人口転生
「あの山の中から膨大な魔力を感じる。あそこにカタストロフが居るのか?」
「はい。例のノイズも同じ場所から発せられているようです」
「決まりだな。ではレッド、手筈通りに頼むぞ」
「ああ、任せておけ――ハァッ!」
レッドが強力な衝撃波を放つと山の上部がキレイに吹っ飛んで行き、中から秘密結社のアジトのようなものが出現した。
するとアジトからは反撃だと言わんばかりに複数の対空砲が飛んでくる。
「フッ、撃ち落とすつもりか。やれるものならやってみ――」
「気を付けろメグミ。あの基地全体がカタストロフ本人と言ってもいい。たかが砲弾だと高を括ると身体が消し飛ぶぞ」
「――って、それを先に言わんかい!」
危うく砲弾を叩き落とす気でいた私は慌てて上体を捻り、レッドの後ろへピタリと張り付く。トワも私の後ろに付きゴトーが大気圏ギリギリまでの特大ジャンプで射程から外れると、レッドの背中から銀色の翼が出現。それらが円形となり敵アジトの方面を向くと、中央に居るレッドの全身から光の塊が生み出された。
「挨拶代わりだ――受けよ、ダイダロスヘルチャージ!」
光の塊が砲弾となり、敵の砲弾を粉砕しながら敵アジトに着弾!
ドゴォォォォォォン!
「これで奴の対空砲は無力化した。再生される前に乗り込むぞ」
「お、おぅ……」
これもうレッドだけでよくね? と言いたくなるのをグッと堪え、敵アジトへと降り立った。砲台とおぼしきものは全て崩れ落ち、見渡す限りは廃墟と化している。
「さすがの威力だな。カタストロフも残骸に混じっていたりは……」
「そんなわけないだろう。少なくとも奴は我と同等の強さを持つ。挨拶だけで死なれては肩透かしだ」
「肩透かしで済んでくれた方が有り難いのだがな。雑魚敵はどうした?」
「さきほどの挨拶で消滅した。カタストロフは――」
ザッ!
「おいゴトー!」
またしてもゴトーが先走る。目の前で大ジャンプをかましたと思えば、上空からキョロキョロと見渡し始めた。
あやつめ、カタストロフが覚醒してからどうも落ち着きがない。いつもの冷静沈着なところが見当たらん。
「いったいどうしたというのだ? お前らしくもない」
「申し訳ありませんルシフェル様。どうしてもこの目で確かめたいと思いまして」
「確かめる? 何をだ」
「それは……」
言いたくはなさそうだ。私の命令に少しでも抵抗する素振りを見せるのは珍しい。
「居るのだろう、魔王カタストロフよ。この魔王ルシフェルがわざわざ来てやったのだ、早く姿を現すがよい!」
フッ……
私の台詞を聞いていたのか、基地全体の照明が一斉に落とされた。不意打ちを警戒したがそれは杞憂に終わり、代わりに青白いスクリーンが宙に投影される。それを皮切りにして、至るところに大小様々なスクリーンが出現し、1人の銀髪の女性が映し出された。
「何奴!? ――いや、貴様が魔王カタストロフか!」
『いかにも、私が魔王カタストロフだ。宇宙時代にはカタロストフという型番で呼ばれていたけれどね。イグリーシアの言語ではカタストロフとなるらしいね。まぁどちらでもいいさ、好きに呼ぶといい』
「じゃあ黄昏糞女と呼んでもいいか?」
『……お前は言葉を理解しているのか?』
冗談だったのに……(←半分以上本気だっただろ?)。
「チッ、ならばカタストロフでよい。それに名前は重要ではないのでな、さっさと倒させてもらうぞ。ほれ、はよぅ姿を現せ」
『フッ』
小馬鹿にしたようにカタストロフが鼻で笑う。
「何がおかしい?」
『私は既にここに居る。分からないか? ここの施設全体が私なのだ』
「……ぜ、全体が?」
『そうさ。今の私に肉体は無い。思念の塊となった私は思念のみで操作できる物を造り上げた。この施設もその内の1つという事だ』
そういえばレッドも似たような事を言っていたか? まさか思念の塊とは予想外であったが。つまりカタストロフは肉体を捨てたのだ。私には到底理解できんが。
しかし思念の塊という事はザルキールに憑依しているあ奴らと似たようなもので、ザルキール無しには存在し続ける事はできない。ならば手の打ちようはある。
「良いだろう。今からここを満遍なく破壊し尽くしてやろう。そうすれば貴様の居場所は――」
「メグミ、それは叶わぬ事だ」
「――は?」
「見ろ。あれほど残骸だらけだったのが10分足らずで半分が修復されている。恐らくは塵1つ残さず全てを同時に破壊せねば、カタストロフは永遠と再生し続けるのだろう。それこそコンマ1秒のズレも許されないレベルでな」
それではまるでクソゲーのクエストではないか。大半のプレイヤーが投げ出す案件であろう。
「フッ、実に聡明だ魔王ダイダロス。私と同等の実力を持っているだけはある。が、それだけでは完璧な回答とはいえないな」
「他にも仕掛けが有るというのか?」
「そうとも。私という思念は既に別の場所にも植え付けているのだ。万が一ここが消滅しても、私が滅びを迎える事は100%有り得ないのさ」
「「「!!!」」」
なんという事だ。単純な力だけではなく、永遠の命まで手に入れたというのか……。
いや待て、それだと物理的にこちらを害するのは難しいのではないか? レッドにより防衛システムがマヒした今、再生を阻害し続ければ半永久的に復活することもない。少々手間だが封印状態にすれば良いのだ。
『ククッ、魔王ルシフェル――いや、メグミと言った方が通じるか? お前は大きな勘違いをしている』
「……何?」
『今より千年以上も前になるか、宇宙の7割を支配下に置いた宇宙勢力がイグリーシアに侵略した。その際私は後詰め部隊の指揮を任されており、そこの魔王ダイダロスが身につけている兵器と同等の物を使い、各地で戦果を上げていたよ』
「隊長を任されただと? まるで誰かの下についていたような口振りだな?」
『間違ってはいない。何せ私は天才と呼ばれた軍人や科学者の行動理念や思考回路をトレースした人工知能を有したオートマタだったのだからね』
「何だと!?」
これほど凶悪な物を造るとは宇宙勢力め、厄介なことをしてくれるな。
「いや、しかしイグリーシアは平穏を保っている。リアルタイムで脅かされてはいるが、少なくとも宇宙勢力とやらがイグリーシアを支配下には置けなかったのであろう?」
『その通り。最終的には神々の妨害に合い、撤退せざるを得ない状況に追い込まれてしまったよ』
イグリーシアの神々か。クリューネが活躍しているところを想像できんのだが(←極めて失礼)。
『戦闘継続は困難と判断し、本隊は引き上げた。しかしイグリーシア攻略を諦めたわけではない。私だけはここに留まり、復活の機会を窺ったのさ。その甲斐あってか神の目を掻い潜り、ひっそりと行動を起こす事に成功した――が、そこでも私は敗北することとなる。信じられないことに、私を負かしたのは人間であった』
「フン、神が居ない状況でも負けるとか、古代宇宙が聞いて呆れるぞ」(←黙って聞きなさい)
『……その時の敗北は強い衝撃を受けたものだ。完璧に造られたはずの私が足元を掬われたのだからね。二度の敗北により私は原因究明へと動いた。要した時間は数百年。その甲斐もあり、私は一つの結論に達した』
「ほう?」
『原因とは、転生者。だとね』
これはある意味正解と言って良いのかもしれない。転生者が持つ能力で戦況がひっくり返るのはザラだからな。
『千年に渡り、イグリーシアには多くの転生者が現れた。その殆どが特殊なスキルを身につけてね。私を負かした人間も例外ではなく、特殊なスキルを持った転生者だった。後にアイリーン創設者として名を馳せた人間の少女さ。奴には並ならぬ幸運が備わっていたことが研究で明らかになった。これは通常では備わることの無いスキル――いや、神に与えられしギフトと言うべきだろう』
幸運を貰えた者もいるのか。ギャンブラーなら誰しもが憧れるやつだな。
「しかし特殊なスキルならイグリーシアの者が持っていたりもするであろう?」
記憶にあるのはレマイオス帝国の特殊部隊隊長で、他人の肉体と精神を入れ換えていた女だ。
だがカタストロフはつまらなそうに鼻を鳴らして告げてきた。
『フン、まさか魔王のお前が気付かないとはね。簡単な事だ、その者の先祖が転生者だった――それだけの話さ』
それはつまり先祖返りというやつか。なるほど、それが本当なら純粋なイグリーシアの血統では希少価値のあるスキルは備わらないという事だ。
『さて、ここまでくれば察するだろう? 私が今以上の力を手に入れるには転生者が持つような固有スキルが必要。しかし肉体を捨てたところで転生者にはなれない。だからこうして呼び寄せたのさ』
「私らを利用しようと? フン、貴様の言う通りになどせんぞ!」
『何を言っている? 私が呼んだのはそこの少年だ』
そこの少年……ゴトーだと!?
『少年、今はゴトーと名乗っているのか。お前が感じたノイズは私が発したもの。迷えず辿り着けただろう?』
「…………」
「おい待て、私の許可なくゴトーに話しかけるな。こ奴は私の忠実な眷属。そこらの人間とは比較にならないほどの能力を持つ、唯一無二の存在――」
『フッ、フハハハハハ!』
私の台詞を遮るようにカタストロフが笑い出した。
「――って何がおかしい?」
『どうやらゴトーの口からは語られてはいないようだな。飼い主に告げるのは酷だと思ったか? ならば私が教えてやろう。先ほどの話の続きとなるが、私は転生者だけが入手できる固有スキルを求めた。そこで考えたのが、イグリーシアで産み落とした生命体を別世界へと送り、その世界での生命活動を停止した際、再びイグリーシアへと転生させるというものだ』
「…………」
回りっくどい話だが、転生者を意図的に誕生させようとしたのか。
『これには多数の失敗作が生まれたよ。中途半端な力しかなくともイグリーシアに生存するには充分だったようでね、彼らの殆どは魔王として活動していたな。キミ達が知っている魔王フロウスや魔王アスタロイも、失敗作の子孫ということさ。出来損ないにしては上出来だろう?』
「貴女……」
トワの怒りが増大する。無論私もだ。そんな私たちを気にも止めず、カタストロフの持論は続く。
『だが……クククク。失敗の裏には成功もある。失敗作を乗り越え他人には無い能力が備わった人工の転生者が誕生したのだ』
「何ぃ? 意図的に作り出すことに成功したのか!」
『そうとも。本人にも覚えがあるだろう? どんな苦境に立たされても、どんなに窮地へ追い詰められようとも、決して終わることのない人生を歩んで来れたはず。多勢に無勢でも最終的に勝ち残る事ができる生命力を有してね。そこらの人間とは比較にならない? 唯一無二の存在? 当然だ、私がそのように造ったのだから』
カタストロフの喜びに満ちた表情がゴトーに向けられている。
「まさか貴様……」
『では改めて紹介しよう。私の最愛の息子ゴトーだ』
かつてない衝撃が全身を駆け巡った。




