消沈のベルフェーヌ
ラヴィリンスが倒れるというのが魔王カタストロフの覚醒条件の1つ。そう語ったルミナであったが、奇しくも魔王ベルフェーヌによってラヴィリンスは討たれてしまう。
しかしベルフェーヌを放置出来ないと判断した我々は、守護神と戦う奴の元へと向かったのだが……
「フッ、いつでも良いぞ? 戦いこそ妾の望むところ。いや、戦いなくして真の栄光は掴み取れぬと言うべきだろうのぅ。さぁ、覚悟は良いか? 勇敢な魔王たちよ!」
両手を腰に当てて逃げも隠れもせんと言いたげなアンジェラ。どう見ても一般人にしか見えない美人が魔王に喧嘩を売るというこの構図、うん、大人が未成年を説教しているようにしか見えんな。
「トワ、あれは一度ボコさなきゃ聞く耳を持たない人種だぞ」
「貴女にそっくりではなくて?」
「一緒にするな。そこまでバカじゃない」
「おい、妾をバカにしたな!? 童のくせに生意気な! 少しは歳上を敬う心を持たんかい!」(←都合の良い時だけ歳上を主張する定期)
今にも飛び掛かってきそうなバハムートのアンジェラ。ならばと暗黙の了解でトワと頷き合い、私はベルフェーヌと、そしてトワはアンジェラと対峙した。
「何だ、まとめては来ぬのか? 後で後悔しても知らんぞ」
「ご心配には及びませんわ。わたくしとて魔王シャイターン、眷属たちと総出でお相手致しますわ」
「ほぅ、そうかそうか。やはり人数が多い方が楽しいからな、存分に拳を交えようぞ!」
「パーティーか何かと勘違いされてるようですわね。その余裕顔、直ぐに歪ませて差し上げましょう!」
トワを筆頭に眷属たちも一斉に掛かって行く。その中にはゴトーやフェイの姿もある。そう、私以外は全てアンジェラへと回したのだ。
それを見届け改めてベルフェーヌへと視線を戻すと、さすがに逃げられないと察したのか私を睨んで身構える。
「ボクは……ボクはキミを上回らなければならない。こんなところで立ち止まってはいられないんだ」
「ベルフェーヌ、何故そこまで――」
「うるさい! お前には分からないだろう、自分より圧倒的な強さを持つ存在が現れた時の絶望感を。それを味わったボクは先には進めなくなった。そう、お前のせいでだ。だからボクは決めたのさ、姑息な手段を用いてでも勇者や魔王を倒し、力を獲ようとね」
ベルフェーヌなりに挫折を味わったのだろうな。私も前世では当日限定販売のレア衣装を買いそびれた時、それはもう滝のような涙を流したものだ。後に再販されたために折れた心はしっかり補強されたがな。(←限定品あるある)
「ならば願いは叶ったな」
「いいやまだだ。まだボクのストーリーは終わらない」
ドォッ!
「ほぅ、見違えたな。初対面の時とは比べ物にならないくらいの魔力だ」
「フッ、そうだろう? お前を……貴様を倒すことだけを考え、ボクは今この場に立っている。貴様を倒し、感動のフィナーレを迎えるため――」
「よかろう。ならば全力で応えるため――」
「「――勝負!」」
ガキィン!
速攻でぶつかる拳と剣。私はグーを突き出し、ベルフェーヌは剣を振り下ろした状態での押し合いが始まる。
「大したものだ。以前と同じなら貴様の剣をへし折っていただろうがなぁ」
「言ったはずだ。他の勇者や魔王を糧とし、強化してきたと。今のボクなら――」
ガガガガガガガガ――ガツン!
「――速度で遅れは取らないさ」
「フン。そういう台詞は私に傷を負わせてから言ってもらおう。現に貴様の斬撃は全て防がれとるではないか。まさかそれが全力だとでも?」
「チッ……口の減らない奴め。だったら出し惜しみは無しだ、遠慮なく貴様を粉砕するとしよう」
牽制の斬撃を放つと大きく飛び退き、複数の光の剣を召喚。更にその剣には見覚えがあった。
「その剣は……ジャスティスブレード?」
「そうとも。大役職のジャスティスから奪ったスキルだ。当時は単体でしか出せなかったのだがな、魔力の有り余る今ならこういう使い方もできる――フン!」
光の剣が軌道を描きながら私を斬りつけようと迫りくる。それも複数だ。複数の光の剣がこちらの動きを封じるように動くではないか。
「フハハハハ! このまま切り刻んでやる!」
勝利を確信したかのような高笑い。だが甘いぞ? この程度を対処出来ないようでは魔王とは言えぬ。
「ハァァァッ!」
バリバリバリィィィン!
「ジャ、ジャスティスブレードが全て破壊されただと!? バカな、どんな障壁をも斬れるまでに練り上げたはず!」
「真っ正直から受けていればな」
いくら剣と言っても横からの衝撃には弱いからな。刃を避けて粉砕すればこの通りだ。
ま、ゴトーなら気合いで真剣白羽取りを決めていたかもな。真似する気は毛頭ないが。
それから言い忘れていたが……
「お前と私は同じ強さではないぞ?」
「戯言を……」
「残念ながら戯言ではないのだよ。何故ならあそこに居るバハムートと同等クラスの魔物を倒しておるのでな、再び差は広がったと思えばよい」
「フン、ならば実力で証明してみせろ――グラスバインド!」
足元の草が急速に延び、私の足を絡めとる。
「猪口才な、今さらこんなもので拘束できると思うな――ハァッ!」
所詮は低級魔法(←一般的には上位の魔法です)。力押しでどうにでもなるのだ。
「万策尽きたかベルフェーヌ? 己の愚かさを思い知――む……消えた?」
気配も魔力も完全に消え去っていた。今の魔法は私の気を逸らすためか。
「ならば……」
静かに目を閉じ、神経を集中する。奴はまだ近くに居るはず……
「クハハハハッ! バカめ、隙だらけだぞルシフェル!」
シャシャシャシャシャシャ!
「しまった、ジャスティスブレードが!?」
何も存在しない背景から突如として現れた光の剣。それが高速で斬撃を描き、私を囲って動きを封じた。
「察しているだろうが冥土の土産に教えてやる。ジャスティスブレードによって出来た斬撃痕に触れればどんなものでも真っ二つだ。そしてこの斬撃痕はしばらくは消えない」
これはベルフェーヌの言う通りで、脱出するには斬撃痕を消すか瞬間移動するかの2つしかない。前者は放った本人にしか不可能であり、おのずと後者しか残らない。
「クククク。さぁどうする、命乞いでもしてみるかい? やったところで結果は変わらないけどねぇ」
「…………」
「おや、どうしたんだい? 急に俯いて黙りこくってしまったねぇ? まぁ気持ちは分かるよ、今まで下に見てきた相手に足元を掬われたのだから、そりゃ穏やかじゃないよねぇ。だけどね、これが現実なんだ。ボクが勝者でキミは敗者。――あ、敗者復活戦はやらないからね? キミにチャンスを与えたら2度目がない事くらい想像できるからさ。ボクは最後まで油断しないよ」
「フッ、甘いな……」
「――ん? 何か言ったかい?」
「甘いと言ったのだ青二才が。私はまだ生きているのだ、勝負は最後まで分からんさ」
まだ終わったわけではない。しかし、当の本人は理解しておらず、私が強がっているのだと決めつけてきた。
「あれぇ? もしかして現実逃避でもしちゃったのかい? 意味深なことを言えばボクが怯むとでも思ったのかな? けれど残念、この戦いはボクの勝ちで幕を閉じるのさ」
「ならばやってみろ。やれるものならな」
「チッ、最後まで生意気な……。まぁいいさ、これで終わりだと思えば清々するよ。じゃあね、魔王ルシフェル!」
自信たっぷりにジャスティスブレードで斬り込んでくるベルフェーヌ。剣が私の肩に触れた瞬間、ベルフェーヌの表情が激変した。
「グゥ!? この感触はまさか――グァァァァァァ!」
激痛によりジャスティスブレードを手離したベルフェーヌが、悲痛な表情で切断された右腕を抱えて片膝をつく。
「どうだ? 自分の腕を斬り落とした感想は」
「ク……クソォ……ど、どういう事なんだ!」
まぁ知りたいよな。ギャラリーたちも知りたいだろう? んん?(←勿体つけずにさっさと言え)
「ならば順を追って説明してやるが、まずお前が背景に溶け込んだことには気付いておったぞ?」
「何っ!? 気配も魔力も感知できないボクの背景偽装を見切っていたと言うのか!」
「正確にはその辺の草や木が教えてくれた。私のスキル――言語統一は言葉の通じぬ動物や草木と言葉を交わせるのだよ。お前が溶け込んだ瞬間を草木に見られていたというわけだ」
もちろん使ったのは言語統一だけではない。
「場所を特定した私は自分の都合に合わせて真実をねじ曲げた。私の視点とお前の視点を入れ換えたのだよ――いや、それだけではない。お前の目には私がベルフェーヌに、ベルフェーヌが私に見えるようにも偽装した。そしてお前は自分自身を封じる事になり、結果自分を斬りつけたというわけだ」
そう、これまで重宝してきた魔偽製造だ。
「こ、こんな……ことで……」
「だいぶ弱っておるな? ジャスティスブレードで切断した腕は簡単には接合できんだろう。片腕のお前に勝ち目はない」
「クソォ……クソォォォ! ようやく……ようやく貴様を倒せると思ったのに、こんな形で終わるというのかぁぁぁ!」
血溜まりの中で涙を流すベルフェーヌ。だがコイツは多くの罪なき命を奪ってきた、同情はできまい。
「思ったのだかな、なぜそこまで私に固執する? 敵討ちでもあるまいし」
「そんなもの決まっている! ボクは貴様を倒して、それから――」
「(あれ? おかしい、ボクは何をしようとしていた? ルシフェルと会う前は別の何かを……)」
「――はっ!? そ、そうだ。ボクはただ、獣人たちが迫害を受けることなく安心して暮らせる場所を作りたいと思っていたんだ」
「うむ。確かにそのような事を言っておったな。だが今はどうだ? 今のおまえは強くなる事しか頭にないように見えるが」
「キミの言う通りだよ。どうやらボクは大きな過ちを犯していたらしい……」
完全に毒気を失ったベルフェーヌがそこにいた。既に敵意も感じない。そこへいつの間にか現れたルミナがソッとベルフェーヌに寄り添う。
「……キミは?」
「フォーチューンのルミナです。手当てをしますので腕をお見せ下さい」
「ま、待て待て、キミにとってボクは敵のはずだ。ボクは多くの大役職を――」
「確かに、失われた命は戻りません。かといって貴女が死ねば済むわけでもない。数ある運命のうち貴女は己の過ちに気付き、戦うのを止めた。ならばその命、未来へと生かすべきではないでしょうか」
「…………」
これはルミナの言う通りだな。ベルフェーヌは死んでいった者たちの分も働くべきなのだ。
ん? 私はどうなのかだと? 働くわけなかろう。(←働け!)
「分かった。ボクの命をキミたちに預けよう。できる事があれば何でも言ってくれ」
「ありがとう御座います。さっそくですが、横になられてください。強力なスキルでの切断ですので、腕の接合も一苦労です」
「ハハ、苦労をかける」
よし、こっちは収まったな。後はバハムートを黙らせるだけか。




