同行二人 その2
「巨勢先生と綿式先生……ですよね?」
うちのクラス、高等部1年1組の学級委員である笹川さんはあからさまにドン引きした態度を見せていた。
「さ、笹川さんこそここで何してんの?」
「何って、ここ私の家の前ですけど……」
頭の中で生徒の個人データを参照する。笹川さんの住所は空の宮市永谷340-5、ちょうどこの辺りであることを思い出した。
「何でそんな格好でうろついているんですか?」
「その、これにはふかーい理由があってだな……でも笹川さんが聞いても仕方ないことだし、ねえ綿式先生?」
「空海八十八ヶ所参りの最中です!」
バカ正直に答えやがった。
「八十八ヶ所参り……ああ、もしかしてお遍路さんのつもりで?」
「その通りです! 夏休みだからって先生たちも遊んでいるわけじゃないんですよ! 笹川さんもご一緒にむぐぐっ……」
私は綿式玲の口を塞いだ。
「笹川さん、今のはぜーんぶ見なかったことにしてくれる? 見なかったよね? ねえ?」
ニコニコと笑顔を作りながらもグッと圧をかける。教師の権威を悪用する格好になって心が痛むが、私たちの小っ恥ずかしい姿を記憶に残すわけにはいかないのだ。
「わ、わかりました……何か深い事情があるんですね……」
「サンキューな! 今度の数学のテスト、10点上乗せしてあげるから!」
綿式玲の口を塞いだまま、押しやるようにしてこの場をそそくさと立ち去った。
「よーし次行くぞ次! さっさと済ませちまおう!」
*
逢魔が時と呼ばれる時間帯。私たちはまだ空の宮市の中にいた。
「はぁ……はぁ……これでようやく二十四番札所クリアっと……」
巡礼は三分の一も終わっていない。だいたい十時間かけて歩いてこの程度とは情けないと思われるかもしれないが、途中で札所の距離が極端に離れている箇所があったり、目立たない所に札所があったためになかなか見つけることができず周辺をウロウロしてしまいタイムロスに繋がったためである。しかも昼飯を食べていないため、さすがの私も体力が尽きてしまったのだ。暑さのせいで食欲が湧かず水ばかり飲んでいたのが災いしたようだ。
一方の綿式玲はまだピンピンしている。まったくなんなんだこいつは……
「さあ次行きましょう!」
「おいちょっと待て! もう暗いし続きは明日にしろ!」
「えー!」
「えーじゃない! これ以上歩いたらまじ死ぬって……」
「むー、致し方ないですね! 確かこの近くに漫喫があったはずなのでそこにお泊りしましょう!」
「は? 何言ってんの!?」
「八十八ヶ所参りは通し打ちしてこそです!」
「いやいや、着替え持ってきてないんだぞ。こんなに汗ビショビショなのに!」
「コンビニもあるからそこで買いましょう! 私はへーきですが!」
「わたしゃへーきじゃねえ! もういい、私だけ一旦帰るからな!」
「だめです! 途中で抜けるなんて許しませーん!」
「わっ、離せ!」
「離しませーん!」
二十四番札所の毘沙門堂は、実は市の中心地にある。人通りの多い場所で汗まみれの白装束の女二人が揉み合うという、何とも奇妙な絵面に道行く人は犬のフンでも見たかのように避けていく。
体力が尽きた私と体力お化けの綿式玲との力の差は歴然としていて、さらに今まで忘れていた空腹感が一気に襲いかかってきたこともあり、哀れ私は綿式玲に引きずられて漫画喫茶にぶちこまれてしまった。
「いらっしゃいませ……!?」
店員さんが白装束二人を見て凍りつく。
「ペアシートをお願いします!」
「しょ、少々お待ちくださいませ……」
店員さんはどこかに電話をかけ、小声で何か話しだした。もうこの時点で悪い予感がしたが、数秒後に予感は的中。
「すみません、ちょっとお話を伺いたいのですが」
見た目は仕事帰りにくつろぎに来たOLといった感じである。その人は私たちに手帳を見せてきたのだが、そこには金ピカの旭日章が入っていた。私服警官だ。
「わっ、私たちは怪しいものじゃありません!」
私服警官を前にビビりだす綿式玲。「まあまあ、お話は外で」とにこやかに促されて店外へ。私も一緒に連れ出されたが、もう疲れ果てていたのでどうにでもしてくれという気持ちになっていた。
「空海八十八ヶ所参りをしていたんです! 本当です!」
「こんなところでお遍路さんごっこしてたんですか?」
「ごっこじゃないです!」
綿式玲は証拠として札所の画像を見せようとスマホを取り出したが、
「あーっ!! バッテリー切れてる!!」
「すみません、身分証はありますか?」
私服警官は私たちを不審人物とみなしたらしく、目に見えない圧を放ちだした。