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遠い銀色のトラベル  作者: バームクーヘン
第一部「師匠探索編」
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第1話 風に押されて

 風の国ウィンズ。年中通して穏やかな気候と豊かな自然に恵まれた平和な国。


ワンストーン町はそんな国の辺境に位置した小さな街であった。街の人々は主に畑で育てた作物や狩った動物を売って生計を立てているものが殆どだった。小さいながらも、旅の行商人もよく訪れる流通に不便のない暮らしやすい村だ。


 今日も街の市場では多くの人々が野菜や魚を売買していた。一人の旅人が屋台の一つへと寄った。


 


「ここは鶏肉を焼いているのかい?」


「ああ、今焼き始めた所だよ」


「そうですか。なら少し待たせてもらいま……」


 


 その瞬間、炎の勢いが急に強くなり店主と旅人の眼前にまで燃え上がった。驚いて旅人は腰を抜かして尻餅をつき、店主は慌てて消火を試みる。


そんな店主ごと、大量の水が上から降り注ぎ、あっという間に鎮火した。幸いけが人もなく無事だったが、店主はびしょ濡れになり、旅人も何が何やらわからず呆然としていた。


 そこに、大きな笑い声が響き渡る。


 


「アハハハ、どうですか肉屋さん。我ながら満点の焼き具合なのですが」


「……っ、シル!! またてめーかこのイタズラ娘!」


 


 店主が屋台から飛び出して天に向かって怒鳴り声を上げる。旅人は訳も分からず店主の見ている先を向き、そして驚愕した。箒に乗った女の子が宙に浮いていたのだ。


 


「ま、魔女……」


「その通り。てんっさい魔女のシルと申します!」


 


 箒に横向きに乗った銀髪の少女、シルは旅人のリアクションが気に入ったのか自信満々に自己紹介をする。しかし、店主は首を横に振って否定する。


 


「魔女なんて立派なもんじゃねえよ。あいつはただ魔法を使ってイタズラしてばかりの小娘だ」


「失礼ですね。私ほど才能に満ち溢れた美少女はそういませんよ。ねぇ皆さん」


 


 シルが周囲の人々に同意を求めると、周囲の人々は口々に不平を口にする。


 


「ふざけんな!」


「お前のせいで家が迷路になっちまったんだぞ!」


「私なんか変な髪型にされて旦那に大笑いされたのよ!!」


「僕は恋文を学校の全ての黒板に転写されました!!!」


「あたしはまな板が100mに巨大化しちまったよ!!!!」


 


 街の人々に口々に罵声を浴びせられ、シルはそそくさと箒に乗って上昇した。


 


「では皆さん、魔法で素敵なグッドライフを」


「ふざけんな!」


 


 下から聞こえてくる声を無視して、シルは箒に乗ったまま勢いよくその場を飛んで逃げ出した。


街の人々の内何人かは、怒りながらシルを追いかけるのだった。


 


 


 


 シルは暫く箒で飛び続けていたが街から離れ森の中へ降りると、ひっそりと佇む一軒の小屋へと入った。


 


「師匠ー、ただいま戻りました」


「お帰りなさいシル。今日はまた派手にやらかしたようですね」


 


 小屋の中には、黒色の長髪の女性が何やら書類に手をつけていた。ローブが床に擦れる姿は、シルにとって見慣れた物だ。


 


「師匠ー、いい加減私にも水晶魔法使えるようにしてくださいよ」


「だって貴女覚えても碌なことしないでしょう。若いうちは他人様の私生活を覗き見するものじゃありませんよ」


「えー。師匠はやってるのに?」


「私は良識があるからいいんですよ」


 


 シルは一から学ばなくても、人が使ってる魔法を見ただけである程度覚えられる。


しかし、水晶魔法や時間操作など、一部の魔法は寝ている間に勝手に師匠によって使えない様に術式のプログラムを組み込まれてしまっていた。


シルにとっては上級魔法のいくつかを使えないように縛られている現状は歯がゆいものがあった。


 


「私だって最低限の良識はありますよー。だって嫌になりますよ、風の国に住む魔女がこんなに不自由だなんて」


「王宮魔導師や他の働いてる魔女に比べたら貴女は自由人ですよ」


 


 そんな話をしていると、入口の扉がドンドンと叩かれる。


師匠はそそくさと立ち上がると杖をひと振りした。


 


 


「失礼します、ロンズさん。シルの事でまたお話を……」


 


 先ほどの肉屋の店主だった。


店主は小屋の中に入ると、電撃を浴びてシバかれているシルを見て硬直した。


 


「あばばばばばばばばばば」


「シルなら今まさに折檻していますが」


「……」


 


 店主はゴホンと咳払いをして師匠……ロンズに話しかける。


 


「ロンズさん、アンタには礼をいくら言っても言い足りないくらい世話になっている。街に続く道を整備してくれた上に、川の水を綺麗にしてくれて森の魔物達も大人しくさせてくれた」


「だからこそ、そいつにももっと言い聞かせてやって欲しいんだ」


「アンタの弟子だからあまり強くは言っていないが、限度ってものがある」


 


 人々が口々にシルへの文句を言い、ロンズは平謝りして許してもらえるように懇願する。


人々もロンズを責める気は毛頭ないのでちゃんとシルに言い聞かせるように念押しすると足を揃えてロンズの小屋を跡にした。


 


 ロンズは皆が帰っていったのを確認するとシルに浴びせていた電撃を解除してシルは床に崩れ落ちた。


シルは恨めしそうにロンズを睨む。


 


「酷いですよ師匠。可愛い愛弟子をこんな目に合わせるなんて」


「体裁ってものがあるんですよ。いくら私が街の恩人でも貴女のイタズラを黙認してたら無駄にヘイトが溜まるんです」


「いいじゃないですか、口出しされない立場なんですから」


 


 不満げにしているシルに、ロンズは溜息を吐いて語りかける。


 


「全く貴女はいつからこうなってしまったのやら。気がついたら魔法を使って毎日毎日イタズラばかり」


「んー……だって他の人こんなこと出来ないじゃないですか。でも私は出来るんだぞって所を見せつけないとモヤモヤするんですよ」


「私は貴女の器の小ささを見せつけられているようで悲しくなってきますよ」


 


 ロンズがシルに魔法を教え始めた当初は、純粋な好奇心で魔法を学んでいたのにいつの間にか他人に魔法を見せびらかすようになってしまっていた。


シルはそれを悪いこととは思っていないようで、ツンと顔を逸らしていた。


 


「ふぅ……まあいいでしょう。シル、突然ですが貴女自由になりたいとは思いますか?」


「んー……確かにそろそろ街の外に行きたいなぁとは思っているんですけど」


 


 シルは一部の魔法だけでなく、ワンストーン町周辺以外にはいけないようにプロテクトを掛けられていた。だから外の世界にも未だに行ったことがない。


 


「そうですか。分かりました」


「なんですか。もしかして旅行にでも連れて行ってくれるんですか?」


「まぁ話半分に期待しておいてください」


 


 ロンズはそう言うと再び机に向かって書類に手をつけ始めた。


シルは暇になったのでベッドに入って寝ることにした。ロンズがシルに「あなたが個室を持つとロクなことにならないのでいりません」と言ってこの小屋には個室が無い。なので一人でこっそり研究なのも出来ないのでロンズが教えようとしない限りシル自身から学べることは殆どない。


 魔法の研究資料などもロンズは一つも残していないので、勝手に学ぶことも出来ない。今やっている書類だって、いつものどこかお偉いさん相手の文通に決まっている。


 


 シルは溜息を吐いて目を瞑ると、そのまま眠りに着いた。


暫く書類に手を走らせていたロンズだが、シルが眠ったのを確認すると立ち上がりシルに向かって振り返った。


 


「シル……」


 


 


 


 


 


 酷く肌寒かった。


あの安そうなベッドの唯一の取り柄が意外な程眠り心地が良いことなのに、今日は随分と気持ち悪い。


 


「……おい、起きれるか?」


 


 男の声がする。


なんだろうと思って起き上がると、何故か外に居た。周りには街の人々がシルを見下ろしている。


皆不思議そうに、戸惑っているという風だった。周りにいるのは町長や市場の店主、市民の人や子供達など色々な人がいた。


 


「んー……おはようございます、皆師匠に何か用ですか?」


「……後ろ見てみろ、後ろ」


「後ろ? 後ろになにか……」


 


 シルは言葉を失った。


促されるまま振り返ると、そこには煙を上げて寂しそうに佇む燃えてなくなった小屋の成れの果てがあった。


 


「……は?」


「何だか知らんが街から煙が上がってるのが見えてな。何事かと思って皆で様子を見に来たらこうなってたんだ」


「不思議なことに最初から鎮火はしていたのよね。てっきり火事だと思ってたから消防団の人もいたんだけど」


 


 呆然としていたシルだが、慌てて人々に話しかける。


 


「えっあっ、し、師匠はどうなったんですか。一体どうしたんですか」


「いや、それが分からねぇんだ。今朝は誰もロンズさんに会ってないらしいし……」


「ええ……」


 


 シルは呆気にとられた。一体師匠は急にどうしたと言うのだろう。なんで住処である小屋を燃やして自分を置いていくようなことをしたのか。


何もわからないシルだったが、ふと気になることがあって尋ねた。


 


「あのー、私これだと根無し草になってしまうのですが」


「そうだな」


「しかもお金も残ってなさそうですし……」


「そうねぇ」


「なので誰かの家に厄介になりたいのですが」


「…………」


 


 何故か最後の言葉にだけは誰も反応してくれなかった。


 


「いやいや、人助けだと思って」


「いや……」


「お前はなぁ……」


 


 皆渋い顔をしている。


イタズラをした時の怒った顔や憎しみの表情をしている人は全くいないが、皆不憫だと思いながらもシルのことを面倒事を見る目で見ている。


狼狽しているシルの前に、町長が出てきた。


 


「……シル、君に話がある」


 


 


 


 町長に促されて町長の家に連れられてきたシルは、町長の書斎に入った。


シルは苦笑いしながら町長に尋ねる。


 


「えーっと、それで私は一体どうすればいいんでしょう。ここで厄介になれたりは」


「それはない」


 


 がっくりと肩を落として落ち込むシルに、町長は一つの巾着袋を手渡した。


それなりに重みのある巾着袋を不思議そうに眺めていると、町長が咳払いをして口を開いた。


 


「……実は今朝、ロンズさんがこっそりと私の前に現れて渡したのがそれだ」


「えっ!? もしかして貴重な魔法石とかですか!?」


 


 シルが勢いよく袋を開くと中は金貨を中心に銀貨や銅貨など、硬貨が詰まっていた。


一体どういうことかと町長に尋ねる。


 


「ロンズさんが私に話したのは、『シルにしたこの辺り周辺にしか移動できないプロテクトを解いた。彼女はもうどこにでも自由に行動できる』という話と、このお金を資金にして旅に出ろということだけだ。他には何も言わずどこかへと飛び去って行ってしまった」


「師匠が、私に旅に出ろと?」


「その真意は分からんが、確かにそう言っていた」


 


 師匠の言い分は分かったが、その心の内はさっぱり分からない。一体自分に旅に出て何をさせようとしているのだろうか。


だが、シルの中にはある考えが生まれていた。


 


「うーん、でもこれがあれば私この街で気ままに暮らせると思うんですよね。外に出稼ぎにも行けるでしょうし」


「それは無理だ」


「えっ何でですか」


 


 言いにくそうにしていた町長だが、覚悟を決めてきっぱりと言い放つ。


 


「……今までお前が好きにやれていたのはお前の師匠がロンズさんだったからだ。彼女はこの街の外部とのコネクションや道の整備、自然を豊かにしたり一言では言い表せない貢献をしてくれた。だからこそ、彼女の弟子であるお前のイタズラも大目に見ていたのだ。それが無くなれば、今まで抑えていたお前への不満が爆発しても可笑しくない」


「えー、流石にそこまで嫌われていませんよ」


「そう思っているのはお前だけだ。下を見てみろ」


 


 町長に促されて窓から下を見下ろすと、物騒な得物を構えた男達が数人待っていた。


 


「多分、お前を匿うと言ったらあいつら大暴れするだろうな。あいつら以外にもそのような者は大勢いる」


「そ、そんな……」


「お前が街を出ていくというのなら私達はお前を追ったりはせん。これは、お前の為の提案でもある」


 


 シルは町長邸の前で身構えている人々を見つめて狼狽していた。


確かに色々イタズラはしてきたが、こんな武装される程嫌われているとは思っていなかった。そこまでのことをしてきたのだろうか。


暫く立ち尽くしていたシルだが、窓を思い切り開けると箒に腰掛けて外へと飛び出した。


 


「二度と戻ってきませんよこんなクソみたいな田舎町!!!」


「お前という奴は最後まで全く」


 


 町長はシルが飛び出したのを見送ると、下にいる町人達に話しかける。


 


「おいお前たち、もういいぞ」


「へーい……でも町長、ロンズさんは何考えているんでしょうね?」


「それにここまでする必要あったんですか?」


 


 町人が町長へと問い掛ける。実際のところ、シルを家に居候させることに賛成するものは皆無だが、追い出そうとまで考えているものは恐らく一人もいないだろう。


しかし、町長は首を横に振った。


 


「ロンズさんは出来るだけここに心残りのない旅立ちを、と言っていた。嫌われていると思い込んでいた方がいいだろう」


「でも、それにしてももうちょっとやりようがあったんじゃ」


「お前さんたちだって、最後にあいつにイタズラ出来て楽しかっただろ」


「それはそうだ」


 


 口を揃えて肯定する町人達に、町長は苦笑した。


そして、シルが飛び去った方角を静かに見上げるのだった。


 


 


 


 


 風が吹いていた。


風の国ウィンズに吹く風は、勇気と幸福をもたらすと言われている。


 


 シルを後押しする風は、未知の世界への期待と、ちょっとだけの寂しさを感じさせた。待ち焦がれていた自由への旅路が始まる。だが、まるで師匠に与えられた自由なようで、シルの心は晴れ渡りはしなかった。


それでも、後戻りはしたくない。


 


「……では、行ってきます。クソ田舎」


 


 シルは箒に腰掛けたまま、静かに前進する。


シルの世界が変わる旅が、今始まった。

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