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遠足行事

「あっセンセ、ちょっと休ませて私まだ……」


 しかし私は問答無用で綿式玲に覆いかぶさる。


「私より若けぇくせに何言ってんだ。おりゃあ!」

「ひょえー!!」


 ベッドがまたギシギシと悲鳴を上げだした。


 ゲボまみれにされた車はどうにかカーショップでクリーニングでき、その代金を払ったのはもちろん綿式玲だ。同僚への菓子折りお詫び行脚ももちろんやった。だが一番迷惑をかけた私に対しては弁償と謝罪だけで済まないと思ってか、足りない分は体で払いますと馬鹿なことを宣いやがった。


 最初、私はアホかと一喝したのだが、滅茶苦茶にしても構わないですからとか歪んだ贖罪意識を押し付けてくるものだからますます腹が立ってきて、よっしゃそこまで抜かすなら望み通りにしてやるわとお言葉に甘えることにしてやったのだ。


 綿式玲にみっちり鍛えられたおかげで体力はすっかり二十歳代に戻っていたので、ほぼ一日ぶっ通しで致してしまった。双方息も絶え絶えになってしまったが、三十キロ歩くよりカロリー使ったんじゃなかろうか。


「ねぇ悠乃先生」

「ん?」


 綿式玲が顔を擦り寄せてくる。いつもなら事が終わればすぐ寝やがるのに。


「私、もっともっと先生と歩きたいです」

「おう歩こう歩こう」


 私は軽く答えた。もうやることをやったから怒りは頭の中から抜けきっていた。


「でもそろそろ、もっと上のレベルを歩きたいと思いませんか?」

「上のレベル?」

「もうただ歩くだけじゃ面白くなくなってきたんじゃないですか?」

「そうだなあ。もうここら辺はほとんど歩いたもんなあ」

「ならば、スペシャルコースを歩いてみませんか!」

「どこ歩くの?」

「内緒です!」

「内緒お?」

「聞いたらセンセでも怖気づいてしまうかもしれないからです!」


 ちょっとカチンときた。


「今の私は学校の階段を上るのさえ息を切らしてた頃と違うんだ。お前のスペシャルコース、どこだろうと歩いてやんよ」

「言いましたね? 言質取りましたよ!」


 こいつ、いつの間にかスマホのボイスレコーダーを起動させていやる。


「そうまでして歩かせたいところってどこだよ」

「当日になったらお教えします!」


 綿式玲の顔は、さっきまでアレしているときのように上気していた。


 こいつの意図はわからんが……まあ乗ってやろうじゃないの。


 *


 一学期は何だかんだで行事がてんこもりである。特に私たちが担当する一年生はゴールデンウィーク休み明けに遠足があり、生徒たちの体力づくりの他、空の宮市について知ってもらうことを目的としているのだが、今年度の企画担当がよりにもよって綿式玲だった。


 四月初めにこいつが出した遠足プランにはびっくりした。悪い意味で。


「いかがでしょうか!」

「あの、綿式先生……自衛隊のレンジャー訓練か何かですかこれは?」

「その通りです! レンジャー訓練で使う山を踏破してもらい強靭な子に作り上げます!」


 学年主任が大きなため息をつく。夕月駐屯地のレンジャー訓練内容を調べて引っ張ってきたらしかったが、当然リジェクトされた。


「では、プランBはいかがでしょうか!」

「綿式先生……これは企業戦士養成学校の夜間行進そのものではないですか?」

「その通りです! 企業戦士養成学校の夜間行進を経験してもらい強靭な子に作り上げます!」

「綿式先生、ちょっとこっちに来なさい」


 綿式玲は温厚な学年主任に別室でこってりと絞られたのだった。ちなみに企業戦士養成学校というのは空の宮市東北部の県境近くにある社員研修機関で、非合理的な軍隊式スパルタ教育を施すことで悪い方で有名な、ブラック企業御用達の場所となっている。夜間行進はカリキュラムの一つで、深夜の山中を四十キロも歩かせるという、体育会出身の私でもドン引きするものである。警察消防自衛隊ならまだしも、一般会社員にやらせる理由なんか全くない。単なる根性だめしの儀式だろう。


 そういった事情を踏まえて、星花では七海ちゃんが企業戦士養成学校を使う企業を調べ上げて、そこからの求人は一切紹介しないようにしている。七海ちゃんは腹黒だけど生徒を守る職員の鑑なのだ。


「あなたに頼んだ私がバカでしたとガチで怒られました! なぜでしょうか!?」

「はぁ……主任はな、前の職場で企業戦士養成学校に行かされたことがあるんだよ」

「何と!」


 主任が前に赴任していた某私立高校はブラックそのもので、教職員はみんな企業戦士養成学校に行かされていた。その経験が教育に効果を発揮するわけがなく、その学校はいまだに入試で名前を書ければ合格という体たらくで、荒れに荒れているという。


 そんな話はさておき、遠足プランは結局私が作る羽目になった。


 行き先は松山寺(しょうざんじ)というお寺と水の科学館である。この二つは互いに隣接しており、学園から歩いて片道二時間のところにある。体力づくりと文化教育の両条件を満たせる良い場所だ。


 このプランは主任から一発OKを貰った。綿式玲のトンチキプランに比べたらかなりマシに映ったことだろう。


 そういう経緯を経て、遠足の日になった。


「しゅっぱーつ!!」


 綿式玲は案の定、生徒を置いてけぼりにして先にずんずんと進んでいこうとする。


「綿式先生! ちょっと待てーい!」


 大声で止めたものの、「待てーい!」という言い回しが某怪盗を追いかける某とっつぁんみたいになってしまった。咳払いしてごまかしたものの生徒たちのクスクス笑いが聞こえてくる。ハズい……。


「なんでしょうか!」

「あのさ、歩きたいところ悪いんだけど、一番後ろの方に行ってくれるかな? 万が一、生徒が怪我したらすぐ応急処置できるようにしたいから」

「了解しました!」


 素直に後ろまで下がってくれた。生徒より綿式玲をよく見張っとかなきゃだめだな……。

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