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チョコと初恋、消えた。

作者: 夕暮たひち

(なんかある……!)


 思わず声が出そうになった。机の中になにかがある。一瞬指の先に触れたそれは、紙袋のような手触りだった。すぐ後ろをクラスメイトが通り過ぎたので、急いで机の中から手を引き抜いた。そして机の中のそれを隠すためにランドセルから教科書やノートなんかを急いで出して、机の中に突っ込んだ。朝の教室のざわつきの中で、心臓がバクバク鳴っていた。


(落ち着け。落ち着いて状況を整理しよう。机の中になにかがある。自分でなにかを入れた覚えはまったくない。ということは、誰かが入れたんだ。それしか考えられない。そして、今日は、……2月14日! 間違いない、2月14日だ。誰でも知ってる、あのバレンタイン・デーだ。女子が、好きな男子にチョコを送る日だ。)


 一気に顔が熱くなった。そのとき、朝礼のチャイムが鳴った。担任の先生が来て、なにか話していたようだが、なにも耳に入ってこなかった。朝礼が終わり、先生が一旦出ていったあと、教室はまたいつものように騒がしくなった。


(やばい。めっちゃうれしい。女子からチョコもらうなんて5年生にして初めてだ。まじか。やばい。でも、誰だ。誰からだ。手紙とか入ってるのかな。めっちゃ見たい。いやでもダメだ。誰かに見られる。まだ出せない。それに、誰かが入れたということは、その人は多分僕の反応を観察してる。おかしな動きはできない。冷静に。気付いてないふりをするんだ。)


 またチャイムが鳴り、先生が来て授業が始まった。教科書とノートを取り出すとき、指先で一瞬それに触れてみた。やはり、どう考えても紙袋のようななにかだ。思わず顔がにやける。そのあとの授業はやっぱり上の空で、板書をノートに写すのもおぼつかなかった。


(でも、本当に誰だ。クラスのみんなは、誰々くんは誰々ちゃんが好き、とか、そういう話をよくしてるけど、少なくとも、僕のことを好きな女子がいる、という話は聞いたことがない。いや、確かに僕はあんまり女子とはしゃべらないけど、でも、女子から嫌われてるってこともないだろう。勉強はクラスの中でもできる方だし、バスケ部にも入ってるしね。ウチのバスケ部は男女混合だし。女子と全然付き合いがないわけじゃないし。……でも、っていうことは、そういうみんなの恋愛話に出てこないぐらい、密かに僕のことを好きな人がいる、ってことだよな。まじか。しかも、机の中に入れておくとか、どう考えても本命だよな。義理なわけない。)


 依然として机の中のそれに気付かないふりをしながら、休み時間を過ごし、授業を受け、給食を食べた。そして、給食のあとの昼休み、教室の隅から声が聞こえた。

「はい、チョコあげる。義理だよ~」

 そう言って、弓永ゆみながさんが仲の良い男子にチョコを配り始めた。一瞬で教室の空気が変わった気がした。弓永さんはこのクラスで一番人気のある女子だ。誰々くんが誰々ちゃんを好き、という話では、誰々ちゃんとは大抵弓永さんのことだったりする。明るくて、可愛くて、運動神経が良くて、バスケ部のエースで、男子からはもちろん女子からも人気だ。そんな弓永さんがいきなりチョコを配り始めたのだから、みんなが色めき立つのも無理はない。僕は無関心なふりを装いながら、弓永さんのチョコの行き先を注意深く観察していた。僕は、弓永さんのことが好きだった。


(……まあ、まあキッシーはおんなじバスケ部だしな。ミヤは……まあよく休み時間一緒に遊んでるしな。他の男子も一緒に遊んでるけど。タクは……まあ他の女子にも人気あるもんな。ペット的な人気だけど。キンちゃんは……どう考えても義理だろ。)


 僕なりの弓永さんのチョコの行き先チェックは、本当に全部義理、という結果に終わった。あの中に本命はいない。ということは、弓永さんの好きな人はあの中にいない、ということだ。


(………………!)


 そのとき、体中に電流が走った。


(待て待て待て待て。ということは、だ。普通に考えたら、僕も、弓永さんから義理をもらえる範囲の男子のはずだ。同じバスケ部だし、休み時間もよく遊ぶし、そこそこしゃべるし、「勉強できてすごいよね」って言われたこともあるし。でも、僕には渡してこなかった。そして、いま渡した男子の中には、本命はいない。ということは、だ。もしかしてもしかして、もしかして僕の机の中のこれが………本命……?)


 午後の授業の上の空っぷりは、午前中の比ではなかった。ふと気付くと、もう終礼が始まっていた。


(まあ待て。もう一度落ち着いて考えよう。この机の中には、誰かの本命のチョコがある。そしてそれは、弓永さんの可能性が高い。うん。紙袋の中に、差出人の名前が書いてあるはずだ。まず、それを確認しないと。でもまだダメだ。みんなが帰ってからじゃないと。今日顧問の先生が出張だとかでたまたまバスケ部休みなんだよな。よかった。教室に残ってても不自然じゃない。……待てよ。手紙が入ってるかもしれない。もしかしたら、放課後、校舎の裏で待ってます、とか。ありえる。弓永さんならなおさら。だってバスケ部休みだし。……よし。不自然じゃない程度に、ゆっくり荷物片づけて……と。)


 一度ランドセルに入れた教科書を意味もなくまた出してみたり、筆箱の中身を意味もなく机の上に並べてみたり、教室後方の自分のロッカーを意味もなく整理してみたりして、時間をつぶした。そうして、自分以外の最後の一人がようやく教室を出ていった。


(……よし。ようやくだ。落ち着け。いよいよだ。)


 机の中に手を伸ばす。今日はじめて、こんなに奥まで手を伸ばす。そして、それを、今までで一番強く、つかんだ。


(ん……。結構、軽いな……。ん……?)


 今日はじめて机の外に出たそれは、僕の手に握られていたそれは、


くしゃくしゃに丸められた紙だった。


(……………………え?)


 目の前の状況をまったく理解できず、呆然としながら、それを広げてみた。


『学校だより 2月号』


(………………………………………………………………………………………………………………………………………………なんっっっっっっなんだよもぉ~~~~~~ぉぅ……………………死にたい。)


初恋も、儚く溶けて消えた。


(了)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 落ちが面白かったです。 タイトル回収が上手でなるほど、と思いました。 [一言] これ恋愛ジャンルでいいんですかw ギャグじゃあないですか! しかも義理でさえもらえていないしw と、笑わせて…
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