エピローグ
立成二十年度新学期、高等部二年二組の教室。
「今年はこの巨勢と綿式先生が二組を担当するので、一年間よろしくお願いしまーす」
「みなさん、よろしくお願いします!」
綿式玲ともども挨拶を済ませたところで、二年生としての心構えを一発説いてやろうかと思った矢先、今久留主という生徒が「はい先生!」と元気よく挙手した。
「はい今久留主さん何?」
「巨勢先生と綿式先生ってずっと担任副担任コンビ組んでますよね」
「ああ、これで六年連続だな。奇跡的な確率だろー、なははは」
「もしかしてデキてたりします?」
「なっ……なはははっ、な、何言ってんのー」
「この前先生たちが一緒に仲良くお散歩してる姿を見かけたんですけど」
「そりゃあ、綿式先生に誘われて健康のためにだなー……」
これはウソじゃない。
「そうだ知ってるか? 綿式先生って橋立市の自宅から歩きで通勤してるんだぞ」
「ええーっ!? ほ、本当ですか!?」
「はいっ! 健康のために歩いてきています! 朝五時に出発して三十キロを二時間半! これをずーっと続けてきました! 自転車、電車、バスで通学している人たちは一度歩きで通学してみてください! 人生がガラッと変わりますよ!」
「三十キロを二時間半って時速十二キロで歩く……? いやいや……」
今久留主が手のひらに数字を書いて何度も計算しているが、残念ながら君の答えは正解だ。
「とにかくな、歩くのはローリスク・ハイリターンな健康法なんだぞ。歩けばサプリなんか必要なし。みんなもどんどん歩いて健康になって幸せになろうぜ」
二年生としての心構えを説くつもりだったがまあいいや、綿式玲との仲についてはぐらかすことはできたし。
*
「悠乃先生! 私は怒ってます!」
放課後、綿式玲に教員用駐車場まで呼び出されるや否やふくれっ面で食って掛かられた。
「ちょっ、誰かに聞かれたらどうすんだ!」
「何であのとき正直に答えてくれなかったんですか!」
「ああ、今久留主さんの質問か。そりゃお前、三十路の干物女数学教師の身が副担任とデキましたなんて新学期初日にいきなりカミングアウトしてみ? いくら女同士の恋愛に理解がある学校とはいえからかわれるに決まってんだろ」
「そんな悪い生徒は私がビシビシっとお仕置きしますから!」
「せんでいい! 体罰厳禁!」
ぶんむくれたままの綿式玲。こいつももうすぐ三十路だってのに子どもっぽいところはいい加減どうにかしてほしい……。
「わかったわかった。何でもするから機嫌直せって」
「ん? 今何でもするって言いましたよね?」
打って変わって喜色満面になった。めちゃくちゃ嫌な予感しかしない。
「それではお散歩スペシャルコース第二弾につきあって頂きます!」
「やっぱりな……で、今度はどこ行くつもりだ?」
「お寺とくれば次は神社でしょう! その中でも日本人なら訪れるべき神社、伊勢神宮にお参りに行きます!」
「お、お伊勢参りか……」
スマホの地図アプリで距離を調べたら、片道三百キロ以上ある。渥美半島からフェリーを使えばもうちょい距離が短縮できるが、このウォーキングジャンキーが絶対に許すはずがない。乾いた笑いがでてきた。
「どうです! 歩き甲斐があるでしょう! 私たちの愛を天照大御神に見せつけようではありませんか!」
綿式玲がグイとにじり寄る。今年の夏休みの有休は、全てこいつのために使うことになりそうだ。
「よーしわかった。お前、自分から言い出したからには途中でリタイアすんなよ?」
「絶対にしません!」
今まで綿式玲と歩んできた距離は何キロかわからない。しかしこれからも百キロ、千キロと歩みを続けていくことになるだろう。
終わり




