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遠い銀色のトラベル  作者: バームクーヘン
第一部「師匠探索編」
5/11

第5話 無償の村

 旅を続けていたシルは、道中に人気が少なくなっていたのを感じていた。

畑に時々人の姿は確認できるものの、これだけ自然しか目に付かないのは久々だ。そう思っていると、遠くに建物が集まっているのが見えた。

 ようやく街にたどり着いたと思ったシルが地面に着地し、看板を眺める。今まで訪れた街の看板は、それなりに独自の装飾などで華やかな見た目になっていた。しかし、ここの看板はえらく質素な作りだった。


『無償の村 フリージ』


「……村、ですか」


 シルが看板を見た時に抱いた感想がそれだった。

今まで訪れたのは、全てそれなりに人の行き来がある街だった。しかし、こんなに静かな、それも村という小規模な場所に来たのは初めてだった。


 とりあえず村に入って中を見て回ることにした。

建物の殆どが木で造られたいわゆるログハウスというものだ。今まで訪れた街に比べると、やはり活気という点では寂しい村だ。


「そう言えば、師匠が来る前のワンストーン町もこんな風だったみたいですね。私が物心着いた頃には既に街になっていましたが……」


 深く考えたことはなかったが、自分が街で好き放題する前から、あの街や街の人々には生活があって、発展してきた歴史があったということだろう。

そんな事を考えていたシルに、突然市場のお兄さんが声を掛けてきた。


「そこの魔女さん、ウチの特製パンはどうだい? あの有名なメーカーのパンを独自のルートで仕入れたよ!」

「いやいや、ウチの手作りおむすびがオススメだよ! ウチに代々伝わる伝統のかまどで炊き上げたごはんにおかずを詰め込んだよ!」


 突然商品を勧められて、シルは驚いたものの折角だしどちらか買おうと考えた。


「パンとおむすびはそれぞれおいくらするんですか?」

「ウチのはタダだよ」

「ウチもだ」


「……はい?」


 聞き間違いかと思った。しかし、再度確認してもどちらも無料だと言う。


「えーっと、とりあえず手作りおむすびで……」


 ひとまず手作りのおむすびを選んで譲ってもらったが、続けて他の店の人々が話しかけてくる。


「都会で大流行のお手軽レトルトカレーはどうだい?」

「ウチの母ちゃんが作った手作り和風カレーはいかがかな?」

「手作りカレーで」


「一流シェフ考案のアイスケーキはいかがかな?」

「私が考案した手作りチョコチップクッキーはいかが?」

「手作りクッキーでお願いします」


 あれもこれもと勧められるうちに、結構な量の手作り食品を受け取ってしまった。

美味しいとはいえ、これだけのものを無償で貰うとかえって気味が悪い。


「一体なんなんでしょうかこの村は……」

「それはですね」

「うわあぁぁぁ!」


 突然背後から声を掛けられて思わずシルは飛び上がって驚いた。

慌てて振り返ると、そこには見たことのある顔がいた。


「って、僧侶さんじゃないですか」

「お久しぶりですね、シルさん。旅の途中ですか?」

「まぁそうですね。僧侶さんは?」

「修業中の身です故」


 以前あったことのある僧侶、清念だった。清念は修行の旅の途中でシルよりも先にこの村に来ていたようだ。

シルが清念に宿の場所を尋ねると清念はここから北の方角にあると教えてくれた。そちらに向かって歩き出すと清念はスナック菓子を食べながらシルの横に並んで歩く。

僧侶の癖に食べ歩きを平気でするのだなと思いながら、シルは清念の話を聞くことにした。


「この村の人が全て無料で物を売っているのはですね、ここが無償の村だからです」

「そう言えば看板に書いていましたね。無償の村ってどういうことですか?」

「私もここに着いてから聞いた話なのですが……」


 昔、この地域は激しい商業の争いにより貧富の差による確執が生まれてしまったという。度重なる富裕層による圧政や貧困層によるクーデターにより、人々はすっかり疲れ果ててしまった。

その結果、ある時を境にこの地域では商業行為を忌み嫌うようになり、人々は無償で働き、生活を営んでいけるように動き始めたらしいのだ。


「ははー、そんないきさつが」

「故に、この村では賃金は存在せず、物の売買も無償で行われているようですよ。規模がそこそこの小ささで留まっているおかげか、自給自足で成り立っているとか」

「変わった村もあるんですね」


 話を聞き終わり、シルは清念に尋ねた。


「それで僧侶さんはなぜ私に付いて来ているんですか?」

「宿に向かっているだけですよ。この村に宿泊施設は一つしかありませんから、どうせ同じ場所に向かうことになりますからね」

「そうなんですか」


 そう言って二人がたどり着いたのは、そこそこ大きなサイズの建物だった。

無償というくらいだから、寂れた小屋を想像していたのだが、意外にも中々しっかりとした作りの施設だった。


「タダで寂れていると舐められますからねぇ。見栄を張るべきところはしっかりしているということでしょう」

「そういうものでしょうか」


 シルはとりあえずチェックインしてここに泊まることにした。

清念と別れたシルは自室でのんびりしていたが、やがて宿の職員に夕食に呼び出された。食堂に入ったシルは先に席に座っていた清念を見つけるとその正面に座った。

運ばれてきた食事は白飯に味噌汁、焼き魚に漬物と質素な内容の物だった。


「予想はしていましたが質素ですね、ここの朝食は」

「いいじゃないですか、温かみがあって」


 美味しそうにご飯や味噌汁を掻き込むシルを見て、清念はある質問を投げかけた。


「そう言えば、以前厄介になった家でもやたら美味しそうに食べていましたね……シルさん、手料理とか好きなんですか?」

「んー、そうですねー」


 シルは水をゴクリと飲み込んでから回想し、視線を上に向ける。


「私も師匠も料理とか全然出来ませんでしたからね、大体出来合いのものばかりで……だから、たまに街の人がお裾分けしてくれる煮物とかが私にとってはご馳走でしたね」

「そうですか、ご師匠さんと暮らすようになる前は?」

「……分かりません、物心着いた時には既に師匠と暮らしていたので。私の両親のことを聞いても、師匠はいずれ話すの一点張りで」


 師匠は両親から自分の世話を託されたから預かっていると言っている。それを疑うつもりはないのだが、果たして生まれたばかりの自分の世話を他人に押し付ける自分の両親は一体何者なのだろうとシルは考える。

シルは視線を手前の料理に戻して食事に戻る。


「……まぁ、今は両親よりも師匠ですよ。早くとっ捕まえて文句の一つでも言ってやります」

「そうですか」


 清念も何か考えている素振りだったが、すぐに食事に戻った。

そう言えば、自分が話すばかりで清念の家族については何も聞けなかったことにシルは気がついた。しかし、別にどうしても聞かなければならないことでもないし、その内機会があれば聞いてみればいいと思い、シルはこの場は何も聞かないことにした。

そして、夕食を終えたシルと清念はそれぞれの部屋へと戻り眠りに就いた。




 気持ちよく眠りに耽っているときの事だった。

何か物音がドンドンなっていることに気がつき、シルはあくびをしながらベッドから立ち上がり扉に向かう。


「……なんですか、ドンドンうるさいですね」

「申し訳ありません、清念です」

「え? 清念さん?」


 扉の前から聞こえてくる声は確かに清念のものだ。

シルは扉を開けて清念と向かい合う。


「なんですか、夜這いかなにかですか?」

「それならもっと胸の大きい方を訪ねますよ。何か村の方で騒ぎがあったようです」


 シルが周りを見ると、確かに何人かの人がドタバタとどこかへと向かっている。

こうなるとシルの野次馬根性が沸き上がってくる。


「すぐに行ってみましょうか」


 シルは持っていた杖を振り、ローブや三角帽を引き寄せる。

その場ですぐに纏って着替え終えたシルだが、今度は清念が自室へとのそのそと引き返していく。


「私の着替えは時間がかかるのでそこで待っていてください」

「ふざけやがりますね……」




 結局清念の着替えを待って出て行くと、既に現場の周りを野次馬が囲んでいた。シルなら箒で上から覗き込めそうだが、流石に目立つだろうか。

騒ぎの中央が何を言っていねのか聞き耳を立てる。


「なんでお前の方が売れてるんだよ!」

「知るか! 俺のパンの方が優れてるんだよ!」

「お前のとこは単に仕入れてるだけだろうが! 俺は仕入れから作るとこまで手が込んでんだ!!」

「本当にそうならお前の方が売れてるだろ!」


 聞こえてきたのはそんな内容の話だった。

競合相手とのトラブルかなにかだろうか。


「大体お前のまずいパンが一個でも売れてるのが気に食わないんだよ」

「はっ、泥団子と変わらない味のミレーヌのとこと同レベルのおにぎりしか作れない奴が偉そうに」

「なんかですってぇ!!!」


 恐らくミレーヌであろ女性がパン屋の男性に掴みかかる。


「汗臭いおむすびとあたしの手塩にかけた団子を一緒にしないで頂戴!」

「けっ、脇汗から出した塩の間違いじゃねぇのか」

「なんか言った? ウンコみたいな匂いのドロース」

「んだとこのババア!」


 あれやこれやという内に複数の野次馬を巻き込んでの大乱闘へと発展しそうになる。

掴むだけでなく、いよいよ我慢できなくなった男が殴りかかろうとしたところを、清念が錫杖で突き抑える。


「そこまでです、続きは落ち着いた場所でお願いします」


 しかし、殴られそうになった男が近くの店の引き出しから果物ナイフを取り出して殴ろうとした男に突っ込む。

シルは急いで杖を取り出して男に向ける。


「よくも、死ねクソ野郎!」

「リベレイトアームズ!」


 男の手に合ったナイフが魔法で弾かれて地面に突き刺さる。

清念はすかさず突っ込もうとした男の脇に移動すると男を取り押さえた。シルは落ちたナイフを回収して取られないようにして、清念と一緒に自警団の到着を待つことにした。




 やがて自警団に経緯を説明したシルと清念は、後のことを任せて村を跡にした。

先程の騒ぎについてシルは清念に尋ねる。


「結局、なんであんな騒ぎになったんでしょうか。無償なんですから別に売上で困ったりしませんよね?」

「……無償だから、ではないですかね」


 清念は立ち止まって村を振り返る。


「価格というものは少ながらず物の価値について一定の基準を付けてくれます。安ければ軽んじられ、高ければ箔がつく。それである程度自分の商品の扱いについて妥協できます」

「……高いから売れなくても仕方ないとか、安くてもいっぱい売れるからいいとかですか?」

「その基準は人それぞれですが、まぁそんな感じですね。ですから、仮に売れなくてもそれはコストを掛けて高くしているからだとか、向こうのほうが安く売れる工夫をしているからだと納得させることもできます。通常は」


 但し、と清念は話を続ける。


「全てが無料となれば売れた売れなかったの結果だけが残ります。自分があれだけ手間をかけたのだからあいつより売れて当然だと、逆にあそこはまずいから自分よりも売れなくて当然だ、と。そんな不満がどんどん積もっていって……それで、とうとう爆発したんでしょう」

「自然と誰かを妬んだり、蔑んでたりしていたってことですか? 無償の村っていう割に中々陰湿になってますね」

「人は誰しも潔白でいることは難しいですから」


 清念はポケットの中からスナック菓子を取り出してポリポリと食べ始めた。

シルはそんな清念を見ながら話しかける。


「僧侶さんは、あんまりあの村のこと信じていなさそうでしたね」

「修業中の身です故」

「薄々思っていたんですが、僧侶さん人のこと信用してないんですか?」


 清念は空を見上げて溜息を吐く。その目は、どこか遠くを見ているようだった。


「これは、私の身の上話になるのですがね」




 昔、清念の父親は法力の高い法師として付近の人々にも親しまれていた。何より、貧しいものからは除霊や法事の代金を取り立てないことで感謝されていた。清念も兄達も、そんな父親を尊敬していた。

しかしある時、付近の人々から「我々からだけ金を取るのは平等なのか?」と問われるようになった。そして、とうとう父親は誰からもお金を要求せずに仕事をするようになった。

 母は猛反対していたが、それでも父は無償の奉仕をやめることはなかった。幸い蓄えや代々伝わる法具などの資産はあるのだから、なんとかなるだろうという見立てはあった。


 しかしある日、父親が妖怪の退治の際に大怪我を負ってしまった。治療費には莫大な金が掛かるが、家の資産を売り払えば支払えないこともない。


 だが、母親は真っ先に金と資産を持ち逃げして家と家族を捨てていった。馬鹿な夫の治療費に使われるぐらいならと、独り占めしたのだ。

 周囲の人達は法力も行使できない父親を助けようとはしなかった。父親が死んだあと、苦しい生活に耐え切れなくなった兄達は人々から金を要求するようになり、人々がそれをけちり出すと村を見捨てて他の地へと旅立っていってしまったという。


「そして、まだ幼かった私は父の知り合いのツテで遠い寺の住職に育てられそこで修行をするようになった訳です」

「……」


 シルは清念の話を聞いて、何を聞くべきか迷った。そして、一番気になっていることを尋ねる。


「……僧侶さんは、どう思っているんですか?」

「どうとは?」

「父親を尊敬しているんですか? 周囲の人々を憎んでいるんですか? 家族を見損なっているんですか?」


 

「分かりません」


 清念ははっきりと、しかし答えは出ていないと告げる。


「父が無償で人助けをしようとしたことは立派だと思っています。しかし養うべき家族を考慮していなかったのも事実です。周囲の人々も、金を払いたくない心理も、貧しい者だけタダなことを不満に想う気持ちも分かります」


 清念は空になったスナック菓子の箱を潰して自分の袋の中へと仕舞う。


「私は分からないんですよ。私達を見捨てた母を恨みたくても、むざむざ私達を窮地に陥らせた父を見捨てて保身に走ったのは悪なのでしょうか。尊敬する父の末路を見届けて、同じ道を辿ろうとしない兄は果たして間違っているのでしょうか」


 清念は苦笑いしながらシルを見た。


「私は、そんな当てのない旅の途中にいるのです」

「私も、似たようなものですよ」

「シルさんは、師匠を見つけるという目的があるのでは?」


 確かに、シルには目的もゴールも決まっている。

正確には、決まっていると思っていた。


「私も分からなくなっていますよ。師匠を見つけて、その先なにがしたいのか……それを、考えないようにしていたのかもしれません」


 ロンズを見つければそれでこの旅も終わると思っていた。

だが、本当にそうなのだろうか? 師匠は、自分を見つけたシルに何をさせるつもりたのだろうか。シルは、師匠を見つけてどうするつもりなのだろう。ワンストーン町に戻りたいのか、それとも師匠のいる場所に定住するのか、それとも……更に旅を続けるのか、別の新天地に住むのか。


「ゴールがある気になっていただけです。私は、先の見えない旅をしているような気がします」

「……そうですか、答えが見つかればいいですね」


 やがて分かれ道に差し掛かった。清念は別れ際になってシルに尋ねる。


「ついでに聞いておきたいのですが、シルさんは先程の話を聞いてどう思いましたか? 父のやったことを、どう思いましたか?」


 シルは考えた。

貧しい人からはお金を要求せず、やがて無償で奉仕するようになり身を滅ぼした男性のお話を。


「……少なくとも、私は自分や大切な人を苦しめてまで無償で働くことは出来ません」

「そうですね」

「もっと、話し合えたらよかったですね。自分の信念も、大切な人の暮らしも守れるような、そんな折合いがつくように」


 シルは箒に腰掛けて、宙に浮き上がる。


「私も、多分自分のやりたいことは曲げない性分なので……難しいですね、こういうの」

「構いませんよ。元よりシルさんに聞いて答えが出るとは思っていません。これは、私が出さねばならない答えなのですから」


 そう言って、久々に清念は笑みを浮かべた。シルはその顔を見て、つられて笑みを浮かべる。

シルは自分の進む方向を見つめて三角帽を深く被りなおす。


「では、お互い良い旅を」

「ええ、また会いましょう」


 そうして二人はまた別々の道を進む。

それぞれの答えを出すための、遠い旅の道中へ。



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