10 私の部屋
「ヨルさんのお部屋はこちらです」
木の扉を開けると部屋は15畳くらいだろうか、1人が使うにはもったいない広さにベットと机、クローゼットが置いてある
ヨルは産まれてこのかた自分の部屋というものを持ったことがない、だから嬉しいのに自分に与えられたものの実感がもてない
ホテルで宿泊してお金を払う対価が存在する場所という気持ちになってしまう。
現にこれは家賃いくらするのだろうと考えこんでいた。
「布団などの必要なものは用意しましたが何かありましたらご連絡ください。私はこの家を出た兵舎におります。」
ヨルは名前を聞きたかったが出ない声を無理に出して困らせたくないと下を向いたまま会釈をした
「ヨルさん、私の名前はミハーゼです、孤児でしたが長に拾われてこちらにお世話になっております、失礼ながらあなたの気持ちが少し伝わります。もし答えと違っていたらごめんなさい」
ヨルは自分の聞きたかったことを答えてくれたのに驚いて目を見開いてミハーゼを見た、彼は薄い小麦色の髪をした30代のお兄さんというような男性だった、私の事が分かるというのはそういう魔力を持った人なのだろう
「私の魔力は弱いので戦いには向いていません、でも傷ついた人を感じ取ることができます。心を読むのとは違いますから安心してくださいね」
優しく笑いかけてくれるミハーゼに顔を赤くして下を向いてしまったヨルは何度もお礼のお辞儀をした
「夕食は街で買われたと聞いたのでご用意ございませんが、何か食べたくなったらいつでも言ってくださいね」
街で見かけたサンドイッチが転移前に見たBTLサンドに似ていた、転移前の世界で大事に持っていたチラシがカフェのフランスパンに挟んであるたくさんの野菜やベーコン、見るだけでもおなか一杯になるから空腹で倒れそうなときに見ていたそれと似ている食べ物・・・
あまりにキラキラした目で見ていたヨルをみてスイが買ってくれた。
「ではまた明日、朝食のご用意ができましたらお伺いします」
誰もいなくなった部屋を見渡して自分の居場所を確かめる
こつこつと足音を鳴らす静かな部屋の窓へに立ちすくむ。
彼女の部屋は1階の角にあった、そこから見える草木の生い茂り、時折風で草がこすれる音に穏やかな景色が広がっていた
用意されていた机にセットで置いてあった椅子に座りこむ、机という贅沢なものが自分のためにあることに感動する
外は夕日が沈みかけていたが今何時なのだろう、そういえば部屋に時計がない。
もしかしてこの世界には時計がない?
昼も夜も外の明かり次第ということだろうか
クローゼットを開けると、ヨルがこの街に来ていた服が掛けてあった、
あー懐かしいというかなんというか・・・もう見たくないこの服・・・
転移前に来ていた服を見て暗い顔に戻るヨルは掛けてあった服を小さく畳んで見えないようにクローゼット下にある箪笥にしまった
かわいらしいシンプルなワンピースに少しおしゃれなワンピースもかかっていた
刺繍がとてもきれいで見とれてしまう、こんな素敵な服を貸していただけるなんてやっぱりここに暮らす人は優しい
部屋の中だと驚きの連続で心が耐えきれないから外に出て一人で散歩に行った
コンクリートしかなかったあの場所とは全然違って、今はあの人達もいない自由な場所、もしここが死後の世界なら私は天国に来ているんじゃないかと思う
でもつねると痛いし、怪我をすれば血が出る。
まだあの時の記憶を頭に刻み付けたまま生き続けているんだ。
数日前に死へと足を踏み入れたヨルにとって簡単に生に振り替えることができない。
もちろん死ぬことがどれだけ覚悟がいることかは知っている、だからこそ立ち止まって動けなくなってしまう。
どんなに周りの人が優しくても、私がここに永遠に存在することが想像できない
夕日が沈んで暗くなった場所から月明りを眺めた。




