して怖くなったのだろう? プライドの高いお前が「賊が居るから引き返す」なんぞ口が避けても言えんだろうしな」
「う……だ、だが先に進んだのは彼女たちだ。ボクに責任はない!」
反省しておらんなぁコイツは。
「戯けが!」
「ヒィ!?」
「お前のせいでクラスメイトが死ぬところだったのだ! プライドと仲間の命、どちらが大切か貴様には分からんのか!」
やむを得ず――と言えば嘘になるが、反省の色がないコイツに相応しい場所に連れてきてやった。
「な!? メグミ……様……」
出迎えたのは以前敵対した事のあるエルフのクヌレオ。そう、やって来たのはエルフの里だ。グリゴレオを強制里帰りさせ、鍛え直してもらうのだ。
「言いにくそうだな? 無理強いはせんから殿付けで呼ぶがいい」
「そ、そうか、ではメグミ殿と呼ばせてもらおう。して本日は何用か?」
「うむ、コイツを預かって欲しくてな」
ドサッ!
す巻き状態のグリゴレオをクヌレオの前に放り投げた。そこへ何だ何だとエルフたちが集まり、クヌレオの仲間たちもこの場にやって来くると、グリゴレオを見たカドラスキーが大声で叫ぶ。
「あっ! よく見たらコイツ、アルマイシ家のバカ息子じゃん。「ボクみたいな上流階級に質素な里の生活は似合わない」とか生意気な事を言って里から出て行ったあのグリゴレオだよ。まさかメグミちゃんの友達だったの!?」
「戯け! こんなアホと友達にするでない! コイツは仲間を見捨てて逃げ出した臆病者だ。そのせいで女生徒たちは命を危険に晒したのだからな」
【仲間を見捨てて】というフレーズを耳にし、エルフたちの顔が険しくなる。彼らは仲間意識が強いからな、裏切り行為には敏感なのだ。
「そこでな、今一度性根を鍛え直してもらいたいのだ。半殺しにしても構わん。二度と生意気な口を聞けなくなるまでボコってもOKだ」
「なるほど、そんな事ならお安いご用だ。このクヌレオ、己の命運にかけてもコイツを鍛え直すと約束しよう」
「ちょ、待て待て、待ちたまえ、何を勝手に進めてるんだ!? 学園生活はどうなるというんだよ!」
「学園長の代理であるリーリスの許可は得た。何も問題はない」
「そんな!」
意外にも二つ返事でOK出してきたな。元々素行の悪さが目についていたらしく、厄介払いとしてちょうど良かったのかもしれん。
「ふん、いいじゃないか。前々からコイツは気に入らなかったのだ。メグミ殿のご命令とあらば、アルマイシ家も逆らえまい」
「そうね、里でも散々威張り散らしていたんだし、少しは痛い目を見るべきだわ」
「「「そうだそうだ!」」」
反対意見は無さそうだな、めでたしめでたし。
「ところでメグミ殿、貴殿に言われてから我が里への移住者募集を冒険者ギルドに依頼したのだが……」
「その口振りからして何か問題でも生じたか」
「いや、問題というほどではない。ギルド職員の中に邪気を垂れ流している不審な男が紛れていてな、このような者が居ては王都の今後が不安だと感じたのだ」
それは大問題ではないのか?
「しかしメグミ殿が居ればその心配も不要というもの。頼りにしておりますぞ」
これは暗に何とかしろと言ってるのか? そうなのか? いや、放置はせんが。むしろ探す手間が省けたというもの。恐らくソイツがレマイオス帝国の手先だろう。
★★★★★
――で、冒険者ギルドにやって来たはいいが、問題の人物は少々難のある男だった。受付で件の男を尋ねると、ギルマスの部屋へと通され……
「なるほどな。それはイブルスだろう」
「何か心当たりが?」
「まあな。無断欠勤に仕事は雑、女性職員を口説いての冒険者とのトラブル、挙げ句には依頼者とのトラブルまで起こしてるんだよ」
なんだろうな、ポーカーでいうロイヤルストレートフラッシュに匹敵しそうな感じがするぞ。
「珍しくエルフの里から依頼が来たと思ったらなぁ。そんなんじゃ益々溝が深まっちまう」
「だったらクビにすればよかろう。そのようなろくでなし、百害あって一利なしではないか」
「そうもいかない。何せイブルスはあのクリエルフォート公爵の婿候補なのだからな」
クリエルフォート公爵とは、己の立場して若い男を囲いまくっているアラサーの女公爵だ。奴隷商から美男子を買い漁っているという噂もある。私の使い魔も目を付けられたらしく、無下に出来なくて困っておったな。
そのうち出鼻を挫いてやろうと思っていたのだ、今がその時かもしれん。
「悪いことは言わん。敵認定される前にイブルスのことはサッパリ忘れろ。お前さんは貴族でも男爵の娘という極めて低い立場だ。対して相手は公爵と来た。ハッキリ言って勝ち目はない」
普通はそうだ。私が抗議したところで鼻で笑われるのが落ちだろう。悲しきかな身分の差というやつよ。
「だがギルマスよ、解決したいのなら依頼すべきではないか?」
「依頼だと? 冒険者に頼めとでも?」
「いいや、私だよ。要するに相手より立場が上ならよいのだろう? ならば私にも考えがある」
「ま、まさか、王族にコネがあるとでも!?」
「フフ、詳しくは言えん。だが解決は出来る。確率は100%。どうする?」
「…………」
しばし考えた末、ギルマスが出した答えは……
「分かった。頼む。依頼する。他の報酬を削ってでも言い値で払おう!」
「止めろ! 私にヘイトが向くだろう!」
「なんなら俺の退職金もセットで付けよう!」
「その精神は立派だが早まり過ぎだ!」
それだとギルマスの老後は大変な事になりそうだがな。もっとも、イブルスとやらには牢後を憂いてもらう必要がありそうだが。
★★★★★
突然だが、貴族の邸と聞かれたら何を想像するだろうか。だだっ広い敷地、100人越えの使用人、豪華な展示品に煌びやかな家具、どれもが当てはまるだろう。
しかしだ、ものには限度という言葉が有り、邸を囲っている塀が全てミスリルというのはいかがなものかと私は問いたい。
庭にいたっては黄金色に輝く猫たちが気持ち良さげに日向ぼっこをしている。魔法で染めたのか? 動物愛護団体に見つかればたちまち炎上騒ぎとなるだろう。異世界で良かったなと言っておこうか。
更に屋内だが、絵画や宝剣といった美術品の数々がこれ見よがしに並べてあるのだ。いっそのこと美術館にしてしまえと言いたい。
「どうかなさいましたか、メグミさん? 先ほどからわたくしの全身を舐め回すように見ておられるようですが」
「これは失恋」
「あ"? 先週わたくしの婿候補の1人から婿入りの取り下げを受けたと知った上での発言で?」
「失恋改め失礼。ついでにごめんなさい。ガチで知りませんでした」
「今後気を付けるように」
「肝に命じます」
危ない危ない、マジで地雷を踏み抜くところだった。(←いや踏んでただろ)
さて、極めつけは婿候補を1人失ったらしいクリエルフォートご本人様だ。「美術品がなんぼのもんじゃい!」と言わんばかりに派手な衣装を身に纏っていらっしゃる。後何回か変身したら小林○子になるかもしれん。
「それでメグミさん。重要なお話というのはどのような事でしょう?」
「婿候補の1人であるイブルスについてです」
「イブルス? イブルスイブルス……」
「……って誰?」
いや覚えてねーんかい!
「クリエルフォート様の愛人に御座います」
「ああ、婿候補の――」
「――って、今愛人って言ったか? あ"?」
「空耳に御座います。愛のある人だと言ったのです」
「ならばよし。それで、イブルスがどうかなさいましたか? 言っておきますが、イケメンだから寄越せというのは無しですからね?」
う~む、あわよくば紹介してもらおうと思ったが無理か。まぁ私ほどの美顔の持ち主なら男に困ることはないだろうし、気にするほどでもないな。(←美少女で良かったな)
「そうは言いません。ですがそのイブルスがレマイオス帝国の手先であるならば状況は変わってきます」
「おやおや。わたくしのハーレム――じゃなかった、婿候補に向かってそのような狂言、断じて見過ごせません。ご自分が何を言っているのか理解されているのかしら?」
「もちろんです。イブルスは敵国の潜入者、これは揺るぎなき事実です」
「あくまでも発言を取り下げる気はないと。言っておきますが、本来ならばわたくしと貴女は簡単には面会出来ないほどの身分差が有るのです。ええ、忌々しいことに貴女が「出来立てホヤホヤのイケメンをお連れしました!」等と邸の前で叫ばなければ叶わなかったのです。ええ、なぜ誘惑に負けてしまったのかしら……」(←バカだろお前)
うむ、私としても上手く行き過ぎて怖いなと思っていたところだ。(←相手がバカで良かったな)
「しかし面会は叶いました。お陰で不要になるかと思ったのですが……」
ゴト……
「……これは?」
「通信用の水晶です。イブルスの処遇に関し、ある人物に協力を要請したのです」
今回のネックは身分。公爵からすれば私が一方的に難癖を付けているように見え、下手をすると社会的な立場を失いかねない。そうなればラーカスター家の存続が危ういのでな。それだけは阻止しなければならなかった。
そこで頼もしい助っ人の登場だ。
ブゥン!
「おや? 貴方は……」
『お初にお目にかかります。それがし、ペルニクス王国北方方面軍の指揮を任されているオライオンと申します』
「オライオン殿? ああ、確かレクサンド共和国の堅牢な砦を短期間で陥落させたという、あのオライオン将軍で?」
『左様に御座います』
そう、水晶に映っているのはレクサンド共和国を弱らせるために担ぎ上げた、あのオライオン隊長だ。
あの後王国からは【値千金の功績をもたらした】として、一気に将軍へと昇格したらしい。その後も定期的に助力してやったので、このオッサンには返し切れないほどの貸しを作ったことになる。
『さて公爵殿、メグミ殿より伝わったと思いまするが、そちらで囲われているイブルス。奴には怪しげな点がいくつも御座います。つきましては即刻処罰していただきたい』
「貴方まで! そもそもわたくしは公爵ですのよ? 将軍である貴方が命令できる相手では――」
『フッ、お忘れですかな? 今は戦時中であるということを』
「――あ!」
何かに気付いたクリエルフォートが、しまったといった感じで口元に手を当てた。
そう、ペルニクス王国では平常時と戦時中とで将軍の立場が大きく異なり、戦時中ならば全ての貴族家に対して命令できる権限を持つのだ。
用途の大半は物資を送れといった内容らしいが、今回はコレを利用させてもらう事にした。
『では宜しく頼みますぞ、クリエルフォート殿』
ブゥン!
「…………」
「そう落ち込まないで欲しい。女に失恋はつきものと申し――」
「じゃっかぁしぃ! 失恋ではありません!」
「ですがイブルスは手放す意外には……」
「分かっています。――誰か、イブルスをここに」パンパン!
何も知らないであろうイブルスが部屋へとやって来た。私を見て驚いた表情を見せるも直ぐに冷静さを取り繕い、公爵の前で片膝をつく。
「お呼びで御座いますか、我が主よ」
「残念だけどアンタはクビね。物理的に」
「はは、承知致しまし――」
「――は?」
「処刑よ処刑! アンタのせいで面倒な事になったじゃないの! レマイオス帝国の工作員だか何だか知らないけど、わたくしの足を引っ張るような真似は許さないわ! さっさと死んで詫びなさい!」
さぞかし悔しがると思ったのだが後がないと悟ったのか、ギロリと私を睨みつけ……
「チッ、どうやらバレてしまったようだな。ならば予定変更だ。この場で貴様らを葬り、国力を削いでやろう!」
立ち上がるのと同時に懐からナイフを取り出し、公爵の心臓目掛けて滑らせようとする。――が!
ガシッ!
「――なぁ!?」
「その速度で暗殺だと? バカめ、一般人に毛が生えた程度で私を出し抜けるとでも思うたか!」
ドスッ!
「ごふぅ!?」
鳩尾に一撃入れてやると、イブルスは痙攣しつつ壁に寄り掛かる。しばらくは動けないだろう。
「す……すす……」
ん?
「素晴らしい動きだったわメグミさん! 護衛の兵士でもあそこまで素早く動けないもの!」
「そ、それはどうも……」
「メグミさんがよければわたくしの妹にしてしまいたいくらいよ! ねぇメグミさん――」
「なりませんよ?」
「え~~~? まだ何も言ってないじゃない」
どうせ護衛をやれとかいう話だろう。私はまだ学園生活を楽しみたいのだ。護衛なんぞやってられるか。
「ならせめて第二王女の誕生日パーティーに一緒に出てちょうだい。それならいいでしょう?」
「まぁそれくらいなら」
思わず了承してしまったパーティーへの出席。それがまさか王女の口から爆弾発言がなされようとは、この時の私は夢にも思っていなかった。
キャラクター紹介
クリエルフォート
:ペルニクス王国では紅一点の女公爵。かなりの面食いで、使用人の大半は美少年。アラサーが目前に迫り、自分好みのイケメンを囲いまくっている。同姓には厳しい性格だが、命の恩人であるメグミに対してはデレデレな様子。
イブルス
:レマイオス帝国のイケメン工作員。王都の治安を乱すために色々と動いていた。王都周辺に多くの盗賊が集まったのもこの男の企てによるもの。
メグミに正体を見破られて口封じをしようとするも、呆気なく返り討ちに。クリエルフォートの婿候補から一転罪人として処刑された。




