救援
「ほらそこ、もっと力を込めないと斬れるものも斬れん。もっと勢いよく振りかぶれ!」
「は、はい!」
「そっちは力み過ぎだ。そんな使い方じゃすぐに壊れちまう。戦場で武器を失うのは牙をもがれた狼と同じ、粗末に扱うなよ!」
「オ、オス!」
今日は武器を使ったトレーニングの日だ。外に出て各々が武器を振るい、それを見てマキシマムが個別指導している。
「私の武器は杖なんだよね。これだと殺傷能力が低いから牽制にしかならないと思うんだけれど、魔法は使っちゃダメだって言われたよ」
「武器がメインのトレーニングだからな。ほれ、もっと頑張れグレシーよ」
「む~ぅ、そういうメグちゃんのソレは何なの? ハッキリ言ってインチキじゃん!」
グレシーが頬を膨らませて抗議してくる。
それもそのはず私の方は剣が1人でに動き、斬る・払う・突くといった動作を繰り返しているのだ。
「これも魔王のスキルだ。血を分けし相棒といってな、私の血を垂らして魔力を注入することで思い通りに操れるのだよ。便利であろう?」
「もう訳が分からないよ……」
ふむ、グレシーには少々難しかったか。(←大半の者には難しいと思われ……)
しかし、これこそが有意義な時間の使い方というやつで、その間私は地面に寝転がって読書タイム。うむ、完璧ではないか。
「あ、そうだ! 私の杖も同じように動かしてよ。メグちゃんなら楽勝でしょ?」
「それだとグレシーのためにならんから却下」
「むむむむむ……せんせ~い、メグちゃんがズルしてま~す!」
「あ、こらグレシー!」
そして呼んでもいないのに(←呼んだのはグレシーな?)マキシマムが登場。
「メグミ、何なんだそのパフォーマンスは? ちゃんとトレーニングをしろ~! 言う通りにしないと特別指導するぞ~?」
「ふぅやれやれ。そこまで言うなら相手をしてやろう」
「よぉし、よく言った! ならばさっさと立ち上がって――」
バチッ!
「いってぇぇぇぇぇぇ!?」
私が直接相手をする訳ではない。血を分けし相棒を掛けた物に念話を飛ばせばよいのだからな。さすれば剣が相手をしてくれるという訳だ。
「ほれどうした、剣は止まってはくれぬぞ?」
「ええぃ、クソガァァァ!」
こうして1人でに動く剣とマキシマムの死闘が始まった。なぁに、刃は潰してあるから問題はないだろう。せいぜい魔力が切れるまで頑張ってくれ。
「なんやメグミ、面白そうなことしとるやんか」
「サトルか。さてはお前もサボりだな?」
「もって何やねん。他と違ってワイの場合はオーバーワークをせんのや。何事もマイペースやで」
相変わらず口の達者な奴だ。よし、次にマキシマムに言われたらコレを理由にするとしよう。
「あ、そういや聞いたか? 東のルバート王国を追い詰めとったら、北のレクサンド共和国に横から掠め取られたって話なんやが」
「ああ、聞いたとも。何とも惜しいことをしたものだな」
ペルニクス王国軍はルバート王国の王都まで迫っていた。連戦により兵も消耗していたが連勝続きで士気は高め。一気に攻めるか再編成するかでグダグダと揉めている間にレクサンド共和国が参戦。一気にルバート王国を攻め落としてしまったという。
「そらもう王族貴族も大激怒っちゅう感じで即座にレクサンド共和国へ宣戦布告よ。クレセント学園にも出撃要請がきたらしくてな、卒業が確定しているSクラスの連中も前線に送り込まれるそうやで」
冷静さを欠いているな。この学園の三年でさえまだ15歳だ。それを前線に送るだと? それこそ自らの手で未来を潰し兼ねない愚行――
――いや、そうか。レマイオス帝国の工作員が暗躍しているのか。王都攻めをグダらせたのも奴らの影響だと。それなら合点がいく。
「で、メグミはんはどないするんや?」
「何をだ?」
「そんなん決まってますやん、今ならレクサンド共和国をメッタメタにしてもお咎めなしや。好き放題できるっちゅ~話やがな」
「それも楽しそうだが(←止めても無駄なんだろうな……)、今回は成り行きを見守ることにする。何より私は読書中だ。無駄な労力を使わさないでくれたまえ」
そう言いいつつ読書を進める。どうも転生者が書き下ろした物らしく、実にリアルで面白いと感じてすっかりハマってしまったのだ。
「あんな夢中に何を読んでるんだろうね?」
「タイトルに【異世界転生スローライフ】って書かれてるで? スローライフを満喫している気分なんちゃうか?」
「メグちゃんって意外と単純思考なんだね……」
「本能に忠実なんやろな~」
「こらそこ、聴こえてるぞ? 私のやることに余計な口出しは――」
ピンポンパンポ~~~ン♪
『生徒の呼び出しです。Dクラスのメグミさん、Dクラスのメグミさん、至急学長室まで来て下さい』
む、呼び出しだと? 何ぞ問題行為を起こしたつもりはないが(←少なくともこの学園ではな)。
「おお、この美しくも煌びやかで上品な声は、正しく愛しのリーリス先生! これは担任として同行しなくては!」
『尚、担任の付き添いは不要です。メグミさん1人で来てください』
「そんな! どうしてですかリーリス先生! 貴女には俺が必要――」
バチ~~~ン!
「いっでぇぇぇ! こんのぉ……剣のくせに生意気なーーーっ!」
さて、マキシマムもこんな感じだし、1人で向かうことにしよう。このタイミングで呼ばれたのも気になるしな。
そう思って学長室まで来たのだが……
「リーリスだけか」
「ええ、学園長は留守にしてるから、その間は私が任されているの。これでも学園長に次ぐ権限を持っているのよ?」
「なるほど。で、呼び出しの理由はなんだ? これでも忙しいのだがな」
「忙しいって……その本を読むのがそんなに大事? さっきから必死に読んでいるわね。せめて会話中くらいは中断して欲しいのだけれど」
「どうせ私にも戦場に向かえとか言うつもりであろう? 聞く価値もないな」
「し、辛辣ね……。実際その通りなんだけれども」
フン、思った通りだ。リーリスも私の実力に気付いたようで、マキシマムが知らないところではチョクチョク話しかけられたりしていたのだ。
そして今回の要望は学園生徒を無事帰還させること。私なら可能だと思ったのだろう。
「やるのは簡単だ。私と同等の存在でもない限り、失敗は有り得んだろう」
「じゃあ――」
「しかしメリットがない。タダ働きは御免被りたいところだ」
「メリット――ねぇ……。うん、ならこういうのはどうかしら。聞いた話だと貴女、新しい部活を始めたいのよね? 部活の新設には顧問が必要となるのだけれど、学園長以外は5人しか教師がいない。つまり外から連れてくる必要があるのよ。私だったら伝を使って紹介する事ができるのだけれど」
そうきたか。ペルニクス王国に亡命して3年経つが、人脈には疎い部分がある。何よりラーカスター家は男爵家であるため、貴族界に置いても立場が弱いのだ。男爵の娘の話をまともに聞く奴がどれほど居るのか。居たとしても平民だけだろう。
「分かった、それでいい」
「ありがとう。手塩にかけた生徒を失うのは教師としても辛いのよ。強いとは言え、あの子たちの大半は他人を殺した事などないんだもの。実戦で発揮される力は限られているわ。だからお願いね、魔王ルシフェルさん」
ほぅ、私の正体にも気付いていたか(←お前さん、普段から豪語しとるだろ)。ならば魔王ルシフェルの力、存分に発揮してくれようぞ。
★★★★★
シュルルルル…………ドォォォン!
「クッ! 敵魔力部隊、依然として勢いが衰えず、このままでは押し負けます!」
「敵の勢いが強すぎる! 後方に控えている第5、第6部隊と合流し、防衛ラインを下げるのだ!」
「ですが隊長、援軍に来ていた学園生徒を陣に残したままです!」
「そんなものは放っておけ! ここで総崩れになるわけにはいかん、むしろ囮に使えれば御の字だ!」
「しょ、承知しました!」
気配を消し、上空から見下ろしていた私には誰も気付かず軍隊は去っていった。これまでSクラスの連中とは同行せず、遠巻きに観察していたのだが……
「やはりこうなったか。口では強いと説明されても未成年者を過信する兵士は現場にはいない。都合の良いように使い捨てられるのがオチというやつだな」
去っていく兵士がコメ粒サイズになったところで、放棄された陣へと目を向ける。残された生徒たちはオロオロするばかりで正常な判断ができてはいない。
「ど、どうして本隊は引き上げていくの?」
「そんなの知らねぇよ、何かの作戦なんじゃないのか?」
「だとしても変だよ、何も伝えずに行っちゃうなんて」
「じゃ、じゃあ私たちも付いてった方がいいよね? いいんだよね?」
「けれど本隊からは陣で待機だって言われてるじゃないか、勝手に動くのは――」
シュルルルル…………ドォォォン!
「うわぁ!? 陣のすぐ近くに着弾したぁ!」
「な、何なのよあの魔法! 私たちを殺す気なの!?」
「ったりめぇだろ!? 奴らとは戦争してんだからよぉ!」
「早く逃げよう、ここに居たら危険だよ!」
「だ、だけど本隊からは動くなって命令が……」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ! 死んだら何にもならないじゃ――」
シュルルルル…………ドォォォン!
「「「うひぃぃぃ!?」」」
正に大混乱だ。僅か10人程度の生徒が陣の中を右往左往。このままだと誰一人として助かる見込みはない。
敵部隊もすぐ側まで来たか、万事休すだな。陣を見た敵兵も勝利を確信するだろう。
「――が、戦いは最後まで分からんのだよ。祖父は言った、勝負は下駄を履くまで分からないと。ならば私が下駄となろう、鋭くも重みのある鉄下駄とな」
シュタ!
「え……空から女の……子?」
「なになに? 今度は誰なの!?」
「おいお前、いったい何処から――」
あ~メンドくさ! コイツらは学園に帰しておこう。上手く前線から逃れたものとしてな。
「座標送還」パチン!
「「「うわぁ!?」」」
シュン!
魔王のスキルで学園の入口前に送ってやった。しばらくして助かったと自覚するだろう。
「さて、邪魔者は居なくなったな。これで心置きなく――」
「ふぁ~~~あ、よ~く寝た~~~!」
おっと、まだ1人残っておったか。しかも春先なのに薄着な女子?
それに赤と紫とオレンジが入り雑じったような独特なショートカットヘアー。目が痛くなりそうだ。
「アレ? 他の連中は? それにお前、見ない顔だな~。もしかして戦場に迷い込んだのか?」
「んなわけあるか。私も学園から送り込まれたのだよ、お前たちを助けて欲しいと言われてな」
「そうなの? どうでもいいけどボクの邪魔はするなよな~。敵はぜ~んぶボクの獲物なんだからさ!」
ゴォッ!
「この魔力は!」
「アハッ♪ 驚いた? 魔剣の魔力は底無しだからな~、そこらの雑魚に殺られたりはしないって」
魔剣だと? そうか、コイツは魔剣が擬人化した姿なのだ。見た目こそ幼い少女だが、その中身は恐ろしいほどの魔力を蓄えた魔剣。現に手にしている剣からも禍々しい波動を感じるし、魔剣であるのは間違いないだろう。
「そこに居るのは敵か!? ――ってなぁんだ、只のガキじゃないか」
とうとうここまで来たか。
ドズン!
「ぐほぉ!? ……お、おぉ……」
「残念だが只のガキではないな。私の名はメグミ、混沌の世に蘇りし――」
「お~い、ソイツもう死んでるゾ~?」
おっといかん、軽く腹パンしたつもりが臓器を潰していたらしい。
「というかお前、他人のものを勝手に取っちゃいけないんだゾ~! アイツらはボクの獲物なんだからな~!」
「生意気な奴め、いつからお前のものになったよ! ふざけた事を言ってるとお前から血祭りに上げてくれようぞ!」
「アハッ♪ いいねソレ~! お前――メグミって言ったっけ? 最近は強い奴との出会いが少なかったからさ~、久しぶりに本気出そっかな~」
大した自信だ。自分が負けることなど考えもつかないらしい。
「ここだ! 生き残りが居るぞーーーっ!」
「かかれーーーーっ! 一気に落とすぞぉ!」
「「うるさい!」」
「「「ゲハァ!」」」
少々邪魔者が多いが仕方ない、障害物だと思って我慢するか。
「じゃあ改めてっと。ボクの名前はレン、魔剣アゴレントのレンだよ。どっちが格上か勝負してやろうじゃん!」
スキル紹介
血を分けし相棒【クラウンアシスタント】
:自身の魔力をものに分け与えることで簡易敵な使い魔にするスキル。与える魔力が多いほど強力。魔力が切れると元の状態へと戻り、燃やされたり蒸発させられたりすることで使い魔状態から解放される。アンデッドやゴーレムを含む生物全般には通用しない。




