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ガーデン朝倉

今回のゲストさん


朝倉夏樹(藤田大腸考案)

作品:『恋を咲かせる秘密のレシピ。』(しっちぃ様作)

https://ncode.syosetu.com/n4260hn/


乙七海(藤田大腸考案)

作品:coming soon

「お邪魔します! わあ、綺麗になりましたね!」

「お掃除頑張ったんだぞー」


 新任教職員歓迎会の日、綿式玲は徒歩で教職員寮にやってきた。例年、自由な服装で着ていいという通達に甘えてジャージ着用だったが今回はパンツスタイルのスーツ姿。さすがに理事長の手前、ラフな格好は避けたようだ。偉いぞ偉いぞ。長距離を歩く格好じゃないけどな。


「それじゃ早速行くか」

「はい!」


 私は買い出し以外に車を使うことはほとんどなく、人を乗せてドライブしたことはもちろんない。助手席に綿式玲が乗っているのはなんとも不思議な気分だ。


「十年落ちの中古の軽だから乗り心地に文句言うなよー」

「その割に走行距離が短いですね! 私が歩いた距離の方が長いんじゃないですか?」

「そりゃ通勤は寮から歩いてすぐだし、遠出は電車使うし」

「運転は大丈夫でしょうか!」

「バカにすんな。一応ゴールド免許だぞゴールド!」


 私が免許を見せつけたら「わあ! 初めて見ました!」と。


「そんなに珍しいもんじゃないだろうに……」


 運転回数が少ないのにゴールドじゃない方がヤバいだろう。


「とにかく出発するぞー」


 星花女子学園から海谷市までは歩いて五、六時間はかかるが、車だとものの半時間で着いてしまう。市の中心部から離れた海沿いにあるガーデン朝倉まではもう少し時間がかかったが、それでも一時間もかからなかった。


 ガーデン朝倉の駐車場には、すでに教職員の車が何台か駐車していた。駅から歩いて行ける距離ではないので(綿式玲は例外として)、乗り合いでやってきているのだ。


「お疲れさまでーす」

「お疲れさまです!」


 エントランス前で待機している先客の先輩教師に挨拶する。


「例年より来てますねー」

「そりゃ理事長が来るんだもの。いつもなら今頃幹事がお出迎えして店内に案内してくれているところだけど、今回は理事長よりも早く来て全員でお出迎えをしなきゃいけないから大変よ?」

「ですよね。余裕持って寮を出たつもりだったんですけど、もうこんな来てるとは思わなかったです」


 スーツ姿のお出迎え集団は歓楽街の居酒屋でよく見る光景だが、人里離れた小洒落たステーキハウスの前だと異様に映る。貸し切りじゃなかったら客を遠ざけていたかもしれない。


 半時間ぐらいして、伊ヶ崎理事長が姿を現した。だけど理事長だけではなかった。


「げっ、パートナーと七海ちゃんまでいるじゃん……」


 私は口の中でつぶやいた。


 パートナーとは天寿の副社長、彼方結唯のことである。理事長とは星花女子学園時代からのおつきあいだそうだが、二人が並んでいるとオーラがものすごい。私の貧弱な語彙力ではそう表現するしかない。


 お二方を先導する乙七海は、天寿から星花女子学園に出向して若くして広報室長を務めている。元々は別の芸能事務所でマネージャーとして働いていた異色の経歴の持ち主だ。広報室長と言っても実際は理事長代理のような仕事をしていて、学園の発展に寄与してきた。その代わりかなりの腹黒だが……。


「みなさま、お忙しい中足をお運び頂きありがとうございます。それでは中へどうぞ」


 七海ちゃんが愛想のいい笑顔で促すと、私たちは理事長たちの後を一列縦隊になってついていき入店した。


 これじゃあ「理事長をもてなす会」な気がするが……。


 *


 新任教職員の挨拶が進むが、私は上の空で聞いていた。


 私と同じ座席に伊ヶ崎理事長と彼方副社長がいるからだ。テーブルを二つ並べた席のお誕生日席にあたる場所に二人は座っていたが、恐ろしいことに「席次を気にせずやりましょう」という七海ちゃんの発案で座席がくじびきで決められた結果、私は理事長に一番近い席になってしまったのだ。


 向かって左側にいる天寿トップとナンバー2のオーラを否応無しに受けて、果たして肉の味を満足に楽しめるのだろうか……七海ちゃん恨むよ?


 続いて伊ヶ崎理事長による乾杯の音頭。店員たちがビールにワインにノンアルコールと、さまざまなドリンクをグラスに注いでいく。私はハンドルキーパーだからノンアルコールビール一択だったが、アルコールが入っているビールは海外ブランドのものだ。飲んでみたかったな……。


 理事長は挨拶も短めにして、ワイングラスを高々と掲げた。


「新しい仲間たちと星花女子学園の飛躍を願って、乾杯!」

「乾杯!!」


 ノンアルコールビールを一気に飲み干す。味と香りは本物のビールに近く、なかなか良いものを使っているようだった。


 乾杯が終わったタイミングを見計らって、店員たちがケータリングで料理を運んできた。私たちのテーブルに来たのは店主の娘であり教え子の一人、朝倉夏樹だった。


「おー、ご苦労さん。エプロン姿似合ってんね」

「ありがとうございます。こちらが前菜のシーザーサラダです」


 シーザーサラダには一口大サイズの厚切りベーコンがたっぷりと乗っている。しょっぱなからなかなかパンチが効いているメニューだ。


「でっかいベーコンだなあ……」

「鹿児島の黒豚を使ってます。あっさりしていて美味しいですよ」


 酒にも合いそうだ。ああ、酒が飲めたらなあ。


 それならば食事を楽しもう、という気にはまだなれなかった。まず近くにいる超お偉いさん二人が手をつけるまでは、こちらから手を出せないのだ。一応学生時代は体育会系に身を置いていたから、目上の人ら対する礼儀作法は身に染み付いてしまっていた。


 しかし二人は楽しそうに会話していて、なかなかシーザーサラダに手をつけようとしない。周りのテーブルでは歓談の声が大きくなりだしたが。理事長には申し訳ないが、今まで一番つまらない歓迎会になりそうな気がする。


「理事長、副社長。どうぞ」


 いつの間にか七海ちゃんが理事長にお酌しに来ていた。全然気配がしなかったけど。


「そこまで堅苦しくしなくていいわよ。今日は私のための集まりじゃないんだし」

「まあまあそうおっしゃらずに。このシーザーサラダは絶品ですよ。どうぞ召し上がってください」

「そう? じゃあ頂くわ」


 七海ちゃんに促されて、伊ヶ崎理事長と彼方副社長はようやくシーザーサラダに手をつけてくれた。それから私に意味ありげな視線を送る七海ちゃん。ああそうか、気を使ってくれたんだな。腹黒呼ばわりしてごめんな。


「巨勢先生もどうぞ」


 七海ちゃんが私のグラスにもビールを注ごうとする。私車なんで、と言おうとしたが、ノンアルコールの瓶に持ち帰られている。なんてスキのない……。


「どうもです」


 七海ちゃんは後輩にあたるが、立場は上なので両手でグラスを持って受けた。ちなみに七海ちゃん呼ばわりは私と一部の教職員との会話の中だけでのことであり、公の場では「室長」と呼んでいる。けじめは大事。


 では、サラダを頂きますか。


「ん、美味しい!」


 やはり、コンビニで売ってるシーザーサラダとは味が段違いだ。特にベーコンは朝倉さんの言う通りあっさりしているが、香りと味は濃厚だった。


 だが食事中はやはり気が抜けない。時々理事長が私や同席の教師たちに話しかけてくるのだが、その度に食事を一旦止めて傾聴しなければいけなかった。ざっくばらんな飲み会だと礼儀作法なんざ無視するけど、理事長相手だとさすがにそうはいかない。


 周りでは酔いが回ってきたのか、大きな笑い声がしてきた。ふと、対面にいる岡島という男性教師――彼もまた緊張していてこわばっていたが――その後ろの席を見ると、綿式玲がビールを水のようにがぶ飲みしている。


 しかもよく見たらグラスじゃなく、ピッチャーで飲んでやがる!


 もう嫌な予感しかしてこない。

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