女神の介入
魔王カタストロフによるまさかの発言。ゴトーは意図的に転生者として送り込んだというのだ。
「ゴトー、いつからだ、いつから気付いていた!?」
「……カタストロフが覚醒した直後……でしょうか。様々な情報がノイズとして送り込まれて来たのです。その中の1つにカタストロフが俺に施した術も存在しました。そして奴が俺を誕生させた本人であることも」
ゴトーが終始落ち着かない理由がようやく分かった。何も言わなかったのは私へと気遣いか? 水臭い奴め。
「ゴトーよ、どんな過去であろうとお前は私の眷属だ。カタストロフの息子ではない、私の眷属なのだ!」
「ルシフェル様……」
だが私の叫び声にもカタストロフは失笑して見せた。
『フッ、知らぬが仏とはこの事だな。過去の転生者が残したことわざだ。お前たちも知っているだろう?』
「黙れ! もういいレッド、このふざけた投影を消し去ってしまえ!」
「落ち着けメグミ、そんな事をしても意味はない」
「クッ……」
絶対に勝てない上にゴトーまで私から奪おうというのか? そんなことが許されるはずがない!
「おのれカタストロフ!」
『フハハハハハ! 今までご苦労だったな魔王ルシフェル。お陰で貴重な手駒が加わったよ。ではゴトー、イグリーシア征服の前祝いだ、お前の能力をアップデートしてやろう――受け取るがいい!』
ズゥン!
「うぐっ!? おぉぉぉ……」
「ゴトー!? ――貴様ぁ、ゴトーに何をした!?」
『なぁに、只のバージョンアップだよ。情報量が多くて少しばかり混乱しているだけさ。普通の人間なら発狂死しているだろうが、ゴトーなら耐えられるレベルだよ。完了すれば更なる力を得られよう。魔王ダイダロスさえも凌ぐ力をね』
ダイダロスを凌ぐ力だと? 確かにゴトーからかつてない膨大な魔力を感じる。
『ふむ、完了したようだ。どうだ気分は?』
「……凄まじい力だ。これが自分だと思うと怖くなる……」
『ハハハハ! 桁違いな力を得て逆に恐怖するか。面白い、実に面白いぞゴトー。その戸惑う仕草こそ人間そのもの。人工物だったお前が人間になれた確たる証拠。私の研究は今ここに完結した!』
奴の言っていることに間違いはない。今やゴトーは私をも上回る存在となってしまったのだ。
『……だが感動している暇はない。今からお前には魔王カタストロフとして天界を制圧してもらうのだからね』
ゴトーをカタストロフに? そんな暴挙は私が許さん!
「勝手なことを言うな! ゴトーは私の眷属であり、断じて貴様のものではない!」
バシュゥゥゥ!
怒りに任せてスクリーンの1つを叩き割る。――が、すぐに何事もなかったかのように復元され、中に映るカタストロフが肩を竦めた。
『無駄だと言ったはずなんだけれどね。まぁいいさ、そんなに遊びたければ好きなだけ暴れるといい。どうせこの施設は廃棄して、天界に居を構えるつもりだからね』
「バカな。そのような暴挙を神が見過ごすはずがない。例えゴトーの力であっても天界が落ちるとは考えられんな」
『それはそうだ。バカ正直に手を出せば返り討ちは確実。神の力で私は消し去られ、永遠に甦ることもなくなるだろう。だが……クククク、既に手は打ってあるのだよ』
まだ隠し球が有るというのか。
『憎き転生者ではあったが奴が作り上げたアイリーンは実に見事。隠れ蓑としては充分過ぎるほど優秀だった』
「アイリーンを作ったのは優秀かもしれんが、それと貴様とどう関係がある?」
『アイリーンのダンジョンコアにも私の思念を練り込ませたのさ。それに千年の研究により天界の座標は明らかになっているのでね、ダンジョンコアと天界を繋ぐだけなら容易だったのだよ』
ダンジョンコアと天界……まさか!
「アイリーンのスタンピードは貴様が引き起こしたのか!」
『そうとも。手順はこうだ。まずは僅かな思念を天界へと送りみ座標をマーキングし、いつでも転移可能にする。しかし放って置けば神の妨害により消去されるのは明らか。そこでダンジョンコアにもマーキングを施し、天界の座標と結びつけた。これで細工は完了し、後は天界で胡座をかいている神共を煽るだけ。見事挑発に乗ったバカな神たちはマーキングしたポイントを発見し攻撃を加えた。これがダンジョンコアを刺激する結果となり、スタンピードが始まったのさ』
「クッ……」
なんという事だ、最初からカタストロフに踊らされていたとは。
『今ごろ天界とアイリーンとで無駄な綱引きに勤しんでいる事だろうさ。自分たちが踊らされていると知りもせずにね』
まさか神をも手玉に取るとはな。これは参ったと言うべきか?
否だ! 今のカタストロフは油断しきっている。そこに勝機が有ると見た!
――が、カタストロフの口から驚愕の事実を告げられる。
『言っておくが女神に念話で伝えようとしても無駄だぞ? 天界の転移座標に留めた思念が念話を阻害するからね』
念話も遮断された!?
「…………クゥ!」
試したがやはり繋がらん。これでは打てる手立てがない!
『ではゴトー、そろそろ行こうか。今のお前なら神にも匹敵するはず』
「待てぃ! 勝手な真似は許さんぞ!」
『既に魔力を感知しただろうに、まだ刃向かうつもりか。ゴトー、少しでよい。お前の力を見せてやれ』
「…………」
ゴォッッッッッッ!
「ぐおぉぉぉ!? ま、魔力を開放しただけでこれほどの波動を!」
「わ、わたくしともあろう者が、立っているだけでやっとだなんて!」
「バカな、最終兵器とも言われたファイナルガルツギアだぞ!? それを身に付けているはずの我が圧倒されるというのか!」
まるで人外だ。いや、これまでも常人離れをしているところを幾度となく見た。しかし今回のこれはまさに別次元。神の領域と言っても過言ではないだろう。
『どうだ、さすがに理解したかな? 今のお前たちに出来ることは我々が神になるところを眺めるのみなのさ。では行くぞ、私の可愛い息子よ』
「……ま……て……」
何とか振り絞って出した声にゴトーが振り向く。そして……
「ルシフェル様……」
『別れの挨拶か? 手短にね』
「いえ、行きましょう」
カタストロフとゴトーが目の前から消えた瞬間、凄まじい魔力によるプレッシャーから解放された。
「メグミ、どうするのです? このままではゴトーは……」
「大丈夫だ。何としてでも連れ帰る!」
行き先は分かっているのだ、そこでカタストロフともケリをつける!
★★★★★
長きに渡る研究の成果が表れ、ようやく今日という日を迎えられた。千年――いやそれ以上の年月をこのカタストロフは費やしたのだよ。
『後は天界を抑えるのみ。天界さえ落としてしまえばイグリーシアは我らのものとなる。ゴトー、お前は人間でありながら神を打倒する事になる。気分はどうだ?』
「いえ……特には」
反応はいまいちか。つまらん男に育ったものだ。いや、だからこそ人間らしいとも言えるのか? フフ、悩ましいね。
「カタストロフ、天界にはどのくらいで着く?」
『なんだ、気持ちが先走っているのか? 今使用している亜空回路は時間がネジ曲がっているからね、一時間少々かかるかな?』
まったく、天界に向かうだけでも一苦労だよ。思念だけなら転移させて終わりなんだけれど、今回は生身のゴトーが居るからね。こうした手間が掛かるのさ。
そして神が行き来するには時間を要さないとか、いかに神だけが優遇されているかって話だね。
それについても研究を進めているし、解明するのも時間の問題かな。
ズゥゥゥン
『な、何だ、時間経過が急激に鈍くなっていく!』
私の計算に狂いはない。座標も間違いないとなれば……外部からの干渉!?
『神か、神の仕業か!』
私が叫ぶと、待ってましたとばかりに忌々しい女神が姿を現す。
シュン!
「そこまでです、魔王カタストロフ。オルド様に代わり、このラフィーネが裁きを言い渡します」
『なぁっ!?』
おかしい、天界では蜂の巣をつついたような大騒動が起こっているはず。私に干渉している余裕はないはずでは!
「ああ、あの騒動ですか。それならとっくに解決しましたよ? 他ならぬゴトーのお陰です」
『何だと!?』
ゴトーは涼しい顔でラフィーネに同調するように頷く。迂闊だった。今のゴトーならば私に悟られずに直接女神と交信する事もできる。
『き、きさま……生みの親であるこの私を裏切ったのか!』
「生みの親だと? 確かに最初はそうだったのかもな。だが生まれ変わった時点で貴様との縁は切れている。ここまで来れたのが貴様のお陰? バカを言うな、俺は俺の意思でここまで来た。イグリーシアに転生した俺を迎え入れたのは他ならぬルシフェル様。俺は最後までルシフェル様に尽くす!」
クゥゥ……なんという欠陥品か。人間味が強すぎたせいで私を軽んじてしまうとは!
「ゴトーの念話によりお前という思念が亜空回路にいると知りました。主体となる思念をここに封じれば、お前は半永久的にここから出れなくなる。さすれば地上に散りばめられた思念区域も自ずと消滅するでしょう」
そうだ、今の亜空間は時間の流れが極限まで遅くなっている。女神が空間圧縮を行ったのだろう。自力で脱出するのは一万――いや一億年は掛かる!
「それでは裁きの時間です。魔王カタストロフ、お前にはイグリーシアからの完全追放を言い渡す。フッ、一億年耐え抜いたら会いましょう」
『おのれぇ……イグリーシアの疫病神めぇぇぇぇぇぇ!』
「褒め言葉として受け取っておきます。さぁゴトー、ルシフェルの元へ帰して差し上げます。ついていらっしゃい」
『ゴトー!』
私の叫びにピクリと肩を動かす。
「…………」
『ゴトーォォォォォォ!』
しかし振り向くことはなく、女神と共に消え去ってしまった。
★★★★★
あれから数日。ザルキールのラーカスター邸で待機していると、女神に連れられたゴトーが降臨した。ラフィーネとかいう女神は何も言わずに去って行き、残ったゴトーは事の顛末を語り始めた。
「――という次第で、これにて最終報告を終わりま――」
ボグッ!
「ルシフェル様、なぜ殴るのでしょう?」
「私を心配させた罰だ。甘んじて受け入れろ」
「承知しました謹んでお受けしま――」
ボグッ!
「ルシフェル様?」
「淡々と受け入れるなバカモンが」(←理不尽すぎ)
無事に帰って来たから良いものの、もしもが過って気が気じゃなかったのだ。
カタストロフと共に天界へ向かった時もそうだ。無言でサムズアップしてから立ち去ったくらいにして、何を意図していたのかサッパリ分からんっちゅうの!
「ああ、あのサムズアップですか? どうぞご安心くださいという意味で――」
ボグッ!
「何とでも言えるわバカモンがぁ!」
というか何がご安心くださいだ。あの状況で安心できる者がいたとしたら、そいつの心臓はオリハルコン製に違いない。
「あ、あのねメグちゃん、ゴトーくんのこと、あんまりバカスカ殴ってほしくないなぁ~って……」
「ちょっとだけグレシーに賛成。ゴトーってば顔が変形しても動じないから逆に怖いんですよぉ」
「ほら、フェイちゃんもこう言ってることだし……」
「む……まぁ、そこまで言うのなら」
このくらいで勘弁してやろうと思った私が死ぬほど後悔したくなる一言をゴトーが言い放ってきた。
「ルシフェル様、先ほどから随分とイラついているようですが、もしやあの日では――」
ドゴォォォォォォ!
「むぉ!? しまった、加減を誤って天井を突き抜けてしまったぞ」
「今のはゴトーが悪いです。うんうん!」
「さすがに私もフォローできないなぁ」
ったくカタストロフめ、どうせアップデートするなら一般常識を改めろっつうの!
ピクッ……
む? この反応は……
「はぁ……。ここまでしつこいと逆に感心するな。アレでケリがついたと思ったのだが余程納得できなかったらしい。失った肉体が恋しくなったのか、はたまた私に対する復讐心が勝ったのか」
「メ、メグちゃん、いったい何を?」
「奴が付いてきたらしい」
だが潜伏せずに現れてくれたのは有り難い。
「出てこいカタストロフ。今度こそ決着をつけてやろう!」
直後に部屋の空気は一変。どんよりとした闇が辺りを包み込んだ。
次で最終話です