第83話 覆面の正体
シャトルレーサーレース大会の撤収作業が終わり、係の者たちは帰り支度を始めている。
「俺たちも早々に戻るとしよう」と、チハルに言って、ピザキャップに乗り込もうとしたら、何故か祝賀の輪の中に混じっていた、覆面王女と覆面将軍の二人に呼び止められた。
「ちょっと待って!」
「少しいいか?」
「何かな二人とも」
二人は顔を見合わせて譲り合っている。二人一緒ではなく、別々の用事であるようだ。
覆面王女はエリザベートだから後でもいいだろう。
俺は覆面将軍と先に話をすることにする。
「少し二人だけで話がしたい」
「じゃあ、そこの隅のテーブルでいいですか?」
「まあ、いいだろう」
俺はチハルと覆面王女以外は先に帰ってもらって、覆面将軍とテーブルに着く。
すると覆面将軍は何かを取り出すと、テーブルの上にそれを置いた。
「遮音結界の発生装置だ。これで忌憚なく話ができる」
「へー。そんな物があるのですか。それで、そうまでしてする話とはなんです?」
「まず、話をする前に俺の正体を明かしておこうと思う。勘づいているかもしれないが、俺は帝国軍の将軍でゴルドビッチだ」
まさかと思っていたが、本当に帝国軍の将軍とは。それも、ゴルドビッチといえば、あの男爵令嬢の婚約者で、シリウス皇国侵攻の責任者だったはずだ。
「驚かないところを見ると、矢張り知っていたか……」
「いえ、知りませんでしたけど、もしかしたらと思ってはいました」
「最初に謝っておくのが筋かな。元婚約者が迷惑をかけた。すまなかった」
「元婚約者? 男爵令嬢のことですよね? 元、なんですね」
「彼女との婚約は破棄した。今は帝国の牢獄の中のはずだ」
「そうなんですか……。なら、将軍が謝ることでもないでしょう」
「そう言ってもらえると助かる。それで、今回の襲撃だが、帝国軍は関与していない」
「将軍には助けられましたしね。信じますよ」
「ここからは推測だが、襲撃を命令したのは、皇国の第一王子だ」
「ほう。その情報はどこから?」
「俺と第一王子は裏で繋がっている。いや、繋がっていた。お前を消してくれと頼まれたが断ったよ」
「ちょっと、ちょっと! そんなこと俺に話していいんですか?!」
「構わないさ。向こうもこっちも、今までどおりの関係を続けるメリットがなくなった」
「そうなのですか。それで今度は俺に乗り換えですか?」
「そういうことだ。是非帝国に来て欲しい」
「裏のパイプとしてではなく、引き抜きですか……」
これはまた、随分と思い切った提案をしてきたものである。
「皇国にいても命を狙われるだけだぞ」
「帝国に行ったら、実験動物か、種馬でしょ」
「女には不自由しないぞ。なんならお前の好きな太った女を揃えてもいい」
「いや、だから、俺はデブ専じゃないですから。俺はリリスがいればそれでいいんです」
「まあ、今すぐ来てくれとは言わん。それに、帝国に来てくれとは言ったが、帝国にお前を渡す気はない。俺と組んでくれ。一緒に帝国を潰して作り直そう」
「それはまた……。随分と大それた考えを持っているんですね」
「帝国の貴族は腐敗が進み過ぎた。このままでは帝国全体が腐ってしまう。一度切り捨てるしかない」
帝国の貴族がみんな男爵令嬢のようなら、将軍の言うとおりだろう。
「そう言われても、俺は帝国について何も知らないし、シリウス皇国についてだってほとんど知りませんからね」
「だからこそ、皇国を見た後でいいから、帝国にも来て現状を見てくれ」
「見たとしても、俺には何の力もないですよ」
「そんなことはないだろう。皇家の紋章とハルク千型のプロトタイプを持ってるじゃないか」
第一王子と繋がっていたんだ、そこはバレてるか。
デルタのことを高く買っているようだが、オメガユニットについてはどうなんだ。
下手に突いて藪蛇になっても困る。後でステファにどこまで話が漏れているか確認しないとな。
「俺は引き篭りですからね。事なかれ主義なんですよ」
「俺から見れば、皇国も帝国と然程変わらない。お前ならきっとどうにかしたいと感じるはずだ。その時は手を組んで一緒にやっていこうじゃないか」
俺のどこをどう見ればそう感じるのだろう? 疑問だ。俺はただの引き篭りなのに……。
「期待には添えませんが、帝国に行く機会があれば連絡しますよ」
俺はカードを取り出して将軍に示す。
「今はそれで十分だ」
将軍もカードを取り出し、連絡先を交換する。
「俺はこれで帝国に撤退する。連絡を待っているからな」
「ええ、帝国に行く機会がありましたら連絡します」
絶対に帝国には行かないことにしよう! 面倒だ。
覆面将軍との話が終われば次は覆面王女だ。
「お待たせ」
「いえ、たいして待ていないわ」
「それで、話して何かな」
「まず話を始める前に、私の正体を明かしておきたいの。驚かないで聞いてもらいたいのだけど、実は私は……」
「エリザベートだろう」
「な、なんで知ってるのよ! どうやって調べたの? 誰にも教えていなかったのに」
「調べるも何も、最初からバレバレじゃないか」
「えー! そんなー! セイヤ様は特別な観察眼をお持ちなのですね。驚きました」
「いや、俺は特別な観察眼なんか持ってないから」
それより、気付かれてないと思っていたことの方が驚きである。
「まあ、それはいいですわ。それで、話とはいうのは、私とセイヤ様の婚約についてなのですが……」
「それについては、何度も断ったはずだが」
「それについて、どうして私が受け入れてもらえないのかわかりました!」
「リリスがいるからだよ」
「そうですね。リリスさんは、以前は大変太っていたそうですね」
「確かに太っていたが、それは関係ないぞ」
「隠さなくてもいいのです。つまりセイヤ様は太っているお方がお好き」
「いや、普通にスタイルが良い方がいいけど」
「わかっています。セイヤ様にとっては、良いスタイルなのですよね。太っていることが……。ですが、私にはどうしてもこれ以上太れそうにありません」
「別に太る必要はないと思うけどね」
「そんなわけで、大変申し訳ございませんが、婚約の話は無かったことにしていただきたいのですが」
「それは構わないよ」
というか、最初から断っているじゃないか。
「本当に申し訳ございませんでした。別にセイヤ様が悪いわけではないのですよ。私が太れないのが悪いのです」
「いや、俺はデブ専ではないからね」
「いいんですよ。わかってますから」
「いや、わかってないだろ!」
なんで皆んな俺がデブ専だというのだろう。解せぬ。
だが、ここで誤解を解いてしまったら、また、エリザベートに婚約を迫られることになりかねない。
このまま、誤解させておいた方がいいのかもしれない。だが、納得がいかないな。
それに、何か、俺の方が振られたみたいな話になっているが、どういうことなんだ?
本当、女性は、男爵令嬢にしろ、ステファにしろ、エリザベートにしろ、人の話を聞かないわ、自分勝手だわ、ろくなもんじゃないな。
まともなのはリリスだけだ。
こんな話は早々に切り上げて、リリスの元に帰ろう。
「それで、話はこれで終わりでいいかな?」
「後もう一つ」
「何かな。手短にお願いするよ」
「はい、言いたいことは一言だけですわ。次の大会では負けませんわよ!」
俺はもう大会に参加する気はないのだが、それを言うと、話が長くなりそうだ。黙っておこう。
チハルといい、エリザベートといい、スピード狂なのか?
チハルは「良心的な娘」のはずだし、エリザベートに至っては王女なんだけど……、こちらの世界はどうなっているんだ?
エリザベートは、「次は負けませんわ」宣言をすると帰っていった。
俺も、待っていたチハルと一緒にピザキャップで宇宙船に戻ったのだった。