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遠い銀色のトラベル  作者: バームクーヘン
第一部「師匠探索編」
6/11

第6話 復讐の里

「……冷えてきましたね」



 シルは風の国の東側に向かって箒に乗って飛行していた。

今までは寄り道しながらも北に向かっていたのだが、そろそろ国の端にまで差し掛かろうとしていたので進む方角を帰ることにしたのだ。

そうして東に向かっていたシルだが、冷えた気候に包まれて身震いするようになってしまった。


「あー……寒い。この周辺は気候が温暖で穏やかだと聞いていたのですが」


 前に立ち寄った街で、この周辺について尋ねた時は比較的落ち着いた地域だと聞いていたのだが、とても穏やかとは程遠い肌寒さだ。

おまけに、時々魔物が襲いかかってくることもある。その証拠に今も正面から飛龍が飛んできて火球を放ってきた。


「エアロック」


 シルが杖を向けると前方の空気が固まって壁となり火球を防ぐ。ついでに飛龍の正面の空間も固くして、それに激突した飛龍は下に向かって落ちていった。


「また来ました……早く街とか集落に付きませんかねー」


 シルはぼやきながら人のいる場所に付かないか祈り始めた。




 そして日が落ちて夜になり、シルはようやく人がいそうな場所を見つけた。

箒から降りて門に向かうと、門番をしている男に立ち塞がれる。


「待て、この里に立ち入るには通行料が必要だ」

「えー、本気ですか?」


 失礼ながら、通行料を払わねばならない程魅力的な場所には見えない。ここから見ただけでも所々寂れているうえに、活気も少なそうだ。

しかし、門番の男も一歩も引くつもりはない。


「悪いが決まりなんだ、払えないなら通すわけにはいかないな」


 男は仏頂面で取り付く島もない感じだった。悪意は感じないので、彼も多少は不本意なのだろうか。


「ちなみに、いくら払えばいいんですか?」

「金貨3枚だ」


 滅茶苦茶ぼったくりですねぇ、と思いながらシルは財布を覗き込んだ。幸いまだお金には余裕が有る。あるにはあるが、こんなところで無駄遣いするのも気が引ける。


(いっそ魔法で誤魔化して見ましょうかね。幻覚魔法で金貨を銅貨に見せかけるくらいならできますし)


 師匠にはお金を実際に変化させるのは封じられたが、見た目を変えるだけならばまだ使える。それならこの場を上手く切り抜けられるだろう。

最も、間違って銅貨を受け取ってしまったなんてことになった彼の処遇については同情するが。


(うーん、でも私もやむなくやる訳ですし構いませんよね)


 最悪去り際に自分が魔法で幻覚を掛けたと説明でもすればそれでなんとかなるだろう。それまでは申し訳ないが、彼に貧乏くじの一つくらい引いてもらおう。


(どうせ後でカバーすればいい話ですよね。魔法でどうとでもなりますし)


 そうだ、後でどうにかできるなら今はどうなってもいいだろう。自分にはそれだけの力がある。

後から直せるなら、何をしても……


……魔法が使えるなら、何をしたって許される。




「うっ……おえっ!!」

「お、おい」


 突然目の前で蹲り、嘔吐したシルを門番の男は思わず駆け寄って背中をさする。

一体どうしたのか聞く前に、シルはすばやく魔法で自分の嘔吐物を消し去るとハンカチで口を拭いながら門番に金貨3枚を押し付けた。


「払います、これでいいでしょう」

「あ、ああ……だがお前大丈夫なのか?」

「ほうっておいてください」


 シルはその場から逃げるようにして駆け出していった。その背中を、門番は呆然と見送るのだった。




……気持ち悪い。

シルは顔を手で抑えながらむしゃくしゃしたまま歩いていた。先程のことを考えると、今も気分が悪い。


 一体、なんだったのだろうか。

理由はさっぱり分からない。だが、後からリカバリーできるなら何をしてもいいと考えた途端、急にとてつもない嫌悪感が込み上げてきて、耐えられなくなってしまった。あれは、なんだったんだろう。


「私の中の正義感が働いたとか……」


 散々イタズラを繰り返しておいてそれはないのではないでしはょうか。シルは自分でそう考える。

これ以上は考えても気持ち悪くなるだけだろうと。そう思ってシルは深く考えるのをやめようとした。


「おい」

「うえっ」


 急に襟首を掴まれて引き止められたかと思うと、目の前に大きな石像があることに気がついた。

既に半壊しているものの、あのまま歩いていたら顔から思いっきりぶつかるところだった。


「この里でよそ見歩きとはいい度胸だな」

「いえ、なにぶんこの街には詳しくないもので……ん?」


 シルは自分を止めてくれたこの女性に見覚えがあった。黒髪のポニーテール、真紅の燃えるような瞳、帯刀した刀に数々の武器に隙のない佇まい。


「退治屋さんじゃないですか。なんでここに?」

「旅の途中だ。お前もだろ?」


 退治屋の雨流との再会にシルは驚き、ついでにこっそり尋ねてみることにした。この街の住人でない彼女になら聞いても問題ないだろう。


「なんでこの街こんなに寂れてるんですか?」

「ああ……最近、野盗に襲撃されたそうだ。気候に異常が発生して交通が不便になったタイミングと丁度重なったせいで王都の救援も中々こないみたいだ」


 なるほどと思いつつ、シルはその話にはある疑問が浮かんだ。


「盗賊に襲われただけでこんなに寂れますかね? なんか思いっきり壊れてる建物とかあるんですけど」

「その野盗の集団だが、どうやら魔法使いの集団で構成されているらしい。この里には魔法使いはいないから、殆ど抵抗できずに終わったそうだ」

「……嫌ですね、そういうの」


 魔法を使って強盗をする集団がいるというのは、シルにとって気持ちのいい話題ではなかった。

雨流は周囲の寂れた光景を眺めながら口を開く。


「そういう訳で、この里の住人はみんな気が立ってるんだよ。野盗のせいで貧しいくらしを強いられている人も多いし……家族を殺された子だっている」


 確かにこの里に入って家族が揃っているのをまだ見かけていない。シルは子供が一人木の枝を振り回しているのを見つけた。

恐らく、魔法の練習をしているのだろう。子供の足元や杖を向けている先にいびつな形の魔法陣が描かれている。だが、シルはその少年から魔力を一切感じなかった。


「退治屋さんは、どうするんですか」

「まだ依頼は受けていない。最もこの様子じゃ報酬は期待できそうにないがな」


 そう言う雨流の目は、落胆や傍観するような感じではなかった。

きっと、頼まれてもいないのにやるつもりだろう。シルはそう確信した。


 すると、大きな笛のような音が里中に響き渡った。入口から襲撃の知らせを告げる男達が声を張り上げて避難を呼びかける。

雨流はすぐに駆け出し、シルはその隣を箒に腰掛けて並走した。


「噂をすればとやらだな。待つ時間が無くて助かる」

「冷え込みますからねぇ」


 里の門にたどり着くと、武器を持った里の男達と野盗の集団の睨み合いが始まっていた。最も、里の防衛戦力の方が人数が多いのかジリジリと野盗の集団は後ろに下がっていく。

一人一人と野盗が撤退していく光景を、シルと雨流は後ろから眺めていた。


「……妙だな」


 雨流の呟きに、シルは頷いて肯定した。

確かに人数は里の人間の方が多いが、魔法が使えるなら諦めるような戦力の差ではない。一戦も交えずに撤退するのは明らかに変だ。

そう考えたところで、外に居た野党の集団が次々と姿を消し始めた。それを見て、シルはすぐに里の中へと引き返す。


 その後ろを雨流が追いかけてシルに問い掛ける。


「おい、これって」

「転送魔法ですね。多分前回の襲撃の際にマーキングされていたんでしょう。表の陽動隊が引きつけてる間に手薄になった中央を攻める魂胆だったんでしょう」


 シル達が中央付近にたどり着いた頃には、あちこちから煙が立ち上がり、強盗が始まっていた。


「おやおや、遅かったねぇ」


 鎧を身につけた老婆が到着した里の男達を嘲笑う。周囲にいる男達は武装して老婆を守ろうとしている。そして、何人かの野盗は里の住人を人質に取っていた。

雰囲気からして、恐らくこの老婆が野党達のトップなのだろう。


「流石は魔法も使えない劣等民族だねえ。やること全部トロくて笑っちまうよ。なぁお前たち」

「へへへ」


 野党達は老婆に促されるまま大笑いして里の住人達を馬鹿にする。

里の男達は歯を食いしばり野党を睨みつけるが、人質にされた子供や女を見て思いとどまる。やがて、首領の老婆がシルに気がついた。


「おや、お前さんよそもんの魔女だね。お前さんもここの連中が無能だって嗅ぎつけてきたのかい?」

「……いえ、別に」

「隠さなくていいさ。お前さんもあたしらも同じ穴の狢ってやつさ」


 ケラケラ笑う老婆を、シルは冷めた目で見つめる。そんなシルの顔を見て、老婆はニヤついた顔のまましゃべり続ける。


「若いうちは認めたくないかも知れんがね、あたしゃ魔法使いは皆本質は同じだと思ってるよ。誰もが、自分のことを選ばれた者だと思ってる。最もそれは本当のことさ。この世界に棲む精霊と契約し力を行使できる選ばれた者が魔法使い……それが出来ない劣等種なんざ世界に見放されたのと同義だと思わんか?」

「……」


 下手に動けば人質が危ないことを理解している雨流は、その場から動かずに老婆とシルの会話を聞いていた。

ただ、そばにいるだけでシルから不穏な空気を感じる。余程この老婆の話が気に入らないのだろう。


「お前さんだって心当たりはあるじゃろう? みな自分の才能を持っていない者に見せたがるものさ。優れた魔法使いが持たざる劣等種から全てを奪うのは必然なんだよ。お前さんもこっちに来い。ヒヒヒ、劣等種どもから金も物も命も奪うのは楽しいぞぉ」


 シルは拳を強く握り締め、俯いた。思い出したのは、ワンストーン町の人達だった。

確かにシルは自分の才能をひけらかす為に毎日イタズラを繰り返していた。そして、そんなシルをあの町の人達は嫌っていた。


 それでも、あの人達は最後のあの瞬間までシルを追い出そうと敵意を向けなかった。

師匠に対して何度も差し入れをくれたし、なによりも魔女の自分達を受け入れてくれた。あの人達といると、楽しかった。


「お断りします」

「……は?」

「確かに私は自分の魔法の才能を見せびらかしていましたし、誇りに思っています。ですが、それと魔法が使えない人をどう思っているかは別です。私はあの人達が好きです。ですから、さっきからあなたの話は虫唾が走って堪りません。私は魔法が使える、使えない人は使えない。それだけです」


 シルの言葉を聞いて、老婆は溜息を吐いた。そして野盗の部下達に顎で命令する。


「なら仕方ないね。小娘、杖を捨てな。逆らったら分かってるだろうね?」


 杖が無ければ魔女は無力だと分かっている老婆はシルに杖を捨てるよう命令する。

シルは言われたとおりに杖を地面に放り捨てた。ジリジリと野盗達がシルに迫る。


 その瞬間、人質になっていた少年が暴れ始めた。すぐに取り押さえられたが、一瞬野盗達の意識がそちらに向いた。その一瞬の間に、シルは袖の中に隠し持っていた杖を取り出して野党達に向けた。

老婆が気づいて杖を構えたが僅かにシルの口が開く方が早かった。


「リベレイトアームズ!」


 シルの武装解除の魔法が野党達の手から杖をはじき飛ばした。そして、シルが魔法を使ったと同時に雨流が駆け出して刀を抜刀する。


赤電三連斬(せきでんさんれんざん)!」


 雨流が刀をひと振りすると同時に3つの斬撃が雷のような速さで野盗に襲いかかる。

あっという間に野盗を切り伏せていく雨竜に続いて里の男達も動き始める。劣勢になる中老婆は隠していた杖を取り出してシルに向けた。


「こんの小娘がぁ! ガトリングフレア!」


 火球が杖の先から連続で放たれる。シルは杖を老婆に向けると同じ魔法を使って相殺する。

老婆は立て続けに魔法を使った。


「アームズフレア!」


 火で出来た巨大な拳がシルに襲いかかるが、またシルは同じ魔法を杖を向けて放ち相殺する。老婆は内心狼狽しつつも更に攻撃を続ける。


「メガフレア! フレイムタワー! ダブルブイフレア!」


 大きな火球、前進する火柱、サイドからV字に曲がる炎を放つが、シルはまた全て同じ魔法を杖を向けて放った。

全ての魔法が相殺されたことに、流石の老婆も冷や汗が止まらなくなる。シルはそんな老婆に杖を向けたまま話しかける。


「この程度の魔法に簡易詠唱が必要なのによく才能が元々とか言えますね」

「こ、この程度……?」


 老婆は酷く狼狽していた。確かに、今まで使ったのはどれも上級呪文ではない。しかし、中には上位クラスの中級呪文も含まれていたのだ。普通の魔法使いなら簡易詠唱が必要なのは当然で、人によっては正式な詠唱だって必要な魔法だ。

それを、どうしてこの小娘は無詠唱で唱えられるのか。老婆の中である考えが浮かんだ。


「抜かった……貴様、火の魔法に精通しているのか!」


 自分よりも炎の魔法に精通している魔女ならば、それぐらいの芸当が出来ても可笑しくない。

そう老婆は考えた。


 だが、シルはそれを否定した。


「いえ、別に。さっきのも全部初めて見る魔法でしたよ」

「……嘘をつくな、さっきお前も使ったじゃろうが」

「あなたが使い方を実践してくれたんでしょうが。それ見ただけで充分ですよ」


 これはなんだ? 一体今、自分は何を話しているのだ?

老婆は目の前で話している少女の存在が現実かどうか疑い始めていた。錯乱し、まともな思考回路を失った老婆は狂ったように杖を天に掲げた。


「我が魔法によりて、大地を震わす災害となれ! ボムクラッシャァー!!!」


 老婆が叫ぶと同時に、鈍い音が響いた。それは、山の方角から聞こえた。

野盗達は焦って老婆に駆け寄った。


「お、お頭、今のは山に仕込んでた起爆装置を作動させる魔法じゃ」

「俺達皆巻き込まれるぜ!?」


「けひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! 死ね死ね死ね! 皆死ぬんじゃあ!」


 狂ったように笑い続ける老婆に舌打ちし、雨流は山を見た。見ると、山の上部から雪崩が迫ろうとしていた。

最近の異常気象で積もった雪が、里を飲み込もうと勢いを増していく。


「おいシル、流石にやばいぞ。早く皆の避難を」


 雨流が話しかけた時、シルは既に杖を雪崩に向けていた。そして、シルの周囲に強力な魔力が集まっていくのが、魔法を使えない雨流にも感じられた。


「ちょっと本気出すんで、離れててください」


 雨流は頷いて、一歩下がった。周囲の雰囲気が変わっているのが、もう誰にでも分かるくらいになっていく。

そして、シルは静かに口を開いた。


「四神の龍よ。魔女シルの名のもとに命ずる。四つの力携えて、我の元に現れよ」


 雨流は内心驚いていた。今までシルは、無詠唱か簡易詠唱しかしてこなかった。他の魔女が詠唱を必要とする魔法も、全て簡易詠唱などで済ませてきたのだ。そのシルが、自分の前で初めて正式な詠唱をしている。

それは、それだけシルが本気の魔法を使うことを意味する。


 シルは、詠唱を終えると改めて杖を雪崩に向けて振りかざした。


「ドラグサモン・クアドラプルエレメンツ!」


 シルの背後の魔法陣から、四体の龍が現れた。いつもの、頭だけが出てくるのとは違う。体を持った龍が召喚されている。

四体の龍はそれぞれ火・雷・水・木を纏っており、その大きさも平気で家一つを飲み込めそうなほど大きい。


「ファイア!」

「リュオオオオオオ!」


 炎の力を持った龍が咆哮をあげながら雪崩に向かって突き進む。龍が噛み付くと同時に炎が爆発し、雪崩を吹っ飛ばしていく。


「アクア! ウッド!」


 二体の龍がシルの号令により動き出し、先程の魔法で防ぎきれなかった雪崩の余波に噛み付く。それぞれ水と木が立ち上がり、里には全く届くことなく雪崩は止められた。



「……あれ?」


 呆然とする老婆達野盗に、シルは杖を向けたまま話しかける。


「で、どうしますか? まだ一匹余ってるんですけど」

「リュオオオオオオオオオ!」


 電気を纏った龍の咆哮に、野盗達は腰を抜かして涙を流し始める。


「た、助けて……」

「死にたくない! 死にたくないよぉ!」


 泣いて命乞いをする野盗に、残った電気の龍が襲いかかる。

龍の口が大きく開けられ、迫り来る恐怖に老婆は気絶した。しかし、実際に龍が野盗達に噛み付く寸前に魔法は綺麗さっぱり消えてしまった。


 シルは、呆然と立っている里の男達に話しかける。


「ほら、さっさと捕まえてくださいよ。私はもう疲れてるんです」




 その後、自警団の男性達が野盗を縛り上げ王都から派遣された兵に引き渡すまで拘束することになった。

シルと雨流は里の大人達に感謝され、僅かな謝礼を受け取って里の歓迎を受けていた。


「凄い魔法だったな。あれだけの魔法を使える魔女はそういないだろ」

「天才魔女ですから」

「知ってる」


 シルの自慢を雨流は軽く流した。実際、あの規模の魔法は雨流自身滅多に見たことがない。間違いなくシルは王宮魔導師の中でも上位クラスの実力者に匹敵する才能が有る。

そんなシルがこの年まで他の魔法使いなどに知られることなく田舎町に住んでいたというのも変な話だと雨竜は思った。


 その時、一人の少年が近寄ってきていることに気がついた。その少年は昼に魔法の練習をしていた子供だった。

何の用かと思っていると、少年は俯いてフルフルと震えだした。


「なんでだよ……」

「はい?」

「あいつら、俺の父ちゃんと母ちゃんを殺したんだ……なんで、なんであいつら殺してくれなかったんだよ!」


 少年はシルを睨みつけながら罵倒し、思いっきりシルの足を蹴りつけた。

シルは突然のことに驚き、唖然とする。だが、次の瞬間雨流が少年の肩を掴み自分の方に向かせると思いっきり殴り飛ばした。地面に倒れ伏す少年を見てシルは雨流を驚愕した表情で見つめる。


「ちょ、ちょっと退治屋さん……?」


 シルの制止も聞かず、雨流は少年の頭を踏みつけた。


「シルはあいつらをどうとでもすることが出来た。お前はそれを見ていただけだ。お前がそれを止められなかったのは、お前が弱いからだ」

「……強くなってやる。魔女よりもお前よりも、ずっとずっと強くなってやる!」

「出来るものならやってみろ」


 シルは少年の腹を蹴り上げた。少年はうめき声をあげながら蹲って縮こまっている。

そうそうとこの場を立ち去る雨流を、呆然と眺めていたシルが追いかける。早歩きで進む雨流の後ろから、シルがこそこそと話しかけた。


「あの、あの子控え目に言ってクソガキでしたけど流石にやりすぎなのでは?」

「……そうか。必要かと思ってやったんだが」

「どの辺に必要性が……?」


 シルの疑問に雨流はさらっと答える。


「自分で仇を取りたかったのにそれが出来なくなったんだ。代わりの目標があった方があいつも今後生きやすいと思った」

「いや、目標はいいんですけど……あれじゃ雨流さん無駄に恨まれたりしてませんか?」


 雨流はそれを聞くとゆっくりと空を見上げた。立ち止まってどこか遠くを眺める様な雨流に、シルは同じく立ち止まって隣に立つ。

やがて、雨流は静かに口を開いた。


「目標があった方がいいと思ったのは本当だ。私はあれでもあの子に同情したつもりだ」

「あれでですか」

「……復讐は何も生まないが、それが人生の目的となるとなくなったら寂しいものだ。だったら、無駄だとしてもあったほうがあいつの為になるんじゃないかと思ってな。案外虚しいものなんだぞ、仇がいなくなったりするのは」


「……それは、退治屋さんの実体験ですか?」


 どうにも感情のこもった言い方に、シルはただ持論を語っているだけではないのではないかと思った。

雨流はシルに言い当てられたからか、薄く笑った。


「私の両親は、火の国にいる不死鳥と呼ばれる魔物に殺された」

「不死鳥、ですか」

「正確には強い回復力を持つ羽を纏った鳥の魔族だな。普通に寿命で死ぬんだが、その羽の希少価値からよく狩りの対象にされていて、昔から人間と確執があったらしい。それで、たまたま任務で火の国を訪れていた両親が巻き込まれた」


「当然、私はその不死鳥を憎んださ。そして毎日死に物狂いで修行して、両親を殺した不死鳥を私の手で殺してやると。ただそれだけを支えにして生きてきた」

「……じゃあ、その不死鳥は」

「ああ、火の国の人間が退治して殺した。まだ幼かった私は遅れてきたその情報を聞くことしかできなかったよ。そして、あいつみたいに……両親の仇を勝手に倒した奴らに逆恨みした」

「それじゃあ、今度はその人達を倒すのを目標に?」


 シルのその疑問に、雨流は首を横に振った。


「同時に入ってきた知らせに、その人間達も不死鳥族の報復にあって死んだとあった。そして、また討伐隊を組んで討ちに行くとな。もう私は訳が分からなくなったよ、今度はその不死鳥を憎めばいいのか? それともその不死鳥を殺せた人間が目標なのか?」


 まるで自虐するみたいに雨流は苦笑した。


「私と同じく復讐に燃えていた弟や妹は、それですっかりやる気をなくしたよ。退治屋なんかやめて他の職業で生きていくってな……それで、私だけがあの修行の日々を忘れられずにただ手に入れた技と力に縋って生きてきた」

「退治屋さんは、それを虚しいと思っているんですか?」

「少しな。だが今の自分がいるのは間違いなくあの時の憎悪があったからだ。だから、否定したくない」


 雨流は自分のことを話し終わると、シルと向き合った。


「お前の方こそ、何か引っかかってるんじゃないのか?」

「……私は、野盗を殺すべきだったんでしょうか?」

「殺したかったのか?」


 雨流の問いに、シルは目を逸らした。拳を握り締めて、しかし項垂れて顔を上げられずにいた。


「あの婆さんの話を聞いて、凄くムカつきました。同じ魔女だと思いたくないと、こんなやついなくなれと思っていました。でも、あの時命乞いをされて……人殺しの集団で許せない相手なのに、何故か殺すのが嫌だと思ってしまったんです」

「別に殺しなんかやらないでいいならそれでいいだろ。お前がやりたくないと思ったんならそれはやらなくていいことだ。お前は、お前にとって間違いなく正しいことをしたよ」


 シルは雨流の言葉を聞いても納得ができないでいた。


「私、自分が分かりません。毎日イタズラばかりしてて、人の迷惑とか考えてこなかったんです。それがどうして金貨を偽造しようとしたら吐いたり、悪党を殺そうとしたら嫌だと思うのか全然分かんないんです」

「なんだ、そんなことか」

「退治屋さんは分かるんですか?」

「お前は、自分が思っているよりずっと馬鹿でお人好しなだけだよ」


 笑みを浮かべながら言い放った雨流を、シルは目を細めて睨みつける。


「馬鹿にしてますか?」

「馬鹿とは言ったな」


 不貞腐れるシルを見て、雨流はクスクス笑い始めた。

そんな雨流の態度が気に入らなくて、シルは雨流に背を向けて宿に向かい始めた。


「もう疲れました。私は明日朝一で出発します。退治屋さんなんか見送りしてやりません」

「多分私の方が早起きしてお前を置いていくぞ」


 そういえば退治屋さんの朝起きる時間を知らなかったとシルは眉をひそめた。が、こんな困った顔は見せたくないとそのまま雨流を無視して歩み続ける。

雨流は、そんなシルの顔がまるで透けて見えるみたいで、シルの後ろ姿を見ながら苦笑し続けるのだった。


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