魔剣アゴレント
「面白い。魔剣ごときが魔王に楯突くというのなら受けて立つ以外にないだろう」
「プッ! 魔王だって~? どう見ても只の子供じゃん。お前みたいな奴、異世界で何て言われてるか知ってるか~? 中二病って言うんだゾ~!」
「ぐぬっ!」
おのれぇ、高校デビューに失敗してから毎日のように言われていたのを思い出したではないか。他人の傷口を抉るようなその言動、断じて許さぬ!(←そんなに気にしてたのか)
「貴様とて他人から見れば大して変わらないではないか! 堂々と魔剣を自称している頭の悪い子供にしか見えんわ!」
「何だと~? ボクは本物の魔剣なんだゾ~! そこまで言うなら実力で証明してやるからな~!」
ググググン!
プンスカと怒ったレンは真上に飛び上がると、持っていた剣を巨大化させた。全長で言えば5メートル超え、刃の厚さだけでも50㎝は有るように見える。
「一瞬にしてそこまで巨大化させられる魔力、魔剣の名に嘘偽りは無しか。例え高位の魔術師でもこのような芸当は出来ぬであろう」
「よく分かってるじゃないか。ボクの相手になるのはS以上の魔物がせいぜいさ。それ未満は眼中にないゾ。当然オ・マ・エ・も」
ほぅ、これはまた舐められたものだ。私の実力がSクラスを下回ると言いたいらしい。
「ま、魔物だ、魔物が出たぞーーーっ!」
「撃て撃て撃てーーーっ!」
上空にいたレンが敵兵に見つかり、矢と魔法の波状攻撃を受けてしまう。が、さすがは魔剣、何ともないという風に全て振り払い、ダメージを負った様子はない。
「あ~もぅうるさいなぁ、そんなに死にたきゃブッた切ってやるゾ、ジェノサイドスマッシャー!」
正にブッた切るという台詞に相応しい衝撃が地上へと放たれる。アレに触れれば重装備の鎧すら切り刻んでしまうだろう。
ズッッッバァァァァァァァァァァァァン!
「アハッ♪ 汚物は消去だ~! ――ってあれぇ? 1、2、3、4……半分くらい居なくなっちゃったぞ~? どこに消えたんだ~?」
そう、今しがた遭遇した敵兵は10人近くいたのだ。しかしレンが作ったクレーターの底には4人分の死体しかない。
フッ、まぁ私は知っているがね。
「慌てずともすぐに落ちてくる」
「落ちてくる~?」
不思議そうにレンが首を傾げる。その仕草が若干可愛いと思ってしまったが、すぐに雑念を振り払う。私はコイツに教えなければならないのだ、どちらが格上なのかをな。
ボスッ――ボスボスッ――ボスボスボスボスッ!
「――え?」
首を傾げたまま硬直するレン。何が起こったかというと、上空から敵兵が降ってきたのだ。何が起きたか理解できていないだろうし、親切丁寧に教えてやることに。
「お前の斬撃が着弾するまで暇があったのでな、咄嗟に何人かを放り投げたのだよ」
真上を指して真実を突きつける。僅かな間ではあったが、7人ほどの打ち上げに成功したのだ。
「だが安心してよいぞ? 数百メートルの高から落ちて助かる奴は居まい」
「そんな事はどうだっていいんだゾ、なんで邪魔をしたんだよ~!」
「フッ、証明するためさ――」
「――お前より――つ・よ・い・という事をな!」
強いという部分をわざと強調してやった。それが気に食わなかったようで、挑発に乗ったレンが怒り心頭に……
「ふっざけるな! もう怒ったゾ~、こうなったら最大級の技をお見舞いしてやるからな~! 死んでも後悔するなよ~、ゴッドオブインフェルノだ~~~!」
ドバァァァァァァァァァァァァン!
レンの持つ巨大剣が燃え盛る炎を帯びて地上へと振り下ろされた。先ほどのクレーターとは比べ物にならないほどの広範囲で地面が抉れ、砂利や土が焼け焦げているのが見てとれる。築かれたはずの陣は跡形もなく消滅し、周囲の草木はいまだに燃え続けていた。
「アハッ♪ どうだ、凄いだろ~? この技を受けて生き残った奴なんて、ドラゴン以外に居な――」
「フッ、それは過去の話だ。この私が残っている以上、お前の定石はたった今覆されたのだよ」
「――げぇぇ!?」
レンが目を見開いて驚く。クレーターの中央には無傷の私が立っているのだからな。いや、無傷というのも少々違うか。
「だが褒めてやろう。この魔王ルシフェルに傷を負わせたのはお前が初めてだ」
そう言って左手を見せてやった。あろうことか手首の先が焼け落ちていたのである。とは言え、真っ正面から受けなければこうはならなかっただろうが。
シュワ!
「ゲッ! コイツ、手を再生しやがった! もうバケモンじゃん」
「うっさいわボケ! お前とて魔剣が人に化けた姿であろう! さぁ、そんな事より続きだ。せいぜい私を満足させるだけの戦いを――」
「あ、ソレ、もういいや」
「――って何だとぅ!?」
「だって、今のボクじゃ到底敵わないもん。だからお前の勝ちでいいよ」
せっかくまともに戦える相手に出会ったと思ったのだがなぁ。本人が戦意喪失しているのなら詰め寄っても無駄か。
「ならば勝者として問おう。お前は何故あの学園に? お前ほどの実力ならば、どこでも生きていけるだろうに」
「それ、お前にも言えることだゾ~?」
「私は魔王ルシフェルの化身として過ごしているのだ。しかして一度ベールを脱げば、その正体は誰もが恐れる魔王となる。どうだ、カッコいいだろう?」
「だからそういうのを中二病って――」
ゴツン!
「痛いゾ~! 暴力反対だゾ~!」(←お前がそれを言うのか)
「以後中二病禁止な」(←やっぱり気にしてたらしい)
「よく分かんないけど痛いから言わないでおくゾ~」
「では身の上話を聞かせてもらおうか」
「そんなに知りたいなら聞かせてやるけどさ~、そもそも魔剣というのはな~――」
改めて聞くと魔剣というのは手にした者を洗脳し、邪気を魔力変換することで糧を獲るらしい。持ち主の邪気が多ければ多いほど獲られる魔力も期待できると。
邪気が無くなればまた別の者が手に取るように仕向け、これを繰り返すのがライフスタイルになっているとのことだ。
「――とまぁこんな感じだゾ~」
「で、今度のターゲットは学園の生徒だったと」
「それは違うゾ~。持ち主があの学園のことを調査していたから気になって潜入したんだゾ。あ、そういえば調査対象にお前の似顔絵もあったっけ? 名前は別人だったけどナ~」
ほぅ、そいつは気になるなぁ。もしかしなくても有力な情報が得られそうだ。
「レンよ、1つ頼まれてほしいのだが」
「ボクにできる事か~?」
「ああ、簡単なことだ。お前の持ち主と会わせてほしい」
「そんな事でいいのか~? お安いご用だゾ~」
もしかしたら持ち主とは永遠の別れになるかもしれないがな。そうなった新たな宿主くらいは探してやろう。
★★★★★
でもってやって来たのはペルニクス王国の王都で、日が落ちてきたところで、とある邸を訪ねた。
「む? そこに居るのは誰――」
「ブヒブヒ♪」
「――ってなんだ、子ブタかよ」
見張りを無難にやり過ごし、庭先から邸へと侵入する。この邸で執事をしているのがレンの持ち主らしいので、是非とも話したいと思ったのだ。
「もう大丈夫だゾ~」
「大丈夫だぞ~ではない。何ださっきのは? 野生の子ブタが夜の街に現れるかバカ者め」
「でも誤魔化せたゾ~」
「見張りがお前と同レベルだっただけだ。それより執事の部屋はどこだ? さっさと案内いたせ」
「人使いが荒いゾ~、ブーブー」
文句を言うレンを片手に気配を消して階段を上る。そう、今のレンは魔剣の状態にあり、外から戻った後はしれっと壁に掛けられているのだと言う。それで気付かない持ち主もどうかと思うのだがな。工作員も案外抜けているのかもしれん。
ギィィ……
「ここが持ち主の部屋だゾ~。今はいないみたいだし、そこの壁に掛けといてくれ~」
ご立派な絵画の隣にレンを掛け、部屋の隅で待機する。
「しかし暇だ、いつになったら現れるのだ?」
「ボクが知るはずないだろ~。そんなに暇なら探しに行けばいいじゃんか~」
「それはダメだ」
アクマでもレンの持ち主が狙いなのだ、それ以外と遭遇するのは好ましくない。
「やれやれ、さすがに退屈だ。ここは1つ、新たなスキルを試してみるか、――雑多風景!」
全身から魔力を放出させ、変化したいものを強くイメージする。すると間もなく、レンとよく似た禍々しい魔剣へと姿を変えた。
「隣、失礼するぞっと」
「すっげ~、お前すっげ~よ、人間が魔剣になるなんて聞いたことないゾ!」
「フッ、当然だ。何故なら私は魔王ルシフェル、姿を偽るなど造作もないのだからな」
これは背景に溶け込むためのスキルで、存在感もかなり薄くなる。故にレンの持ち主が戻って来ても、私に気付く可能性は低いだろう。
「それにしてもボクにそっくりじゃないか~。もっと工夫しろよナ~」
「お前を真似たらこうなったのだ、言うなればお前のせいなのだぞ」
ペチッ!
「いてっ! 叩くことないだロ~」
ベチッ!
「アウチ! おのれぇ、魔剣のくせに生意気な~」
ベシッ!
「いってぇ! やりやがったなこの~!」
ベチン!
「イッタァ! 剣の姿だと殴り難いではないか!」
バチン!
「だからイテェよ! 殴り難いなら殴りるな!」
バゴッ!
「貴様、本気で殴りに来よったな!? 天誅だ!」
ボグッ!
「いってぇぇぇ!? ――このこのこのぉ!」
「無駄だ、オラオラオラオラオラオラァ!」
「先に手を出したのはお前なんだゾ!」
「うるさい! 魔王に逆らったらどうなるか――」
バタン!
「何者だ! ここに侵入したのなら相応のもてなしをしたなければなら――ん? 誰もいない?」
持ち主の男が戻ってきたか、危ない危ない。
「話し声が聴こえた気がするが気のせいだったか。潜入している身であるが故に神経質になっているのかもしれんな。ペルニクス王国はもちろん、この邸の当主も私の正体には気付いていないはず。これまで通り執事の仕事を全うすればよい」
聞くまでもなく答えてくれたか。レマイオス帝国の前特隊とかいう奴が言っていた潜入した3人。その内の1人はコイツに違いない。
「フッ、果たしてそう上手く行くかな?」
「!? ――だ、誰だ、どこにいる!?」
慌てふためく男。まさか剣に姿を変えてるとも思わず、必死になって部屋中を見渡している。
ふむ、これはこれで面白い。先ほどまで退屈な時を過ごしたのだ、しばし遊び相手になってもらおう。
「どこを見ておる? まさかレマイオス帝国の工作員ともあろう者が、敵の姿を視認できないとはな」
「なっ!? クッ……」
男の焦りが大きくなる。見えない相手の私から敵であると告げたのだ、いつどこから襲われるのかという恐怖を味わっているのだろう。
「チッ!」
男が回れ右をして扉から出ようとした。身の安全を優先したのだろう。しかし甘い!
ガツッ!
「あ、開かない!?」
扉に魔力を込めることで、その魔力量を上回らない限り動かせないよう細工した。男の魔力なんぞ知れたもの。到底動かす事は叶わん。
「さて、お前には10分くれてやろう。その間に他の潜入者の情報を吐くがよい――」
「――ズーファンよ」
「…………」
Eスキャンで見た名前を告げると戦意を喪失したらしく、扉から出るのを諦めた様子。するとやはり身の安全のためか、他の潜入者の名前を上げてきた。
「他の潜入者は1名だ。王都にある冒険者ギルドの職員として潜入している」
「それで誤魔化せたつもりか? 少なくとももう1人いるはずだろう?」
「何を言っている? 私は知らん」
ほほぅ、もう1人は隠し通すつもりか。それならそれでいいが、そうなるとコイツは用無しとなるな。
「まぁよい、尋問は終わりだ」
シュイン!
「!? そ、それがお前の姿……なのか?」
「そうだが? 驚くほどの事ではあるまい」
変身を解いて金髪少女の姿に戻ると、男は目を見開いて驚く。まぁ容姿端麗だからな、見とれるのも無理はないか。フッ、我ながら罪深き魔王よ。(←幸せそうだなぁ)
スチャ……
「そんな事よりほれ、コイツを握ってみろ」
「……え?」
男に差し出したのは魔剣アゴレントことレンだ。当然だが戦うためではない。暴走させるのが目的だ。
しかし、男にとっては降って沸いたチャンスなのだろう。訝しげな顔を向けながらも剣を取ると、即座に斬りかかってきた。
「バカめ、武器を寄越すとはとんだ愚行をしたものだなぁ!? お前さえ消えれば――うぐっ!?」
透かさず始まった異変。男の身体をレンが支配しようとしているのだ。
「お、おお……お"お"お"お"…………なぁんてね、アハッ♪」
「男の見た目でその喋り方はやめろ」
「ブーブー! いいもんね~、ここからはボクのターン♪ 好き勝手に暴れてやるもんネ~」
「それはいいが人は殺すなよ?」
「大丈夫大丈夫~、軽傷だけで済ませてやるヨ~」
そして暴れだす魔剣アゴレント。そこに男の意思はなく、目についたものをひたすら叩き壊していく姿が写るのみ。
「な、何事だ!?」
「分かりません! 突然執事が半狂乱になり、暴れ始めたのです!」
「ええぃ、さっさと取り押さえろ! ったく、やはりよそ者を雇うべきではなかったわぃ!」
住人にケガを負わせつつも抑え込まれる男。剣を叩き落とされたところを素早く回収すると、ソッと邸を後にした。もうあの男に助かる見込みはない。剣を持って暴れたのだから、人知れず処理されることだろう。
★★★★★
「そんな訳で連れてきた。護衛に役立つと思うから置いてやってほしい」
「宜しく頼むゾ~」
「「はぁ……」」
レンの理想とする邪気を持つ者なんぞ簡単には見つからないからな。しばらく面倒を見ることにしたのだ。何事も防犯は大丈夫なのでな。フッ……。




