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同行二人 その1

 綿式玲です! 今回歩くスペシャルコース、空海八十八ヶ所巡りについて説明しましょう!


 空海八十八ヶ所巡りとは、ズバリ四国八十八ヶ所参りを真似て生み出された巡礼です! しかしその歴史は浅く、元々は空の宮市と海谷市の市政施行二十周年記念合同イベントとして生み出されたのが始まりです! なぜ空の宮市と海谷市なのかって? それぞれの名前をつなげると「空」と「海」すなわち「空海」となるでしょう! つまりダジャレですね!


 しかし巡礼の宗教的な意味合いは薄く、全国から観光客を誘致するのが目的だったそうです! 折しも日本は高度経済成長期、観光旅行が身近になった頃でしたからね!


 だけど巡礼者はほとんど来ませんでした! 俗っぽい理由を前面に押し出してアピールしたのがダメだったみたいです! そうしていつしか空海八十八ヶ所巡りは地元民の間でも忘れ去られていき、今では仏像マニアの間で語られる程度になり、歩いて巡礼する人は全くいなくなりました!


 私が空海八十八ヶ所を知ったのは、ウォーキングコースを調べている最中にたまたま仏像マニアの個人サイトに引っかかったのがきっかけでした! サイト管理人は八十八ヶ所全てを参拝していましたが、車を使っていました! ずるいですね! こうなったら私が歩き巡礼をやり遂げてみせようと決意しました!


 悠乃先生を誘ったのも理由があります! 私は今まで五人の男と付き合ったことがありますが、いずれも()()()()散歩に行っただけでフラレてしまいました! 今思えば私の趣味と合わなかったからでしょう!


 そんな男運が底辺状態の中、悠乃先生と初めて愛し合ったことを今でもはっきりと覚えています! 向こうは泥酔していたので覚えていないでしょうが、私にとっては新世界を開拓したような気持ちだったのです! この人こそが私の運命の人(ファム・ファタール)なのだと確信しました! しかし同じ轍を踏むまいと、私の趣味にじっくりと染めることから始めたのです! 最初は軽い散歩(十キロ)から、だんだんと距離を伸ばしていき、今では四十キロを歩いても平気なぐらいになりました! その気になればもっと長い距離を歩けるでしょう! 私の趣味につき合えるようになるまで時間をかけて、その間悠乃先生からすれば愛のないおセッセも何度かしましたが! 私にとっては大好きな先輩に抱かれることは浄土に行くことと同じでした!


 そして今、この空海八十八ヶ所巡りを結願した暁には悠乃先生に想いを告げ、恋人どうしとしてお付き合いをしたいと考えています! そのことを実は先日、こっそりと松山寺を訪れて住職に思い切って告げたら喜んで受け入れてくれました! 黄金の大日如来像も私たちの挑戦を見守ってくれていることでしょう!


 *


「これを全部回るんですか……?」

「そうです」


 住職に渡された空海八十八ヶ所霊場の地図を見て、私は天を仰いだ。1番札所はこの松山寺で、最後の八十八番札所は空の宮市北部にある縁楼寺になっている。ルートとしては、松本寺を出てから一端空の宮市南端まで進み、そこから海谷市方面へと進む。ここまでは今までよく歩いていたコースだから問題ない。それから海谷市内にある大師堂や観音堂を巡った後、新東西自動車道方面に向かうのだが、ここからの道のりがややこしい。山に向かって毛細血管のように道路が伸びていて、札所はそれぞれの道端に設置されているが、各道路間での横の繋がりが乏しいため、次の札所に行くのに元来た道を引き返さなければならないところが多いのだ。それからはまた空の宮市に戻って、北部郊外を中心に巡っていき、最後は縁楼寺で締める……というコースである。


 総距離にして……何キロあるんだろうか。私は綿式玲に「ちょっと考え直さないか」と止めようとしたが、あいつは私の心を読んでいたかのように、スマホを取り出していつぞやの私の声を聞かせてきやがった。


『今の私は学校の階段を上るのさえ息を切らしてた頃と違うんだ。お前のスペシャルコース、どこだろうと歩いてやんよ』


 ドヤ顔の綿式玲とニコニコ顔の住職の圧が凄い。


「なかなか威勢のいいことで。弘法大師様も喜んでおいででしょう」

「いや、これはその……」

「では、これをお渡しします」


 住職は有無を言わさず、「奉納」と書かれた大量の紙の札を渡してきた。


「これは巡礼した証となる納札です。札所には納札箱がありますので、納札に住所氏名を書いてお納めください」


 イヤです、と言う選択肢はもはやなかった。


「じゃあ悠乃先生、早速納札しましょう! 和尚さん、チュートリアルをお願いします!」


 こうして空海八十八ヶ所巡りが始まってしまった。


 *


 最初の納札を済ませると、住職に見守られながら寺を出た。二番札所はここから歩いて五分もかからないところにある小泉薬師堂。住宅街の中にポツンと佇んでいる小さなお堂で、管理は行き届いているように見えた。


「えーと、ここですね!」


 綿式玲が隅にある納札箱を見つけた。こっちは古びていて長年使われた形跡がない。さっき住職に教わった作法を繰り返す形で納札を済ませる。


「南無大師遍照金剛~南無大師遍照金剛~南無大師遍照金剛~」


 と、手を合わせて御宝号を唱えた。本当は般若心経とかいろいろ唱えるらしいが、まずは心を込めて祈るのが大切なので手を合わせるだけでもいいですよと住職はおっしゃった。だけど綿式玲のやつが「それじゃ何だか寂しいです!」と変なことを抜かしたこともあり、この御宝号を教わったのである。


 ちなみに御宝号は白装束(白衣(びゃくえ)というらしい)の背中にも書かれている。何だか暴走族の特攻服みたいでイヤなんだが……


「とりあえず、二番札所はクリアだな」

「記念撮影しましょう!」


 綿式玲はスマホで薬師堂を撮影した。これには一応記念以外の意味がある。本来の四国八十八ヶ所巡りでは納経帳という御朱印帳みたいなものに参拝しましたよー、という証を書いてもらうらしいが、この空海八十八ヶ所巡りは小泉薬師堂みたいにお寺に参るとは限らないし、中にはもはや誰が管理しているのかわからないお堂もあるらしく、納経帳は使われていない。その代わりとして写真撮影で巡礼した証にしていいと住職はおっしゃったのだ。罰当たりにならないかという懸念はあったが、仏様はそのぐらいで怒りはしない、と。仏教てそんなものなのかなあ。


「三番札所は永谷大師堂か」

「サクサクっと行っちゃいましょう!」


 私たちは歩き出す。手に金剛杖を携えて。まだ午前なのに、もう汗が吹き出るぐらいに暑い。生徒たちはクーラーを効かせた部屋でヒーヒー言いながら夏休みの宿題に取り掛かっているだろうが、先生だってヒーヒー言ってるんだぞ。


「わー、なんかやべえ奴らがいる!」

「白装束だ!」

「カルトだ! カルト教団の信者だ!」


 通りすがりのクソガキ……じゃなかった、子どもたちが私たちをからかってきた。金剛杖でしばきたい気持ちに駆られたが「女子校教員、児童に暴行」という新聞記事が出たら洒落にならないので、グッと堪えた。アンガーマネジメントは大事。しかしカルトは無いだろ。昔どこぞやの白装束カルト教団が問題になったけどさ。


「コラーッ!」


 綿式玲は我慢できなかったようで、金剛杖を振り回して子どもたちを追い回した。速歩きで。チョコチョコチョコチョコと歩いて追いかける様は不気味で、子どもたちは悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げていってしまった。


「まったく! 親はどういうしつけをしているのでしょうか!」

「お前、絶対に殴るなよ?」

「はい! 体罰はダメゼッタイ! です!」


 大丈夫かな、本当に。気を取り直して再出発しようとしたら、


「あれっ、先生!?」


 覚悟はしていたが、早くも遭遇してしまった。私の教え子に。

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