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同行二人 その4

 二日目は朝の七時に出発。東へ進んで正午前には海谷市に入った。市街地に札所が集中していたためかここでは特に何もトラブルもなくスムーズに巡礼が終わったものの、この次が難所といえる箇所になっていた。


 海谷市には北部に鷹杉山があり、山腹から麓にかけて毛細血管のように道路が張り巡らされている。各道路の道端に六十四番札所から七十二番札所が設置されているが、各道路間での横の繋がりが乏しく、往復しなければいけない箇所がたくさんある。私たちは新東西自動車道の高架下で休憩しつつ、地図を見ながらなるべく最短距離で行けるコースを模索した。


「六十六番と六十七番を後回しにして、六十八番の遠井地蔵堂から攻めるほうがまだ楽だな」


 ウォーキングジャンキーの綿式玲は反対するかと思いきや、「それでいきましょう!」とあっさりと受け入れた。意外だな。


 スマホで時刻を確認すると、午後三時を回ったところだった。まだ日が高いし、上手くいけば五時間で全部回れる。そして七十二番札所の近くにはビジネスホテルがある。平日だし空き室の一つぐらいはあるだろう。


「では行きましょう!」

「おっしゃっ!」


 休憩を終えていざ出発。


 *


「うわあああ!!」

「ひええええ!!」


 女二人の悲鳴よりも雨音の方が遥かに大きい。


 全くうかつだった。天候をよくチェックしておくべきだった。


 六十八番札所の遠井地蔵堂を巡礼した直後、風呂桶をひっくり返したような豪雨が襲ってきたのだ。


 私たちはたまらず遠井地蔵堂まで引き返し、雨宿りすることにした。地蔵堂はちょうど大人二人が入れるほどの大きさがあるのが不幸中の幸いだったが……。


「こりゃ止みそうにないなあ……」


 日の入り時刻まで若干時間はあったが、空は分厚い雲に覆われて真っ黒に。しかも周りに街灯の類が一切なく、スマホのライトだけが唯一の光源になっていた。


「最悪、ここで野宿しちゃいますか!」

「そうだな……」


 私は寝転んだ。雨風は凌げるとはいえ、会話が聞こえにくくなる程の雨音と暗闇が不安を誘う。だが綿式玲はこんなときでも元気だ。


「狭い地蔵堂、女二人、何も起きないはずがなく……」


 とか変なことを抜かしながら私の方ににじり寄ってくる。


「おいおい、今はそんな気分になれねーぞ」

「私は体力余ってますよ!」


 綿式玲が胸を触ってきた。


「こら、やめろ」

「お地蔵様の前でしたら背徳感が凄いでしょうね!」

「おい!」


 綿式玲が覆いかぶさってくる。こいつマジかよ。それならばと綿式玲の膝下に私の腕絡ませて、体全体でヨイショと押し上げて体勢を上下逆転させた。


「どうだ、研修で習った護身術が役に立ったぞ」

「先生もまだ体力残ってるじゃないですか! さあ、このまま私をめちゃくちゃに」

「このたあけ」

「ひぃん!」


 脳天にチョップを入れてやったが、つい生まれ故郷の方言が口をついて出た。


 こんな感じで非常時なのに二人してふざけあっていたせいで、人がすぐそこまで来ていることに気が付かなかった。


「そこにおるのは誰じゃ!?」


 しわがれた男の声とともにまぶしい光で私たちの姿が照らされる。ちょうど私が綿式玲を組み敷いている姿が。


「あ……」


 私たちはフリーズしたが、懐中電灯で私たちを照らしている老人もまた、目を見開いたままフリーズしてしまった。お遍路さんスタイルで地蔵堂の中で組んず解れつしている女二人。然るべきところに通報されてもおかしくない。雨夜の蒸し暑さから来るのとは別の汗が流れ出したが、


「おお、まさかここでお目にかかれるとは……はあ~南無大師遍照金剛南無大師遍照金剛……」


 老人は何と、私たちを拝みだした。


「あああ、いや、私らはその……」

「空海八十八ヶ所参りをやっとったんじゃろ?」

「ご存知なのですか?」

「時々仏像マニアやら霊場マニアがやって来て、道案内することが多いからの。しかしあんたらのように巡礼するのは久しぶりに見たわい。じゃがあいにくこの雨、無理はせん方がいい。わしの家に来て泊まりなさい。すぐそこじゃから」

「え」

「構わん構わん、さあさあ」


 老人は地元住民のようだが、綿式玲にアイコンタクトで意見を求める。


「お言葉に甘えてしまいましょう!」


 私も地蔵堂に野宿するのは本意でなかったから、老人についていくことにした。

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