闇の中で
ジャンルはホラーです。
あまり怖くは無いですが、怖い話が苦手な方はお気をつけ下さい。
ホラーでも大丈夫と言う方は、どうぞ先へお進み下さい。
読者様が少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
深夜1時。
廃れたこの地域では一番古い団地を縫うように家路に急いでいた。
賑やかな商店街から道一本逸れたこの地域は、商店街通りの闇を全て引き受けてしまったかのように年中陰気な雰囲気が漂っている。
特にこの小さな棟しかない団地は塗装が剥げコンクリートは引付けを起こしたように罅割れ、廊下の電球は全て切れてしまっているか死に掛けの羽虫のように弱弱しく点滅を繰り返す。質の悪い蛍光灯はますます闇を深めていた。
この陰気な坂に囲まれた一帯は、深夜になると誰も通らない。時折車が数台通るだけ。
2年前にここに引っ越して来た私は、こんな場所に馴染めるわけも無く近隣の人間とコミュニケーションすらとって居なかった。
私の家はこの一帯の東の端。
商店街から少し奥まった場所にあった。
仕事は夜型で、家に帰る時間はどうしても毎晩午前を越えてしまう。
夜道を歩くのは苦手では無い。
ここに引っ越して来る前は、むしろ誰も居ない道を歩くのはとても自由な気がしていた。
しかし。
ここに引っ越してきてからはそう感じることは少なくなった。
公園が在るのだ。
あの寂れた団地の中に。
団地はA棟とB棟があり、この2つの棟はL字型に建っている。
その互いの棟の正面、団地の真ん中にそう広く無い公園がある。
団地の1階の家の目隠しのためか、団地側では無い周囲はガジュマルが鬱蒼と茂っている。
ガジュマルは枝を広げて育つ樹のため、伸びた枝が横に広がっている中からぼうっと公園の一部が見えるのだ。
そう。シーソーが。
壊れているのか、そのシーソーはいつ見ても静かにぎぃったんぎぃったんと音を立てて揺れている。まるで誰かが遊んでいるかのように。
私はねっとりと体に巻きつく湿気をふんだんに含んだ重くて熱い空気の中に居ながら、背筋にすうっと汗が流れた。悪寒が全身に走る。
毎晩のことながら、叫びだしたい気持ちを抑えながら早足で家路を急いだ。
団地の周りのごみ収集所と言う名の、不法投棄されたパソコンやソファー、その他電化製品が道までせり出てしまっているとても汚い道を通り、あと2つの角を曲がれば我が家と言う時に気が付いてしまった。
めったに人が居るはずの無い路地なのに、後ろから革靴のこつこつとした足音が聞こえてきた。
珍しい。
初めてこの時間帯に人の気配を感じた。
あの公園を見た恐怖が少し和らぐ。正直ほっとした。だらだらと続く緩い坂道をいつもよりは少しゆっくりと登り、最初の角を曲がる。
こつこつとした足音はやまない。
心なしか足音が早まった気がした。
嫌な気分になり、軽く後ろを伺い見た。
びしっとスーツを着こなした銀行員風のスーツの男が歩いている。顔は見えない。
先ほどの公園の前で感じた恐怖が急に蘇る。
右手に我が家に続く1本道。
左手は商店街へ戻る路地。
私は早足で左手に曲がる。
足音は少し送れて左に曲がった。
叫びだしたい気持ちに蓋をして、完璧ではない碁盤目状の立地を右に行き、左に行きスーツの男をかく乱するために早足で歩く。
私の足音が早くなるのと皮靴の足音が早くなるのはほぼ一緒。
足音はどんどん早くなり、わたしとの距離がどんどん近づいてくる。
もう巻けない。
決心した私は先ほどの角を右手に。
急な坂を上りきった1件しかないアパートへ全力疾走した。
革靴の足音も先ほどとは比べ物にならない位早くなる。
私は命からがら、1階の端の自宅に入ると玄関先にうずくまった。ここに居るのがばれないように息を殺す。
10分ほど経った頃。
何も起こる様子が無いので、あのスーツの変質者は私が見つからなかったので、おとなしく帰ったと判断して靴を脱ごうとした瞬間。
ドンっ。
と凄い勢いで玄関を殴られた。
ドンっ、ドンっ、ドンっ、ドンっ。
ドンドンドンドンドンドン。
玄関を殴る音が部屋中になり響く。そのスピードは徐々に上がってきて、ついに間断が無くなった。
怖いっ。怖いっ。
ひぃぃぃっ。と小さく呻くことしか出来ない。
音はどんどん大きくなる。
ワラにでもすがる思いで110番通報した。
「助けて、助けて下さいっ」
後ろのドアの音が聞こえているのか、かろうじて私から住所を聞き出せた警察官はすぐに来てくれる約束をして電話を切った。
それから携帯を握り締め、恐怖に叫びだしそうになるのを必死にこらえて警察がくるのを待った。
スーツの男は玄関を殴るのに飽きたのか、今度はドアノブをガチャガチャと鳴らす。
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ。
ドアノブは鳴り続ける。
音はやまない。
すでに警察に電話して30分が経っていた。
遅い。警察は私を見捨てたのだろうか。
早くこの男をどうにかして欲しい。
先ほどの警察官の連絡用の携帯に電話する。
プルル、プルル。
2コールで先ほどの警察官とつながった。
私はヒステリックに早く助けてくれと叫んだ。今どこだと叫んだ。
警察官はもう15分も前から私の家の前に居た。
そして困惑しているような、震えた声で。
「ええ、確かにあなたの家に前にいます。早く助けてあげたいのですが……」
と言ってためらったように言葉が途切れた。
歯切れの悪い答え方に、私は追及し続けた。
そして決意を決めたように、一呼吸すると言った。
「誰も居ないんですよ。確かに誰かがドアを殴っているのに」
いかがでしたでしょうか?
あまり怖い話では無かったのですか?
もっと精進しようと思います。
最後までご覧頂きありがとうございました。
感想(酷評でも)など頂けると幸いです。