メグミ、火傷する
「ふむ……」
逃げて行くメイドを尻目に、しばし思案する。尾行しているのがバレてしまえば復讐計画(←とても根に持つタイプ)が破綻してしまう。そこで魔王のスキルだ。追跡するのにうってつけのスキルがあれば……お?
「E・T・Rというスキルが便利そうだ。これをあのメイドに向けて――と」
音もなくメイドの背中に命中した何か。このスキルはイグリーシア何ちゃらレーダー(←イグリーシア・トラッキング・レーダーです!)という相手がどこに居ようと場所を特定できる大変便利なスキルだ。
後はあのメイド(←せっかくジャスミンって名前が分かったんだから名前で呼んだれ)が自宅まで案内してくれるだろう。
「さて、お礼参りは後にして、この辺りを探索してみるか」
まだ転生したてのホヤホヤだからな。どういった動物や植物が有るのかという点は大変興味深い。そうだな、例えば……
「5メートル程の高さに果実が成っているな。丸々としたピンク色で実に美味そうではないか。ちょうど小腹が空いてきたところだ。我が空きっ腹の糧としてやろう」
シュパッ!
魔王の力で果実の高さまで楽々ジャンプ。手刀で切り落とすと素早く回収した。
「おお、まるで少女から大人になったばかりのような初々しくもタワワな実り(←生々しいからやめい!)。このような美しい果実に毒があるとは到底思えん(←それフラグ)。どれ、一気に食してくれよう!」
カプッ!
「ウゲェェェェェェ!」
かっら! めっっっちゃくちゃ辛っ! この世の物とは到底思えぬ。思わず吐き出してしまったではないか!
「ええぃ、ふざけた果実め。貴様の正体を暴いてくれる! Eスキャン、発動!」
桃尻ハバネロ……見た目とは裏腹に、この世の物とは思えぬ辛さ。酔い覚ましや目覚まし等の薬に使用される事がある。余程のバカじゃない限り、そのまま食べようとは思わない。
「まったく、ふざけた果実め。美味そうな見た目で翻弄してくるとは卑怯な。これでは私がバカみたいではないか!(←みたいではなく、バカそのものなんやで)」
あ~、辛いものを摘まんだせいでイライラが止まらん。やはりあのメイドをボコってしまおうか? だが実家への報復が疎かになるしなぁ。
う~む、困った。手頃なサンドバッグが欲しいところだが。
「待てよ? そういえば……」
元々フランソワは魔物に追われていたはず。見た目からしてゴブリンだったと言えるだろう。なぜ奴らは来ない? 崖から落ちても回り道くらいはできそうなものだが。
「ーーーーァァァ!」
「!?」
遠くから悲鳴が? 間違いなく人のものだ。さてはゴブリン共め、別の獲物を見つけたな?
「浮気は許さんぞぉぉぉ!」(←他の言い回しが思い付かなかったらしい)
急ぎ声のした方向へ向かうと、急樹木に行く手を阻まれた馬車が横倒しになっているのを発見。その手前では貴族と思われる若い男女がゴブリン共に囲まれていた。
「なんたることだ、私兵を誘導に使ったのが仇となろうとは! ――申し訳ありませぬお嬢様、我が武運はどうやらここまで……」
「ジュリオ……」
悲壮感が漂う男女を見て舌なめずりをするゴブリンという図。まさか魔王である私が正義の味方として登場することになろうとはな。だが……
「フッ、これもまた一興。ゴブリン共よ、我が苛立ちのワイフとなるがいい!」(←要するにサンドバッグ)
ゴギッ!
「「「グゲゲゲッ!?」」」
素早く1体に近付き、首をへし折ってやった。あまりにも突然のことでゴブリン共は戸惑い、男女も男女でキョトンとしている。
「どうした、掛かってこないのなら――」
グチャ!
「――死ぬだけだぞ?」
最初の個体が落とした棍棒を拾い、さらに1体のゴブリンの頭上におもいっきり振り下ろす。動く間もなく頭部が潰れ、力なく前のめりに倒れた。
「ギャギャ!」
「グギィグギィ!」
「グゥゥゥゲゲッ!」
2体が殺られてようやく状況を理解したのか、ゴブリン共の標的が私へと変化。耳障りな声を上げて私を取り囲む。
瞬殺したというのにまだ刃向かう気か? やはりゴブリンは低能という事なのだろう。どれ、何を言っているのか聞いてやるとしよう。
「言語統一」
このスキルは動物や魔物の声を訳す事ができるのだ。
「ギィギィギィ!(コイツは強い、油断せずに囲め!)」
「グギャーーーッ!(小娘のくせによくも俺たちの仲間を!)」
「グゥググゥ!(パンツ脱げ!)」
だいたいは合ってると思うが最後のは何だ? まれに誤訳するのか?(←いいえ、ただの変態です)
どちらにしろ聞くに堪えん。この世から消し去ってくれよう。
「燃え尽きよ――ファイヤーボール!」
ドゴォォォォォォン!
フハハハハ! 見たか愚民どもよ、これが魔王の化身たるメグミ・タカスギの力で――
「ってぇ、あっつつつつ! 威力が強すぎて服に引火を――あっちぃぃぃぃぃぃ!」
残りのゴブリンはまとめて消し飛んだ。しかしその代償は大きく、私の可愛らしい服に焦げ模様が!
「あ、あのぉ、お水でしたら御座いますが……」
「オケ、早くプリーズ!」
「あ、ど、どうぞ!」
ありがたく水筒を受け取り、火傷した箇所に水をぶっかける。あ~水ぶくれになっちったよクソガッ!
「ふ~~~ぅ、助かったよお二方。もう少しで火傷したまま行動する羽目になるところだった。心より感謝する」
「「は、はぁ……」」
はて、何故に私はこの2人に礼を述べているのだろう? そもそも何をしようとして――ダメだ、詳しくは思い出せん。(←思考するのを放棄した模様)
「ところでだ。お二人は何故このような場所に? 魔王の化身たるメグミ・タカスギが聞き届けようではないか」
「ハッ!? そ、そうだ、こんなところでグズグズしてられない。アルス様、追手が来る前に祖国へ脱出を!」
「祖国とな?」
「はい、実は……」
ジュリオが語るには、後ろのアルスは燐国ペルニクス王国から拉致された貴族令嬢で、今まさに奪還作戦ナウらしい。
よく見れば私の次くらいには整った顔立ちをしているし、手込めにしようと画策されるのも頷ける。
「ふむ、それで……スマイリス家と言ったか? そこの魔の手から逃れようと足掻いているのだな」
「その通りです。今は別動隊が引き付けてくれているのですが、一刻も早く合流しないと脱出は絶望的に。そこでメグミ殿、度重なる手間をお掛けしますが、我々の脱出を手助け願えませんか? どうかこの通り!」
「お願いします!」
ジュリオに続いてアルスも頭を下げる。上流階級でありながらも圧倒的年下の娘に助力を求めるのは屈辱的なはず。
だが背に腹はかえられぬ。犬死にするよりは生き延びる道を選択した。フッ、その意思や良し。ならば協力してやらんでもな――」
「ありがとう御座います! 協力してくださるのですね!」
「大変助かります!」
おおぅしまった、つい口から出てしまったではないか! しかも2人の満面の笑みが凄いこと。これ断ったらアカン流れやん。まぁついでだしいいか。
「では合流地点まで急ごうではないか」
「はい! あ、そ、そういえば御者が……。クッ、肝心な事を失念していた!」
横倒しの馬車を一目してジュリオが頭を抱える。先の襲撃により御者のオッサンと馬が殺られてしまったらしい。
私1人ならひとっ飛びなのだがなぁ。さて、何か使えるスキルはないかと検索してみれば、ちょうど良いのがみ見つかった。
「いでよ、我に従いし無機質なる下僕よ!」
シュピィィィン!
「こ、これは……馬のゴーレム!?」
「メグミ様は召喚術までお使いになられるのですね!」
フフン、もっと誉めるがいい。私は誉められる事で成長するのだ。生前は運動神経の良さを祖父に誉めちぎられたため、体育だけは常に5を維持していたのだからな。(←分かったからさっさと出発しろ!)
「では行くとしよう。場所はどこだ?」
「ここから東に進んで――」
「しゃあ行くぞぉ!」
「「ヒィ!?」」
急加速した馬車に驚く2人を他所に、ゴーレムホースは新幹線並の安定感で疾走。途中から振動を感じないところに驚く2人ではあったが、間もなくして合流地点の峠に到着――と同時に別方向から喧騒が響いてきた。
「あれは正しく別動隊、もう追い付かれたというのか!」
「峠を下ればペルニクス王国は目の前ですのに……」
ふむ、このまま逃げ切れれば問題なかったのだがな。しかし……
「クククク、追い付かれては仕方がない。魔王の化身たるのメグミ・タカスギが敵を撃滅するとしよう」
「メグミ殿!」
「メグミ様!」
「フフ、なぁに、先ほどから少しばかり古傷(←火傷した手を擦りながら)が疼いてな、力を解放(←八つ当たり)せよと語りかけてくるのだ」
馬車を待機させ喧騒の真っ只中へと突っ込んで行く。そこでは甲冑を着込んだ者たちと軽装の冒険者風の男たちとで分かれて戦いが行われていた。
どちらが敵かは一目瞭然。後退しながら合流地点を目指している冒険者風の連中が別動隊だろう。
「フッ、待たせたな諸君。今から敵を――」
「もう少しで合流地点だ、誰かアルス様の姿を確認できないか!?」
「馬車が見える。既にご到着だ!」
「よし、合流したら一気に駆け抜けるぞ!」
「「「おぅ!」」」
誰も聞いちゃおらん……。(←少し悲しそう)
まぁよい。私の器は寛大だ。この器、武をもって示すとしよう。
「骨の髄まで凍りつけ、アイスバインド!」
ピキィィィィィィン!
地面に氷の根が張り、甲冑を着た連中の足元を拘束した。また引火してはかなわんからな。しばらくは火気厳禁だ。
「な、なんだこれは!? 足が動かんぞ!」
「マズイぞ、これは足止めだ!」
「クソッ、その小娘も敵か!」
フフフフ、バァ~カめが! たかが小娘と侮るからこうなるのだ。(←多分気付かれてなかったぞ)
「ここは私が引き受けよう。さぁ、今のうちに行くがよい」
「ど、どこのどなたかは存じぬが助かる!」
「良いってことよ。ああ、名を名乗ってなかったな。私の名前は――」
「今のうちに撤収だーーーっ!」
「「「おぅ!」」」
「――って最後まで聞かんかぃ!」
その後、アルスたち全員が引き上げた頃には、甲冑共の拘束もとかれていた。
「グヌヌヌ……まんまと逃げられたか」
「おい小娘、よくも邪魔してくれたな? 我らはスマイリス家の私兵、このままでは――ん? 貴様、よく見たらガラテイン家のフランソワではないか?」
おっと、フランソワを知っている者が紛れていたか。
「間違いない、フランソワだ」
「降臨祭で無能だと判明したあのフランソワか? 何だってこんなところに……」
理由は簡単。サンドバッグを探していた。そして見つかった。それだけだ。
「フッ、バレてしまっては仕方がない。私の存在を知る者は全て消し炭に――」
いや待て。コイツらはスマイリス家だったな? そしてフランソワはガラテイン家。フフ、面白い事を思い付いたぞ。
キャラクター紹介
アルス
:ペルニクス王国の貴族令嬢。レマイオス帝国のスマイリス家に拉致され監禁されていたが、自家の精鋭部隊によって救出される。
しかし逃走の途中で不運にもゴブリンの群に襲われてしまい絶体絶命――というタイミングでメグミが登場し、軽くゴブリンを蹴散らしたことにより無事本国へと逃げ延びた。
ジュリオ
:若干15歳という年齢ながらもアルスの専属護衛を任された少年。ゴブリンの群に包囲され自分の無力さに嘆いていたところをメグミの加勢により生還。以後メグミを特別視するようになった。
スキル紹介
E・T・R
:特殊な魔力を練り込んだシグナル弾を対象に撃ち込むことで、相手がどこに居るのかを探知するスキル。
音も痛みもなく対象に張り付くため、撃ち込まれた側はなかなか気付かない。
また、撃ち込まれた側が強力な魔力を放出すると、スキルが解除される可能性も。
Eスキャン
:イグリーシアに存在するあらゆる物を鑑定するスキル。普通の鑑定スキルとは違い、どんなに巧妙な偽装をも見抜いてしまう。このスキルの前に行われる嘘偽りは、徒労の末に無駄に終わるだろう。
言語統一
:言葉の通じない魔物や動物との対話を可能にしたスキル。