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同行二人 その5

 深酒してしまったはずなのに目覚めは爽快だった。


 私たちはご飯に味噌汁、シャケという王道的な朝食をとって栄養を十分に補給してから出発した。


「ここから先は比較的楽じゃが、車には気をつけなされよ」


 花田夫妻に見送られ、目的を果たすために再び歩きだす。


「どうにか今日中には緑楼寺に着きたいですね!」

「あんだけ歩いてきたのに、昨日美味い酒飲んだからか足が軽い気がする。よし、ちょっとペース上げていくか!」

「はいっ!」


 昨日の夕食の最中、花田さんから「同行二人」という言葉を教えてもらった。お遍路さんは例え一人で巡礼していたとしても常に弘法大師が側にいる、という意味である。


 私は残念ながら信仰心が薄い人なので弘法大師を感じることはできないが、目に見える形で綿式玲が側にいる。思い返すと、こいつと一緒に働きだしてから仕事が辛いと感じることがほとんどなくなった気がする。それまでは教師陣どうしの派閥争いがあったり、何か新しいことをしようとしたら頭の固い老害教師にいびられたりと、とにかく人間関係に起因するストレスを感じまくっていた。恋愛も全然うまく行かなかったし、これで給料が安かったらとっくに辞めていたかもしれない(ちなみに私が入職した年、すなわち伊ヶ崎理事長体制になった年から給料がぐんと上がった)。


 そんな環境も綿式玲が来てから少しずつ好転していった。伊ヶ崎理事長に異を唱える教師は軒並み干されるか、辞めさせられるかして影響力を失い、私をさんざんいびった老害教師も不倫が発覚してクビになった。綿式玲は私に迷惑をかけて、特に酒の失敗が目立ったがそれも今思えば可愛いもので、笑顔に助けられたことの方が多かった。生徒からも評判は良く、体育が苦手な子でも綿式先生のおかげで運動が楽しくなった、という子もいた。


 このちょっぴり変な、それでもパッション溢れる若い教師に救われているのだ。みんなも私も。


 ああ、そうか。そういうことだったんだな。


「先生危ないっ!」


 綿式玲の声とともに体が右側に引っ張られる。その直後、いかつい車が猛スピードで通過していった。「バカヤロー! 一列で歩かんかい!」という怒声を残して。


「お前も制限速度オーバーしてんじゃないよこのバーカバーカ! うんこうんこ!」


 綿式玲は生徒が聞いたら幻滅するような子供っぽい罵声を飛ばした。


「はっ! すみませんついキレてしまいました!」

「お、おう、いいんだよ。助けてくれてありがとうな」


 この道は一車線半分ほどの広さしかないから気をつけて歩かないと。せっかくここまで来ておいて事故ってリタイアとか洒落にならない。気を取り直していくぞ。


 *


 再び空の宮市に入る。すでに難所と言える場所はなく楽勝かと思われたが、八十二番札所、二本松観音堂でつまづいた。


「確かにここでいいはず、だよな?」


 スマホの地図アプリと住職からもらった地図と照らし合わせても寸分違わない位置にいるはずなのに、観音堂があるべき場所に建っているのはコンビニエンスストア、ニアマート二本松店だった。


「いったいどういうことでしょうか! 摩訶不思議です!」

「オーナーに聞けばわかるかも」


 ということで、ニアマートに入店。案の定白衣姿の私たちを見た客と店員に驚かれた。


「すみません、私たちは怪しいものじゃないです。オーナーさんいますか?」

「は、はい。少々お待ちくださいませ」


 店員さんが奥に引っ込む。代わりに出てきたのは「オーナー」の肩書が書かれた名札を身に着けた七三分けの痩せ型の男。コンビニオーナーというよりは神経質なサラリーマンみたいな風貌をしていた。


「何か御用でしょうか?」

「あの、ここに観音堂が建っていたはずなんですけどご存知ありませんか?」

「ああ、観音堂ですか。つい先月店を建てた際に移設しましてね」

「移設した? どこにですか?」

「大沼バス停の横ですよ。ここから県道に南へ十キロほどのところです」


 おおう、と口からついて出そうになった。


「結構遠い場所に移されたんですね……」

「観音堂と土地を所有していた人が亡くなりましてね、遺族が管理を放棄していたところを私が一緒に買い取ったんです。ただ店を構えるのにどうしても観音堂を移す必要がありまして、引き取り手を探していたらバス運営元が交通安全祈願に、と手を上げてくれたんです」

「なるほどわかりました! では早速参りましょう!」


 綿式玲がやたらと気合のこもった声で言った。


「あの、お参りされるんですかね? でしたら私が車を出しましょう。ここから歩きだと遠いですから」

「いいえ! 歩いて行きます!」


 私の返事よりも早く、綿式玲が間髪入れず答えた。だが私も綿式玲と同じ意見だった。もうここまで来てしまった以上、歩き以外の選択肢はあり得ないのだ。


「すみません、ご厚意はありがたいのですが自分の足でお参りします」

「そ、そうですか……」


 オーナーさんは若干引き気味だったけど、店員さんに「麦茶二本持ってきてあげて」と言いつけて、ペットボトルの麦茶を持ってきてくれた。


「この暑さですからね、熱中症予防にどうぞ。お代は結構ですから」

「いえ、そういうわけには」

「どうかお受け取りください。その格好からして、おふた方は何か深い理由があってお参りされるんでしょうから、その手助けになれればと思います」

「そういうことでしたら……」


 せっかくなので、オーナーさんのご厚意を受け取ることにした。お礼を言って店を出ようとしたところ、こう言われた。


「あの、生きていれば必ずいいことがありますからね。私も路頭に迷いかけたことが何度かありましたが、こうしてコンビニオーナーになれましたから」


 *


 観音堂まで往復すると、およそ四時間のロスになる。日付をまたぐ前に縁楼寺にたどり着けるか微妙になってきたが、もはやできる・できないではなくやる・やらないの段階である。とにかく歩くしかないのだ。巡礼が終わったら松山寺の住職に地図を更新するよう言っておこう。


「あのオーナー、多分私たちのことを人生で嫌なことがあったからお参りしてるんだ、と思ってるぞ」

「別にいいんじゃないでしょうか!」

「でも恥ずかしくて二度と行けないな」


 まあそもそもこの辺に行くこともないだろうが。


 県道を南下する途中、改装中のコンビニ、ホーソンを見つけた。ちょうど看板がクレーンに吊り上げられてトラックに積み込まれようとしているところだった。店の外装も剥がされてホーソンのカラーである青色でなくなっている。駐車場の前に改装工事のお知らせ看板が立っていたが、来月からニアマートに変わります、と書かれていた。


「さっきの店もだけど、最近新しいニアマートがあちこちで出来てるんだよな。だけどフランチャイズの乗り換えもあるんだな」

「聞いた話ですが、他のチェーンよりもロイヤリティがかなり安いらしいです! 特に天寿ブランドの製品は仕入れ値が二束三文で済むので、ロイヤリティを払ってもかなりの額がオーナーの手元に残るらしいですよ!」

「なるほどなー。天寿の製品は今結構売れてるし、乗り換えの違約金やら工事費用やら払っても元取れるんだろうな」

「これ、二学期のLHRのネタにしませんか! なぜニアマートが増えているのかを生徒に考えさせましょう!」

「いいねえ!」


 予定が大幅に狂っているにも関わらず、私たちには心の余裕があった。いつものように歩いて目的を果たしてまた歩きだす。それだけのことなのだ。


 綿式玲とのちょっとした二人旅も、そろそろ終わりだ。

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